2.微睡みの午後
昼食はシンプルながら豪華であった。外に用意されているとはいっても、そこはグリード家、王族という名前に恥じないランチを提供している。
「昨日の夜はサンドウィッチを用意させて頂きましたので、今日はこのような趣向にしてみましたがどうでしょう」
「どうでしょうも何も……」
待ちきれない様子のシリアを焦らすように、ユーベルが庭に用意されたテーブルを紹介する。
そこにはよく焼けたトーストに、何種類ものジャムが入った瓶が並んでいた。オレンジ、ブルーベリー、ストロベリー、りんご、ルバーブ、そして特産品である葡萄のジャム。
その宝石のように輝く綺麗なジャム瓶は、食べるだけでなく見る分にも楽しめるものになっていた。現にシリアはそれに目を奪われてその瞳を輝かせていた。
勿論用意されたのはパンだけではない。色鮮やかなサラダや大皿に乗った肉料理なども当然用意されている。
「ほわー……」
感嘆の悲鳴をあげながら、シリアはルナと婚姻を結んだことを現金だと思いながらも喜んでいた。
そして、昼食の開始と同時に恥ずかしさも忘れ、目の前の料理に飛び掛かるように向かっていった。
人間、貧乏から贅沢には容易に移れるが、その逆は難しいとされている。良いことなのか悲しい事なのか、シリアが全く気付かないうちに、彼女はもう硬いパンや干し肉では満足できない身体になりつつあった。
「お口にあったようで何よりです。ですが食べ過ぎは身体に毒ですよ」
ユーベルは美味しそうに食事をするシリアにそう告げる。彼女は用意されていたランチプレートに綺麗にバランスよく盛り合わせていくタイプでとにかく詰め込むタイプのシリアとは逆であった。
「青空の下で食べるのも美味しいですよね」
ルナもユーベル程ではないが、綺麗に料理を盛り合わせて皿を飾っていた。
シリアは自身の皿の上の惨状とそれらを比べ、何だか急に恥ずかしくなってしまいその証拠を消すように慌てて料理を口に運び出した。
「はー、美味しい……!」
どんな食べ方をしようが、食べ過ぎはよくないと言われようが美味しい物はいつでも美味しい。シリアはいくらでも食べれそうだと幸せそうに食べ続けていた。
そんな昼食会であったが、参加者は彼女らだけでなく使用人もいた。ちょうど昼休憩とするらしく人数は多いため、さながら小さなパーティ会場のようであった。
彼等も楽しそうに談笑しながら昼食をとっていたが、やはり昨日来たばかりのシリアが注目の的であったのか、隙を上手く見て殆どの者が挨拶に彼女を訪れた。
シリアはそれに対応しながら、使用人の礼儀を尽くす態度に自身の今の立場を嫌にでも再確認することになった。
「シリア様」
そんな応対が少しだけ落ち着いてきた時、ルナが料理を取りに離れたタイミングで、ユーベルが話しかけてきた。
「はい?」
「……だいぶ遅れてしまいましたが、昨日の件について少し」
そう言われてシリアは思い出したように顔を青くした。
思えばあの無礼とも思える乱入騒ぎの後、ジエンやカエンにそのことについて謝るどころか説明もしていない。疲れがピークに達してしまいすっかり忘れていたのである。
もしかしたら何かあったのではないか、途端に汗を流し始めたシリアにユーベルはその心象を察したのか安心させるように笑った。
「心配しなくとも昨日の件について問題があったわけではないですよ。まあ例の家からは散々苦情が来ましたが」
「う……」
そりゃそうだろう、とシリアは思った。貴族の席でいきなり縁談の相手を攫って行く輩がいるわけはない。
「ですが、そうではなくてジエン様やカエン様、そして勿論私もシリア様には感謝してるんです」
「……え?」
しかし、ユーベルからのその意外な言葉にシリアはキョトンとした。謝罪を求められるならわかるが、感謝されるところがあったのかわからない。
そんな様子のシリアに説明をするような口調でユーベルは話す。
「貴族間同士というのは様々な制約もあり、付き合いもあれば腹の探り合いもあります。おまけに当然ながら民衆からの評判も
大事なため、その関係はひたすら複雑化しています」
ユーベルは一度水を飲み、息をついた後に続ける。
「そんな中でエンリ家のような相手に対して、立場が上のグリード家ともいえど乱暴には出来ないのが現状です。だから、あんな風にしつこくルナ様に迫ってくるのですが」
「…………」
ユーベルの言葉に昨日の事を思い出して、シリアは少しだけ胸の中で憤りを思い出していた。あのルナを利用せんとばかりのエンリ家を許すつもりは勿論ない。
「そんな中で無理矢理でもあの場を切り崩した貴女の行動は滅茶苦茶でありますが、ルナ様の婿としては立派であったとジエン様含め、皆様がそう思っています」
「……間違ってなかった、ってことでいいんですよね?」
ユーベルは肯定も否定もしなかった。
「シリア様は既にグリード家の一員です。そういう意味ではこれから大変な事もあると思います。ですが、貴女がルナ様を大事に思った上での行動に間違いも何もありませんよ」
その言葉の真意がわからず、シリアは話しを続けようとしたがそのタイミングでちょうどルナが戻ってきた。
何を話していたんですか?と尋ねる彼女にユーベルは世間話と国の事を話していましたと適当に濁すと、空になった自身の皿を示して料理を取ってくると席を外した。
「シリア?大丈夫ですか?」
何か憂いを帯びているシリアの表情に、ルナは心配そうにのぞき込んだ。
「へっ?あ、うん。大丈夫だよ」
それに安心するように笑いかけると満腹に近いお腹を擦りながら冗談気に言う。
「ちょっと食べすぎの幸せでぼーっとしてたかも」
「ふふ、なんですかそれ。でも食べすぎてお腹を壊さないでくださいよ?」
シリアの変な言い方にニコニコと笑うルナを見ながら、とにかく今は彼女の為に動くつもりでいればいいと、今は心の中を整理した。
それからしばらくして、庭の木陰に腰を下ろしたシリアとルナの姿があった。昼食を終えた彼女らはそこで休憩することにしたらしい。
ちなみにユーベルは後片付けと次の準備をしてくると姿を消していた。
「良い天気ですね」
「うん……」
この国は基本的に一年を通して暑い時期と寒い時期がある。今は暑い時期に向けて少しずつ温かくなっておりちょうど過ごしやすい季節だという事をルナは説明した。
たまに吹く緩やかに頬を撫でる風が心地よい。朝に散々勉強したシリアは昼食をたっぷりと取ったせいか、ちょっとした睡魔に誘惑され始めていた。
「ふあぁ……」
シリアの大欠伸にルナも少しだけつられながらまったりとした時間が只々ゆっくりと過ぎていく。
「シリア」
「ん……?」
ルナの小さな声に眠たそうにしながらシリアは顔を向ける。その顔はいかにも眠そうにぼんやりとしていた。
「膝、使いますか?」
ルナはシリアの視線を誘導するように自身の膝をポンポンと叩いていた。
そこは見るからに温かそうで柔らかそうで、とにかく今のシリアにとっては魅力的な場所に違いなくその誘いに抗うことは不可能に近い。
「ごめん……」
シリアは一言だけ断りを入れると、ルナの好意に甘えることを決め、ゆっくりと身体を傾けるとその膝に頭を乗せた。
「いいんですよ。朝に迷惑かけちゃいましたし」
「そんなこと……」
ない。という言葉までシリアの言葉は続かなかった。ルナの膝を枕にして、あっという間に目を閉じた彼女は静かに寝息を立てていた。
「ふぁ、ぁ」
安心しきって寝ている様子のシリアに、ルナは微笑みながら自身も小さく欠伸をした。
思えば昨日から何かとあれば寝てばかりだなぁ。と少しずつ身体が眠くなっていく感覚を味わいながら、その心地よい時間の流れにルナもいつの間にか目を閉じていた。
昼食で使ったテーブルなどの片づけを行っていた者達は、いつの間にか仲睦まじく寝ている彼女達を起こさないようにと温かく見守っていた。
「あらあら」
そして、そこに書類の束を持って現れたユーベルは、彼女らを見て呆れたようにため息をついたが、同時に小さく微笑んでいた。
ブックマークや感想、評価ありがとうございます!
次の投稿は6月7日の9時頃になると思われますが、どうぞよろしくお願いいたします!




