歌
ガチャっと頑丈な鉄の扉のドアノブが回る。
昼時には少し薄暗い街の路地裏、扉がギィーっと音を立てて開く、その中からはガヤガヤした人の喋り声と何かを焼いて調理している音、そして胡麻油の香りがしてくる。
そこから頭に黒いタオルを巻いた一人の男が出て来た。
男「ふぅ〜、ったく何でこんな不味い店が忙しいんだよ!」
男は溜息を吐き、愚痴りながら三段ある階段を降りて腰をおろす。
そして頭に巻いているタオルを足元に投げ捨て、ポケットからクシャクシャの煙草を出して火をつける。
男「ンーフン♪フン♪フー♪フン♪フフーン♪」
男は煙草のケムリを吐きながら軽快な鼻歌を歌っている。
一本目の煙草を吸い終わり二本目に火をつけようとした時、ライターが手から転げ落ちて右手にある、人が三人は入れるであろう業務用の大きなゴミ箱の下に落としてしまった。
男「あーもう最っ悪!」
苛立ちながらライターを拾おうと男が屈むと、ゴミ箱の陰に何かある事に気付く。
男はさらに覗き込んで見ると。
男「おわ!ビックリした!」
そこには一匹の犬が丸まっていた。
そして犬も男のその声に驚いたのかパッと顔を上げて目が合う。
男「お前、野良犬か?首輪も付いてねぇーし、それにちょっと痩せてんなぁ…」
そう言った後しばらく犬と見つめ合い、男は鉄の扉を開けて戻って行った。
犬は男の気配がなくなると、また体を丸めて目を閉じ少ししてガチャ、ギィーっとまた鉄の扉が開いて男が出て来る。
男「おーい、これ食うか?」
男の手には鳥の唐揚げが何個か握られている。
そして唐揚げの衣を取ってから犬の目の前に置いた。
男「何かわかんねぇけど、犬に唐揚げの衣は体に悪そうだからな」
犬は目の前に置かれた衣を取った唐揚げの匂いを嗅いで男を見つめた。
男「それ食って良いぞ!残り物でどうせ捨てるやつだからよ!」
犬はその言葉を理解したのかその肉を食べ始めた。
そして男はまた一つ唐揚げの衣を取り犬の目の前に置いた。
男「美味いか?俺はウチの店の料理あんま好きじゃねぇけど、こんなんで良ければお前にやるよ!」
そう言って男は夢中で肉を食べている犬を微笑みながら眺めている。
そしてある事に気付いた。
男「お前、目どうしたんだ?怪我してんのか?」
右目を瞑ったままの犬の顔を覗き込む。
犬も肉を食べ終わり、顔を上げ男と目が合う。
男「ロックだねぇ!お前何かカッコ良いな!」
心配するかと思いきや、男は目を輝かせてそう言ってテンションが上がっている。
すると鉄の扉が少し開き、中から野太い声で「おーい!バイトぉ!いつまで休憩してんだ!」と大きな声が聞こえて来た。
バイトの男「はーい!すぐ戻りまーす!ったくいい加減名前で呼べってんだよ…」
そうボヤくと、急いでタオルを頭に巻き付けて犬に「じゃあな!」と言って扉の中に戻って行った。
犬はその後ろ姿を不思議そうに首を傾げて見送ると、またゴミ箱の陰に戻り体を丸るめて目を閉じた。
翌日、ガチャ、ギィーっと鉄の扉が開くと同時に、「ハァー…」と溜息をつきながら、下を向きながらバイトの男が出て来た。
例の如く頭に巻いているタオルを投げ捨て、クシャクシャの煙草に火をつける。
その気配に今日は犬の方がゴミ箱の陰から顔を出す。
バイトの男「おー!お前、今日も居たんかー!ちょっと待ってろ!」
そう言うとバイトの男は扉の中に戻って行き、すぐ何かを持って出て来た。
バイトの男「今日はよ!肉団子だわ!ウチの店の不味さランキング唐揚げに次ぐ第2位!どうやって不味く作れんだよって話だよな!パッと水洗いして来たから犬のお前でも大丈夫だろ!」
今日はバイトの男も犬も若干打ち解けたのか、すぐに距離を詰めて、肉団子を地面に置くと同時に食べ始めた。
バイトの男「お前、顔の割に人懐っこいんだなぁ!」
と片目が開かない犬の容姿を笑顔でイジって、食べている最中の犬の頭に手を置き、グシャグシャっと撫で始めた。
その瞬間犬は食べるのをやめて、何が起こってるのか分からない様子でバイトの男を一瞬見上げたが、撫ぜる勢いが目元まで来る男の手に目を閉じてジッとしている。
バイトの男「あ!悪い、悪い!食ってる途中だったな!ゆっくり食べてくれ!」
さっきまで溜息をつき、暗い雰囲気で出て来た男とは思えない程のテンションだ。
そして犬は肉団子を食べ終わり、バイトの男の側で姿勢良く伏せて、腹が膨れたからか満足げだ。
バイトの男「お前、顔の割に姿勢も良いのかよ!顔の傷もロックだし立ち振る舞いは紳士だし、俺も見習わなきゃなぁ…はぁー」
そう言うと男のテンションはまた下がってしまった。
そして犬に向かって話し始めた。
バイトの男「俺バンドやってるんだけどよ、仲間が解散しようって言って来てるんだわ。別のバンドに誘われてそっち行きたいんだとさ。俺にカリスマ性が無いんだろうな…ソロでやる勇気も無いし」
男は下を向き、また溜息をつく。
すると隣で伏せていた犬が立ち上がり、下を向く男の顔をペロリと舐めた。
バイトの男「嘘だろ…お前、その顔で優しいのかよ」
男はその瞬間、「ヨシ!」と言って立ち上がり、タオルを頭に巻いて自分の顔をパシパシ叩いている。
バイトの男「クゥ〜!染みたぜ!やっぱ男はロックで紳士で優しくなきゃな!お前のおかげで元気出たぜ!ありがとな!じゃあ行くわ!」
そう言って男は鉄の扉を勢いよく開けて戻って行った。
犬はその姿を目を丸くして見送った。
そして数日後、ガチャ、ギィーと鉄の扉が開く。
勢いよくバイトの男が飛び出して来るとキョロキョロ何かを探している。
バイトの男「いたいた!しばらくバイト入ってなかったから、まだお前が居るか心配だったんだぜ!実は報告があんだよ!あとホレ!飯だ!」
男は嬉しそうに皿に乗せた唐揚げやら肉団子やらを犬に差し出した。
バイトの男「俺ソロで頑張る事にしてさぁ、んでこの前初めてライブで歌ったんだよ!そしたらすぐにイベントの誘いがあってさ!全部お前のおかげだよ!」
そして男は階段に座り込んで鼻歌をご機嫌に口ずさんでいる。
今日は頭に巻いているタオルは取らないみたいだ。
バイトの男「今新曲作っててさぁ、とりあえずメロディーだけだけど良い感じだろ?完成したらお前に最初に聞かせてやるよ!」
犬はその鼻歌を聴きながら男の横顔を眺めて尻尾をゆっくり振っている。
するとガチャっと扉が少し開いて店主の声がした。
店主「おいバイト!団体客が来たからさっさと戻って来い!」
バイトの男「はーい!ホント言い方腹立つなぁ…」
男は愚痴を言い、「じゃあまたな」と乱暴に犬の頭を撫でた、犬はもう慣れた様で気持ち良さそうに目を閉じている。
そして扉を開けて戻っていく男を見送った。
それから2日が空いて、休憩を貰ったバイトの男が扉から出てくる。
バイトの男「おーい!飯持って来たぞぉ!」
いつもならすぐに顔を出す犬だが、今日は気配がない。
バイトの男「あれぇ?まぁ居ない時もあるか…アイツも用事くらいあるわな」
そして翌日も犬は顔を見せなかった。
だがそれからも毎回バイトの男は休憩中に残りの物食べ物を持って休憩に出るが犬は一向に現れない。
そうやって数日が過たある日、またも男が食べ物を用意して休憩に向かおうとしていると店主から声を掛けられた。
店主「おい!あの気味悪い犬はもう来ねぇぞ」
バイトの男「え?何か知ってるんですか?」
店主「知ってるも何も、お前が餌付けしてるの知ってたからよ!お前がバイト入ってない時に激辛唐辛子入り肉団子をご馳走してやったら転げ回って逃げて行ったぜ!あれは傑作だったなぁ!」
それを聞いた途端バイトの男は店主につかみ掛かった。
バイトの男「テメェ!何してんだクソ野郎!」
店主「お前が餌付けなんかするのが悪りぃんだろ!あんな犬が住み着いたら店の評判が悪くなんだろ!」
バイトの男「こんな不味い店なんか評判関係ねぇだろ!」
店主「なんだとぉ!ク、クビだ!今すぐ出て行け!」
バイトの男「上等だ!テメェみたいなクソ野郎の店こっちから願い下げだ!」
そう言い放つと男は掴んでいた店主の胸ぐらを突き飛ばす様に離して店から出て行った。
そして走って周辺を探し回ったが、結局犬が見つかる事は無かった。
バイトの男「はぁ居ないかぁ…まぁでも、またどっかで会えるよな…。あ!そういえばアイツの名前…付けてなかったなぁ」




