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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
終章 勇しき者
118/125

118 - 迷宮探索のセオリー

 四階、五階、六階、七階と、とにかく最短ルートで壁を爆破しつつ進み、しかしただ歩くだけというのもなんとも妙な緊張がある――ということもあってか、僕たちは雑談に興じていた。

 好きな事。

 苦手な事。

 そんなありふれたことから、家族に対する不満だったり、あこがれだったり。

 ただ――将来どんな人物になりたかったのか。

 未来についてはそう語られる。

 過去形で、閉じられている。

 それが何とも言えない感覚だった。

 悲しいとか、さみしいとか、悔しいとか……なんか、そんなたくさんの感情が浮かんでは消えるというか。

 もやもやするのだ。

 ヤムナも、ウィズも、『仕方がない』と認めているけれど。

 諦めているけれど。

 それは、それが世界のための仕方がない犠牲だから、そしてその犠牲が偶然自分たちだからだということにすぎないのだ、と改めて思わされる。

 八階。九階。十階。十一階。

 最後の壁を爆破して、十二階への階段を下りつつ――あれ、と。

 何か、強い違和感を感じた。

「ん……」

 なんだろう。

 気のせい……にしては、妙に確信してしまっている自分がいる。

 洋輔たちには特に、何か気にしている感じではない、よな……。

「どうした? なんかあったか?」

「…………」

 無視してもいいタイプの違和感かな?

 それとも、多少足を止めてでも調べるべきなのかな。

 うーむ。経験値が全然足りない。

 迷宮探索のセオリーがまったくわかってないからなあ……。

「ねえ。みんなは、迷宮探索で必要なものってなんだと思う?」

「は?」

 洋輔が思いっきり呆れながら聞き返してきた。

 が、ありがたいことに他の皆は思い思いに答えてくれた。

「覚悟じゃないですかねー」

 とはフゥ。確かにそうだ、覚悟は必要だと思う。

「運に違いないだろう」

 とはウィズ。これも真理だ、運が悪いと何もできない。

「推理力も必要だと聞くよ」

 とはニム。推理力、つまりこの部屋の次になにがあるかを推理する――それまでの構造などの傾向から、罠の存在を予期するということらしい。

「怯えね」

 とはヤムナ。それは少し違った切り口だった。

「怯えって?」

「そのままよ。怯えること。迷宮なんて訳の分からない場所に臨むにあたって、最も必要なのは『怯えること』――何が起きるかわからないと、常に様々なものに対して気を配るということよ。一般論だけどね。一歩、進んだ先には床がないかもしれない。あったとしても罠があるかもしれない。そうでなくとも何かの仕掛けがあるかもしれない……そういう恐怖を常に持ち続けること。それをなくした冒険者は、そう長く続かない」

 警戒を怠ることなかれ、注意一秒怪我一生、みたいな感じかな。

 だとしたら、さっきのあの違和感は。

 きっと、見逃してはいけないやつだ。

「みんなは特に感じてないみたいなんだけど、僕、この階段に妙な違和感があるんだよね……。なんだと思う?」

「私には普通の階段にしか見えませんねー。違和感。違和感ですか……。錬金術的なものかもしれませんね。だとしたら、カナエくんにしか察知できない理由は、そのあたりかも?」

 まあ、そうかも。

「錬金術といえば、たとえば品質が違うとか?」

「いや、それはない……かな、品質的には同じっぽい」

「そうか」

 洋輔のアシストに品質の確認をしてみたけど、やっぱり特に変化はない。

 となると、やっぱり気のせいか?

 でも気のせいにしてはやっぱり、妙なんだよな……。

「錬金術的な感覚、か。結局自分とかはそのあたりわからないのだけど、どうなんだい?」

「どうと言われてもね……僕に限らずそれが説明できれば、苦労はしないんだけど」

「違いない」

 まあ、害はなさそうだからいい、かな?

「ごめん。時間とっちゃったね」

「気にしないでいいわ。……本来かかるはずだった時間と比べれば、はるかに短いのだし」

 そりゃそうだ。

 という訳で十二階。

 特に変化があるわけでもなく、また踏破も終わっている階層なので、いつも通りに直線で進む。

 進むん、だけども……。

 やっぱなー。

 なんかなー。

 十二階突破。

 十三階……違和感はまだ続いている。

 なんかこう。

 妙な感覚なんだよな。


 そんなこんなで十九階も無事に突破し、二十階に下りる階段。

 なんか、違和感の質が変わった。

 まあもっとも、これでも感覚的には曖昧なんだけども……。

 下に行けば行くほど、これは質が変わる感じなのかな。

 だとしたら……気づいたころには手遅れとか、そういう可能性もあるのかな。

 いやでも、さすがにそうだったら警告を受けているか。

「とはいえ……か」

 壁を爆破しつつ、さすがに考え込む。

 この感覚は何だろう。

 僕たち六人の中では僕だけが感じ取っている……僕たち六人のなかで、僕だけがというところに意味があるのか?

 あるならば、それはなぜだ。

 他の五人と僕の違う点、それはやっぱり錬金術が使えるかどうかなのだけど、現代錬金術のほうならばフゥと洋輔が使える。

 現代錬金術ではダメということか?

 それとも、それ以外に何か違う点がある?

 いや、そりゃあるだろうけど。魔法の理解度とか。

 あとは単純に持っているものとか、あるいは無作為に、か……。

 なんか、この感覚は……。

 『嫌だ』。

 そうか、嫌なんだな。これ。

 そこまで全力で逃げたくなるほどじゃあないけど、なんだか嫌だ。できることならここに居たくない、そんな感覚だ。

 もっとも、その理由まではわからないけど。

 そして重要なのはその理由なのだけれど。

 緊張……ではないよな。

 嫌だ。なんか受け付けない。嫌い……。

 だとしたら、これは錬金術師だから……とかじゃなくて、僕個人の問題だろうか?

 僕個人が、何か思い入れがある、とか……。

 でもなあ。迷宮に対しては思い入れも何も、今回が初めてだし。

 まるで分らん。

「大丈夫? なんか、さっきからああでもないこうでもないって悩みながら爆破してるみたいだけど……」

「うん……ちょっと、気になることがあってね」

 ヤムナがさすがに疑問に思ったらしく僕に問いかけてくる。

 隠すことでもないので答えつつ、次の壁を爆破。

「やっぱり、違和感がある。違和感っていうか、『嫌だ』って感覚……が、たぶん近いんだけど。何が嫌なのか、わかんなくて」

「私でよければ、少しお手伝いしますよー?」

 と。

 思いがけず、フゥがそんなことを言い出した。

 その手には、小さめの杖が。

 いつのまに、というかどこから取り出したのだろう。

「私は大概の魔法が使えますからねー。精神的な抵抗感があるならば、そのケアもできます!」

「…………」

 フゥってひょっとしなくても日本って国においてはものすごく重宝されるんじゃ?

 ……あんまり深く考えないようにしよ。

「動きながらでも、それできる?」

「大丈夫ですよ。じゃあ、今から魔法かけますけど、嫌がらないでくださいねー」

「うん」

 というわけで爆破を続行。

 ふっと、体中を温かいものが包み込むような、そんな感覚。

「ふむふむ。カナエくんの心情がわかった気がしますよー。つまりですねー、カナエくんはまだ割り切れていない、それが原因なんですよー」

 割り切れていない?

「あなた自身と、そしてヨーゼフくん。あなたたち二人が『消費される』ことについて、あなたは特段目立った抵抗感を持っているわけではないみたいですねー。ただ、ヤムナとウィズくんが使われる事には強い抵抗感を抱いている。だから、『割り切れていない』のだと思いますよー」

「…………。うん。お願いしといてアレだけど。ごめん。それはそれで自覚してる。僕が感じてるのは、それとは別の違和感なんだよ」

「おや。そうでしたか」

 うん、そうなのだ。

「だとしたら、それは精神的なものとは違いそうですねー。精神状況からして、先ほどのべた抵抗感以外にはこれといったものがないですし。あ、でも実はかなり面倒がっていて、あわよくば床を抜こうとしてるのはわかりますよー」

 まって、その魔法怖いんだけど。

 今度から拒否しよ。

「何かが、引っかかるんだよね。違和感といっても、もう、気のせいじゃすまない感じ……。さらに進めばはっきりするとは思うけど、はっきりしたとき、すでに手遅れだったら困る」

「まあな。けど、先に進むことで発動する罠があったとしたら、それこそ冒険者たちが警告してくれてるはずだろ」

 洋輔の言葉に、僕はうなずく。

 そう。

 今のところ、僕の曖昧なこの感覚だけなのだ。

 だから他人を説得することはできない。

 ……まあ、いざとなったら、緊急脱出か。


 そんなこんなで二十九階もぶち抜き終えて、三十階……。

 また、違和感の質が変わった。

 いや。

 もう、違和感じゃない。

 僕はこの感覚を、知っている!

「…………」

 知っている!

 ……とは言ってもまあ、何の感覚なのか、までは思い出せてないのだけれど。

 でもまあ、確信できるほどには強い何かだ。

 しかもこれ、あるていど日常で感じてるような類の……。

「……、錬金術?」

「うん?」

「…………」

 そう。

 この感覚は、そうだ。錬金術の感覚だ。

 錬金術を行使しているような感覚がとても近い。

 とても近いけど、微妙にずれている。

「なんだか、錬金術が使われ続けてる感じ……が、する。たしか――」

 『錬金反復術』。

 一般錬金術、昇華の授業で習った、存在が確認されている、しかしそれを行使できる者はいないとされている技術だ。

 僕もまだ実践したことはない。

 まあ、その必要性を感じなかったというのもあるけど、単純に難しそうだったから後回しにしたというのが真相にまだしも近い。

「錬金反復術……というと、たしか過去に一度だけ行使されたことがあるという、あの錬金術かい?」

「たぶんそれだね」

「何だ、それ?」

 ニムの補足にウィズが首をかしげる。

 概念的には――たぶんこれ、魔法にもあるんだろうな。

「錬金反復術。『錬金術を行使するという錬金術』を行使する錬金術のことだよ。発想だけなら、たぶん魔法にもある。『ある魔法の効果を発声させると同時に、それと同じ効果の魔法を発動させる』って感じ――それの錬金術版、『ある錬金術の中に、その錬金術を行使する仕組みを仕掛ける』ことで、延々とその錬金術が行使され続けるって状況のこと」

「ん……『反響摂理』か」

 と、洋輔が補足。

 やっぱり似たようなのが魔法の応用技術にあるのか。そりゃそうだよな。

「大体お前が言った通りの効果を仕込むための『連想』を、『反響摂理』って言うんだ。あんまり一般的とは言えねえけどな。魔力には限度があるから、どんなに魔力の消費が少ない魔法でもいつかは止まるし、そもそも術者が寝たらそこで終わりだ」

「そうね。だから実用性はそこまでないけど、局所的には使えるところもある。そういう評価だったかしら……例えば威力には期待しない攻撃魔法を、魔力の限り打ちっぱなしにしたいときとか」

 そしてヤムナも知っていたということは、血統的にはさほど珍しくもない技術のようだ。

「錬金術の場合は、たぶん、消費されるリソースがないんだよ。だから一度でもそれが成立すると、本当に延々、それが続く」

「……理論上はわかるけど、それ、可能なのか? 錬金術って、大体マテリアルが無いと成立しないんだろ」

「うん。マテリアルがある限りは成立しうる……理論上は」

 マテリアルがないと成立しない――マテリアルがあるならば成立する。

 とはいえ、マテリアルを消費して完成品を作るのが錬金術である以上、…………。

「……え?」

 あれ?

 消費。

 完成品。

 ……錬金術?

「ひょっとして、世界の最果てで行うのって、錬金術なのか……?」

「え?」

「……いや、ニムはさ、僕や洋輔を、ヤムナとウィズに模倣することで、僕たちには使えない権能をどうこう、って言ってたよね」

「確かにそのようなことを言ったね」

「でも、僕や洋輔をどんなにまねしても、やっぱり僕たちに使えない――僕たちにはできないことは、結局できないんじゃない?」

「…………」

 ニムは無言で。

 ただ、歩みを進める。

「ニム達が言うところの、授かりの御子。それが僕とヨーゼフで……ウィズとヤムナを、そして僕とヨーゼフを消費することで、改めて、権能をふるえる存在を作る。そうなんだよね?」

「…………」

 だとしたらそれは、僕たちという存在を、そしてウィズたちという存在をマテリアルと見做した錬金術に他ならない。

 錬金術は生き物を作れない――錬金術では生き物を変えることができない。それが前提のはずだった。

 だけど、その前提を無視できる場所があったとしたら?

 ならばなぜ。

 『世界の最果て』を、『世界の中心』ともニムが言ったんだ?

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