05.潮騒の聞こえる町(1)
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数日後。
今回の仕事メンバーである真白、直影、グレン、アルブスの4名は車に乗り、パールシティへの移動を開始していた。
なお、運転はグレンである。助手席には直影が座り、後部座席には真白と偉そうに腕を組んだアルブスが座っている。
「パールシティと言えば、魚料理が本当に美味しいらしいですね」
静まり返った車内。
早々にその空気感に辟易とした真白は当たり障りのない世間話を口にした。グレンとアルブスだけであれば真白の呟きには辛辣に応じるか、無視されるかの二択だ。だが今回は直影がいる。
予想通り、同郷の上司があっさりと乗ってきた。彼も彼で退屈していたに違いない。
「ふむ。実は俺も食べた事がない。聞くところによると生食――刺身などより、火の通った料理の方が評判がいいそうだな」
「えっ、そうなんですか? 海が近いから刺身なんか絶対に美味しいと思ったんですけど。何でしたっけ、カルパッチョ? とかも生ですよね。魚」
「それはそうだが、地域柄魚に独特の臭みが出ると聞いた事があるな」
「漁港だからですかね?」
「お前はまさか、漁師がその辺の浅瀬でちゃぷちゃぷ魚を掬っているとでも思っているのか……? 漁港である事実と魚の臭みについては大きな関係性は無さそうだ」
「へえ……」
「それにどのみち、仕事内容的に飲食店になど寄る暇はないだろうさ」
「予定がギチギチですよね」
ここでそれまで窓の外を無心で眺めていたアルブスが会話に加わった。
「仮に時間があったとしてもこういった町の料理を口にするのは勧めんな。何が入っているか分からない」
「そこまで言う程ですか?」
「ふん、港町は所詮建前。その実はカルト教団であるトロップフェンの本拠地だぞ。メーアの信者を増やす為ならば、何でもするだろうさ」
――恐いなカルト系の団体って……人の事は言えないけど。
背筋が凍るような言葉に真白は肩を竦めた。
今向かっているパールシティについておさらいしよう。
港町・パールシティ。これは公式に存在する町であり、まともな地図であればそのままの名で地名が載っている。魚料理が有名である事は別に裏家業を営んでいなくとも誰もが知る話だ。
そんなパールシティを本拠地として活動しているオカルト系団体がトロップフェン。大規模注意団体であり、最早その姿は逃げも隠れもしない立派な存在感を放っている。多少、裏世界に足を踏み入れていれば知らない者はいない組織だろう。当然、自らの信じる神格存在を頂く教団だ。用が無ければ近づかないに越した事は無い。
トロップフェンが信じる神こそがメーアであり、海に関する神格存在となる。細かい目的は不明だが、こういった宗教団体のゴールは神格存在の顕現である。恐らくはトロップフェンも例に漏れないだろう。
ここからが今回の依頼についてだ。
そのトロップフェンが神格存在権限の為、日夜励んでいる訳だが――その活動の中で神に捧げる生贄が必要となった。その生贄本人が捧げられるのを拒んでおり、家族ぐるみで町から脱出しようとしている。
護衛対象・リーグレットを町の外へ護衛しつつ逃がしてやる、それが今回の依頼の趣旨だ。
「町が近づいてきたようだ。グダグダにならないよう、今のうちにこれからやる事を確認しておこうか」
直影の一言で空気が引き締まる。
車のハンドルを握っているグレンがいの一番にその言葉に反応を示した。
「まずはリーグレットとの合流ですね。車はこのまま目的地へ回していいでしょうか?」
「ああ。頼む。……時間指定があるな。今から1時間後、リーグレットはオフィスをそれとなく抜け出し、ビル前に移動する。その一瞬の間に車へ乗せて町を出る――以上だ」
アルブスが鼻を鳴らし、組んでいた足を組みなおす。
「そう上手くはいかんだろうがな」
「その通り。何が起きるか分からない。特にこういった組織と対立すると、訳の分からない攻撃を受けたり、異常現象に見舞われるようなことが多々ある。臨機応変に対応するように」
――臨機応変って言われてもな。
直影の言う通り、神格存在による加護を受けているような大御所相手に打ち合わせでどうにか出来るはずもない。とはいえ、予想の範囲を超えた摩訶不思議な動きをしてくるので臨機応変などという言葉で対応可能かと言われれば、当然不可能である。
スケープゴート側でできるのは命を投げ捨てるタイミングを上手く見計らうくらいだろうか。こちらもこちらで残機という超常的な力を持ってはいる。
非常に恐ろしくなってきたので、真白は不意に口を開いた。
「トロップフェンも生贄候補を誘拐されれば動きざるを得ないのは分かりますが、どのくらいの熱量で逃走を妨害してきますかね? 代わりがいるのであれば、ある程度は追われてもとびきりの秘密兵器とかは出してきたりしませんよね」
面子があるのでリーグレットを取り返すのに躍起にはなるだろう。が、面子の為だけに追われるのと、面子もあるが超重要人物なので町の外へ出られたら困る、では話が変わって来るはずだ。
が、ここで直影が無慈悲な考察を口にした。
「全力で追ってくるだろうな。ただ人間の贄が欲しいのであれば、わざわざ資金源の実家が太い信者を選ぶ理由はない。もっと末端の――有り体に言うのであればいてもいなくても問題ない人間から選出するだろう。
少なくとも此度の贄を必要とする何らかの行動は、豪華な存在でなければならない。或いはリーグレットを選んだのに強い理由があると考えるのが自然だろうな」
「わあ、ヤバい依頼……」
「そうだとも」
上司は楽し気にくつくつと笑っている。このくらい神経が太くなければ、スケープゴートでの管理職など務まらないのである。
ただ心配なのは――大仕事であるにも関わらず、久墨が不参加だという事だ。
これは前金だけ貰って失敗を前提に依頼を受けたのだろうか。トロップフェンのお膝元で、生贄候補を誘拐しトンズラなどどう考えたって厳しい。
心なしか車内に緊張感が漂い始めている。
重々しい空気を前に、真白はぐったりと溜息を吐いた。




