傷
(僕の頭を撫でる大きな手、暖かくて気持ち良いなぁ)
木々の隙間から三日月の光だけが差し込む鬱蒼とした山道を一台の黒いワンボックスカーが走っている。
「やってらんねぇぜ!」
と助手席の男が缶ビールを片手に叫ぶ。
「しょうがないじゃないっスか、カシラのシノギの1つなんですから」と運転席の男がなだめる。
助手席の男「オイ!鬼頭!お前この世界入って何年目だ?」
鬼頭「2年目です」
助手席の男「俺は6年目だ!そんな俺が何でこんな雑用みたいな事しなきゃいけねぇんだ!」
と怒鳴りながら飲み終えた缶ビールを窓から放り投げる。
鬼頭「ちょっと兄貴!ポイ捨てせんで下さいよ!」
兄貴「極道がポイ捨てせんでどうするんや!」
ドスっという音と共に鬼頭の肩に拳がめり込む。
鬼頭「痛ったぁ!ちょっとぉ!兄貴!運転中っスよ!」
兄貴「こんくらいで騒ぐな!だからオメェは舐められるんだよ!ったく苗字だけは一丁前にイカついのによぉ、こんな優男じゃなぁ…この世界向いてねぇよ!だいたいなぁ…」
二本目の缶ビールを飲みながら兄貴は鬼頭への説教をツマミにしている。
鬼頭「俺だってやる時はやるっスよ!」
兄貴「ほーそうかい。グビッ」
兄貴はもうこの話に興味がなくなったようだ。 窓から外を眺めながら缶ビールを飲み干し、また空き缶を投げ捨てる。
鬼頭「着きましたよ」
そうこうしてる間に山奥の寂れた倉庫に到着して車を停める。
鬼頭は車から降りて倉庫のシャッター横の入り口まで行き、鍵を開けて中に入ろうとしているが兄貴が降りてこない。
鬼頭「兄貴!何やってるんスかぁー?」
そう鬼頭が入り口前から大きな声で尋ねると。
兄貴「バカヤロォ!兄貴分のドアを開けるのがオメェの仕事だろぉが!」
酒もまわり始めて気性が荒くなってきている兄貴を面倒くさいと思いながらも鬼頭はドアを開けに行く。
鬼頭「兄貴どうぞ」
兄貴「おう!」
憧れのカシラの真似なのかカッコつけて降りてくる兄貴の機嫌はもう治っている。
こういうムラのある所が出世できないんだなぁと鬼頭はバレない様に溜息をつく。
そして入り口のドアも丁寧に開けて兄貴のカシラ気分を維持しながら入って行くと。
「ワン!ワン!」「キャン!キャン!」「クゥーン」
と色んな犬種の子犬達がケージの中から声をあげている。
兄貴「あー!うるせぇ犬ッコロだなぁ!カシラもこんな奴等を売り捌くチンケなシノギしなくてもいいのにヨォ!」
そう言い放つと飲み終わったビールの空き缶をケージの子犬達に向かって投げつけた。
鬼頭「ちょっとぉ!兄貴!この子達が怪我したらどうするんスか!カシラにドヤされますよ!」
兄貴「この子達ぃ?オメェは本当にこの世界向いてねぇなぁ!悪い事言わねぇから転職しろ」
鬼頭「ハイハイ、またそれっスかぁ。とりあえず俺はこの子達のエサの準備しますんで、兄貴はゆっくりしてて下さい」
兄貴「オイ!煙草よこせ!」
鬼頭の手から煙草をむしりとって火をつけてボロいソファにドカッと腰掛ける。
兄貴のカシラ気分はもうすでに終わっていた。
「ワン!ワン!ワン!ワン!」
1匹の犬が兄貴に向かって吠え続けている。
空き缶が当たったケージの子犬だ。 兄貴「うるさいんじゃ!このクソ犬が!殺されてぇのか!」
鬼頭「ちょっと兄貴…犬相手に何言ってんスか、もぉじっとしてて下さいね」
兄貴はもう三本目の缶ビールを飲み干して、次に手を伸ばしている。
そんな兄貴を尻目に鬼頭は奥の部屋に行き、子犬達のエサの準備をし始めた。
鬼頭は手慣れた動作で数分で十数匹分のエサを準備し終わり、台車に乗せてあとは持って行くだけとひと息着いたその時、隣の部屋から子犬のもの凄い叫び声が聞こえて来た!
急いで子犬達の居る部屋に戻ると、そこには顔を掻きむしりながら床で転げ回ってる子犬を横目にビールを飲む兄貴がいた。
鬼頭「何してるんスか!!」
急いで転げ回った末に部屋の隅でうずくまってる子犬のもとに行く。
鬼頭「ヒドい…」
子犬の右目には煙草を押し付けたであろう火傷があり、おそらくもうその目はダメになっている。
兄貴「コイツが生意気な目で俺に吠えてくるからよぉ、ヤキいれてやったんだわ」
兄貴はもうかなり酔っ払っていて、顔も真っ赤で呂律もあやしい。
だが流石の鬼頭もこれには我慢できずに兄貴に掴み掛かる。
鬼頭「テメェ!何してくれてんだ!」
そう言って兄貴の胸ぐらを掴んだが、間髪入れず頭突きを顔面に受けてうずくまる鬼頭、その床には血がポタポタと滴り落ちる。
鬼頭の右眉毛の上がぱっくりと切れている。
兄貴「その犬ッコロ殺して埋めてこい、1匹居なくなったくれぇでバレねぇだろ」
鬼頭が怪我をしてる事など気にもせずに言い放つ。酔っ払っているが冷徹な目で発せられた言葉に身動きが取れない、これが人間だったとしてもこの人は同じ事を言うんだろうと鬼頭の背中に寒気が走る。
鬼頭「わ、わかりました…」
痛みと自分の血を見て心の折れた鬼頭にはそれが精一杯の言葉だった。 頭突きを喰らった影響か少しふらつきながら目に火傷をした子犬を抱えて車に向かい、助手席にその子犬を置くと、鬼頭は思い出したかの様に一旦倉庫に戻り何か荷物を抱えて戻って来た。
鬼頭「ごめんな…ごめんな…」
そう何度もつぶやきながら運転をして数十分、山を降りて街の外れの空き地に車を停めた。
そこには手入れはされていなく、伸びた雑草の中に打ち捨てられた貯水タンクがある。
鬼頭「ここなら雨風も凌げるし、なんとかなるか…」
そう呟きながら助手席の子犬を抱き上げ車を降りる。
そして自分の着ていた黒いパーカーを脱いで貯水タンクの下の隙間に敷いてからその上に子犬を置いた。
鬼頭「ごめんな…俺が情けないばっかりに…」
そう言うと鬼頭は車に戻って行った。
そして車のトランクを開けて何かを抱えて子犬の目の前に戻って来た。
鬼頭「これだけあれば…しばらくは大丈夫だよな…」
抱えて来た大きな袋を貯水タンクの下の隙間に押し込み、何処に持っていたのかバタフライナイフで小さな穴を開けた。
するとその穴から犬用のエサがこぼれ落ちて来た、車で倉庫を出る前に抱えて来た荷物はこれだった。
鬼頭「ごめんな…何とか生きてくれよ…」
そう言うと鬼頭は子犬の頭に手を置いてゆっくりと、そして何度も何度も撫でた。
子犬は初めて頭を撫でられたのか、最初は不思議そうな顔で鬼頭を見つめていたが、次第に目を細めて気持ち良さそうな顔に変わった。
そして鬼頭は名残惜しそうに子犬の頭から手を離すと大きく息を吸い込んだ。
鬼頭「じゃあな…」
溜息にも似た声でそう言い残すと鬼頭は車に戻って行く。
泣いているのか血を拭いているのか、腕で目をこすりながら車に乗り込み去って行く鬼頭の姿を子犬は不思議そう顔で見つめている。
そして走り去る黒いワンボックスカーのテールランプが山道に消えて行っても、その方向を火傷で開かなくなった右目をたまに手で擦りながら、子犬はずっと見つめていた…。




