03話 ウーゴの村
教わった通りに落ちている枝葉を避け、木々の太い根の上を選ぶ。息をひそめて慎重に1歩、また1歩と森の中を進む。
そうして森の中を進み、見覚えのある罠を見つけると、草子は足を止めた。
木々の幹と幹を繋ぐように、人や獣の目に留まりにくいように、地面近くに縄が張ってあり、木か何かで出来た鳴子が一定間隔でぶら下げられている、鳴子罠。
(たしか、これをうっかり慣らしちゃうと問答無用で殺されるってジェンが言ってたっけ)
この鳴子罠はゴートの森の外れにある村の村人たちが自衛に張ってあるものであり、音が鳴るとそこへ村人たちが契約している聖獣が罠を鳴らしたモノ――それが獣であれ魔物であれ、人であっても、殺す為のものであるのだそうだ。
物騒だとは思うが村人たちの自衛の為なので仕方がないのだ。
この罠があるからこそ、村は獣や魔物に襲われる――村の住人たちを食い殺されることなく暮らしていけるのだそうだから。
最初にここへきた時、罠を発見できて、ジェンと会う事が出来て本当によかったと草子は自分の幸運に感謝した。
知らずにいたら、この罠が音を鳴らす罠である事を知っていただけに、もしかしたら人に会えるかもしれないと思って鳴らし、そのまま自分が食い殺されていたかもしれない。もしもの現実を想像してしまい、草子の身はおそろしさでぶるりと震えた。
かもしれない話であっても、この1か月間ジェンによって世界の知識を教え込まれた草子にとってはとても現実味があったのだ。野生の獣や魔物の危険性は何度も何度も強く言われたし、狩りの練習で魔物と遭遇した時などは言葉に表せないほどに大きな、とても大きな迫力を前に、それだけで心臓が止まるかと思った程におそろしいものであったのだから。
ちなみにその魔物に遭遇した時、もちろん狩りの練習であるからと草子の側にジェンが居り、ジェンは掃除の最中にひときわ目立つ汚れを見つけた時のように眉間にしわを寄せると、そのまま背中に背負っていた槍でサクッと魔物を仕留めていたが。
スキルを人に与える事ができたり、恐ろしい魔物を一撃でさっくりと倒せ、魔法も使え、別れの際には一瞬で消えてしまったジェン。彼は一体何者なのだろうか。
神様の祝福でならスキルを覚えられるって言ってはいたが、時々こぼれる話の内容からすると神様ではなさそうだったしなぁと、ジェンの不思議さに草子は首を傾げた。
よく考えなくても無双モノの定番、“スキル付与”とかいうスキルもあるのかもしれない、と草子は思ったのでそうに違いないと決めつけ、思考を切り上げた。
縄に触れないように慎重に罠をまたいで越えて、森をまた進む。
慎重に、慎重に。
鳴子罠はこれひとつではなく、まだ先にいくつかあるらしいので、見逃さないように目を凝らし、トットットと木の根に軽い音を落としながら、草子は進む。
5つ目の鳴子罠を越えた時、遠くで鳥の鳴くような声が聞こえた。
森に迷い込んでから、毎日のように聞こえる、この鳴き声。
鳴き声の持ち主に出会った事はないのだが、毎日聞こえるし、しかし姿は見えないし、で気になっていた。
頻繁に聞こえる鳴き声に、いつか会えるとは思いはしたが好奇心を抑えられず、ジェンと暮らし始めて1週間経ったくらいに、この鳴き声の持ち主は何なのかと訊ねた。が、ジェンはそんなもの聞こえるか?と不思議そうに耳を澄ませていたのが心に残っている。
そのやり取りの最中にも鳴き声が森に響いていたのに、私には聞こえ、ジェンには聞こえていなかったのだ。
ジェンでも知らない事があるのかと言えば、ジェンは苦笑し、“迷い人”は例外なくユニークスキルを持っているから、草子のユニークスキルに関するものかもしれないと言っていたから、近いうちにこれも解決するかなと草子はウキウキと楽しみにしていた。
「――止まれ」
低く響いた日本語ではない言葉に、草子はぴたりと止まった。
声の聞こえた方を目だけ動かすと草子の右手前方にある一際大きな大木の根本。そこに弓を草子に向けて構えた男が3人、立っていた。
ぴりぴりとした空気が彼らからは流れてきており、警戒されているのがわかって、身体が固まる。
鳴子罠の仕様や、森の魔物事情からすれば当たり前の事であり、ジェンからもおそらく警戒されるだろうとは聞いていたが、聞くのと体験するのとでは大違いなのである。
「……女?」
先程響いた低い声とは違い、少し高めの若い男の声だった。
思わず声が出たのだろうか、隣で弓を構えていた別の男に肘で小突かれている。
そんな彼らを見た時、草子の緊張が少しだけほぐれた。
警戒されてはいるが、言葉がわかる。そう、日本語ではないが、言葉がわかる。言葉が通じるのだ。
「こ、こんにちは?」
警戒されてぴりぴりとした空気に慄きながらも草子が口をひらくと、自分の口から聞いた事のない言語が飛び出した。
知らない、はじめて聞く言葉であるのに、それでも意味がわかるのは、ジェンにもらったスキル“レジェンディア共通語”のおかげだろう。
わからなくても持っていたらなんとなくわかるのだから、スキルってすごい。
「あのっ、旅人組合とやらに行きたいのですが、近くに組合のある村か街はありますか?」
警戒されたらまずはそう言えとジェンに言われていた言葉を口にする。
するとその言葉に反応したのか、男の中の一人――声からして最初に止まれと警告してきた人が弓を構えたままではあるが、口を開いた。
「ある。目的は何だ」
「確認と登録、それから仕事があれば仕事を」
裏返りそうなのを必死に抑え、平常心平常心と心で念じながら草子は声を出す。
…表情が若干引きつっていてるのはご愛嬌というやつである。
「…身分証は」
「ありません」
「………」
草子の返事に低い声の男は少し考える素振りを見せると、他2人に何事かを話すとそのまま2人の後ろの方へと行ってしまった。
現場を任されたらしい2人は無言で草子へ向けて弓を構えている。
「………」
「………」
「………」
無言の空間がちょっぴりツライ。
そう思っても下手に何かをしても、それによって相手の地雷を踏み抜き、敵だ危険だ殺せとか言われてしまっては、そのまま草子の人生が終了してしまいそうである。
魔物に遭遇した時用のとっておきアイテム――ジェンに作り方を教わったもの――を使えば逃げ切れない事はないだろうが、あれは材料入手が難しいのである。使ってもすぐには作れないし、使って逃げた先で魔物に遭遇してしまえばどちらにしろ…な結末になる。
話し合いでなんとかなるなら、話し合いで済ませるべきだろう。
であれば、大人しく待っているしかない。
ぴりぴりとした空気のまま、5分、10分、30分。静かに時間が過ぎていく。
仕事をしていた時ですらこんなに緊張した事はないよと草子が心の中で毒づいていた時、低い声の男が戻ってきた。
後ろに2人の女を引き連れて。
その女性たちの姿に草子は目を奪われていた。
「…あらまあ。かわいらしいご婦人ではないの!」
「本当ね!とってもとっても小さいわ!小さくてかわいいわね!」
女の片方――茶色の髪と揃いの色をしたふさふさな猫耳をつけた女性がころころと笑うように言えば、もう片方の女――ベージュの髪にベージュのうさ耳をつけた女性が嬉しそうに興奮したように同意する。
あの耳は本物なのであろうか。草子は自分の状況を忘れて女たちの耳を凝視していた。
その事に気付いていない訳はないだろうが、歩みを止めた男の横を通り、獣耳をつけた2人の女はそのまま草子へと近づいていく。
「…こんにちは?」
近付いてくる2人にどう反応していいのかわからず、首を傾げながら草子は挨拶をしてみた。
ちなみに低い声の男はともかく、その横にいる男2人は弓をまだ降ろしていない。
「あらあら、こんにちは。見た目は成人しているように思えるのだけれど、まだ子供なのかしら?」
「そうねそうね、とってもかわいらしい声ね!ニンゲンは成長が早いっていうけれど、声は子供そのものだものね!あたしに見分けはつかないわ!こんにちは、かわいい声のお嬢さん!」
猫耳さんとうさ耳さん――草子は2人をそう呼ぶ事にした――は挨拶を返しながら、そう言った。
そして草子の前で歩みを止めた。
近くにくるまでわからなかったが、草子を小さいと言っただけあり2人とも草子より頭一つ分は高かった。
草子も日本では低い方ではなく、平均くらい――160センチはあったのだが、猫耳さんとうさ耳さんはその草子よりも身長が高い。うさ耳さんに関して言えば、耳を入れれば2メートルを軽く越えていそうだった。
その後ろにいる男たちは猫耳さんとうさ耳さんより高かったから、2メートルくらいありそうである。
ジェンも大柄ではあったが、やはり日本人は異世界でも身長が低いのであろうか。
「見た目通りに大人です、34歳です。草子って言います。ええと……お二人は?」
やはり見た目はちゃんと大人に見えている!と心の中でガッツポーズをとりながら、努めて冷静に草子は二人に問いかけた。
猫耳さんとうさ耳さんは二人で目を合わせ、それから草子に微笑んだ。
「あらあら、ソーコさんね。かわいらしい名前ね。私はミリィていうの。よろしくね」
「そうねそうね、珍しい名前ね!あたし覚えたわ、ソーコね!あたしはウメリなのよ!よろしくね!」
穏やかに褒めてくれた猫耳さんがミリィ、珍しい名前と率直な感想を元気よくくれたうさ耳さんがウメリ、という名前であるらしい。
友好的な声音と態度、それとたまにぴくぴくと動く猫耳とうさ耳に怖かった空気がやわらいだような気がして、草子も笑顔になる。
「ソーコさん、旅人組合に行きたいのよね?」
「そうです!」
「組合へ行くのはいいのだけれど、いくつか聞きたいことがあるの。いいかしら?」
「はい、もちろん!」
ミリィが草子とやり取りをしている間に、ウメリが後ろの男たちに視線で合図を送った。すると2人の男は漸く構えをといて弓を下げる。低い声の男と2人の男は短い言葉を交わし、ミリィたちが来た方へと歩いていった。
もちろん草子は気付かない。
友好的な…それも女性が来てくれたので、ほっとしたのもあるが、ジェンと出会った時もそうであったが、草子には根本的な警戒心というものが足りていないのだ。
短いやり取りだけでもその事にミリィとウメリは気が付いたのであろう。
彼女たちは草子を無害。もし害になったとしても即座に排除できるだろうと判断したからこそ、男たちに弓を下ろしても大丈夫だと合図を送ったのだ。
「そうなの、お師匠様と2人で生活していたのね」
「ですです。そしたら、お前もいい年だし、いい機会だから独り立ちしろ!って言って突然魔法で飛ばされたんです」
頷き話を聞いてくれるミリィに、草子はジェンに教え込まれた通りの設定を話す。
設定は、草子は迷い人であるのだが幸運にも師匠と呼べる魔法使いに出会い、数年間、魔法や狩りの仕方を教えてもらいながらどこかの隠れ家のような場所で暮らしていたのだが、そろそろ甘えてないで独り立ちをしろと魔法で追い出された。というものである。
あながち嘘とも言い切れない内容なので、草子自身に不自然さはひとつもない。
むしろ、人と会えて嬉しい!というオーラが出ているので、ミリィもウメリもあっさりと信じ、“迷い人”である事になのか、お師匠様に突然魔法で危険な森に飛ばされた事になのか、草子に同情の視線を向けていた。
「ロア、ソーコさんは大丈夫よ。そう判断したわ」
「…そうか」
草子の話が一区切りついたところで、ミリィが後ろで待っていた声の低い男――ロアに声をかけた。
そのやり取りで、弓を構えていた2人の男がいなくなっている事に草子は気付く。
どこに行ったんだろうかときょろきょろと探そうとすると、ウメリが草子の手を握ってきた。
顔をあげると、ウメリの嬉しそうな視線と出会う。
「大丈夫だよソーコ!コワイヤツがいたら、あたしがエイヤー!って倒しちゃうからね!」
「あらあら。ウメリちゃん、あまりソーコさんを振り回しちゃ駄目よ?」
「ええー!? あたしはそんなことしないよ!ソーコを守るのよ!騎士様なの、騎士様!」
ウメリの勢いに押されて草子が目を白黒させていると、ミリィがやんわりとウメリに注意を入れる。
が、ウメリは注意された事に驚いたように声をあげ、草子をギュッと抱きしめながら、ソーコの騎士様になるんだからと主張した。
顔の右半分がウメリの豊満な胸に埋もれ、同性であるがその弾力の良さに思わず赤くなる草子。
「あら? ウメリちゃんはソーコさんの騎士になりたいの?」
「そうなの、騎士様になりたいの! ほっとくと死にそうなのよ? ソーコは頼りないのよ? せっかくせっかく、かわいい声をしているのに! ソーコが死んだらもう聞けないの!」
ソーコの騎士様になればかわいい声を聞き放題なの!と抱きしめた草子に頬ずりを始めるウメリ。
褒めているのか貶しているのかわからないが、つっこみを入れる余裕が草子にはない。
なぜならば、ウメリが動く度にウメリの髪の先が草子の顔を撫でていき、それがとてもくすぐったく、それを訴えようとする度になぜかミリィの胸に顔が埋まって息が出来なくなり、物理的に余裕がないのだ。草子もまさか、人の胸で窒息しかける体験をする日がくるとは思わなかっただろう。
そんなウメリと草子にミリィは微笑ましそうな視線を向け、ロアは――ローブについているフードを深くかぶっているので表情は見えないが、知らぬふりを決め込んでいた。
大木と大きな石で造られた扉を越えると、そこは獣耳天国でした。
猫耳犬耳うさ耳馬耳。
シカの角が生えている人も居れば闘牛のような太く鋭い角の生えている人もいる。
きょろきょろと物珍しげに辺りを見回す草子の手をひっぱり、ご機嫌なウメリが口をひらいた。
「ここがあたしたちの村、ウーゴなのよ!」
「うふふ。ウーゴの村へようこそ、ソーコさん」
ウメリに続きミリィも笑顔で続ける。
草子は2人に笑顔で応えながらも、きょろきょろと辺りを見るのを止めない。
門の側にはロアと似たようなローブを羽織りフードを深くかぶった人――おそらく自警団か何かなのであろう――が村の外側と内側にそれぞれ2人ずつ、槍を構えて立っていた。
入る時にロアが門の人たちに向かって頷いていたから、ロアもおそらく自警団か何かなのだろう。納得の最初の警戒っぷりである。
門をくぐった先には村があり、門から続く大きな道に沿ってたくさんの露店が並び、露店の向こう側には煉瓦で作られた背の高い家々が並んでいた。
行き交う人は少なくなく、ぎゅうぎゅう詰めではないが、それでも少しでもよろければ誰かしらにぶつかりそうなくらいの密度があり、露店を見て足を止める人でもいれば道が少し停滞してしまう。
この規模は村というより街だよなぁ。と、草子は思うが声には出さない。
そして来た道――門の方を見れば、門からぐるっと村を囲む木のような岩のような、不思議な質感の壁がある。それは家々の屋根より高くそびえたっており、その壁の上には何の種類かはわからないが、背の低い木が青い葉を茂らせ、風でざわざわとざわめいている。
所々にメガホンのようなものが見えるのは、無線放送のようなものがあるのかもしれない。
危険な仕様になっている鳴子罠をいくつもかけるくらいであるし、明らかに無力そうな草子を相手に警戒を怠らず、多少の事ではビクともしなさそうな壁に囲まれ、その門もよく見れば壁と似たような材質で作られており、閉じれば外から何か暴力が振るわれても滅多な事では崩れたりしないだろう。
獣耳とかはファンタジーだけどちゃんと現実なんだなぁ、と変な所で実感する草子である。
「ソーコさん、大丈夫ですか?」
「ソーコ、はぐれちゃダメよ? 手をしっかり握っていてね!」
「はい!」
少しぼんやりしていたのか、ミリィが心配そうに草子の顔を覗き込むと、ウメリが握る手に力をこめる。
それに気付いた草子は元気に返事をして、ウメリにひかれるままに道を歩きだした。
大通りを歩き、3つ目の十字路を右へ曲がる。
門から続く大通りと比べると人は減ったが、それでも少なくはない。
それから歩いている人の種類も大通りとは少し違った。
「“組合通り”と言うの! 宿屋とか防具武具のお店、それから酒場もあるの!」
毎週黒の日の夜に酒場で歌う歌姫様の歌声はとてもきれいで素敵なのよと、その歌声を思い出したのかうっとりとウメリが言った。
ウメリはもしかして声フェチというものなのだろうかと草子は思った。
自分の騎士になると言った時もそうであったが、何かある度に声が声がと言っているように思える。
「ウメリちゃんは本当に女の子の声が好きね」
「とっても好きよ! 歌姫様とソーコはその中でも特別に大好きな声なのよ!」
思った事を肯定するかのようなミリィとウメリの会話に、やっぱりかーと納得する。
この子供のような高い声で得した事などほとんどないどころか嫌な事ばかりであったが、うさ耳で美人なウメリに好きだと言われて悪い気はしない。
むしろこの声でよかった!と生まれてはじめて草子は思った。
「…黒の日、ですか?」
「ニンゲンの国にはないのかな、黒の日」
ジェンに教わった知識の中にはなかったので、草子が何だろうかと声に出す。
すると答えをくれたのは、ミリィでもウメリでもロアでもなく、少年のような高めの声をした声だった。
草子は突然降ってきた声に慌てて上を見上げ、その背の高さに驚いた。
トナカイのように立派な角を持った青年だった。
「こんにちは、ニンゲンのお姉さん」
「…こんにちは?」
顎をかなり上げなくては顔が見えないくらいに、2メートルくらいだろうと予想しているロアよりも少なくても50センチ以上は高いであろうその青年に、草子は戸惑いながらも挨拶を返す。
疑問形な挨拶にも嫌な顔をせず、青年はさわやかな笑顔で頷いてくれた。
「モイア! 久しぶりね!」
「お久しぶりです、ウメリ姉さん」
青年に気付いたウメリが嬉しそうに声を上げると、青年――モイアもウメリに笑顔で応えた。
「まあまあ!モイアちゃん、帰っていたのね!お仕事、大丈夫だったのかしら?」
「…無事の帰還、何より」
「ええ、ミリィ姉さん。仕事はしっかりと終わりましたよ。ロア兄さんもありがとうございます」
ウメリに続いて、ミリィとロアもモイアに声をかける。
顔見知りのようで、ミリィもロアも親しげだ。
繋いだ手をモイアに示し、ウメリはにこにことご機嫌に言った。
「あのね、モイア! ソーコよ! とってもかわいい声をしているの!」
「――草子です。はじめまして」
そういえば“はじめまして”なんてこの世界に来てから初めて言うなと思いながら、草子はウメリの紹介に乗って、モイアに名乗る。
「はじめまして、ソーコお姉さん。ぼくはモイアって言うんだ、よろしくね。それからウメリ姉さん、たしかにとってもかわいい声だね。ウメリ姉さんが気に入るのもわかるよ」
優しげな笑顔の優等生と言った感じのモイアはにこにことウメリの言葉に頷いていた。
ウメリの声スキーな趣味は、モイアも知っているようである。
「それで、黒の日、だったかな? ソーコお姉さんは知らないんだよね?」
軽い挨拶を一通り終えると、モイアは草子に聞き直した。
それに草子が頷くと、モイアもうんうんと頷いて説明をしてくれた。
「ニンゲンの国がどうかは知らないけど、1週間が5日なのは知っているかな。ぼくらはその5日間それぞれに神世界に残ったそれぞれの神を現す色に当てはめて呼んでいるんだよ」
曜日のようなものであるらしい。
白、黄、赤、青、黒。
その5つの色がレジェンディアに残った5人の神々それぞれの力を現す色であるらしく、残った神々への敬意をこめて、1週間の日々に当てはめているのだそうだ。
1週間が5日であることはジェンに聞いて知ってはいたが、曜日の概念があるのは初耳だった。
なぜそんな重要な事をとも思ったが、モイアは“ニンゲンの国がどうかは知らない”と前置きした事から考えると、ジェンはその事を知らなかったのかもしれない。
ジェンは凄腕の魔法使いではあっても人間に見えたし、村や街などの人の居る場所にはまず近づかないと言っていたもんなと草子は納得した。
そして、ニンゲンの国とやらへ行くことがあったらそこで聞いてみる事にしようと心のメモ帳に追加したところで、あれ?と気が付く。
「…人間ってこのえーと、レフロム? には、居ないんですか?」
「居るよ!」
聞けば、元気にウメリが答えた。
その答えに草子は混乱し、モイアは草子の混乱に気付いたが理由がわからないようで何かまずい事でも言ったかなと首を傾げている。
ウメリは草子が何を言いたいのかをわかっていないし、ミリィはあらまあと笑顔ではいるが何を考えているかわからない。
それぞれの反応にロアがため息をついた。
「多くのニンゲンは聖大陸に住んでいる。滅多にそこから出てこない」
聖大陸ライロム。レジェンディアにいくつかある大陸の中のひとつであり、魔大陸レフロムから見て南東にある大陸の名前である。
その名前をジェンから聞いた時、名前の印象から思わず聖と魔で戦争とかしているのかと聞いたのだが、そんな事はないと彼は言っていた。
神々が去った後、残った人々が国家間で争う事は多くあったが、それが種族間の争いになったかといえば、そんな事はないと断言していたのだ。そして、同じ大陸の国同士で争う事はあったけれど、海を挟むと同大陸の他の国に攻め滅ぼされてしまうからと大陸間での戦争もなかったらしい。
世間の事情に疎いとも言っていたが、さすがに種族間の争いが起こったりしていたら、滅多に人里へは行かないジェンとはいえそれでも生活物資の補充くらいにはいくだろうから、わかるだろう。
というか、そんな人間vs他の種族…ここでいえば獣人か。そういう人間vsな争いが起こっていたら、自分はここに来る事無く最初に威嚇された時点で死んでいたのではないだろうか。だから大丈夫だろうが、それならなぜ?と疑問が出てくる。
考えれば考えるほど、大陸のこと――種族関係がよくわからない。
「そんな難しい顔して悩まないでよ、ソーコお姉さん」
聞こえた声に意識を向ければ、いつの間にかモイアが屈んで草子の顔を覗き込んでいた。
正直かなり驚いた草子ではあったが、モイアが自分を心配してくれているのだとわかる表情をしていたので、反射的に叫びそうになった声をなんとか外に出さずに押さえ込んだ。
「そうね、ここで立ち話をするのもいいけれど、そろそろ中に入りましょう。ね、ソーコさん」
にこにことミリィが笑顔でそう言いながら草子にある方向を見るように促す。
草子が首を向ければ、いつの間にかたどり着いていたらしく、その建物の屋根にある大きな看板には見た事のない文字で“旅人組合ウーゴ支部”と書いてあり、その下にはある扉には看板と同じく見た事のない文字で“営業中”と書いた板がぶらさがっていた。
聞いて話すだけでなく、見た事のない文字までも読めるとは。
それにまだ試していないが、なんとなくだが、その文字を書けるような気がする。考えると文字の形がなんとなく頭の中に浮かぶのだ。
“レジェンディア共通語”なんて初めて知った言語だし、学んでもいないのに、読み書きができて話せるようになるだなんて、スキルってすごい。
スキル=チートという認識でいいかもしれないと草子は思い、レジェンディア共通語というスキルをくれたジェンに感謝した。
“迷い人”という世情に疎い立場でありながら、学んだ知識やそれらを使い、スキル=チートという認識にまで至れたのに、なぜそこで気が付かないんだ!と、もしもジェンがこの場に居たら呆れていただろう。
スキル習得アイテムについての注意点を聞いていたはずであるし、スキル持ちがこの世界でどういう立場であるのかもしっかり学んだはずである。何よりジェンも知識はあるが世情にかなり疎い方だとこれまでのやり取りでわかったはずである。
それなのに草子は気付かなかった。
地球出身の迷い人。
頭がそこまで悪い訳ではないはずなのに、気付くタイミングがいつも微妙に遅い、残念な人間。
それが、早田草子なのである。
村という名ではあるけれど、規模は大国の首都レベル。
それがウーゴの村です。