28. 冬籠
冬百合を私に渡した鷹は、すぐさま外へ飛び立とうとした。
「待って、鷹!今から吹雪になるから危ないわ」
「…………」
「おとなしくここにいたほうがいいわよ。どの道外へは出られないでしょう?魔王さまだってわかってくださるわ」
私は慌てて鷹を止める。ここから魔王さまの屋敷まで、かなり距離があるはず。帰っている途中で吹雪になったら大変だ。鷹は窓を眺めていたが、しばらくするとこちらへ戻ってきて羽を休めた。
「ここじゃ自由に飛ぶことができないかもしれないけど……1カ月よろしくね」
久しぶりにまた鷹と一緒にいられる。私は鷹の背中を一撫でした。鷹はしょうがない、といった表情で目を閉じた。
冬休みの間は主に試験勉強に時間を費やした。鷹は私の勉強している姿を眺めたり、教科書を興味深々で見ていた。時々、レオナルドやレイラと一緒に勉強したり、レイラのお部屋にお茶会で招かれたり、逆に招いたり。その際、鷹はたいてい私についてきた。初めて鷹を紹介したときは2人とも驚いていた。
「レイラ、どうしたの?」
「ねぇ、この鷹って……」
「お手紙の交換をしていたときにいつも届けてくれた鷹よ(嘘は言っていない)」
「………………………へぇ」
「すごいでかいな」
「あ、あまりさわらないほうがいいかも。人見知りする子だから……」
私がレオナルドに警告する前に彼は手をだそうとしていたので鷹に威嚇されていた。
「うぉっ。この鷹怖いな!」
「ほら、言ったでしょ」
「…………」
「さっさと課題終わらせちゃおう。私、答えを迷ったところあるのよね」
「どこだよ……あぁ。俺もそこ聞こうと思っていた」
「えー、レオナルドも分からないの?」
「お前も分かってないだろ!」
レオナルドと言い合っていた私は、鷹とレイラが互いを探るようにじっと見合っていたことを知らない。結局レイラは鷹については何も言わなかった。そうして冬休みは過ぎてゆく。
「すごい雪ね」
今日も雪は降り積もる。窓から見える景色はどこまでも白い。光の国でも雪が降らないわけではなかった。山の方は雪が積もるし、町にだって時々降っていた。だけど遠くの景色が見えなくなるまで雪が降ることなんてなかった。外へ出れないという意味がよく分かった。この状態で外へ出るなんて狂気の沙汰だ。
窓に手を当てると、冷たさが手のひらから突き刺さるように伝わってくる。部屋の中は魔法で寒くはなかったが、窓は驚くほど冷たかった。
「本当にあと数日で止むのかしら」
もうすぐ冬休みは終わる。雪が降らなくなっても外へ出るにはこれだけの雪をかきわけてなんとかしなければならない。
(まぁ、魔法でなんとかするでしょうけど)
闇の国は光の国よりも魔法が発達しており、暮らしの中にも魔法が浸透している。国民全員が魔法使いだからだろうけれども、生活の中で魔法を使う姿に最初は驚いたものだ。この試験が終わる頃には──闇の国へ来て1年になる。
日々が過ぎ去るのは本当に早い。色んな問題が起きて、それに奔走されていくうちに気づけば随分闇の国に慣れてしまった。
(おじいちゃん……元気かな)
いつも一人になってふと思いだすのは、あのとき離れ離れになってしまったおじいちゃんのことだ。ちゃんと元気にしているだろうか。病気になんてなっていないだろうか。あんな苦しそうなおじいちゃんを初めてみた。たった一人だけの家族。思い出すだけで胸が苦しくなる。
あと3年。この医学校を卒業したら、こっそり光の国へと帰してくれるとセレナさんは言ったけれど。……まだ、魔王さまのことなど問題は残っている。
(なんとかして光の国へ帰らないといけない)
そのためには今回の試験に合格しないと。私はコツ、と窓に額をつけて静かに決意した。




