其の十 和尚
「うひょうッ! そりゃスゲエ!」髭面が歓声をあげた。
「なら、もっと食わせよう。飢えられたら困る!」
急に与えられた追加の食べ物をがっつきながら、桃次郎は彼らに質問しようかどうか迷っていた。
──話に出てきた神童。
どう考えても、遠い記憶の中の兄弟にしか思われない。誰かに拾われ、無事に過ごしているというのなら直接会って話がしたかった。
けれどもそんな自分の考えを、二人に知られるのは得策でないと思った。
夫婦に比べて食べ物は多くくれるが、善意からではない。なにより今の自分は話に出てきた多くのこと──例えば「都」が一体なんなのかすら解らないのだ。
桃次郎は結局、習慣に従って口をつぐんだ。
その代わりに「みやこのひがし」という言葉だけは、しっかりと心に刻んだのだった。
*
一夜明けると男たちは、縄で縛った桃次郎を先頭に歩かせながら、街道を避け、山辺の道へと進んで行った。初めは平坦だった土道は、そのうち起伏と木々ばかりとなり、やがて獣道に変わった。
目の前に広がるのは深い藪。生い茂る草は自分の腰まである。
腕の拘束は解かれず、前へ前へと歩かされるから、何度も草が刺さった。縄の結び目も固く、手首が擦れて酷く痛い。足がもつれてズッコケると、「アホ」とか「ボケ」といった悪態が髭面から飛んだ。
この恨み、いつか返してやる──
そんなことを考えながら進んでいると、急に視界が開けた。
なだらかな山のてっ辺へ向かって、真っ直ぐに石段が伸びている。少し先には瓦ぶきの巨大な山門。その奥には、やはり縦横に大きい立派な建物の姿──
「──おいおい。寺じゃねえか。物好きの客ってのは──まさか坊さんか?」
遥か上を眺めながら、髭面が言う。
括袴は桃次郎に繋がる縄を手綱のように引いたまま、
「ちょっと違う。──凄まじい生臭坊主だ」と言った。
*
「──ほう。これはなかなか、面白いもんを連れてきたのう」
案内された仏殿のだだっ広い板間。
桃次郎たちはその中心に並んで座り、一人の坊主と向かい合っていた。
歳の頃は七十代くらい。衣を着ているが、剃髪はされていない。
ボサボサに髪の毛を伸ばし、薄い髭まで蓄えている。
寺の規模感に比べ、あまりパッとしないジジイ。育ての養父と同じくらい貧乏臭く見える。
にも関わらず、桃次郎は何やら嫌なものを感じていた。
とても目が合わせられないのだ。
養父母からの悪しき教育で、そもそも視線は合わさないのだが、そういう意味ではない。
その眼光で見つめられると、急に背筋がゾクリとするような──
さっきから括袴は、普段と違うビジネス用の声音で、いかに桃次郎が値打ち物かをまくし立てていた。
「──いいですかい、宗純和尚? こんな珍しい童はもう二度と手に入らない! 生まれはきっと桃源郷。奇跡の桃が生んだ世にも珍しい御子だ!
──最低でも、金の粒玉が百。いや、二百でも安いぐらいですぜ?」
「それはさすがに法外じゃな──」
和尚は思案するように宙を眺めた。
「──せいぜい、三十。いや、二十でも多いくらいじゃの」
髭面の顔は、それでじゅうぶん満足といったように見えた。
けれども、括袴は譲るつもりがないらしい。
「たいへん残念ですが、和尚様? この御子を欲しがっているのは、あなた様だけではありません。折り合いがつかなければ──他へ持って行くだけですぜ?」
「──ふむ。そうか」
おもむろに懐へ手を入れる和尚。「ならば、これで払おう」
取り出したのは──石ころだ。
道端に、河原に、どこにでもあるただの石ころ──
「──和尚様? フザケてもらっちゃあ、困りますぜ?」
ドスの利いた声で、括袴が言う。
桃次郎とて商いのイロハは解らぬが、自分が物々交換の対象となっているのは解る。対価として、石が不釣り合いであるということも──
「まあまあ。ちょっと聞きなさい」
和尚は屈託なく笑うと、続けた。
「たしかにこれは、一見なんの価値もない石ころにしか見えん。そして、実際にただの石ころだ。そこら辺に落ちておる、実に価値のないものだ。
しかし考えてみるに──価値とは一体なんじゃろうか?
例えばお前さんが欲しがる金の粒玉。それには本当に価値があるのじゃろうか?
みなが価値があると決めたから、だから価値がある。
なるほど、その理屈は解る。けれども他人が決めた価値と、自分が決めた価値では、他人が決めた価値の方が上なのじゃろうか?
誰かに決め付けられるのでなく、自分自身で価値を決める。
その価値判断があっても良いのではないか?
例えばお前さんがこれを、金三百粒より価値がある、と決めたとする。
そうしたとき、それは嘘だろうか? 価値を決める価値基準が価値を生み出すのではないだろうか?
だとすれば、この石は価値を付けられるのを待っておる。
三百などとケチ臭いことは言わず、四百でも五百でも、お前さんが望めば価値は増える──
──ところで質問じゃが、
お前さんはこの石と金の粒玉、一体どちらで支払いを望むのかのう?」
次に起こったことは、傍目から見ても異様だった。
和尚の言っていることは、ただのヘリクツでしかない。
ガラの悪いすれっからしの二人組が、このようなペテンにかかるはずがないのだ。
にも関わらず──
「そりゃあもちろん、石ころの方ですよ!」
括袴が手を差し出した。
和尚からそれを受け取り、満面の笑みを浮かべる。
「いやあ、和尚様。本当にありがとうございます! こんな価値高いものを頂いちまって」
「いやいや。私も実に良い取り引きができた。またよろしく頼むぞよ──」
桃次郎はいまさらながらそれに気付き、戦慄した。
──このジジイ、言葉で人を操れるのだ! と。




