【48】ランクアップとサブクラス
「ちょっと尻軽唐変木! 早く起きないとあたしの城が壊れてしまいますわ!」
「凪早くん、凪早くん!」
「……おおお?」
呼びかける声に気がついて、凪早ハレヤは目を覚ました。
ボンヤリする視界に、蔦壁ロココとミュリエルの見上げる姿が映った。
鼻が妙にズキズキと痛むのに気づくと同時に、背中の方からギシギシと嫌な軋み音が聞こえてくる。
「おおお、ヤバイヤバイ」
どうやら身体が浮いて、天井に張り付いてしまっているようだ。スイーッと天井から離れると、すぐにバグ玉制御を発動した。
ストンと足が床につく。
「あっはは〜、ゴメンゴメン」
「凪早くん、気絶してたみたいだけど、バグ玉制御の解除ができたのね」
「んああ、そうだね!……って、なんかすごく鼻がいたいんですけど!?」
ズキズキ痛む鼻をさすると、少し鼻血が出ているようだった。
蔦壁ロココとミュリエルが言うには、マスター権限を発動すると、凪早ハレヤはボンヤリとした表情で突っ立ったままになったそうだ。蔦壁ロココの意のままに操れる以外には、二人の呼びかけにも無反応だったという。そこで仕方なく、マスター権限を解除したのだとか。
「解除した途端、床に倒れ込んじゃって」
「んああ! それで鼻を打ったのか!」
「うん、そういうこと」
床に突っ伏したままピクリとも動かず、さすがのミュリエルも血の気が引いたという。
「てっきり、霊魂が消滅して死んだのかと思いましたわ」
「うん……ホントにビックリしたよね」
ミュリエルが回復魔術を使おうと扇子を取り出した時、床に突っ伏していたはずの凪早ハレヤの身体がゆっくりと浮き上がり始めたのだとか。
「いったい、何が起こっていたんですの?」
二人の話を聞いた後、凪早ハレヤはマスター権限が発動されたあとに起こったことを説明した。
凪早ハレヤの話を聞いて、蔦壁ロココとミュリエルが顔を見合わせる。
「マスター権限を発動することで、霊魂状態にはなるのね。でも、その状態で凪早くんがスキルを発動しようとすると、マスター権限によって阻止されてしまうと……」
「そうだね〜」
「マスター権限を解除したあとはタイムラグで霊魂状態が続いていた、ということなのでしょうね。おそらく、3分ほどだったと思いますけれど」
「そうそう、そんな感じだと思う! マスター権限が発動されてるとさ、あの赤い宝玉に近づけ無さそうだけど、タイムラグの間にはチャンスじゃないかな?」
目をキラキラさせながら凪早ハレヤが言い放つ。しかし、ミュリエルは渋い顔をしていた。
「ミュリエルさんは、何が気になってるのかな?」
「あと一歩、決め手が足りませんわ」
「えええっ、そうかな〜?」
「相手は悪魔ですのよ? その鈍重な動きで『紅瞳玉石』をどのように捕獲するおつもりですの?」
「弓のスキル使えるんじゃないかな、と思うんだ! ねえねえ、それも試してみようよ!」
「うん……試しておきたいけど、今日はもうできないから」
「あああっ、そうだった!!」
大げさなリアクションをする凪早ハレヤに、ミュリエルが「フンッ」と鼻息をついてみせた。
「弓で『紅瞳玉石』を粉々に破壊してしまってはダメですのよ。多少、傷はついても問題ないでしょうけど、『念芯』から抜き出さなければ意味が無いのです」
「ふわ〜〜……難しいんだね」
そう言うと、凪早ハレヤはボンヤリした表情になる。
「ひとまず、今はここまでにしましょ。もしかしたらチャンスがあるかもしれない、って分かっただけでもいいと思う」
蔦壁ロココの言葉に、凪早ハレヤは黙ってコクリと頷いた。
◆
「では、出発前に準備を2つ、ですわよ」
「ほ〜い、よろしく〜」
ひとまず鬼人解放の方法はおいといて、三人は出発の準備を始めることにした。
2つの準備とは、『1.エキスパートランクへのランクアップ』『2.サブクラスの取得』だそうだ。
「まずはエキスパートランクへのレベルアップね。これはマスターが承認するだけだから」
「ほへー、そうなんだ。それってなんかいいことあんの?」
従者はLv30を超えると、ベーシックランクからエキスパートランクにランクアップ出来るという。
エキスパートランクに上がる利点は2つ。
1つめはサブクラスが取得できること。サブクラスを取得すれば、使えるスキルの幅も広がり、より高度な戦闘が行えるという話だ。
2つめは、スキルのレベルアップの仕方が変わるという。今まではレベルアップとともにスキルも自動的にレベルアップし、威力が増すだけだった。エキスパートランク以降はレベルアップで付与される『スキルポイント』を使って、そのスキルのどの効果を高めるかを自由に決められるという。
「『威力』『射程距離』『効果範囲』『持続時間』『消費エンチャバレット数』などなど。レベルアップのさせ方で個性的なスキルが作れますのよ」
「うへえええ、面倒臭そう!!!」
「そういうこと言うんじゃありません」
両手を腰に当てて怒るミュリエルの横で、蔦壁ロココはクスリと笑うと、錫杖を両手に構えた。
「じゃあ、ランクアップを承認するね」
「オッケイ、よろしく〜」
「我、ロココ・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーンの名において
汝、凪早ハレヤの新たな進化を祝福せん
────エキスパート・ランクアップ!」
蔦壁ロココが凪早ハレヤの頭上に錫杖をかざすと、白い光が煌めいて、派手なファンファーレとともに花火が打ち上がった。
◆
「次はサブクラスの取得ですわね。昨晩、ロココちゃんと話し合って決めて差し上げましたわよ」
「おおお、なになに? どんなサブクラス? 今度こそ大剣振り回せちゃう?」
「ううん、『鬼蜻蜒』」
「は? おにやんま……?」
一瞬にして凪早ハレヤの目が点になる。
「それってトンボじゃん」
「そうですわよ。とても高機能な飛翔能力を備えた昆虫ですわ」
「ええええええええええええええ」
凪早ハレヤは顔をしかめると、身体を捩り、思いっきり嫌そうな声をあげた。
「ヤダヤダヤダア〜、同じ飛ぶにしてももっとカッコイイのがいいよ〜。イーグルとかワシとかさぁ〜」
「……それ、一緒だから」
「じゃあせめてダチョウとか軍鶏とか、ちょっと可愛くペンギンとか!」
「飛びたくありませんの?」
「おおおおお、そうだった!」
わざとらしく驚いた表情をしてみせる凪早ハレヤの仕草に、蔦壁ロココが可笑しそうに「ふふふ」と笑うのを見て、ミュリエルが「チッ」と舌打ちする。
「トンボは前にしか進まないその性質から、古来より『勝ち虫』として縁起のいいものとされてますのよ? まあ本当は、後ろにも飛べるのですけど。『ホバリング』『後退』『宙返り』など優れた飛翔技術に加え、飛び回る小さな蚊やハエですら捕まえてしまう超高性能な空中の捕食者ですわ」
「へええ、そうなんだ」
「そのトンボの中でもキングオブキングに相応しいのが、この『鬼蜻蜒』ですの」
「おおおおおおおおお〜」
”キングオブキング”という言葉に、凪早ハレヤの目がキラキラし始める。
「弓で遠距離攻撃をするハレヤには、ホバリングや後退は非常に有用と思いませんこと? これでもまだ、あたしたちのチョイスに不満があって?」
「カッコイイ! 気に入った! 俺は『天空のキングオブ従者』になる!」
拳をギュッと握りしめ、キラキラと目を光らせる凪早ハレヤ。
ミュリエルは「フン」と鼻で嘲笑うと「単純ね」と小さく漏らした。抱きしめられるクマのぬいぐるみもニヤニヤしてるようだ。
「じゃあ、適用するね」
そう言うと、蔦壁ロココがペタリと御札のようなものを凪早ハレヤのおでこに貼り付けた。
錫杖をクルリと回して遊環をシャリーンと響かせる。
「我、ロココ・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーンの名において
汝、凪早ハレヤに新たな理力を与えん!
────アディショナル・サブクラス!」
パリーンとガラスが弾ける軽やかな音が響いて、凪早ハレヤのおでこの御札が弾け飛ぶ。
同時に、身体を白い光が包み込み、凪早ハレヤの身体にポカポカと温かい感触が広がった。
「ほほー、これでもういいのかな〜?」
「ステータススクリーンを見てみて」
「ほいよ〜」
言われるがままにステータススクリーンを起動してみる。最初のステータス画面には、『サブクラス:鬼蜻蜒 Lv1』の文字が表示されていた。
スキルのページにスライドさせると、『飛翔:パッシヴ』『潜水:パッシヴ』『大顎噛み砕き』の3つが追加されていた。
「おお〜、いいね〜。しかしなんで『潜水』?」
「幼体は水中で過ごすからでしょうね」
「おおお、そういえば!」
「昆虫そのものになるわけではなく、あくまでその昆虫の特性をサブクラスとしてまとめたものですから。まあ、細かいことは気にせず、有用なものをしっかり活用なさいな」
「そだね! ありがとう、ミュリエルさん!」
凪早ハレヤがビッと親指を立てると、ミュリエルは済まし顔をして、軽く会釈を返した。
「このあと、レベルアップのために他の異世界へ行かれるのでしょう? 飛行訓練とスキルレベルアップは、そこで十分になさいな」
「はぁ〜い。飛行訓練がんばって、レベルアップもしないとね! あの仮面男たちのシールド、全然破れなかったもんね!」
「しっかり精進なさい。あたくしのロココちゃんに迷惑をかけないようにね」
「それでね、ミュリエル。相談なんだけど」
「なぁに、ロココちゃん?」
蔦壁ロココに「相談」と言われて、ミュリエルがニコニコ顔で顔を寄せた。
「レベルアップの異世界なんだけど、あそこに行こうと思うの。『フラワリア』に」
「あら……」
ふと、ミュリエルが目を丸くした。そのまま押し黙ってしまう。
「一緒に、行かない?」
蔦壁ロココの言葉に、ミュリエルがツンと澄まし顔になる。
「ドラゴンの竜剣鱗、たくさん取ってきていただけると嬉しいですの」
これで自由に飛べる!!




