02話 神様がいるらしい
神世界レジェンディア。
冠にある神世界という名の通り、神が神の為に作った神の世界であり、伝承にも残らないほど遠い昔。神々は人々――人間や妖精、獣人等、数えきれないくらいに種族がいるがまとめて“人”と呼ぶ――の良き隣人であったそうだ。
が、それは先に書いたとおりに昔の話。
たくさんいた神々はある時期を境に次々とこの世界から旅立っていき、残った神々は片手の指で足りる数しかいないそうだ。その残った神々も人々の前には滅多に姿を現さず、稀に神殿の神子を通して思い出したように神託を告げるのみであるのだという。
神が神の為に作ったはずであった神の世界であるのに、多くの神々がなぜ世界を去ったのかを人々は知らず、残っている神々も語らず。それでも昔を懐かしみ、人も神もこの世界の名前に神世界と付けて呼んでいるのだそうだ。
ここはその神世界レジェンディアと呼ばれる世界にいくつかある大陸の中で一番大きな大陸である、魔大陸レフロム。そのレフロムの一番東の端にある高い山に囲まれた辺境の“ゴートの森”と呼ばれる場所であるらしい。
神様が実際にいるのかー!とか、なんだか超大作のゲームか小説並みに裏事情がありそうだなとか、異世界トリップ確定かーとか、色々と思ったが口には出さず、草子は男の話を大人しく聞いていた。
この世界に関する知識が欲しかった事は欲しかったので正直に言えば助かったが、朝起きて朝食――もちろん男が用意した焼き魚――を食べ終わった後。唐突に男がその話をし始めた事の理由がわからなかったからだ。
男に世話になっておいて何だが、自己紹介すらまだしていないのだから私が地球からきた異世界人である事はばれ……そういえば昨日男は何て言っていた? 『迷い人か』とか言っていなかっただろうか。
迷い人。
日本の二次元な世界では、異世界トリップとか異世界召喚とか異世界落ちとか、そういう言葉で表現されていたと思うのだが、あれだ。“異世界迷い込み”とかいう言葉でも表現されていなかっただろうか。
異世界迷い込み、迷い人。考えれば考える程、異世界人認定された上でお世話をされ、この世界の事を教えられている気がする。
気が付くのが遅いとか言われるとそれはもう、頭の回転が遅い方なんだよその自覚はあるんだよ文句あるのかこんちくしょーとしか言いようがないのでまあ、つっこまないでもらえるとありがたい。
いや、今はそれは置いておこう。
「あー、確認いいですか」
男の話が一段落した所で片手を上げて草子が言葉を挟めば男は頷いた。
草子が続ける。
「えっと、私が私の居た世界からこの世界に迷い込んだ…という事ですかね?」
『そうだ』
「この世界に別の世界から迷い込んだ人間の総称が“迷い人”」
『合ってる』
ひとつずつ確認するように言えば、男は律儀にも相づちをうってくれる。
そんな男をやっぱり良い人だなぁと思いながら草子は見上げ、続ける。
「迷い込みには理由も資格もなく、ただ運が悪かったとしか言えないと」
『…そうだな』
「迷い人はユニークスキルというものをほぼ例外なく持っていて、それは人の街の旅人組合とやらへ行けば確認してもらえる」
『スキル確認は無料だが、組合への登録は有料だぞ』
旅人組合というのはレジェンディアにあるほぼ全部の国――鎖国や戦争が理由で組合がない国も一部ある――にある組織で、その名の通り旅人…旅人・商人・傭兵・冒険者等、国や村を行き来する人々を支援してくれる所なのだそうだ。
その支援の一環、旅人が魔物や獣に殺される事を少しでも少なくする為に、能力値――その人の能力を数値化したものだが、適職や仕事を探す為の目安程度のものであるらしい――や所持スキルの確認を無料でしてくれて、その結果によって護衛を雇うのを勧められたり、仕事の紹介――戦士であれば魔物退治や商人旅人の護衛等――をしてくれるそうだ。
ちなみに無料なのはステータスとスキルの確認までであり、護衛を雇うのは護衛料が必要…有料であるし、仕事を紹介してもらう為には組織に登録をしないとなのであるが、その登録は有料なのだそうだ。
「…お金ないんですけど」
『金どころか荷物もないだろ』
草子が言えば、何を当たり前の事を言っているんだというように男が真面目に返す。
そりゃ違う世界なんだから、迷い人が迷い込み先のお金を持ってる訳がないですよねーとわかるし、寝る直前で迷い込んだのだから荷物も何もなく所持品が今着ているパジャマと下着だけなのもわかっている。
わかっているのだが、男の返事になんとなく草子の気持ちがへこんだ。
『俺もスキル持ちだからな。この世界で暮らすのには困らない程度はいろいろと教えてやるよ』
へこんだ草子の気持ちを知ってか知らずか、力になると言ったしなと男は言い、笑った。
その言葉に草子の気持ちが少しだけ浮上する。
「お願いしますします、なんかもう手詰まり感が半端なくて」
『そうだろうな。そもそも何もないままに迷い込んだら普通はすぐ死ぬしな』
「…そんな物騒な世界なんですか!」
何気なくつぶやいたっぽい響きの男の言葉に草子が叫ぶ。
男は草子の様子に少し首を傾げ、それから気が付いたように頷いた。
『君は運が良い方だと思うぞ? 幸いにもこの森には山賊の類はいないが、それでも肉食の獣や魔物はいるからな。俺と会わなかったとしたら……どう考えても非力で抵抗もできないだろうから、そうすると君は今頃どこぞの獣の腹の中に納まっていただろうな』
俺と会えてよかったなーと棒読みで言う男に、草子は真っ青になった。
言われて想像して、自分の状況が思っていたよりも危なかった事に気が付いたのだ。
忍者でござるニンニン。じゃねーよ!と、昨日の自分に怒鳴って殴り飛ばしたい。
「…いろいろとありがとうございますですハイ」
『おう、感謝しろ。ついでに崇めてくれてもいいんだぜ?』
自分の立場を理解した草子に男はおどけるようにそう笑う。
愉快そうな男とは逆に、草子はますますしょんぼりと縮こまる。
外したか…と男は気付き、口を開く。
『まあなんだ。とりあえず、身の守り方と金を稼ぐ為の技術を教えてやるから顔あげろ。な?』
言われた通りに顔をあげると男の困った表情が目に入る。
熱い物が目頭に集まる感覚に、草子はダメだダメだと思いながらも逆らえず。
『なんで泣くんだ! これだから子供は――』
「子供じゃないでず」
焦って怒鳴る男にずびずびと鼻を鳴らして泣きながらも反論する草子。
昨日も言われたが、草子は子供ではない。34歳である。上にも下にも年齢の話題でつつかれる中間管理職のように繊細なお年頃の、大人の女である。
怒鳴りながらも草子の言葉はしっかり聞いていたらしい。男は問い返してきた。
『…子供じゃない?』
なぜ疑問形なんだとつっこみたいが、草子自身、子供と思われる原因に心当たりがある。
それは、よくあるファンタジー内でのお約束の日本人は若く見られるというものではなく、草子が子供のような声を有しているからである。よくセールスの電話で「お父さんかお母さん、誰か大人の人はいるかなぁ?」と小さい子に話しかけるような感じにほぼ毎回聞かれる、小学生扱いされる声である。これでも元事務職。ちゃんと大人な受け答えをしているのに、失礼な営業マンたちである。
それでも見た目は年相応のはずであり……まあ、そこは異世界。年齢より少し若く見られたとして、そこに声の効果も加わって……それでもせいぜい20代後半くらいになるだろうから子供の範囲には入らないよなぁ。さっき顔を洗った時に水面にうつった草子の顔は、毎朝鏡で見ていた自分の顔そのままだったから若返りとかもしていないし…と、草子は首を捻る。
「…34歳です」
『うん?』
「34歳の大人です。今は無職ですが去年までは働いてましたし、立派に稼いでましたよ!」
年齢を言うが男は草子が何を言っているのかわかっていないような反応をする。
その事を不満に思った草子が拳を握ってさらに強く言えば、男は理解したのかしていないのか、不思議そうな表情で草子を見ている。
もしかして、この世界は平均年齢150歳以上の大人は100歳からとかで、34歳は子供の範囲なのか!?と草子は焦る。大人が100歳からとかなら、34歳の草子はたしかに子供だ。まだ子供の範囲の半分も出ていない、子供の中の子供だ。
「えっと、私の世界の私の住んでいた国では20歳で大人としての権利と義務が発生していて、その権利と義務をしっかりとこなしていた私は大人なのです!」
『ああ、なるほど。すまん、そういう事じゃない』
草子の言葉に男は納得したようだったが、その返事の意味が草子にはわからない。
そういう事じゃないって、そういう事以外の何で大人と子供を判断するんだろうかと不思議に思う。
『まあ、大人か子供かなんてどっちでもいいだろ』
どっちでもよくないよ!と言いたかったのだが、今大事なのはこの世界の知識と生きていく為の技術を身に着ける事だろと男が言うのだから、草子は黙るしかない。
男の善意によって草子は教えてもらう側なのだから――男の性格からしてイエスマンである必要はなさそうだが、それでもある程度はわきまえなければならない。
男に見捨てられたらそこで試合終了。終わりなのである、草子の人生が。
「そういえば、貴方は何という名前なんです?」
男に渡されたナイフで木の枝を男に言われた通りに削りながら、草子は男に訊ねた。
草子の隣で同じように木の枝を削っていた男が手を止め、そういえば自己紹介とかしてなかったなと少し考えてから、作業を再開する。
『ジェン。他にも長ったらしい名前があった気がしたが、滅多に名乗らないから忘れた』
「ジェンさんですか」
『ジェンでいい。それで、君の名前は?』
「私は草子です。早田草子。倉庫ではありませんからね?」
『ソーコか。それでなんで倉庫が出てくるんだ?』
学生時代のあだ名が“倉庫番”やら荷物持ち、車庫からとったのかガレちゃんやら、名前と同じ文字から連想されるモノであった草子が念のためにと言えば、男――ジェンは意味がわからなかったらしく、よくわからないといった声を出していた。
その様子に、落語とかおやじギャグとかこの世界にはないのかもと思ったが、この世界で会った人がジェンひとりなので、そうとも言い切れない。ジェンの頭が固いだけという可能性は大いにある。
おっさんなのにおやじギャグを理解しないのか…と思わなくもないが。
「わからないならいいです。それより削るのはこのくらいでいいんですか?」
自分でふった話題の癖に草子は疑問の声をあっさりと流し、代わりに細く長い木の枝の先をナイフで削り尖らせ、反対側には切込みを入れたものをジェンに見せる。ジェンは上出来だと頷いた。
そしてどこからか、草子の手の半分くらいの大きさの羽根を6枚取出し、半分を草子に渡した。
『この羽根をこういう風に加工してから、枝の切込みに…こうはめ込む』
自分の削っていた木の枝と渡さなかった分の羽根を使って実演しながら、草子に説明する。
ジェンは手慣れた様子であっさりとそれを作り上げたが、初心者の草子ではそうもいかない。
ナイフで加工する様は危なっかしさがあり、ナイフを置いてそれらを組み合わせようとするその様子も変な所に力が入っているからなのか、とがった方が地面に刺さったり抜けたりで、どっちにしろ危なっかしい。
「できました!」
ジェンがそれを10本作ったあたりで、草子がようやくそう声をあげた。
少しイビツではあるが、はじめて作ったのならそんなものだろう。
ジェンは草子に頷くと、またもどこからか弧を描いたような長い木の枝に細く銀色の糸が張ってある弓を取り出した。
『弓作りは矢より難しいから、まだソーコには無理だ。だからこの弓をやる。無くすなよ?』
「おおおおお、はい!無くしません!」
手渡された弓の造形の美しさに草子が目を輝かせて頷くが、その様子にちっとも安心できないジェンは保険を付けるかと言った。
「保険、ですか?」
『一種のまじないみたいなもんだな』
草子の疑問に答えになってない答えを返し、地面に円を描き、カリカリとその円の中に絵を描くように草子の見た事のない文字――少なくても日本語や英語ではない――で埋めていく。
それを描き終えたのか、ジェンは草子にその円――魔法陣に見える――の上に弓を掲げて立つように言い、草子は自分で作った矢をその場に置いて、言われた通りに円の上に立って弓を掲げた。
『…起、展開。…固定』
ジェンは草子の前に立ち、ぶつぶつと何事かを呟く。
すると円と文字――魔法陣が輝きだし、その光の魔法陣は草子の足元から上へ上へと上がっていく。
「……ぉぉおおおぉおぉおおおおおお?」
なんとも言えない感覚が上っていく光と一緒につま先から頭まで走り、光の魔法陣はその弓の上まで行くと止まり、草子は光る魔法陣に上下に挟まれる形になる。
魔法である。ファンタジーである。さすが異世界である!
『決…固定。…解』
草子が感動のあまり言葉になってない何かをうめいている間に、ジェンの方も――おそらく今使った魔法の呪文を言い終える。
言い終えてしばらく光の魔法陣は残っていたが、10、20と数えるうちに薄くなっていき、30も数えないうちに消え去った。
不思議とジェンが地面に描いた魔法陣もきれいに消えていた。
『これで、その弓を……川で溺れて手放してしまってもソーコの元に戻ってくる』
これで無くしようがないから大丈夫だなとジェンが言うと草子は目を丸くした。
そして即行動に移る。
『おいっ!』
草子の行動にジェンが驚いて声を上げるが、草子は止まらない。
ジェンの戻ってくる発言を聞いた草子はためらわずにその弓を湖に向かって投げたのだ。
ぽちゃんと水のはじける音がして、弓はそのまま湖の底へと沈んでいく。
草子はどきどきと心臓を慣らしながら静かに、ジェンは驚いた…ある種呆然とした表情でそれを見ている。
そして何も起きない。
「あれ?」
『あれ?じゃない。無くすなよと言っただろうが』
「戻ってくるんですよね?」
『試したいなら先に言え…」
戻ってこないと言う草子に、ジェンが疲れたように肩を落とした。
『声に出さなくていいから、戻ってこいと念じればいい。そうすれば手元に戻ってくる』
「なるほど!(戻っておいで~)」
戻す方法をそういえば聞いてなかったなと気付いたがそれは言わない。
ジェンは頭が固いが悪くはなさそうなので気付かれてる気もするが、言わない。
言わぬが花というものであろうと草子は心の中で頷く。
そして戻っておいでと念じてから10秒ほどした辺りで、手元に暖かい何かが飛んでくる。
もしかしてとその暖かい何かを握ると、それは光だし、光は弓の形をつくりはじめ、湖に投げ入れた弓と同じ形になると光が収まった。
手触りも形も、投げ入れた弓と同じものである。
「おー! 戻ってきました!」
『…そりゃよかったな』
感動した様子で報告してくる草子に、ますます疲れた気持ちになったジェンであった。
そんなこんなで、草子が異世界へ迷い込んでから1ヶ月が経った。
今日、草子はジェンと別れてこの森を出て、人里へと行くことになっている。
草子は必要最低限の知識――ジェンは滅多に街や村へ行かないらしくその辺の知識は少し世間からは遅れているかもと言われた――を学び、生活していく為の技術――狩りをする為の弓を扱う方法や道具の作成、あとは危険な物から身を隠す方法。それからあると便利であるらしい、火や水を起こす事の出来る魔法等、様々な技術を身に付ける事ができた。
もっとも、もともと草子に木工や弓矢等の才能がある訳ではなかったらしく、どれもスキルとしての習得はできなかったのであるが。
少しの金(旅人組合の登録料くらいにはなるだろうとジェンがくれた)と森で作ったたくさんの矢とジェンから譲り受けた弓。それと森で作った保存食を手作りの鞄と魔法のひとつである“空間収納”の中に入れて、草子はジェンと向き合っていた。
『…これでよほど運が悪くない限りは生活していけるはずだ』
「1か月間、ありがとうございました!」
この1ヶ月、ずっと着ていたパジャマとジェンのマントではなく、ジェンの持っていた布や糸を譲ってもらった草子が作った服――縫い目が少し荒い――を着て、ジェンに向かって深々と頭を下げていた。
ジェンは感慨深げに腕を組み、草子を見ていた。
自分が教えたとはいえ、サボることなく技術を身に付けようとし学び、スキルにこそならなかったがそれでも技術を自分のものとし、ここまで成長した草子。
ここまで成長すれば、まず滅多な事で殺されたり死んだりはしないだろう。警戒心が薄いのが少しだけ心配ではあるが、それを言ってはいつまでも手放せないから考えない。
そんな事を考えていたジェンは、そこで何かを思い出したらしく、言うか言うまいか、何かを悩んだような表情になる。
迷ったり疲れたような表情はよく見たし、言いにくい事ですら空気を読まずにずばずば言って草子を落ち込ませていたジェン。そんな彼が、何かを言いたいようで言えないようなな、そんな表情を始めて見る草子である。
この男でも言いにくい事があるのかと好奇心から、草子は声を出した。
「どうかしたんですか?」
『…元の世界に戻るのはおそらく無理だ』
草子の言葉にジェンがためらい気味に、それでもはっきりとそう告げた。
その言葉に、だから変な顔をしていたのかと納得し、言葉の内容に思ったよりもショックを受けていない自分に気付く。
「はあ、そうなんですか」
『なんでそんなに気の抜けた返事なんだ』
理解していないのかとジェンが聞くが、草子は首を横に振る。
もちろん理解をしている。ただ、なんというか。
「なんとなくですけれど、そんな気がしていましたから」
最初にジェンに「家に戻る手伝いをしてくれるのか?」と聞いた時に、彼は『探す事はできない』と断言し、『力にはなる』という返事を寄越した。
帰る方法がないのか、帰る方法を知らないのかはわからないが、ジェン自身は草子を元の世界へは戻せないという事なのだと草子は理解していた。
次にジェンは、この世界の魔法水準が高くなければ…の話ではあるが、きっとかなりの実力を持った魔法使いだ。
生活に必要な魔法はいくつか彼から学んだが、その中でも本人の魔力量によって収納できる量が変わると言う“空間収納”というものがあるのだが、それが少し、ジェンのものと違うのである。
気付いたのは空間収納を使えるようになってから何度目かの食事の時である。
草子の空間収納の中にしまった果物が腐ってしまった事があったのだ。腐るという事は、時間があるということで、つまりは空間収納の中は時間が進んでいるらしい。
しかしそれにも関わらず、ジェンの空間収納。そこからジェンが取り出す、果物やミルク、この森で見た事のない獣の肉等は、どれも新鮮で腐る様子が全くなかったのである。
つまり、ジェンの空間収納は時間が止まっているか、時間の進みが現実よりも極端に遅いのか。とにかく、草子の空間収納とは別物にしか思えないのだ。
職業レベルや種族レベルがあるらしい世界なので、ひょっとしたら魔法にもレベルがあるのかもしれないが、そうだとしたら、それはそれで同じ魔法とはいっても、レベル差がかなり大きいのではないかなと草子は思っている。
そんな実力者(と思われる)ジェンが最初に『君の家を探す事はできない』と断言したのだから、そういう事なのだ。
帰る方法はあるかもしれないが、それはとても難しい事なのだ。
あったとしても、ジェンで無理ならば、今の私には死ぬ気になったって不可能なのだと思う。
ジェンの様子に帰る方法がないのかもしれないとも少しは思い落ち込んだ日もあった。
けれど、二日目に受けた説明をふと思い出し、帰る方法かどうかはわからないが、それに近い技術がある事には気付いたのだ。
神々は世界を旅立った。そう、世界を旅立つ――移動する技術はあるのだ。
それで戻れるのかはわからないし、そもそも神様の技術であるのだから、普通の人間である自分には無理かもしれない。
それでも希望というものが、あるのとないのとではかなり違うのだ。
だから、草子は微笑んだ。
「私は運がいいんですよ?なので、心の底から帰りたくなったら帰れますよ!」
その言葉に嘘はない。
身一つで異世界に迷い込んでしまった分、運が良い!というほどではないかもしれないが、それでも死なずにジェンという親切な人に出会い、いろいろと教えてもらい、生きていく術も身に付けられた。
これで運が悪いと言っては罰があたってしまう。
「よく考えれば仕事が見つからなくて半ば腐ってるような感じでしたし、しばらくはのんびりと旅をしてもいいかなって思ってるんです」
草子が続けてそう告げれば、ジェンは苦笑するしかない。
『街に行けば仕事はそれなりにあるからな』
「はい。食べていく分には困らなさそうですし、いろいろと教えてくださってありがとうございました!」
にこにこともう一度お辞儀をし、それからお返しに何もできないのが心痛いですがと草子は少し困った表情で言った。
暇つぶしになったから気にする事はないとジェンは言うが、草子はいつかお返しをしようと心のメモ帳にその事を書き、忘れないぞと心に決める。
決めてから、あ、と草子は思い出したようにジェンに聞いた。
「あ、そうだ。聞きたいことがあったんでした」
『なんだ?』
「1日目に迷い人ってすでに気付かれてたっぽいのですが、どうして気付けたんですか?」
草子の問いに、ジェンは簡単な事だと頷いて答えた。
『この世界に世間知らずの人間は数多くいるが、その上にお人好しそうで平和ボケしている何かしらの暴力に襲われても抵抗できないくらい力のない人間はほぼ確実に迷い人だからな』
「…えっ!」
『――というのは半分冗談だが、自分で迷子だと言っていたじゃないか。この森で武器も持たずに寝間着のままで迷子になる人間なんてまずいない。それこそ、異世界から迷い込んだ迷い人でもない限りはな』
半分本気なのかと突っ込みながらも、草子はジェンの言葉に納得する。
たしかに寝間着で辺境であるらしい上に肉食の獣のいる森の中をうろうろする非力な人間なんてまずいないし、居たとしても自殺志願者くらいだろう。
なるほどと納得し、ずっと疑問だった事が解決して草子はすっきりとした気分になった。
そんな草子の気分に感化された訳ではないだろうが、突然何かを思い付いたようにジェンがにやりと笑った。
『そうだな、餞別に“力”をひとつやろう』
ジェンはそう言うと私の頭の上に手をかざす。
するとぬるま湯のような温かい何かが私の頭を包み込み、ゆっくりと何かが入ってくる感覚。
《スキル“レジェンディア共通語”を習得しました》
カチリと何か鳴る音がすると同時に世界の声が頭に響き、その内容に草子は目を見開いた。
「がんばれよ、ソーコ」
今までどこかモヤがかかったように聞こえていたジェンの言葉がはっきりと、草子の耳に届いた。
その言葉は聞いた事のない言葉であるはずなのに、その意味はしっかりと理解できる。
驚きから戸惑う表情へと変わった草子にジェンはニヤリと笑って言った。
「これが“スキル”というものだ。それじゃ、またな」
ジェンがポンポンと草子の頭をなでるように叩く。それと同時に突風が起きた。
突然の風のその強さに、草子は思わず目をつむり髪を抑える。
その風は一瞬であったはずなのに、再び目を開けた草子の前には誰もいなくなっていた。
森の中の湖の前。
1か月ぶりの一人きりという状況に、草子は呆然と立ち尽くしたのだ。
早田草子
元事務職現無職の34歳独身女性。
暗い話にしたくないが為にこんな性格になったポジティブ人間。
味噌汁は煮干し出汁派。
ジェン
見た目、金髪碧眼の大柄なおっさん。おっさんなのでもちろん男。
草子の百面相っぷりを気に入っている。
背負っている身長より長い棒状の何かは、槍。