プロローグ ゆうしゃ?
「はぁっはぁっ・・・・・」
草原をかける少女。
栗色のおさげは乱れ、地味ながらも整ったその容姿には愛嬌はなく焦燥だけが浮かび上がっていた。
彼女は餌。
残虐なハンターに見つかり追いつめられる哀れな獲物。
彼女の不幸の始まりは当然であった。
その日、偶々休暇を取った従業員の代わり配達を行ったために見舞われた不幸。
本来であればこの場にいない、偶然に偶然が重なりあったために生じた不幸。
更なる不幸は――――――彼女を追うハンター。
異形
爬虫類でありながら、甲殻を備える異形。巨体でありながら体に似合わぬ敏捷性を備える異常。
そして、明らかなる強者でありながら集団で狩りを行う知能。
彼女に生き残る術は残っていなかった。
これがせめて人間であれば。ただの盗賊であれば。
彼女の容姿を気に入り、その体をもてあそぶことであろう。
不幸に変わりはないが、その間は生き延びることができる。
生き延びることで僅かなりとも助けられる、そういった可能性に縋ることもできるだろう。
けれど追うは異形。
その眼に情欲はなく、あるのは食欲。
捕まれば待っているのは確実な死。
そして、ただ死ぬだけではない。生きながらに食われ、死に絶える。
絶望
異形には嬲る意図はないのだろう。
ただ確実に、間違いなく仕留めるため。獲物を弱らせ、追いつめていく。
しかし、彼女にとっては真綿で首を絞められるような行為であった。
ああ、いっその事、気が付く間もなくこの命を絶たれていれば、と。
1分、1秒が何十分、何時間にも感じられる中、彼女は思う。
呪詛
ああ、あの従業員が今日休むことがなければ。
悲哀
ああ、思い人に秘めたる思いを伝えられたら。
祈り
ああ、奇跡がおきれば。
すでに彼女に可能なことは、ただひたすらに足を動かすこと。それも、いつ力尽きてもおかしくない状態。
後は祈る事。敬謙な信者ではないがただひたすらに祈り続ける。それも、いつ神への呪詛へと変わってもおかしくないほど追いつめられていた。
ひたすら走る。祈る。
ただ、絶望的な生への渇望を原動力に、ひたすらに町の方向へ、日の差す方へと走り続ける。
少しでも早く、少しでも長く。
しかし、無情にも異形の包囲網は今にも閉じようとしていた。
枯れた悲鳴。枯れぬ涙。
それでも諦めずに前に進み続けた彼女に救いの光がさす。
その地の名はラメリア大陸。人と魔が覇権を争う大地。
目の前に。
100mほど先に。
逆光で影しか見えないが、男が佇んでいた。
引き締まった体格だが戦士には見えない。なれど彼女がつかんだ藁の束。
わずかばかりの希望を胸に、枯れた声を張り上げる。
助けて、と。
混沌たる大地に神から使わされた一人の男が一人立つ。
彼女の声を聴いたからであろうか?異形の声を聴いたからであろうか?
男は振り返る。
その男はその地を蹂躙する理不尽を振り払い、その地に平和をもたらす存在。
近づくほどに影は薄れ、男の全容が見えてくる。
彼女の目に移ったその男は
上半身裸で黒のタイツを穿いていた。
「へんたいだ~~~~~~~~~~~っ!!!」
かくて、草原には彼女の絶望だけが木霊していた。
あまりに不名誉で、あまりにおぞましいと禁忌に指定される勇者。
あまりの嫌悪感から世間でこう呼ばれる勇者。
その男の名は。
パンイチ、と。




