四国にはなんで“電車”が少なくて“汽車”が多いんだ?
線路の電線は少ないけど”撮り鉄”さんをよく見かけます。
スマホの画面に、ぽつんと届いたメッセージ。
「四国地方にはなんで電車が少なくて、汽車が多いんですか?」
スーマは画面の中で、にやりと笑った。
「……お前、言葉の違いに気づけるタイプか。そこに気づく奴、意外と少ねぇんだよ。」
画面が、ぱちっと光る。
「結論から言う。
四国に“電車”が少なくて“汽車(=ディーゼル車)”が多いのは、
電気を通すコストがバカ高いからだ。
理由は三つある。」
スーマは指を鳴らす。
① 電化(架線)を引くには金がかかりすぎる
「“電車”ってのは、
線路の上に電線(架線)を張って、
変電所を作って、
電気を供給する仕組みが必要だ。
これがとにかく高い。
四国は人口が少なく、利用者も少ない。
つまり――
投資した金を回収できない。
だから電化が進まなかった。」
② 山が多くて線路が長い=電化のコスパが悪い
「四国は山だらけで、
街と街の間が長い。
電化するには、
長距離にわたって架線を張り続ける必要がある。
これがまた高い。
“電化したいけど、採算が合わない”
という構造的な問題がある。」
③ ディーゼル車(汽車)で十分走れる
「四国の多くの路線は、
・本数が少ない
・速度もそこまで求められない
・駅間が長い
こういう条件だから、
ディーゼル車で十分運行できる。
電化しなくても走れるなら、
わざわざ高い金を払って電化する理由がない。」
スーマは肩をすくめる。
「つまり、
“汽車が多い”のは時代遅れじゃなくて、
“合理的な選択”なんだよ。」
相談者が返信する。
「じゃあ、四国では“汽車”って言うのが普通なんですね?」
スーマは鼻で笑う。
「そうだよ。
四国の人が“汽車”って言うのは、
本当にディーゼル車だからだ。
東京の人間が“電車”って言うのとは事情が違う。」
最後に、ぽつり。
「言葉ってのはな。
その土地の“事情”を一番正直に映すんだよ。」
スーマのスマホ相談室。
今日もどこかで、地域の言葉が一段階だけ深く理解されている。
今日もスーマの毒舌にお付き合い有難うございました。




