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最終話 ムライ・コナーはキミと行く。

挿絵(By みてみん)




 キョジュウシンとおれの力を合わせた強大な械奇砲で『星団』は勢力を弱め、退却していった。


 半分ヒト、半分械奇族となったおれは彼らの悲しみを聴いた。


 ()()()祖でもある彼ら『械奇星団』は、はるか宇宙でエネルギー動力炉事故によって大破した宇宙居留地(スペースハビタット)の人間たちの念いが機械に乗り移ったものだった。何世紀も前の話だ。

 『宇宙ゴミ(スペースデブリ)』となった彼らはいつしかこの星への帰還を夢見る。

 彼らの身体は無数にこの星に降り注ぎ、粉塵のように地表をさまよった。

 粉塵はナノレベルで無差別にヒトの血肉に溶け入り、細胞を『械奇細胞』へと変異させた。

 そのヒトが死んでも、その憎悪や報われない魂が械奇細胞を起動させ、そのヒトを蘇らせる。

 それが械奇族の正体だ。


 星団の最終的な願いはこの星に帰還することだったが、すべてを支配する目的も秘めていた。

 悪魔の心を隠すヒト族のことは無論、『魂』を持つ生きるものすべてを食らうつもりでいた。

 星団の核となる超重力生命体が割り出した答えが、『還る地の支配』だった……。



 * * *



 そしておれ、ムライはアシュリの高原にいる。

 

 澄んだ空気と息吹く緑に癒される。


 ソルバ=『ムライ・コナー』というある国王の悲しみがおれの中に流れている。

 ダン・クリーガーはそれは耐えられないというが、そもそもおれという人間の血や肉にはヒト族祖先の悲しみや絶望が刷り込まれているはずだ。

 産みの親のことはわからないが、『生き物』としてのおれの中にも歴史があるのが事実だ。

 この幾億も繰り出され積み上げられた内なる血肉の声に、懸命に耳を傾ける。心静かに対話してみる。

 そこには悲劇もあるだろう。喜びや幸せの瞬間もあるだろう。


 それにおれの心には師と仰ぐ命の恩人ポー先生と、ソルバ王がいる。

 経緯はともかく、ソルバ王はおれの魂を食らおうとせず、生かしてくれた。

 心の中でソルバ王に《何故おれを生かした?》と訊くと《おまえが気に入った》と返ってきた。

 自分の弱さを知る、死を恐れぬおまえこそ真に強いと。

 彼はおれに興味を持ち、踏みとどまりヒトを信じ、もう一度寄り添う道を選んだ。

 スピリチュアルな支えを感じる。

 おれは独りじゃない。



 ……そんなことを考えながら、高く飛ぶ鳶を眺めた。




 おれとダン、キナは高原の家に迎えられた。

 紫の民族服を着たグラノア婆様と包帯猫ピスタ様が温かく受け入れてくれた。


 ピスタ様がダミ声で言った。

「これこれグラノア婆、飲み過ぎじゃて!」

「うっひょ〜〜、まあええでないのぅー、いっ時でもまた平和がやってきて〜」

「婆さんが朝から酒ばっか飲んでこっちは気が休まらんのじゃー、ほれちゃんと服着らんかい」

「あー熱い熱い、体がタギル〜! お祝いだからの! 新しい家族ができたし、今日は久しぶり家長がお帰りになるっ!」

「まあ……ミユズもたまには休みたいじゃろうけどな」

「だって二十年も大地と融合してたのよぉ、YOU GO よくやった〜って!」

「あー冴えないダジャレじゃ」


 グラノア様からお酌を受ける。

 一口飲んでおれとダンは訊いてみた。


「『ミユズ様』とは? まさか」

「かのキョジュウシンよ」

「えっ!!」

「少しの間かもしれんが、星団が退却してくれたおかげでようやく休息の時が来たんじゃ」


 そう言ってグラノア様は微笑んだ。

 その日の夕刻ミユズ様が還られて、おれたちは楽しい時を過ごした。


 キナは笑い、包帯猫ピスタ様の滲み出るユーモアに癒やされてる様子だった。



 夜も更けて、ざわつく心が抑えきれなくなった。

 みな酔い潰れ、眠気に包まれる中、静かに外へ出る。

 しばらくするとダンがおれの後についてきた。


「どこへ行く?」

「……あ、ダン。締めのラーメンを食いにな」

「オレも行く」

「……うむ」


 ダンの後ろにキナが続いた。

「キャーオ……」と言ってダンのズボンの裾を咥えた。ダンを連れ戻そうとする。

 キナはおれの目を見て、小さくうなずいた。


「すまん二人とも。その前にまずはギュルちゃんを救わなければ」


 ダンは無粋で悪かったと、キナを抱っこして家の中へ入った。




 おれは両手を広げ空を仰ぎ、思いを解き放った。


「……ソルバ様。ひとつ力を貸してください……」


 《……いいだろう、リュウジ。ギュルコは元より我が国の民。我が純白の原野に生まれた民だ。よろしく頼む……》


 《はい。おれが彼女のそばにいます……》


 おれはギュルちゃんを捜しに過去へ。

 その座標を確かめる――。



「……ヘッド・ストレート・トゥ・ヘルズゲート・・ソルバ」



 * * *





 《……キミよ。愛しきギュルコ……。キミは一人じゃない。ソルバとひとつだ……》



 《……ひとつ……ソルバと……》


 

 《……キミを……死なせはしない》





 * * *



 械奇文を唱え、おれはまた雷鳴とともに元の時代へ還ってきた。

 ギュルちゃんの行き先はあそこだ。多分……。



 冬の夜のラーメン屋は風情がある。

 ガラス引き戸の隙間から白い湯気がモクモクと立ち昇ってる。

 木目の看板に太い筆文字で『ラーメン・コイケ』。モジャモジャ髪に眼鏡の店長が今日もいる。

 この前来た時は早朝だった。

 店内はこんな時間でも関係なしに映画制作スタッフで賑わっている。

 白シーツを被ったようなオバケのキャラクターや忍者の格好をした者、ADやスタッフたちの打ち合わせや反省会で活気がある。


 この前来た時と同じ隅っこのテーブル席、こちらに背を向け座っている彼女がいた。

 ブロンドの髪と黒いトレンチコート姿の、ギュルコお嬢。

 おれはそっと声をかけた。


「こんばんは。ギュルちゃん」

「え?」


 振り向く彼女は綺麗だった。


「ムライ!」


 おれは小さく手を振り、向かいに座っていいか指差した。


「も、もちろんだ」


 久しぶりで少し照れ臭かったが、向かい合って座り、目を見て言った。

「やっぱその見た目いいよギュルちゃん。髪と服。素敵だ」

 彼女は頬をポッと赤らめる。

「……バ、バカもの。トレース機能での一時的な変身だ。本質の白蛇のような硬い身体は変わらない」

「いや、違う」

「は?」

「ギュルちゃんの本質は誰かを思いやれる心だ」

「……」

「……(戦うために存在()る)なんて言ってたけど、それもソルバ様を想ってのことだろ? 真っ直ぐに。そしておれのことも(そんなに悲しい顔をするな)と、思いやってくれた」

「……ムライ」

「ん?」

「かなり酒くさいぞ。酔っぱらい。しかもいきなり喋りすぎ」


 おれはうつむく彼女の手に、手を重ねた。

 ギュルちゃんは訊く。


「注文。ムライは何にする? みそか塩か醤油か……チャーハンもたのむか?」

「うーん。塩! じゃあチャーハンもどっちも大盛りで。奢るよ」

「わたしが奢るって、この前言っただろ」

「えー、あれ冗談だよ」

「喫茶店でバイトしてお金貯めたんだ。まさかおまえが今日来るとは思わなかった。ミユズ王が還ったのだろう?」

「そうそう。……ていうか、バイト? わ。マジメか」

「よい体験をした。店長もみんな親切だった。なかなか楽しかった」

「ほんと真っ直ぐだなー。うんうん、仕事が続くのも周りの人たち次第ってのもあるし」

「ムライは仕事の方は……」

「ない。今はね。オシャカにしたカーゴ車とステップVAZの弁償のことを考えてる。その喫茶店紹介してよ。働くから」

「弁償わたしも手伝うよ。……そうかしかし、その前にCSAが追ってこないか? 髪型変えたぐらいじゃ……」

「おれもトレース機能で逃げきるさ。そうだな。ギュルちゃんをスキャンしてキミになってみようか」

「なんだそりゃ」

「見たものになる。好きなものになる。そういうこった」


 注文の品が届いた。

 二人ともラーメン大盛り。チャーハンはシェアする。笑顔で合掌して、いただきます。


 食べながら彼女が訊いてくる。

「キナとクリーガーは? アシュリの高原だろ?」

「うん。温かく迎えられた。あそこなら安心だ」

「キナもいるかと思った」

「……今日は『行きなさい』って」

「……そうか」

「ダンは性格変わった。そしてこの前あいつ珍しくいいこと言ったぞ。『リュウジ。大事なのは〝何処へ〟行くかじゃなく〝誰と〟行くか』だって。なるほどーって思ったね」

「誰と……か」


 食べてると相手の育ちの良さもわかる。

 彼女は蕎麦を知ってるからしっかり音を立てるが、口を隠して味わって食べてる。


「……おれはキミと行く」

「え、……なんだ、いきなり言うな」

「そうしたいんだ。どうしても」

「……キナが怒るぞ」

「キナも来ると言ったら連れてくる。いい?」

「……うん。いいよ」

「じゃ、どこへ行こうか」

「まずはドクター・プラテンのところだ。CSAに砲撃されたマグナビークルも弁償しないとな。次元転移の約束もあるし」

「うわあ、それもだった。やっぱお金が……それもかなりの」

「だからしばらくは働いて稼ぐしかない」


 互いにうなずいてからおれは言った。


「CSAを捨て置くつもりもない。奴らはおれが見張る」

「わたしも協力する」

「ありがとう。……あ、その前にポー先生にも会いに行こうよ」

「わかった。そうしよう。……あと、わたしの『ばあば』のお墓参りにもつき合ってくれるか?」

「もちろんだ」

「ばあばに。そこであなたのことを話したい」

「ありがとう。どこへでもいっしょだ。いっしょに行こう」

「……わかってる。いっしょにいよう」




 ……あとで訊いた話だが、()()()()()()()()は十歳の頃お婆さんと列車に乗り込み、外国の親戚のところで暮らしたそうだ。

 やがてお婆さんは老衰で亡くなり、彼女も病気で命を落としかけたが、宿していた械奇細胞によって蘇った。

 おれが時を超えたのは、あの時の野獣の如き兵士たちを事前に駆逐するためだった。

 あの瞬間の歴史を修正したが、結局彼女とは出逢う運命にあった。

 ソルバのために動いたギュルちゃんはおれを捜し……こうして同じような結果に至った。





 おれたちは外へ出て、冬の風に吹かれながら並んで手を取り、前へ進んだ。

 退くことなく信じて跳べば、道は拓けるだろう。

 互いの愛の中でおれたちは生まれ変わった。

 自然の猛威を知る野花のように、生きる場所を選んでゆく。




挿絵(By みてみん)





 【END】

『最後まで読んでいただき、ありがとうございました!』

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