【44】アシスタント
「ハレヤが英雄に祭り上げられた状況は十分に、理解いたしましたわ。ですがロココちゃん、やはりハレヤにはちゃんと、マーカスの言葉をお話すべきかと思いますわよ? 従者契約をお続けになるつもりなら、なおのことですわ」
「えっと……今はほら、身の安全を守るためにもレベルアップを優先してもらいたかったから。もっとあとでもいいかな、って」
「ふぅ〜〜ん……」
ジト目になりながら、ミュリエルは少し面白くなさそうな顔をした。
「なになに? マーカスって誰のこと?」
スープを掻き込みながら、好奇心に満ちた表情で凪早ハレヤが二人の顔を見比べる。
「マーカスは、わたしの師匠のこと」
「へええ、蔦壁の師匠か! イケメン? ミュリエルさんみたいな絶世の美女?」
ミュリエルは「絶世の美女」という言葉にまんざらでもなさそうな表情を浮かべると、ついと顎を上げて口を開いた。
「このあたしでもその実力を認めざるを得ない、数少ない有能な殿方ですの」
「へええ、そうなんだ! なんだか俺、震えてきちゃったぞ!!」
言いつつ、バクバクとパンや肉を貪る凪早ハレヤに、蔦壁ロココとミュリエルが揃って頭の上にはてなマークを浮かべた。
「で、そのマーカスさんの言葉って?」
ミュリエルが、ついと、蔦壁ロココに目配せをする。蔦壁ロココはそっと頷くと、落ち着いた口調で噛みしめるように言葉を紡ぎ出した。
「────異世界ウォーカーは、バグ修復のアシストに徹するべきである」
ふと、凪早ハレヤの食事の手が止まる。蔦壁ロココの言葉に、三人に静寂が訪れる。しかしそれはどこか優しい感じのする、妙な静寂だった。
「……アシスト、かぁ」
「異世界ウォーカーはね、必ず従者を経て、異世界ウォーカーへと独立するシステムなの。でも、異世界ウォーカーとして自立したあとも、やっぱりアシスタントであるべきだ、って」
「ふぅ〜〜ん」
頷く凪早ハレヤの目が真剣なのを見て、蔦壁ロココがニッコリと微笑んだ。
「異世界ウォーカーがバグを発生させた悪魔を倒しても、その異世界の住人が悪魔に対抗する術を持っていなければ、再発してしまう可能性があるでしょ」
「んああ、そんな気がするね」
「だからね、異世界ウォーカーは、その異世界の住人自身の手で悪魔を倒すように導くべきであり、再発を防ぐ手立てを住人と一緒になって考えたりすべきだって。あくまでアシスタントであり、影の立役者でいいんだって、マーカスはいつもそう言ってた」
「それこそが本当の意味での『バグ修復』だ、と。そういうわけですわ」
「彌吼雷が、天空城や雨巫女を残したみたいに?」
「うん」
「そっかぁ〜、なぁるほどね〜」
凪早ハレヤは納得顔で、再び食事を頬張り始める。
「強くなりたい、名声を得たい、財を成したい……人は力を得れば得るほどに、かえって欲望を膨らませてしまうものですわ。その欲望に悪魔は突け込んで、甘言を囁く────そうしたリスクを避けるためにも、アシスタントに徹するという考えは非常に重要なものと思いませんこと?」
「んああ、たしかに!」
「ですから、よろしいこと? ハレヤが目指すべきは、ロココちゃんの温かで心優しい『アシストする』精神を受け継ぐことですわ。決して、自分の力で何でも解決してしまえる英雄になろうなどとは、思わないことですわよ」
口いっぱいに頬張って「うんうん」と頷く凪早ハレヤを、ミュリエルがキッとばかりに睨みつける。
「本当に分かっておりますの?」
「もちろん! 要は、杜乃榎国に現れた魔人を俺たちが倒しちゃうんじゃなくて、杜乃榎国みんなの力で倒せるように手伝いをして、なおかつ、また魔人が現れて天空城が落ちちゃっても大丈夫なように別の手立てを用意できたら超バッチリ、ってことでしょ?」
凪早ハレヤの言葉に、蔦壁ロココがニコニコ顔で「うんうん」と頷いた。
「……意外と物分かりがよろしいのですわね?」
「だって、あそこにはそれだけのモノが揃ってるんだもん! そっちの方が絶対いいよ!」
ニコニコしながら蔦壁ロココが「そうだね」と言って頷いた。それに対して、ミュリエルは肩をすくめて首を横に振った。
「もっと、単純低能かと思いましたのに。従順な男って、意外とつまらないものですわね」
「ミュリエルの従者さんたちも、従順だと思うけど」
「サンリッドとスクワイアーが? あれはもうそれこそ、欲望の塊ですわよ。あたしの手を離れれば、糸が切れた凧の如し、ですわ」
「そんなこと無いと思うけど」
「今頃、城塞都市を牛耳っていい気になってるんじゃありませんかしら。そうなっていたら益々、あたしはあの二人を見放しておいてやりますわ」
そう言って、ミュリエルは意地悪そうな笑みを浮かべた。
◆
「あああっ、そういえばさ〜」
ようやく食事を終えた凪早ハレヤが、ナプキンで口を拭きつつ、二人に問いかけた。
「十痣鬼だっけ? あれって絶対に治せないものなのかな? 魔人を倒しちゃったら、その時点でもうダメなんだっけ?」
「十痣鬼? なんですの、それは」
「鬼人のこと。今行ってる杜乃榎国では、そう呼んでるの」
「ああ、鬼人の事ですの。……フンッ、悪魔の甘言に乗せられて『悪魔術』を使うような輩は、悪魔ともども排除されて然るべきですわ」
ミュリエルは汚いものでも見るかのような目つきをすると、吐き捨てるように言った。背中にしがみつくクマのぬいぐるみも、魂の抜けたような冷たい目をしていた。
「天使の『精霊魔術』と悪魔の『悪魔術』。相容れない二つの魔術が不運にも遭遇した時、それはどちらかの滅亡を意味しますもの」
「あっははー、こわいこわい。でもね、杜乃榎国ではそうも行かないみたいでさ〜。なんとかなんないかな、って」
「確かに今のまま魔人を倒しちゃうと、他国の要人の人たちも死んでしまうから、周辺各国が大混乱になりそうね」
「やっぱり蔦壁もそう思うよね。そしたらヤバイじゃん」
「うん」
「本当の意味での『バグ修復』を目指すなら、そこもちゃんとしなくちゃいけないんじゃないかな〜? みんなもほら、十痣鬼が治せるかも、って言ったらすごい期待した目で俺のこと見てたし」
凪早ハレヤの言葉に、蔦壁ロココが顎に手を当て、何事か考え始める。
「だからさ、鬼人を治す方法があるならやるべきだと思うんだ! で、蔦壁も惚れ込む有能な異世界ウォーカーのミュリエルさんなら、なんか知ってるんじゃないかな〜って」
そう言って、凪早ハレヤは目をキラキラさせてミュリエルを見つめた。蔦壁ロココも、ミュリエルをそっと見据えている。
ミュリエルは二人の顔を見比べると、まんざらでもなさそうな表情で「んふふ」と小さく笑った。
「まあ、そこまでおっしゃるなら、『天使のデータベース』を探ってみてあげてもよろしくってよ」
得意気に言うと、「フンッ」と鼻息をひとつつく。背中にしがみつくクマのぬいぐるみも自信あり気な目をしていた。
◆
「んぁあ〜〜〜、あふっ。おはよ〜〜」
翌朝。
まだ眠い目をこすりながら、凪早ハレヤはどっかりと食卓の椅子に腰をおろした。
「『たっぷり寝たからもう寝られないよ〜〜』とかおっしゃってたのはどこのどちらさま?」
「んああ、あははー、俺俺」
「すっかり元気になったみたいね、凪早くん」
「おかげさまでバッチシさ〜。ふわあああああ〜〜〜〜」
大あくびをする凪早ハレヤの横で、蔦壁ロココが苦笑する。
昨晩の夕食の後、三人でミュリエルのネットワーク室に行き、『鬼人』を浄化して普通の人に戻す方法を『天使のデータベース』から探っていたはずだった。
当初は凪早ハレヤも張り切っていたが、やがて襲ってきた睡魔に負けて、一人で先に眠ってしまったというわけだ。
「んで、何か見つかった〜?」
「うん。過去の事例で、それらしきものを幾つか」
「おおおお、ホントに!? さっすが我が麗しの黒髪姫!」
「うん、でもね……いろいろ、難しそうなの」
凪早ハレヤの前に、朝食を配膳しながら蔦壁ロココが言い淀んだ。
十痣鬼が治せるんですかね?




