【81】穢れた霊魂
「どこまで行っても真っ暗だ〜」
いつの間にか、飛び出してきたはずの白い世界も見えなくなっていた。深淵の暗闇の中で、上も下もわからない。右を向いても左を向いても、果てしなく続く闇ばかり。
そんな闇の中で、フワフワとした感覚だけが、凪早ハレヤを包み込んでいた。どうも、『鬼蜻蜒』のスキルが適用されていない感じだ。
暗闇の中でも、自分の身体だけは見ることが出来る。確認してみたところ、あの霊魂状態の白い肌が、ほとんど真っ赤に染まっている。白い肌が残っているのは、手のひらと爪先ぐらいだ。
「髪の毛の先っちょも、まだ白いや」
なんてことを呑気に呟く。
「しかし、この硬っいのなんだろな〜? 紅瞳玉石みたいだけど」
赤い肌のところどころに、ルビーのようにキラキラとした硬い部分が、鱗のように浮き出ていた。
「ふ〜〜ん! 困ったな〜。とりあえず、霊魂状態が治らないのは、な〜ぜなんだぜ〜?」
首を傾げた時、頭上で渦巻く混沌が「フアアア〜〜〜アァ……」とあくびのような声を上げた。
「なんだよ〜。暇を持て余しちゃうぜ〜、って感じ?」
思わず苦笑しながらも、一人じゃないことに安心感を覚えていた。そしてまた、なんとなく、前へ前へと進んでいく。
────そうして、どれほどの時間が経っただろうか?
「……あれれ?」
頭の中で、「ゴォ〜〜〜ン」と響き渡る低い鐘の音が聞こえた気がした。
キョロキョロと辺りを見回してみる。
すると、かすかな光を感じる場所があった。
「おおお? なんだろな〜?」
凪早ハレヤに分かろうはずもない。ともかく今は悩んでいても仕方がないと、光の見える方へと泳いでいった。
徐々に近づいていくと、それは白い靄の塊のようだった。さほど大きくはない。
「手のひらサイズ〜」
言いながら、凪早ハレヤはその白い靄の塊を、そっと両手ですくい上げてみた。
瞬間、頭上からサッと光が差し込んで、「ゴーンゴーン、カランカラン……」と、教会の鐘のような音が鳴り響いた。
「およよ?」
見上げると、白い雲から、幾筋もの光が差し込んでいた。暗闇の支配する空間に、凪早ハレヤの周囲だけが、スポットライトのように照らし出されていた。
「我が使徒たる少年よ────」
年老いた男のような声が、頭上の雲の間からジワッと響いてくる。荘厳な趣だが、どこか優しい響きに満ち溢れている。
「そなたの霊魂は、紅瞳玉石に穢されておる。汝をこのまま外界へ出すわけにも行くまいて────」
「えええ、どういうこと〜?」
「まあ、そういうことじゃ────」
「答えになってないじゃ〜ん」
肩をすくめる凪早ハレヤに、声の主が「フフフ」と笑った。
「元の世界に、戻りたいようじゃな────」
「そりゃあもう、当然でしょ! だって、魔人と戦ってる最中だよ?」
「ほう────?」
老人の声が尋ね返してきた時、周囲の暗闇にフワフワと映像が浮かび上がってきた。
どこかの、板の間のようだった。そこに、人が集まっている。その人の集まりの真ん中に、二つの身体が横たえられていた。
「おおお、俺だ! その横は……竜になった紅梨沙理さんだね!」
よく見れば、周りの人々は、見慣れた顔ぶれだった。
「空風円さんに霧冷陽さん! 胤泥螺さんと髻華羽もいる! 真茱鈴と流那鈴の横の生首は……午羅雲さん!? サンリッドさんとスクワイアーさん、それにミュリエルさんも! 車椅子の人は……もしかして空理布さん? ちゃんと十痣鬼から解放されたのかな〜? みんな、包帯だらけだけど、もう戦いは終わった、ってこと?」
「あの者たちは、そなたのことを大切に思っているようじゃ────」
「んああ、そうだろね〜。えへへ、参ったな〜、人気者になっちゃったんだよね」
頭を掻く凪早ハレヤの目に、蔦壁ロココの姿が飛び込んできた。凪早ハレヤの頭を膝に乗せ、優しくおでこを撫でている。
「おおお、蔦壁の膝枕だ!……って、蔦壁……泣いてるの?」
凪早ハレヤの心の奥が、チクリと痛む。
ジッと見つめるうち、やがて映像がゆっくりと遠のいていく。
「もうちょっと見せてくれてもよくない?」
チラッと頭上を見上げる凪早ハレヤに、声の主がゆっくりと答えた。
「そうもいかぬ。そろそろ、少年の処遇を決めねばな────」
「そうなんだ?」
「今のままでは、少年は、このまま闇に飲まれるじゃろう────」
「ええええ、マジで? ヤバイじゃん」
「よく聞き、よく考えよ。そして、どうするかは、少年が決めるが良いぞ────」
老人の声がひとつ咳払いすると、頭上から差し込む光がゆっくりと弱まった。
「ひとつは、穢れた霊魂をこのまま闇に浄化すること────
つまり、死という名の解放じゃ────
もうひとつは、我らがアークに加わること────
つまり、生という名の束縛じゃの────
よ〜くよ〜く、考えるが良いぞ────」
「えええ!? その二つだけ? じゃあもう、決まってるじゃん」
そう言ったあとで、凪早ハレヤは首を傾げた。
「でもさ、アークって何?」
「ふふふふ……じっくり考え、答えを出すのじゃ────」
「あ〜、教えてくれないってことね。いっじわるぅ〜」
ボヤく凪早ハレヤの頭上で、混沌がまたあくびをした。
周囲に、再び映像が浮かび上がる。竜の姿のまま、身動ぎをしない紅梨沙理。そして……。
「『……凪早くん、いやだよ……せっかく落ち着ける場所になったのに……』」
つと、蔦壁ロココの声が聞こえた気がした。凪早ハレヤは、「ほうっ」と一つ息を吐き出した。
「そういえば、絶対に戻ってくるって約束してたっけ……」
クイッと視線を上げて、光射す方を仰ぎ見る。
「決意は変わらぬようじゃな────」
「うん、そうみたいだね。俺は────アークに加わるよ!」
ビッと親指を立てて言い放つ。頭上から差し込む光が、緩やかにその頬を撫で上げた。
「良い判断じゃ……だが少年よ、アークに加わるには、ひとつ条件がある────」
「えええっ、なになに?」
「そなたがアークに加わるということは即ち、新しき法則が一つ生まれるということじゃ────」
「……んああ〜?」
「そなたにはすでにその資格がある。胸の内に秘めたる新しき法則を唱えるがよいぞ────」
「そんなの、あったっけ〜?」
突然の話に、凪早ハレヤは身体ごと首を傾げるしか無かった。
「では今一度、問おう、少年よ────
我らがアークに加わるや否や────」
「ええっと! 束縛されても仕方ないや! 俺はアークに加わり、生きて帰る!!」
ゴーンゴーンと響く鐘の音。
「新たなアークの下僕よ、そなたが司る新しき法則を唱えるがよい────」
「ええっと……」
考えを巡らせる凪早ハレヤの目に、竜の姿の紅梨沙理がフワリと映る。
「『奪還器』で鬼獣や鬼人を元に戻せるようにする!!!」
頭上で黒い渦が渦巻いて、金切り声のような嬌声をあげる。
「ゴーンゴーンゴーン」と鐘が鳴り響いたあと、フッと周囲が闇に閉ざされた。
「……少年よ、どうやらそれは受け入れられぬようじゃ。すでに存在するアークに、不具合が生じるとな────」
「えええ!? ダメってこと〜?」
「そういうことじゃ……。じゃが、ひとつだけ提案を良いかな────?」
「なになに?」
「『奪われし霊魂は、「奪還器」により、アークに属する』ではどうであろう────?」
「えーっと……それって……」
「結果的には、そなたが思い描いている事と同じ現象となろう────」
「あっはは〜、そういうこと? だったらお安いご用じゃん! サンキュー!」
「では、今一度……
新たなアークの下僕よ、そなたが司る新しき法則を唱えるがよい────」
「────奪われし霊魂は、『奪還器』により、アークに属する!!」
凪早ハレヤが高らかに宣言すると、頭上の混沌が「ホア~~~ファアアァァァァ~~~」と喜びに満ちた声を上げた。周囲は真っ白に光に満ち溢れ、「カランコロンカラン」と華やかな鐘の音が湧き上がる。
やがて頭上で歓喜の歌を奏でる黒い渦が、スイッと蠢いて、凪早ハレヤの背中に取り付いた。瞬間、バサリと音を立てて、黒い渦は大きな白翼へと姿を変えた。
身体のあちこちに浮き出ていた紅瞳玉石の鱗が、すうっと凪早ハレヤの体の中へと沈み込んでいく。すると真っ赤に染まっていた肌も、見る見るうちに白さを取り戻していった。
凪早ハレヤが真っ白な身体を取り戻したその時、白い雲の間から、白く輝く天使の輪がゆっくりと、凪早ハレヤの頭の上に降りてきた。
「えええ!? な、なにこれ!? なんだか天使みたいなんですけど!」
「我らがアークに新たな機能が加わった。少年よ、末永く、そなたの見出した法則とともに歩むがよいぞ────」
声が徐々に遠ざかる。
「ちょ、ちょっと待って! こ、こんなカッコじゃ家に戻れないよ! 妹に失笑されちゃうし、学校にも行けないじゃん!!」
慌てた様子の凪早ハレヤに、笑い声が上がる。
「右手の紋様により、必要なときは、仮の姿となるがよいぞ────」
見ると、右手の甲から手首にかけて、青い十字架の紋様が浮かび上がっていた。
それをタップすると、瞬時に白い翼と天使の輪が消えた。
「おおお! サンキュー! 異世界ウォーカーのステータススクリーンみたいだね!」
ビッと親指を立てる凪早ハレヤを、ゆっくりと、暗い世界が飲み込んでいった────。
……ハレヤが天使に?
いやいやいやwwwおかしいってwwwwwwww
何かの冗談でしょ?w




