第603話 盗難
◇
「ちわーす。……モーズ、連れてきてやったぜ」
国連軍が地下へ足を運んできてから数十分後。
フリーデンとモーズは2人並んでフランス感染病棟の正門外、リムジン式軍用車が横付けされている通りに出ていた。
後ろには5人の軍人が控え、そのうち一人はテーザーガンの銃口をモーズへ押し付けている。
要望通り現れたモーズを見て、軍用車脇に立っていた軍人が対応する。
「お待ちしておりました、モーズ殿。こちらにご乗車ください」
フリーデンには目もくれず、軍人は軍用車のドアを開け、モーズに入るよう促す。
病棟地下へ侵入した部隊の人数より、数が減っているのは気にしていないようだ。事前に無線から「血気盛んなウミヘビと交戦となり、数名が意識を喪失した。今は空いた病室で寝かせている」と連絡済みとは言え、あまりにも薄情に感じる。
「あっ、ちょっと待てよ兵隊さん」
「はぁ。貴方に用はないのですが」
「そっちが俺をお呼びじゃなくても、安全確認しなきゃだろ! お前達が国連のフリしたペガサス教団だったらどーするんだ!!」
「口を慎め! 我々は教団などでは決してない!!」
フリーデンがペガサス教団の名を出した途端、軍人は怒りを露わにした。逆鱗に触れる言葉だったらしい。
フリーデンには関係のない話だが。
「じゃさっさと俺の用を済ませるけどさ、……ニコチンは? あいつ無事なんだろうな? 無事を条件に承諾したんだぜ? 顔ぐらい見せろよ。何なら返せ」
「モーズ殿の乗車を確認しましたらお伝えいたします」
一つ咳払いをし、再び平静を取り戻した軍人はモーズの乗車を求めてきた。
あくまで先に要望を達成しようとする構えに、フリーデンは不安そうにモーズの方へ顔を向ける。
「……モーズ」
「大丈夫だ。ハルパーの引き継ぎを頼んだぞ、フリーデン」
それに対しモーズはフリーデンの肩を軽く叩くと、迷う素振りさえ見せず軍用車へと乗り込む。
その際、後ろからテーザーガンをモーズに押し付けていた軍人と、モーズの左右で挟み込むように立っていた軍人2人も乗車した。
そしてバタンと、車の扉が外界を遮断するかのように閉じられる。
「ほらモーズ乗ったぞ! 教えろよ!!」
フリーデンが声を荒げ詰め寄る。興奮を察してか、彼の後ろに立つ軍人がテーザーガンを取り出し、フリーデンの背中へ当てた。クスシと言えど、これでいつでも眠らせられる。
そう判断した対応者の軍人は、事実をそのまま述べた。
「お静かに。No.8は国連本部へ返却済みです。既に収監も終わっているでしょう。管轄も戻ったので此方から介入はできません。納得して頂けましたか?」
「返却済み、って……。最初からあの脅し文句、ハッタリだったのかよ!?」
「何の事でしょうか」
抑揚のない声で白々しく告げる彼に、フリーデンは思わず胸ぐらを掴みにかかる。
「おまっ、本当にふざけ……っ!」
「お、お、お静かに」
だが背後から発せられた諌めの声に、テーザーガンの存在を思い出してか直ぐに手を離した。
おっかなびっくりな声でも、アイギスの弱点であるテーザーガンは怖いらしい。
「……処分の心配はないんだな? 少なくともお前達にその権限はないんだな? ニコチンはもう此処にいねぇんだから」
「その認識でよろしいかと存じます」
「……それを知る事ができただけでも、よかったわ」
直後、
ドカッ!
鈍い音が辺りに響く。
「……は?」
次いで正門前を固めていた軍人達に、音の発生源が何処か辿らせる前に軍用車の扉が大きく開かれた。
そしてそこから放り出されたのは、モーズ移送の為予め運転席に座っていた運転手。
それによって空いた運転席は、早くも埋まっていた。ヘルメットとガスマスクを外し、窓を全開にし、涼しい顔でハンドルを握る男――赤髪のウミヘビ、テトラミックスによって。
「な、な、な……っ!?」
周囲に動揺が走っている間に軍用車は発進する。
慌てて発砲し、タイヤに穴を開けても無駄であった。
軍用車は路上から浮かび上がり、既に空中走行をしていたのだから。
ウミヘビによって、軍用車が乗っ取られた。事態を把握した軍人の一人がフリーデンの胸ぐらを掴む。
「今直ぐウミヘビへ停車するよう指示を出しなさい! 貴方はクスシなのです、監督責任を果たす義務が……!」
「車に同行したウミヘビ達を管理しているのはモーズであって俺じゃねぇからな〜」
フリーデンはそっぽを向き、白々しく言い切る。
気が付けば彼の背後に立っていた軍人2人もヘルメットとガスマスクを取り、派手な髪色と端正な顔立ちを晒していた。彼らもウミヘビだ。テーザーガンを構えていたのはポーズで、モーズに付き添っていた者含め、全ては演技だったのだ。
ハメられたと、軍人は焦った。ひとまず手の空いた者に逃走した軍用車を追うよう指示を出した後、彼はフリーデンへ更に詰め寄る。
「盗難! 盗難ですよあれは!! 国連の所有物に手を出すなど、何を考えているのですか!」
「何の事かな〜? 単にスイスに向かって出発しただけっしょ〜」
「そんな訳ありますか!? 方向が全く違います!」
「つーかさぁ。所有物ってんなら、先にラボのモンに手ぇ出したのそっちだし、人のこと言えねぇよなぁ」
パンッ
フリーデンは胸ぐらを掴んでいた手を叩き落とし、我関せずを貫き通した。
そこに後ろからアンモニアがおずおずといった様子で声をかけてくる。
「フ、フ、フリーデン先生。と、逃走の、え、え、援護しなくて、大丈夫ですか?」
「何なら、追跡車を全て撃墜させますが?」
アンモニアの隣に立つクロールは防弾ジャケットの下に仕舞い込んでいた抽射器の鎖を取り出し、好戦的な構えを取った。
「過激だな、おい。いいっていいって、下手に攻撃してお前らの立場悪くしたくねぇし。モーズも、大丈夫だろ。ウミヘビ3人も連れてんだからな」
フリーデンは空を見上げ、モーズの乗った軍用車を眺める。その軍用車は、追いかけて来る複数の車を引き離している最中だ。動き回るそれに下手に攻撃をすれば巻き込んでしまう懸念もある。
此処は彼らを信じて任せるのが最善だろう。
(けどまさかモーズが騙し討ちなんて手を使うなんてなぁ。普段は真面目で穏やかで、嘘つくのも誤魔化すのも下手だってのに……)
眠らせた部隊から軍服を掻っ払いウミヘビに着せ、正門前で待機していた軍人達に対し一芝居打ち、ニコチンの現状を知ったと同時に逃走。
平素ならばまずしない騙し討ちだ。
だが手段を選ばなくなったモーズはなりふり構わない事を、フリーデンは知っている。ギリシャの菌床で、既に見ているのだから。
その時の彼はオフィウクス・ラボの規則を無視し、車に飛び乗り後先考えず人工島アバトンを出てフリーデンを追いかけて来た。
そもそもモーズが英雄と持て囃されるきっかけであるガレージ事件とて、モーズが災害を放っておけず突っ走った結果だ。
彼は時に、向こう見ずになる。
(それでも搦手なんて慣れない手を躊躇なく使ったのは、ニコチンの名前を出されたから。……あれ、相っっっ当キレてんな。無茶だけはすんなよー?)
祈りを込めながら、フリーデンは軍用車が見えなくなるまでじっと空を見上げ続けたのであった。




