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【EP】落ち着ける場所

 ────ある日の土曜日。


「起きなさい、って言ってるでしょー!!」


 ボフッ!


「ぐはあああああああっ!!!!」


 凪早(なぎはや)ハレヤは、腹部に強烈な一撃を受けて飛び起きた。


「お兄ちゃんが『起こしてくれ』っていうから起こしてるのに、なんですぐに起きないのよ!」

「ぶへっぶはっ……んああ〜、もう朝?」

「もう朝ぁ〜、じゃないわよ! 何時だと思ってるの!?」

「おろろ?……げげっ! もう11時じゃんか!!!!」

「そうよ! ギリ! ラスト! これで寝たらもう知らないんだから!」


 そう言い捨てると、凪早カナエは「ドバン!」と音を立てて部屋を出て行った。


「起こしてくれてサンキュー、我が最愛の妹よ〜……って、もういないじゃん!」


 そんなひとりボケひとりツッコミをしながら、凪早ハレヤはベッドから飛び降りた。



 ◆



「おお、結構並んでるな〜!」


 映画館の前。開演を待つ人の列が映画館の外まで続いていた。


 時刻を確認すると、開場5分前だった。


凪早(なぎはや)くん」

「へ?」


 聞き覚えのある声に、凪早ハレヤが素っ頓狂な声をあげる。思わずキョロキョロと辺りを見渡す凪早ハレヤの目に、フワリと風に舞う黒髪が目に止まった。

 クシャクシャの映画のチケットを見せつけるようにして両手で広げるように持ち、口元にいたずら気な笑みを浮かべている。


 トレードマークの黒縁眼鏡。その奥で、灰色の瞳がニッコリと微笑んだ。


「つ、蔦壁(つたかべ)? 転校したんじゃなかったっけ?」

「うん、そうだよ。でも、映画館に来るのは構わないでしょ?」

「あっはは〜、まあそうだけどさ。クラスのみんな、びっくりしてたよ」

「そう……」


 蔦壁ロココは視線を逸らすと、少し寂しげな表情をしてみせた。


「一応、友達には一言言いたかったんだけどね……もうこの世界を拠点にするのはやめたから、余計に寂しくなっちゃうと思って」

「そっか」

「それより凪早くん、10分遅刻よ」


 凪早ハレヤに視線を戻したかと思うと、ピッとばかりに人差し指を立てた。


「えええっ!? まだ開場前だけど?」

「こういうのは、開場15分前に来なきゃダメ」

「うっそ〜〜〜ん! そういうことは先に言ってくれなきゃ……」

「じゃあ次からは覚えておいてね」

「ちぇ……」


 口を尖らせて不満顔をする凪早ハレヤに、蔦壁ロココが微笑んだ。そっと寄り添うように、列の最後尾に二人で並ぶ。


「どうやってこの世界に?」

「んふふ……ミュリエルのネックレス」

「んああ〜! あれって失くしちゃったと思ってたんだけど!?」

「お寺のね、凪早くんが置いて行った装備の中にあったの。住職の蔦壁さんがちゃんと保管してくれなかったら、危なかったね」

「たっは〜〜!! そうだったのか! ちゃんと調べればよかった〜」


 大げさに驚いてみせる凪早ハレヤに、蔦壁ロココが可笑しそうに笑っている。


「でもさ、だったらすぐに会いに来てくれれば良かったのに!」


 凪早ハレヤの言葉に、蔦壁ロココがどこか言いにくそうな表情をする。


「……ホントはね……わたしもすぐに会いに来たかったんだけど……ミュリエルとお母さんが、『男はちょっとぐらい焦らしておくぐらいでちょうどいい』って……」


 蔦壁ロココの言葉に、凪早ハレヤが「んああ」と言って肩をすくめた。


「仲良くやってるんだね。みんなと」


 笑顔になった凪早ハレヤにニッコリ微笑み返すと、蔦壁ロココは「うん」と大きく頷いた。


 杜乃榎(とのえ)国は、空風円(アフマド)が皇位を受け継ぐことになったらしい。各国要人立ち会いのもと、戴冠式が催されたそうだ。各国の王侯貴族も、魔人の魔力に魅了されたことを強く恥入り、新たな皇空風円(アフマド)の下、協調と連携を今一度確かめ合ったという。


 雨巫女(あめみこ)制は当面、そのまま継続が決定。ただし、もろもろの権限の削減を徐々に推し進めるという。

 まず第一に、ミュリエル指導のもと、各地の小廟によって個々に雨雲を発生させる『雨乞(あまご)いの(つち)』という神具(しんぐ)を作成。この神具を扱うには、多少の才能があれば十分らしい。誰もが、というわけにはいかないものの、雨巫女に比べれば、より多くの人が『雨乞師(あまごいし)』の役職に就けるという。これにより、天空城に集権された『雨量の調節』『魔人防備』の権限を分散移譲する、というわけだ。


 第二に、雨巫女の任期短縮と、資格適正審査の低減化を図るという。処女である必要はなく、年齢制限も取り払い、性別も厭わず、広く人材を募集出来るようにする狙いがある。そうして広く集めた人材から、『雨巫女・雨巫子候補』と『雨乞師』を選出していくそうだ。また育成段階からコミュニケーションを蜜にすることで、『雨巫女・雨巫子』と『雨乞師』との連携を高める目論見もあるようだ。


 第三に『アマノフナイト』を使用しない『天空城』や『小廟』の開発を目指すという。今回の件は、すべてが『アマノフナイト』の浮遊力に頼っていた面と、その仕組みを理解する人物が限られていたことが、大事に至る原因となったと分析。再び天空城の仕組みが攻撃された場合に備えて、二重三重に手立てを用意しておくという狙いを含んでいる。


 この方針のもと、空風円が各国を積極的に訪問し、王侯貴族たちの協力を取り付けているのだそうだ。まもなく真茱鈴(マジュリン)を正式に妃に迎え入れるという話だが、当面はまだまだ単身、各地を飛び回るという。


 雨巫女髻華羽(ウズハ)は、残りの任期を3年と定められた。その後は流那鈴(ルナリン)が雨巫女の第一候補として上がっている。さらに退任後には、髻華羽(ウズハ)胤泥螺(インディラ)との婚姻が、決まったという。

 髻華羽本人としては、「母として、再び雨巫女を目指したい」と言っているらしい。先の『雨乞師』の講師就任にも要請があり、結婚後もしばらくは多忙な日々を送るようだ。


「ちゃんと美味しい料理が作れるようになりたい、って言ってたけど、まだまだ後回しになりそう」

「あっはは〜。胤泥螺さんにとっては大問題だね!」


 霧冷陽(ムサビ)は軍職を退任し、内政に専念することになった。もともと、多くの臣民に慕われており、古くからの家臣の間でも信頼が厚いという。自給自足とまでは言わないものの、今までよりは農業に力を入れ、万が一の際の兵糧確保に努めるという話だ。

 魔人から受けた背中の火傷を最後の勲章として、胤泥螺に『彌吼雷(ミクライ)(ほこ)』を投げ上げたその様を、酒の席で自慢気に触れ回っているという。二度の魔人討伐を生き抜いた老将は、まだまだ衰えを知らぬようだ。


 午羅雲(ゴラクモ)は、スクワイアーの手により無事に修復されたようだ。以前の記憶にかなりあやふやな点があるそうだが、それ以外はほぼ元の状態に戻っているという。

 そして諸国と連携した対魔人防備の開発部隊を立ち上げることとなり、その開発総指揮に就任した。スクワイアーから得たエネルギー補充方法や霊鉱石加工技術などを、存分に活かしたいと意欲に燃えているそうだ。

 とは言っても、今はたった一人の開発部隊。人材の確保や必要な霊鉱石の発掘地の探索など、課題は山積だ。後々は行方不明の妻を探しに旅に出たいそうだが、それはまだ先の話だろう。


 胤泥螺(インディラ)の名声は、瞬く間に民衆の間に広がり、老若男女、知らぬ者なしと讃えられている。なにせ、あの伝説の英雄『彌吼雷(ミクライ)』すら敵わなかった魔人と対等に渡り合い、見事に斬り伏せたのだから無理もない。杜乃榎国随一と謳われた剣の腕前は、今や世界一と認められ、東方二大国・南方連合・西方諸国のみならず、大陸からも腕に覚えのある猛者たちが胤泥螺を訪ねてやって来たという。一度剣を交えれば、誰もがその伝聞に偽りなしとひれ伏し、胤泥螺の言葉に耳を傾け心酔し、杜乃榎軍への入隊を希望するのだそうだ。

 そのことは、霧冷陽に代わって取り仕切ることになった杜乃榎国軍の軍政にもいい影響を与えているようだ。胤泥螺は厳しい軍規を課す意向を示しているが、異議を申し立てる者は一人もいないのだとか。かえって、皇空風円や午羅雲が、その厳しさを心配するほどらしい。胤泥螺曰く、「時に皇より手綱を緩めるようお言葉を頂くぐらいで丁度良いと思うておりまする」とのことだ。

 また、魔人から受けた顔の火傷と碧眼となったその右目によって、誰ともなく『碧焔雷(へきえんらい)』というあだ名で呼ばれ始めているそうだ。討ち死にした『彌吼雷(ミクライ)』に代わる”生ける伝説”と讃えられながらも、謙虚にして驕らず、皇空風円によく尽くし、研鑽の道に励んでいるという。


「胤泥螺さんらしいや! ホントにもう迷い無し! だね!」

「うん。……彌吼雷が魔人に討たれたわけじゃないってことを知りながら、でも、彌吼雷の役目が終わったことを理解してくれてるの。とても重圧だと思うけど……」

「胤泥螺さんなら大丈夫さ! 髻華羽もいるし、空風円さんや午羅雲さん、霧冷陽さんもいるからね」

「うん」


 狭紆弩(サウド)だが、その後は行方不明となっている。十痣鬼(とあざおに)として眠りについたあと、胤泥螺によって皇都地下牢に運ばれたはずだが、魔人との戦闘後に跡形もなく行方をくらましていたとのことだ。シャムダーナの残党も一緒に姿を消しており、連れ立って逃亡したのではないかと噂されている。

 東方・南方・西方に於いても、魔人召喚の首謀者として、広く指名手配されている。


 空理布(アリフ)紅梨沙理(グリサリ)は存命だが、彌吼雷(ミクライ)共々、民衆には『死亡』と伝えられている。記録上では、「空理布は魔人から受けた傷による衰弱により死亡」「紅梨沙理は鬼獣化して討伐」とされている。ただし、国家反逆罪の汚名を背負いながらも、それ以上の罪は不問とされた。

 さらに霧冷陽や古くからの家臣たちによる取り計らいもあって、以前の魔人討伐の実績から、遺体不在ながらも、過去の英雄として国葬を催されることが決まったという。


「今はね、空理布さんとお母さんは、『フラワリア』に移住したの」

「へえ〜〜、なっるほどね〜。それなら杜乃榎国では死んでるのと同じだね!」

「うん。それにね、あそこなら、わたしもいつでも会いにいけるし」

「そっか」

「ミュリエルもね、居城を『フラワリア』に移すことにしたの。もともと、あの世界のバグ対応の途中だったから……」

「おおっ! ってことは異世界ウォーカーに完全復帰?」

「うん」

「そりゃよかったね! あんなに出来る人が隠居だなんて、早すぎるよ!」

「だよね」


 そう言って、二人顔を見合わせて微笑み合う。蔦壁ロココの屈託のない微笑みに、凪早ハレヤの胸がドキリと高なった。


「幸せそうな顔だね」

「うん……ホントに、ありがとう」


 凪早ハレヤをまっすぐに見つめる蔦壁ロココの灰色の瞳には、一点の陰りもない。


「空理布さんはまだちょっと精神的に回復しきってなくて、ベッドで過ごすことが多いの。サンリッドさんとスクワイアーさんがいつも見に来てくれて、モンスター狩りの話をすると元気なところも見せるんだけど……」

「大丈夫、きっとよくなるよ! 試しに剣でも渡してみたら? すぐさまベッドから立ち上がって戦いに出て行っちゃうかもよ?」

「うん、いいかも」


 蔦壁ロココがクスクスと笑う。そういう雰囲気はあるのだろう。


「紅梨沙理さんとはどう? 何か一緒にしたりする感じ?」

「うん。一緒にご飯を作ったり、掃除をしたり。サンリッドさんの奥さんや、スクワイアーさんの婚約者さんと、お茶会を開いたり。もちろん、ミュリエルも一緒にね」

「おお、女子会だ! いいね、楽しそうだね!」

「それとね……時々、ギュって抱きしめてくれて……そういう時って、その……すごく安心するの」

「百合か! 百合だね! 蔦壁と紅梨沙理さんの……!」

「絶対違うから」


 両手をワキワキさせる凪早ハレヤの肩に、ポンとツッコミを入れる蔦壁ロココ。凪早ハレヤは「あはは」と笑うと、「ナイスツッコミ!」とばかりに親指をビッと立てた。


 ただ、紅梨沙理にも不安定なところがあるという。蔦壁ロココが、少しだけ悲しげな表情になる。


「人間の姿をしてても、いきなり竜の姿に戻ることがあって……。原因不明だから、今のところ対処のしようが無いの。城塞都市の住人は、みんな理解してくれるけど……」

「事情を知らない人が見たら驚くね。冒険者とか、ヤバイかも?」

「うん……」


 そんな話をしているうち、開場の時間となり、ざわつきながら列が進んでいく。


「でもね、落ち着ける場所が一つ増えたから……今は、それがとても嬉しいの」


 そう言って、凪早ハレヤの目をそっと見据える。

 その目に、凪早ハレヤはそっと頷いてみせた。


「それでね、凪早くん」

「おおお、なになに?」

「この後、映画を見終わったらなんだけど……」


 照れているのか、気兼ねしているのか、少しモジモジした様子で蔦壁ロココが口ごもる。

 そっと上目遣いに凪早ハレヤを見上げると、小さく呟くように口を開いた。


「────あのね、従者(アシスタント)として一緒に、異世界に来てもらっていい?」


 凪早ハレヤは、ビッと親指を立てた。


「もちろん! 我が麗しの黒髪姫の命ずるがままに!!」


 ホッとしたように蔦壁ロココが微笑む。

 凪早ハレヤがそっと手を差し伸べると、その手をギュッと握り返した。


 二人手をつなぎ、映画館の中へと姿を消す。


 初冬のやわらかな陽射しが、町を優しく照らし出していた────。



<エピローグ 終>

<『浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った』 完結>


これにて『浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った』は完結です。ここまで読んでくださってありがとうございました!

ご感想などありましたら、どうぞよろしくお願いします。


天使や魔法など同じ世界観の『天使な悪魔の絶対運命』も執筆しておりますので、興味がありましたらどうぞそちらもご一読いただければ!

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