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浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った  作者: みきもり拾二
◆最終章 そして伝説に、俺はなる!
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【82】果たされた役目

 ────遠くに、雨巫女髻華羽(ウズハ)の声が聴こえる。


「────清らかなりし聖なる泉に湧く水に、あまたの峠を越ゆる力を

 汝、天空に赴きし時は、雨粒となって大地の乾き、心の闇を潤さん────」


 頬にピトリと、冷たい感覚。


「(これって確か……死んだ兵士に髻華羽がやってた儀式じゃね?)」


 ムクリと上体を起こすと、急激に気怠さが突き上げて、凪早ハレヤは大あくびをした。


「ふわあああぁぁぁ〜〜〜〜〜あううぅ〜〜〜、なんだかよく寝ちゃってたみたいだ〜」


彌吼雷(ミクライ)、さま……?」


 横を向くと、跪く雨巫女髻華羽の顔があった。


「んああ、やあ髻華羽! って、みんな揃ってるじゃん! やっほ〜!」


 周囲を見渡すと、杜乃榎(とのえ)の面々が揃って凪早ハレヤを見つめていた。どうやら、あの暗闇の世界で見た映像そのままの様子だった。

 「おお」と驚嘆の声が上がった瞬間、背後から、蔦壁(つたかべ)ロココが抱きついてきた。


「おっとっと! 蔦壁(つたかべ)、ただいま!」

「……遅いよ、もう……」


 小さく囁く蔦壁ロココの声が涙に濡れている。凪早ハレヤをギュッと抱きしめるその手に、そっと手を重ねると、優しく囁きかけた。


「ちょっと手間取っちゃった。ごめんね」

「……絶対、許さない……」


 蔦壁ロココの言葉に、思わず苦笑する凪早ハレヤ。その肩に、グスタフが翼をばたつかせて天井から降りてきた。


「マジおせーんだよ、ボケ」

「死んだフリとか、タチの悪い小芝居だぜ、ハレヤ」

「生首の貴様が何を言うか!」


 笑い声のする方を見ると、棒の先に午羅雲(ゴラクモ)の頭が乗っていた。どうやらスクワイアーが修理をしている最中のようだった。


「どうしちゃったの、それ?」

「名誉の負傷ってやつさ。オレのおかげで、胤泥螺(インディラ)は次なる高みへと覚醒したんだぜ?」

「フンッ、単なる偶然よ! 百歩譲って、怪我の功名じゃ!」

「いやいや、オレの捨て身の攻撃があってこその勝利ですよ!」


 午羅雲の言葉に、顔の右半分を包帯で包まれた胤泥螺がニヤリと笑う。


「相違ない。午羅雲には足を向けて寝られぬ」


 胤泥螺の言葉に午羅雲が得意満面で笑みを浮かべ、霧冷陽(ムサビ)はさも面白く無いといった様子で腕を組んで鼻を鳴らした。


「トトさまも彌吼雷さまも、不死身なのです!」

流那鈴(ルナリン)も最強不死身の鋼鉄ボディが欲しいの……」

「これは困りましたな! 可愛らしいお二人を、無骨な機械仕掛にして差し上げるのは気が引けます!」

「オレの手は、美を生むためにある。任せろ、流那鈴」

「その無駄口を永遠に塞ぐのが先じゃろう!」


 再び、その場が笑いで包まれる。凪早ハレヤの首筋に抱きついたままの蔦壁ロココも、小さく笑い声を漏らしていた。


「魔人は討伐したんだね? 十痣鬼(とあざおに)も解放された?」


 そっと離れた蔦壁ロココが「うん」と頷く。


「すべては、彌吼雷(ミクライ)どののおかげだ。十痣鬼(とあざおに)を開放し、魔人を父上から引き剥がしていただいたからこそ、我らの勝利がある」


 車椅子の皇空理布(アリフ)の傍らに立つ皇子空風円(アフマド)が、恭しく頭を下げる。胤泥螺(インディラ)と雨巫女髻華羽(ウズハ)もそれにならい、霧冷陽(ムサビ)真茱鈴(マジュリン)流那鈴(ルナリン)も頭を下げた。


「んああ〜、そんなのどうでもいいよ。俺は、やるべき役目を果たしただけだから! それに……」


 すぐ横で横たわったままの、竜をチラリと見やる。


紅梨沙理(グリサリ)さんがまだ……」


 言いかけたその時!


 眠っていた竜がカッと目を見開き、身をくねらせて宙に浮いた。


 真茱鈴と流那鈴が悲鳴を上げ、胤泥螺が即座に剣を抜き放つ!


「お待ちなさい! 様子がおかしいですわ」


 見ると、竜の頭上には輝く天使の輪が見て取れた。


「これは……精霊? 精霊でございますね?」


 雨巫女髻華羽が驚いたように声を上げる。


「間違いありませんわね。精霊反応が出ていますわ」

「紅梨沙理は、精霊になったと? しかしなぜゆえ?」

「んああ〜……ミュリエルさんの『奪還器(リヴァーサー)』を使ったんだ。ずっと眠っちゃってたけど」

「……じゃあ、上手く行ったのね?」

「もちろんさ! ……っと、紅梨沙理さん、うなじのところに青い十字架の紋様があるはずだからさ、それをタップしてみてよ」


 凪早ハレヤの言葉に、竜はクルリと一回転してみせると、尻尾の先でポンと自分のうなじの辺りを叩いてみせた。

 するとその身体が光に包まれ、すとりと、女性が床に降り立った。長いストレートの黒髪に、巫女装束。床に腰をついて、驚きの表情を浮かべていた。


「……私は……いったい……?」


 満面の笑みを浮かべて、真茱鈴と流那鈴が一斉に紅梨沙理に抱きつく。


「紅梨沙理先生なのです!」

「手品みたいなの……」

「紅梨沙理よ、無事に戻ったか……!」

「おお、空理布……」


 弱々しく車椅子に腰掛ける皇空理布が手を伸ばすと、紅梨沙理が駆け寄ってその手を取った。


十痣(とあざ)は……?」

「皆、解けている。すべては彌吼雷さまのお力だ」


 凪早ハレヤの方を振り返り、空理布の手を握ったまま深々と紅梨沙理は頭を下げた。


十痣鬼(とあざおに)を浄化していただいただけでなく、私のような咎人(とがびと)まで、思し召しを……心より、感謝いたします」


 紅梨沙理の言葉に、ミュリエルが得意気に高笑いを上げた。


「オーッホッホッホッ! あたくしの性質転換が完璧だという証拠ですわね!」

「さっすがミュリエルさん!」

「ありがとう、ミュリエル」

「何はともあれ、万事解決じゃ!」

「すべてのことが、最高の結果に収まりましたこと、嬉しく思います」

「皆の力があればこそだ」


 皆が一斉に歓喜に沸き立つ。雨巫女髻華羽も紅梨沙理のそばに寄ると、喜びを噛み締めるように抱き合った。

 胤泥螺は一歩下がってその様子を見守り、真茱鈴と流那鈴が両手で何度もハイタッチを繰り返していた。


 歓喜の輪の中で、凪早ハレヤと蔦壁ロココも顔を見合わせて微笑み合う。


「……凪早くん、立てる?」

「んああ、全然大丈夫だよ!」


 腰を上げる蔦壁ロココにつられて、凪早ハレヤも立ち上がった。「う〜〜ん」と両手を突き上げ背伸びをすると、久々の重力の感触がヒシヒシと全身に感じられた。どうやら、浮遊力は掻き消えているようだ。


「戻ろう、凪早くんの世界に。わたしたちの役目はここまでだから」


 蔦壁ロココはそっと小さな声で囁くと、スマホを取り出し、部屋の隅へと凪早ハレヤを促した。


「んああ……」


 ポリポリと頭を掻きながら、凪早ハレヤが紅梨沙理と蔦壁ロココを交互に見やる。

 その様子を見守っていたミュリエルが、部屋の中央へと進み出てきた。


「お待ちなさいな、ロココちゃん。ひとつ確認したいことがございますの」

「……何?」


 怪訝そうな表情で、蔦壁ロココが振り返る。凪早ハレヤはなぜか、ホッと胸を撫で下ろした。


 蔦壁ロココに頷くと、ミュリエルは紅梨沙理に視線を向けた。


「紅梨沙理さん、でしたわね? あなたが17年前に産んだというお子のことですわ。ここにいるロココちゃんが、その子かもしれないと、こっちの尻軽唐変木がのたまっておりますのよ」


 驚きの声を上げる一同の視線が、ミュリエルと紅梨沙理と蔦壁ロココに集まった。


「……ほう、通りでのう。ひと目見た時、どこか見たことのある面影だと思うたわ。特にその……灰色の瞳がな」


 皇空理布ですら、弱々しい口調ながら、蔦壁ロココの顔をしげしげと眺めている。


 しかし紅梨沙理は、そっと目を伏せると、小さく首を横に振った。


「名前が……名前が(ちご)うております。あの時、私が『空羽絽良(アウロラ)という名前だけは変えないで欲しい』とお願いしたところ、『しかと、引き継ごう』と申されておりましたので……」


 紅梨沙理の言葉に、杜乃榎の一同から落胆の声が漏れる。しかしミュリエルには、簡単に引き下がる素振りがない。


「名前が違っているというだけで、簡単に引き下がってよろしいんですの?」


 ミュリエルの挑発的な口調にも、紅梨沙理は目を伏せたまま、顔を上げようとしない。まるで、現実から目を背けているかのように、凪早ハレヤには感じられた。


「……紅梨沙理さん。あなたは魔人に魂を売り渡してまで、子をお探しになられたのでしょう? その理由をお聞かせくださいな」

「……ええ、それは、あのお方が……」


 昔を思い出すような表情で、紅梨沙理が顔を上げる。


「……あのお方が、『私は異世界の狭間(はざま)を統べる者────。もはやこの地に来ることもなかろう』と申されておりましたからです」


 その言葉に、蔦壁ロココが目を見開いた。サンリッドっとスクワイアーですら、ビクッとして居住まいを正した。


「私が魔人に魂を売り渡したは、娘がこの世界ではない、どこかもわからぬ異世界に旅立ったと知っていたからこそ……。そうでなければ雨巫女を辞した折に、娘を探す旅に出ていたでしょう。たとえ一人でも」

「『異世界の狭間を統べる者』って、フィクサーじゃん!? リリーのことでしょ?」

「リリー……? フィクサー……」


 凪早ハレヤの言葉に、紅梨沙理も驚いた表情になる。


「大きな鎌の、サイスを持った女の人! 蔦壁は赤ん坊の頃に、その人と過ごしてた記憶があるんだよ!!」

「大きな鎌……!」


 蔦壁ロココを見つめたまま、紅梨沙理が立ち上がる。フラフラとしながらも、ゆっくりと蔦壁ロココに近づいていく。


「確かに、その通りでございます。大きな鎌を振るわれ、どこからともなく天空城に現れて、私と数日をお過ごしになり……! あの時のことは忘れも致しませぬ。娘とともに過ごした短い季節の中に、あのお方が突然……フィクサーと名乗る、あのお方だけが現れて……」

「やっぱりそうじゃん! 紅梨沙理さんは蔦壁のお母さんだよ!」


 凪早ハレヤがニコニコとして蔦壁ロココの顔を覗き込む。蔦壁ロココは言葉を失って、蒼白な顔で小さく首を振っていた。


「その灰色の瞳、髪の毛のツヤ……一目会ったあの時にもしやと……ですが、名前が……名前が……」


 蔦壁ロココの前で立ち止まり、唇を震わせる紅梨沙理。

 そんな二人の横に、ミュリエルが、クマのぬいぐるみをキュッと抱きしめて寄り添った。


「いいえ、名前はしかと引き継がれておりますわよ」


 驚いた表情で、二人がミュリエルを見つめる。


「『蔦壁ロココ』はハレヤの世界での仮の名前ですわ。マーカスがリリーからそのまま引き継いだ名は────『ロココ・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーン』ですもの」

「……だったら、違くない?」


 首を傾げる凪早ハレヤを、キッとばかりにミュリエルが睨みつけた。


「頭一文字ずつだけ並べてご覧なさいな」

「ロ・ラ・ア・ウ……?」


 再び首をひねった凪早ハレヤに、ミュリエルがイラッとばかりに顔を歪める。紅梨沙理と蔦壁ロココは「ハッ」として、お互いの瞳を見つめ合った。


「……あああああっ! 組み替えると『アウロラ』だね!!」

「ほう? ならばやはり、私の異母姉上ということか」


 皇子空風円が飄々とした笑みを浮かべ、皇空理布が「ふうー」と大きく息を吐き出した。


「フィクサーはその言葉通り、しかと引き継がれたのですわ」

「たしかに、引き継ぐとはいえ、少しも変えないとはおっしゃっておりませぬな!」


 サンリッドの声に、一同が頷いた。


「初めてお会いした時に、心にズシッと来るものを……まさか、そんな、本当に……」


 まだ信じられぬという表情の紅梨沙理に、凪早ハレヤがビッと親指を立ててみせた。


「蔦壁を抱きしめてあげてよ! 『細くて優しくて安心するのがお母さん、柔らかくていい匂いがするのがリリー、厚くて硬くて臭いのがマーカス』なんだってさ!」


 誘われるようにそっと腕を伸ばし、蔦壁ロココを抱きしめる紅梨沙理。蔦壁ロココは、手にしていたスマホを、ポトリと落としていた。


「魔人に魂を売り、それ以来、ただただ娘に会いたいと願う日々を……」

「この細くて優しい温もり……?」


 言いながら、その肩口に顔を埋め、震える両腕を紅梨沙理に回した。


「……お母さん……」

「……闇に堕ちた私の願いを叶えてくださった、天の神よ……この御恩は一生を賭して……」


 二人して抱き合ったまま、崩れ落ちるようにして跪く。


 雨巫女髻華羽がそっと二人の肩を抱き、「雨巫女のご加護のあらんことを」と呟いた。


「魔人に願いし夢が叶った、というわけですか」

「認めたくないものですわね。悪魔術(ラニギロト)が人を幸せに導くこともあるなんて」

「今は喜びましょう。いたずらな天の思し召しを」


 ミュリエルがクマのぬいぐるみをギュッと抱きしめ、「フフッ」と笑う。その横で、サンリッドとスクワイアーが片膝を付いて十字を切り、天に祈りを捧げた。


 凪早ハレヤは蔦壁ロココのスマホを静かに拾うと、感涙にむせぶ二人からそっと離れた。


「……しばらく、そなたの従者をお借りしたい」


 凪早ハレヤの横に皇子空風円が近づいて、小さく声をかけてくる。


「うん、オッケイ! 従者じゃなくて、マスターだけどね。蔦壁が異世界ウォーカーで、俺はその従者(アシスタント)なんだ!」

「ほう? では、そなたの大切なマスターをお預かりしよう。なにせ、いろいろせねばならん事が山積みなのだ」

「んああ、そうしてもらえると嬉しいな。俺としても、キミになら安心して任せられるし」

「ふふふ、荷が重いと感じることはある」

「大丈夫さ! だってあんな怖い顔した空理布さんでさえ、キミにすべてを託したんだから!」

「良き臣あればこそ。だが、期待を裏切らぬよう精進するつもりだ。彌吼雷……いや、凪早ハレヤよ」

「よろしくね〜」


 凪早ハレヤは皇子空風円とコツンと拳を合わせると、部屋の隅へと歩いて行く。その肩で、グスタフが「チッ」と舌打ちをした。

 杜乃榎の者は皆、紅梨沙理と蔦壁ロココを取り巻いて、祝福の言葉を述べている。彼らにしてみれば、あるべき姫が国へ戻ってきたのだ。


 しばらく皆で、その喜びを噛み締めているだろう。


「あなたにしては、なかなかの洞察力でしたわよ」


 クマのぬいぐるみを抱きしめたミュリエルが、凪早ハレヤにコツコツと近づいてくる。


「サンキュー。ねえ、俺は元の世界に戻るよ。ミュリエルさんなら、帰還ゲートを呼び出せるよね」


 蔦壁ロココのスマホを指し示す凪早ハレヤに、ミュリエルは驚いた顔をした。抱きしめるクマのぬいぐるみも、真っ直ぐな瞳で凪早ハレヤを見据えている。


「アナタ……ご自分でおっしゃっていることがよく分かっていて?」

「んああ? うん、たぶん」


 ミュリエルは「フン」と鼻息をつくと、凪早ハレヤの手から奪い取るようにしてスマホを手にした。


「帰還ポイントの使用は一度切り……今生の別れとなっても、あたくしを恨まないでくださるかしら?」

「だ〜いじょうぶだよ。こう見えて、性格はさっぱりしてるんだ!」

「見たまま、ですわ。別に今すぐでなくてもよろしいのじゃありませんこと? この世界でもっとゆっくりしても……皆、歓迎してくれますわよ?」

「俺は蔦壁の従者(アシスタント)だからさ! この世界と蔦壁を、元通りに戻すお手伝いをしたまでだよ。だからね、もうここから去らないと! それが異世界ウォーカーの果たすべき使命さ!」


 得意気に言い放つ凪早ハレヤに、ミュリエルは小さく溜め息を吐き出した。


 そして小声で何事か詠唱すると、白い光が現われる。スマホをその光にかざすと、すぐに白い光は渦となった────。


「ありがと。また会う時まで、ツケにしといてよ」

「覚えておきますわ。いいえ、絶対に忘れませんわ」

「じゃあな、ハレヤ」


 肩に止まっていたグスタフが、蔦壁ロココの方へと飛び去っていく。


 凪早ハレヤがビッと親指を立てると、ミュリエルは少しだけ寂しげな表情をしてみせた。


「アナタという従者(アシスタント)を得て、ロココちゃんは幸せ者ですわ」


 白い渦に消えた凪早ハレヤに、ポツリとミュリエルが呟いた。その後ろで、サンリッドとスクワイアーが恭しく頭を下げる。


 ミュリエルが手を横に払うと、白い光の渦は、音もなく掻き消えた────。



<最終章 終>



うんうん、ようやくひと通りの事が収まりましたかね~? ところで、狭紆弩はどうなった~?


『浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った』本編はこれにて終了です。

最後にエピローグが1話だけありますので、どうぞそちらもご一読いただければ!

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