16.末永く
無事に結婚式が終わったその翌朝。
王城の門の前にはアイリの姿があった。彼女の前にはシリア含めてグリード一家が勢揃いしている。
「もう行くなんて寂しいわね」
「別に今生の別れじゃないし、また気が向いたら来るわよ」
ティアナの言葉にそう返すとアイリは色々と旅用の道具が入った皮袋を持つ。
「それよりもこんなに食料やらなんやら悪いわね。ありがたく貰うけど」
「気にしないで使ってくれ。こちらこそ妻共々世話になった」
あの夜から結局アイリは翌日に出て行くことは変更しなかった。それでも話したおかげなのか手紙を置いて出て行くことはしなかったようだ。
「でも本当に急すぎじゃないですか?もう少しゆっくりしてからでもよかったのに……」
シリアの考えではまだしばらくいるだろうと思っていたため、朝食の時に突然知らされて心底驚いたばかりだ。
そんなシリアにアイリは小さく微笑むと、すぐに意地悪そうでからかうような表情を彼女ではなく、なぜかルナに向けた。
「それもいいんだけどねぇ。でもさぁ、毎晩毎晩可愛い声を聴かされるのもちょっとねぇ?」
「え?」
そして今度は小声でルナに囁く。
「もうちょっと声は抑えたほうがいいかもよー」
ルナは何を言われているのかすぐには理解できなかったが、アイリのニヤニヤとした顔と隣に立つシリアの顔がボンッと真っ赤になったのを見て全てを察した。
「な、えぁっ……!?」
「し、師匠!!」
「あはは、冗談で言ったんだけどねぇ。その様子だと……そういえば今朝もだいぶイチャイチャしてたものねぇ」
「あ、うぅ……」
「や、やめてください!本当に怒りますよ!?」
シリアの抗議する声に「ゴメンゴメン」と全く謝意を感じさせないような声でアイリは返事をする。ルナは倒れそうなほどに顔を真っ赤にしながら俯いた。恐らく話を聞いていたであろう家族の顔を見たら本当に卒倒しかねないほどに。
「あー、ゴホン……まあ、我が国はいつでも歓迎するからいつでも戻ってきてくれ」
何となく空気を読んだジエンが話を逸らす。アイリも茶化すのをやめて頭を下げた。
「何だかんだお世話になりました。それじゃそろそろ行くわ」
見送りは寂しくなるからここでいい。と言うアイリの言葉を尊重してここで別れとなる。
アイリはシリアを覗く全員と軽く挨拶をして、最後にシリアの前に立った。
「じゃあまたね」
「また、会えますよね」
「……ええ、そのつもりよ」
昔、アイリは突然姿を消した。あの時はいきなり過ぎて呆然としただけだったが今回はちゃんとした別れだ。それはそれでシリアは何だか寂しさを感じていた。
「あんまり無茶したら駄目ですよ?師匠は確かに強いですけど人間なんですし」
「大丈夫よ、それぐらい考えて行動するわ」
賊や怪しげな集団やらを一人で潰していたらしいからか説得力は皆無だが、今は信用するしかない。
そんなアイリだが、最後に小声でシリアに呟いた。
「貴女も無茶しないようにね」
「え?」
「毎晩抱いてたらルナちゃんも疲れるからね。獣にならないようにちゃんと自制するのよー」
「……師匠っ!!」
最後の最後までアイリらしい言葉を残して今度こそ彼女は去っていった。
その後ろ姿が見えなくなるまでシリアはずっとその場から動かなかった。
「行っちゃった……」
「行っちゃいましたね」
少しだけ虚しい気持ちもあったが、今は隣にいる愛しい人のおかげで幾分か緩和される。
「また帰ってくるかな」
「帰って来ますよ、きっと」
また出会うその日まで、せめて恥ずかしくない生き方をしようとシリアは誓うのであった。
「さ、それじゃ戻りましょうか。ずっと外にいると体が冷えちゃうし」
ティアナのその一声でゾロゾロと城に戻り始める。シリアとルナも仲良さげに戻ろうとしていたその時だった。
「あー、そこの二人は今からちょっと私の部屋に来なさい」
ティアナにそう言われて、彼女たちはビシっと固まった。何となく思い当たる節のある二人はやはり顔を赤く、しかし心の中では青くしながら大きな母である彼女の後ろからトボトボついていくのであった。
そのあと、「気持ちはわかるし、そういった事にあまり干渉するのもよくないとは思うけど節度は守ること」と半分説教されながらシリアは深く反省することになった。
「怒られちゃいましたね……」
「うん、ごめん。私が節操ないばかりに……」
その後、自室に戻った彼女らは自然と反省会を開いていた。今日は結婚式の翌日ということで予定は何も入っておらず、結局のところ反省会というよりはいつも通り二人で過ごす時間でしかないわけだが。
「シリアだけが悪いわけじゃないですよ!私も昨日はその……まぁ」
変に言葉を濁すのは逆効果であった。シリアもルナもお互いに昨日の夜を思い出して黙ってしまう。まだまだ記憶の中にはっきり残っているせいか今になって恥ずかしさに襲われていた。
(でも、節度を守るって無理じゃないかなぁ)
顔を赤くしているルナを見ながらシリアはそう思う。どうにも彼女に対してだけは色々と劣情を抑えられなくなってしまう。それは単純に彼女が好きすぎるシリアの問題であったが、それに気づくことはおそらくないだろう。
「と、とにかくですよ。お互いに気を付けながら……シリア?」
気が付いたらシリアの顔が近くなっていた。元々隣り合ってソファーに座っていたから距離は近かったが、今はそれよりもなお近い。
「あ、あの」
嬉しいことか悲しいことか、ルナはシリアのしたいことが何となくわかってしまう。しかもそれはたった今「節度を保とう」と話したばっかりのものだ。
「ルナ」
「……んんっ」
名前を呼ばれて思わず目を閉じたルナの唇に柔らかい感触が伝わる。そこからじんわりとした温かい熱が身体中を巡り始める。
「ぷ、あっ」
浅い接吻だけでルナは脱力しヘナヘナとシリアにもたれかかる。そしてジトッと抗議の目でシリアを見上げるがそれは全く逆効果である。
「きゃあっ!?」
ドサッとソファーにルナは押し倒される。シリアそんな彼女をまっすぐに見下ろしていた。
「ま、待ってください……いくら何でもこんな朝からなんて……!」
「うぅ、ごめん。でもルナがあんまり可愛いから……」
「そ、そんなぁ」
果たしてシリアが自制を覚えることが出来るのか。
「ごめんなさい、そういえばさっき言い忘れてたんだけど……」
「……お、お母様?」
「…………」
それとも第三者によってそれを覚えさせられることになるのかは、本人のみぞ知ることだった……
*****
そんな賑やかで楽しい日々はあっという間に過ぎていった。
「それじゃあ、今日はここまで」
『ありがとうございました!』
王立の学園に設営されている広い修練場に生徒達の声が響いた。それを受けるのは17歳になりだいぶ大人びた容姿になってきたシリアである。
あれから晴れてルナと結ばれたシリアだったが、別に何かが劇的に変わることはなかった。強いて言えばルナとの距離が精神的にも物理的にも近くなったぐらいだろうか。
ただ一つ変わったことといえばシリアが王立の学園に剣術の講師として招かれていることだった。
元々シリアは王城で居候になるつもりはなく、どうにか働きたいと思っていた。最初こそ勉強として書斎にてユーベルから講義を受けたりもしたが結局それは働くということではなかった。
そんな中で、シリアの知り得ないところでコネだとかタイミングだとかが上手く重なったおかげで何だかんだ学園の生徒に剣を用いた護身術について教えることになったのであった。
シリアは攻めるタイプの剣士だったおかげか、剣術書やらフィーユとクランツに協力してもらって会得した。さらにそれを教えるとなればまた一つ違う技術が必要になったのだが、それも何とか苦労の末取得することが出来た。
そんなこんなで学園でシリアは働くことになったのだが、それはつまりルナもいるわけで。
「シリア、お待たせしました」
15歳になって、まだ子供らしかった彼女もだいぶ少女らしく健やかに育っていた。
「ううん、全然待ってないよ」
「じゃあ帰りましょうか」
ルナも今年で卒業となる年で、時の流れをシリアは感じざるを得ない。
「今日の講義はどうでしたか?」
「どうって、いつも通りだったかなぁ。ルナは何かあった?」
「私もいつも通りでしょうか」
それでも二人の仲は相変わらず深く、たまに喧嘩のようなこともあったが仲睦まじいまま過ごしてきた。
「そういえば手紙だと今日でしたね」
「そうだねぇ。結局帰ってくるのに数年掛かるなんて」
「成長した姿を見て驚くかもしれませんよ」
「うーん、想像できない……」
今日は彼女たちにとって少しだけ特別な日だった。
馬車は王城の前でガコン、と音を立てて止まった。
「お着きになりましたよー」
馬車の御者の声が掛かると先にシリアが降りる。
「はい、気を付けてね」
シリアの伸ばした手をルナは握って降りる。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん、行こうか」
そのまま二人は手を握ったまま、微笑みあいながらゆったりと進んでいった。
「あの、さ」
「はい?」
「その、これからもずっとよろしくね」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
優勝したら賞品はお姫様でした。そんな始まりだったが二人は末永く幸せに笑いあいながら過ごしたという……
長らくお付き合い頂きありがとうございました!
更新のペースが遅かったりと迷惑をおかげしましたが、最後まで本当にありがとうございました!
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