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9.黒の剣士

「フンフッフフーン♪」


 ギルドホームにて。

 アリスは上機嫌に、テーブルの上のそれらを眺めた。


「新しいスキルに……【闇魔法】っ。いいものもらっちゃったなぁ。シロさんには感謝しないと。えっと、こっちのは……【魔法剣】。初めて見るスキルだ」


 MPを持続的に消費し剣を作るスキル。

 剣のSTR値及び耐久値は使用者のレベルに依存する。


「サブウェポンみたいな使い方になるのかな。とりあえず習得して……【魔法剣】」


 アリスの手からオーラ状の剣が伸びる。

 重さは無く長さもロングソードと同等で使いやすいであろうことが窺えた。

 試しに近くの森でモンスターを相手取り性能を確かめたアリスだが。


「うーん」


 片手に武器、片手に魔法の剣を持った場合、【剣術】スキルはどちらか片方の剣でしか発動出来ないことに頭を悩ませた。


「攻撃の手数は増えるけど、これだと剣が二本の意味があんまり無いような。そうだ、双剣のスキルを覚えれば……でもたしかあれって同じ剣かセットの武器じゃないとダメだった気が」


 どうしようかと首を傾げること数分。

 ふとステータス欄の【剣術】と【大剣術】スキルに目がついた。


「…………これ統合したら【二刀流】スキルとか出来ないかな。


 ものは試しにと【大賢者】を発動。

 【大賢者】はアリスの意図を汲んだかのように新たなスキルを生み出した。


「おおー!」


 浮かび上がったパネルの前で歓喜した。

 【二刀流】……異なる武器を左右の手に装備することが出来るスキル。


「さすが【大賢者】! 何でもやってみるもんだなぁ。せっかくだし、ちょっと試してみようっと。【闇魔法】の方は……あとで二人に自慢しようっと。エヘヘ」


  新しいオモチャを手に入れた子どものような軽やかな足取りでダンジョンに潜った。






 向かったのは【(なまくら)風穴(ふうけつ)】。

 このダンジョンは特殊なギミックが施されており、プレイヤーからの人気はまったくと言っていいほど無い。

 というのも、まず装備可能武器が片手剣のみ。

 更に全ステータスが弱体化する。

 ここはシンプルに湧きモンスターが強く、珍しいスキル、アイテムのドロップも確認出来ていないため、何とも攻略の意欲を削がれるダンジョンなのだ。

 その分まず人はおらず、大っぴらに手の内を晒さなくて済む。

 加えてステータスが下がる分、それだけ反応速度や思考、状況判断が重要視されるため、プレイヤースキルが必須になってくる。

 実力を試すという一点においては、これ以上ない場所なのだ。


「よしっ、行くよ」


 足を踏み入れてすぐ、ステータスが下がるエフェクトが発生。

 次いで番人のように、牛の頭を持つ筋肉質なモンスターが現れた。

 一体、もう一体と続々と、刃が欠けた斧を振り翳して行く手を遮った。


「【魔法剣】」


 二本の剣を手にモンスターの群れを相手取る。

 スタイルが変わったことで多少のぎこちなさは生まれたが、持ち前のセンスですぐに修正。

 モンスターの群れを半分ほど減らしたときには、最初からそのスタイルであったかのように滑らかな動きを見せた。


「うん、なんかいい感じかも」


 モンスターを全滅させるのに要した時間は約十五分。

 確かな手応えを得てダンジョンを出ようとしたときだ。


「?」


 離れたところで戦闘の音が聞こえてきた。


「他にも潜ってる人がいたんだ。集中して気付かなかった」


 アリスは興味本位で見に行ってみることにした。

 横入りはマナー違反であるため、あくまで邪魔にならないようこっそりと。

 通路を曲がった先でその人物は戦っていた。

 黒いフード付きのコートの裾をはためかせ、ステータスが低下しているのを窺わせないほど流麗に戦う女性。

 弱点部位への的確かつ無駄の無い攻撃、攻撃を掻い潜るタイミング。

 舞うような動きの全てにアリスの目は釘付けになった。


「ほわぁ……」


 モンスターの群れは呆気無く消滅。

 女性は鞘に剣を収める動作をすると、


「ここ来る人、他にいたんだ」

「ほぇっ?!」


 アリスの方を見て笑いかけた。

 気付かれていたらしく、アリスは顔を赤くして慌てた。


「ごごご、ゴメンなさい! 覗いたりして!」

「いいよ気にしなくて。ソロ?」

「あ、はい……」

「結構腕に自信ある感じだ。じゃなかったら、こんなとこ来ないもんね」

「いや、あの、その……お、お姉さんもソロですか? さっきの見てました、すっごく強かったです!」


 目をキラキラさせて言ってくるアリスに女性はキョトンとした。


「あー……知らない感じなんだ」

「何か言いましたか?」

「ううん、何でもない。あたしレイ。ソロなんだ」

「アリスです」

「そっか、よろしくねアリス。そろそろ上がろうかなって、今からボス部屋行こうとしてたんだけど。よかったら一緒にどう?」

「お邪魔じゃないですか?」

「もちろん。可愛い子好きなんだよね」

「じゃ、じゃあ、よろしくお願いしますっ」


 断る理由は無く。

 二人は足並みを揃え、鈍色の火が灯る通路を進んだ。


「アリスは何しにここに?」

「ひ、秘密です」

「まあ新しい武器とかスキルを試しにってとこかな」

「うっ……」

「正直で可愛いね」

「……今度のイベントで足を引っ張らないように、ちょっとでもと思って」

「あー今週だっけ。頑張って。私は出ないけど」

「出ないんですか? レイさんあんなに強いのに」

「あたしギルド入ってないから。だからべつにいいかなって。当日はアリスのギルドを応援しようかな。なんて名前のギルド?」

「【不思議の国のアリス】です。三人だけの小さなギルドなんですけど」

「可愛い名前だね」


 話し込んでいるうちにボス部屋の前へ到着。

 部屋の中心に円形に石畳が敷かれており、その隙間から透き通った青色のスライムが出現した。

 スライムは身体を震わせて膨張すると、全長五メートルほどの四足歩行のドラゴンに形を変えた。

 粘魔竜(ねんまりゅう)ドラゴスライム。

 スライムの耐久度とドラゴンの攻撃力を併せ持った二つ名(ネームド)モンスターだ。


「自分よりデカいモンスターはいいよね。たっぷり斬りがいがあって」


 レイは強敵を前にしてもまったく怯まず余裕を崩さない。

 鞘を鳴らし剣を抜く。

 が、そこにあるはずの刀身は無い。

 

「いいの? ぼんやりしてると、先に倒しちゃうよ」


 ニッと笑うとアリスを置き去りにして駆け出した。

 ガギン、鈍い音が一つ。

 ドラゴスライムはレイの攻撃にバランスを崩し転倒した。


「すごいパワー。見えないけど……あるんだ。剣が、あそこに」


 見えない剣。

 目を凝らせど実体は目に映らない。

 故にアリスにはレイの動きが踊っているように、または楽しく遊んでいるように見えた。

 その様に見蕩れた。

 あんなにも華麗に身体を操れるのかと。

 完全にターゲットがレイに絞られている。

 粘体の羽を飛ばし近付けさせないようにするが、全て叩き落とされ簡単に間合いを詰められる。


「ほいっ」


 ただの作業のようにHPバーを削っていく。


「やっぱり周回してると飽きるなぁ」


 ふあぁ、とあくびを一つ。

 何てことの無い普通の油断。

 それを好機としたわけではないだろうが、ドラゴスライムは酸を纏わせたた触手をレイに向かって伸ばした。


「っと」


 触手がレイを融かす寸前。


「【グリムアリア】」


 危機一髪、横からアリスが触手を切断した。


「大丈夫ですか?」

「ゴメンゴメン。ナイスカバー。今のが奥の手だし、さっさと片付けちゃおうか。ついて来られる?」

「は、はい!」


 深い呼吸を一度。

 ダッシュすると同時、ドラゴスライムはアリスへとターゲットを移し、硬質化した粘体を礫と化して吐き出した。

 アリスは受けない。

 礫の間をすり抜けながら進む。


(弾幕張られても前進する……ちゃんと見えてないと出来ないよあんなこと。めちゃめちゃ良い眼してる。動きも無駄が無い感じ。これはすぐ終わるな)


 静かに観察していたレイの予想どおり決着は遠くなかった。

 素早い動きでダメージを与え続けHPはレッドゾーン。

 散り際の攻撃を繰り出さんと再び酸の触手を伸ばすがあえなく散ることとなった。


「【ゲシュタルロア】」


 アリスに命中する直前、暴風が触手を削ったのだ。


「決めちゃえ」

「はい! 【アルフィリアス】!」


 ドラゴスライムは沈黙。

 身体は融けながら消滅していった。

 アイテムも何もドロップしない。

 ただ機械的にダンジョンの外へのワープゲートが開いただけ。


「おつかれアリス。GG」

「はい! レイさんも!」


 パン、とハイタッチの乾いた音が木霊した。


「思ったとおりだった。強いねアリス。今度タイマンしようよ」

「レイさんも強くて、それでとってもカッコよかったです! 私で良ければぜひ!」


 お互いにパネルを開きフレンド登録を完了させる。


「ボッコボコにしてあげるね……なんて。それじゃバイバイ。またね」

「ありがとうございました!」


 一足先にレイはダンジョンを出た。


「私も今日はこの辺で終わろうっと」


 アリスは今日も今日とて充実したゲーム生活を満喫し、電脳世界からログアウトするのだった。






 ――――――――






 薄暗いマンションの一室で目を開き、ゴーグル型のギアを外してゲーミングチェアから立ち上がる。

 下着姿のままキーボード横のエナジードリンクを手に取った。


「うえ……」


 ぬるくなったそれをマズそうに煽ったとき、手元のスマホが鳴った。


「ぁい」

『ひどい声だな。寝起きか?』

「八時間くらいログインしてた。身体バッキバキ。お尻痛い」

『相変わらずの廃ゲーマーぶりだ』

「それで稼いでる人間にそういうこと言っちゃう?」


 ベッドに仰向けに倒れ、天井を見上げる。


「で? 何か用事?」

『例の話、ちゃんと考えてくれたか?』

「んーまあ、気が向いたらね」


 女性は電話の相手と喋りながらも、魅力的な少女との記憶に陶酔した。


「久しぶりに楽しかったなぁ」

『どうした?』

「こっちの話。じゃあ、そういうわけだから。またね」


 向こうの言葉を待たず通話を切る。

 重い瞼を閉じ、微睡みながらあの一瞬を反芻した。


「アリスかぁ……おもしろい子、見つけたなぁ」


 彼女はただ睡魔に身を任せ堕ちていく。

 いつか遠くない未来、戦場で相対することを確信して。

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