第19話 キョジュウシン出現、ギュルコの念い。
「ギュルコ殿早いな。情報が」
と、包帯猫ピスタ様が感心していた。
「こうしてわたしはいつも救われるのです。何故だか」
そう返すわたしの肩をドドちゃんがさすった。
「そう。わたしは言うんです。きっと、それはギュルちゃんのお婆ちゃんの声よって。大好きだったお婆ちゃん。ずっと彼女の支えになってる」
わたしは思わず涙ぐんでしまった。
だめだ。近頃涙腺緩みまくりだ。
亡くなっても、あの声や匂いをすぐに思い出せるのは何故だろう。
ドドちゃんの言葉であらためて『見えるものがすべてではない』と思う。
わたしは胸に手を当て、そしてピスタ様のお手を握った。
「行きましょうピスタ様。ドドちゃんも」
* * *
ナモン国北部の霊峰コフンザン山頂。
紫の民族服を着た老婆が岩場に着座して下界を見下ろしている。
傍らには清酒の一升瓶。開栓していないもの。
わたしはここにたどり着くまでにゴーストネットの情報で、《グラノアおばば様の酒が抜けたらキョジュウシンに声が届く》ことを知らされていた。
今、おばば様はそれを待っておられるのだ。
それも長い時間、お酒を我慢しているらしい。
その殺風景な岩場へ足を踏み入れてピスタ様が開口一番、おばば様を呼んだ。
「グラノア婆。こーんな寒いところで何しとんじゃ?」
おばば様は背を向けたまま徐ろに右手を伸ばし、清酒の瓶をぎゅっと握って言った。
「禁酒」
「……ぷっ、うっぷぷ。おっかしーいのぅ。水代わりに酒飲む婆様が。……久しぶり。元気じゃったか?」
「うむ。……ピスタちゃんも元気そうなダミ声で安心したわい。こうしておるのはな。わーし(わたし)の声が若くないとキョジュウシンに届かんらしくてな。厄介なこっじゃて」
ピスタ様がケラケラ笑う。
グラノアおばば様はようやく振り向いて薄桃色のお顔とさらさら緑色の髪を見せてくれた。
そして頬の深い皺をさらに寄せ、天空を指差し、腹まで響く嗄れ声で言った。
「おまえたちの念いは承知しておるぞ。ソルバを止めなければ星団が降りてくる。ソルバを止められるのはキョジュウシンしかいない。キョジュウシンはわーしの声しか聴こえない。しかも若い頃の。……まったく! なんちゅう条件じゃ」
「酒が抜ければ若返る。妙ちくりんな特異体質になったもんじゃの。ふっはっは」とピスタ様。
「うるさいわい。わーしのこの嗄れ声じゃキョジュウシンに念いは届かんらしい。若い頃のキーの高い、思い出のワードでなければ。……ところで。その向こうは……ドドちゃんかい? んで……その隣りは」
グラノアおばば様と初めてわたしは会う。
でも即座に不思議な安心感に包まれた。
「ギュ、ギュルコです。よろしくお願いします」
「わーしはグラノアじゃ。おぉ、そなたのお顔をよく見せておくれ。……うんうん。よくぞここまで無事だったねぇ。待っていたよ」
おばば様はそう言ってまっすぐ向き直ってわたしを抱きしめてくれた。
この……感覚。威光……。
そしてシロツメクサの花冠をわたしに手渡し、目尻にしわを寄せ小さく言った。
「暇があったらいっしょに作ろうかの」
おばば様はまた下界を見下ろし、説明した。
「荒れ狂ったソルバを止めるため我が同志がすでに動いてはいたが、全然歯が立たんかった。もう少し待て。わーしが完全に素面になれば、キョジュウシンに声が届く」
* * *
寒風吹き荒ぶ山頂。
わたしたちが見つめる中、おばば様はしばらくうたた寝した後、すっくと立ち上がった。
わたしたちは目を丸くして仰け反った。
目の前のおばば様がやわらかい赤い光を放ちながらみるみる若返る。すらりと、わたしはその姿を見て確信した。
やっぱりだ。初めてではなかった。このお方こそ、あの時わたしの『ばあば』を抱きかかえ、厚葬してくださったお方――。
グラノア様はこちらを見て微笑み、また背を向ける。
そして下界を、いや全方位全世界を見渡して大気を取り込み、確と踏ん張って高く艶美な声を響かせた。
「わたしはグラノアよーー! アルムズタウンから来たのーー! よろしくぅーーっ!」
東の空から北の町まで迫るレッドダストをなぎ倒すようにグラノア様の声が空間を駆け巡る。
落ちてくるような紫紺の空が揺れ、黒雲に波紋が起きる。
地が唸った。
霊峰コフンザンが波打った。
一方、わたしたちの上空ではレッドダストが密集し、人型を形作ってゆく。
これぞ夢のイメージに見た鬣を振るうソルバ様の姿だ。
赤い獅子のような巨人に呼応するように、波打つコフンザンの地表から唸り声がする。
轟轟と大地が揺れ、全方位の地表から光が集まり、山頂の高さほどに聳え立ってゆく。
じわじわとソルバ様をはるかに凌ぐ巨大な『械奇獣=キョジュウシン』の姿が我々の前に広がった。しかし下半身は大地と繋がっており、地表から突き出た感じに見える。
ピスタ様が上機嫌で声をかけた。
「ひょーーっ! やぁっと出てきたなキョジュウシンよ!」
標高千メートルの山と肩を並べるキョジュウシン。それに立ち向かってゆく赤い砂塵の塊ソルバ様。
バリバリと放電しながら張り合う両者。
実体があるのかないのか、幻影なのか否か、空からぶつかっては壊れ、また再生するソルバ様と、波打つように地表から浮き沈みするキョジュウシンの戦いは我々の理解を超えていた。
声をかけたのに応えてもらえず舌打ちするピスタ様をグラノア様が抱っこする。
「怒らないのピスタちゃん。キョジュウシンはずっと星団を見張りながら戦ってるから一寸の油断もできないの。特に今は。ソルバに完全に気をとられたら、今にも星団が攻めてくる。我々を守りながらの戦いよ」
「うむぅ。やはりあのソルバを止めるしかないのか」
「そう。ソルバにとっても、キョジュウシンを打ち破ることで星団の侵攻を切り開ける。ソルバはヒトも械奇族もこの星すべて、滅べばいいと思ってる」
「なんじゃと?」
グラノア様は唇を噛みしめ言う。
「三奇士の雷闘ピカン、月臣ウォールン、闇卿ブラジがソルバに立ち向かってもだめだった。キョジュウシンの緊張が伝わってくる。我々同士が戦うのは間違ってると。もう少し、時間を待ちましょう。時間をかけてぶつかり語り合い、キョジュウシンがソルバを取り込むことができれば……」
ドドちゃんも一歩足を踏み出してグラノア様の手を握り、いっしょに祈った。
そしてわたしは聳えるソルバ様を睨みつける。
ソルバ様――。
ソルバ様の中にいるムライよ。
ムライ・コナー。
聴こえるだろうか。
もう、鎮まってくれ。
キナもそこにいないのか?
応えてくれ。
わたしは諦めきれない。
あのムライを信じてる。
そこにいると信じてる。
ソルバ様。ムライを返してくれ。
キナと二人、返してくれ。
わたしはまたムライと話がしたい。
いっしょにいて話したい。
彼の声が聴きたい。
いっしょにいたい。
ムライ! ――『リュウジ』ッ!!
グラノア様に会えて嬉しかった。ばあばのお墓も守ってくださってた。わたしが行くといつもお花が。この方に、ずっと支えられていたのだ……。
次回、『ムライ・コナーの復活』
ソルバ様! ムライを返してくれ!




