117 - 所により爆弾魔
第一層から第二層に続く階段の弾数はちょっと多めで、どうやら床・天井にあたる部分はそこそこ分厚いらしい。
ぶち抜けないほどではないので、いざという時は実際に行うことになるだろう。
で、地図を確認して第二層から第三層へ続く階段の方角を確認。あっちか。
「今度は七枚だけですみそうだね」
「そうだな。近いし。……にしても」
どかん、と壁に穴をあけながら言うと、洋輔が顔を手で覆いながらそんなリアクション。
それでもちゃんと歩いてついてきているのは、まあ、効率的だとわかってくれているからだろう。
「なんだろうな。この、『近道がないなら作ればいい』ってのは。効率はいいけど……」
「その分だけ前準備はいるけどね」
とはいえ、例のゾンビを倒すゲームだって、道がないときは壁を掘り進むのが基本なのだ。
やっぱりこれが正攻法だと思う。
「ところでカナエ。一つ聞いても?」
「うん?」
「いや、その壁を爆破してる爆弾ってさ。壁を壊せるくらいだから、戦闘でもまあまあ使えるのか?」
ウィズの疑問に、僕は壁を爆破しながら考える。
どうだろう。
使えないことはないと思うけど……。
「正直、攻撃魔法が使えるならそれでいいと思うよ。火薬を液体化するのがまず面倒だし、液体化した爆薬はちょっとした衝撃で爆発しちゃうから」
「え?」
「壁にぶつかるタイミングに合わせて起爆してるんじゃなくて、壁にぶつかった衝撃で爆発してるんだよ、これ」
というわけで奥の壁も爆破しながら解説。
本当は自分の意思で起爆できればそれが一番だったんだけど、ちょっと、難しかった。
爆発物処理班とかが主役のドラマなんてなかったからなあ。
アニメとかのシチュエーションで出てきても、爆弾の詳しい構造はカットされてて、大抵時限装置をつなぐ最後のコードで悩む……ってものばっかりだし。赤い線か青い線かみたいな。
……あれを見てた頃の僕は『どっちを斬っても同じなんだからさっさと切っちゃえばいいのに』とか思ってたけど、今の僕なら錬金術でふぁんとしてやれば無効化できそうだな。身もふたもないけど。
「そんなわけだから、移動中に強い衝撃を与えると、そこでどかん。液体爆薬はそう気軽に持ち運んでいいものじゃないんだよ」
「な、なるほど……? じゃあ、えっと、今カナエが持ってるのは、大丈夫なのか?」
「うん? ああ、ダメだよ。これも叩いたりしたら爆発するかも。だからやめてね」
「…………」
はい、とウィズは声を出さず、口を動かすだけでそう答えてきた。
「ちなみに、爆発の威力はまだまだ改善の余地があるよ。品質的には伸びしろがないんだけど、魔法の効果を混ぜてあげるとか」
「いや」
「それが嫌なら、砂と蝋燭で錬金して、導火線付きのタイプにするとか。でもあれだと、こんどは爆発までにちょっと時間かかるのが難点だよね。あと、錬金術で作るとどうしても別のものができちゃうこともあるから……」
なんどか試して、まともな爆弾が作れたのは数回。
その十倍近くの花火もおまけで作れたのだが、花火は錬金術で火薬に戻している。
やむを得ない措置だった。
ダイナマイトとか、思ったよりも構造的に難しいのかなあ。
なんか思った通りに作れないというか。
……そもそも、爆弾の構造なんて習ってないから、というのが大きいか。
「うーん……。もうちょっと試行錯誤しといたほうがよかったなあ。なんかこう、一個を極めてないっていうか。もうちょっとできるんじゃないかな、ってことも多いのに、なんか全部ふわっとした状態のまんまだ……」
僕がぼやきつつ壁を爆破すると、その横でニムが肩をすくめる。
「十分いろいろと突き抜けているようにしか見えないのだがね、吾輩には。その液体爆薬にしたって、そもそも作れるものはほとんどいないと記録されているのではなかったかな」
「お母さんが作れるよ。カナエ・リバーのお母さん、サシェ・リバーがね。手紙でなんどかやりとりして、『あぶないからそうそう使ってはいけません』って釘はさされたけど、作り方とかを教えてくれたってわけ。それと一緒に、お母さんがなんで爆弾魔、って言われてるのか……みたいな真相も含めてね」
ちなみにその真相というのは、思った以上にこう、お母さんらしいというか、お母さんらしくないというか。
お母さんは若いころ――まだ首都で、お父さんと出会っていなかったころ、錬金術師としていろいろと、イスカさんの実家で研究を繰り返していたらしい。
で、当時のお母さんはすでに治癒系統の道具についてはかなり良いものが作れていたんだけど、それ以外が全然ダメだった。
それでもなんとかならないかと研究に研究を重ねている間に、なにかの間違いで液体爆薬が完成。
扱いを誤り、その日のうちにイスカさんの実家を半壊させたらしい。
で、その翌日、家が吹き飛んだと聞いて慌てて戻ってきたイスカさんから叱責されつつも液体爆薬を再現して見せると、イスカさんは興味深そうにそれを学校内に持ち帰ろうとした。
が、ここで液体爆薬が衝撃によって爆発するというその性質が発動。結構ガチャガチャと衝撃が伝わる状況で運んでいたそうなので、さもりありなん。
結果、学校にたどり着く前、というかイスカさんの家を出て百メートルも移動せずにまた爆発。
しかも学校に持ち込もうとしていただけに結構な量だったので、その爆発の衝撃はかなりのものだったらしく、イスカさんの屋敷の近くが平地になりかけたそうだ。実際はイスカさんに同行していたサンドルさんの機転で防衛魔法が円柱状に貼られ、爆発の衝撃を上に逃がしたそうだ。
まあ、下にもある程度被害は出て、結果、ちょっとした大穴が空いたそうだけど。
尚、これで作られた大穴を埋めるついでに水道が整備されたんだとか。怪我の功名ですらないので、何とも評価はしがたい。
でもって、これで事件が終わればよかったんだけど、お母さんにとっては治癒系統以外の品物ではほとんど初めて、他人に作れないかもしれないものが作れてしまったという状態で、当然お母さんはその研究を始めた。
その研究の過程でイスカさんの家を吹き飛ばすこと数回、それにそろそろいい加減にしてくれと泣きついたイスカさんが整備した研究室を吹き飛ばすこと数回、いつしか『爆弾魔』と呼ばれるようになった……らしい。
で、お母さんはこの液体爆薬の制御を、最終的にはあきらめたそうだ。少なくとも同別の法則に基づいたり中和緩衝剤を使ったりしてもきっちりした固体にできなかった、んだとか。
まあエッセンシアじゃないし、当然だとは思う。ちなみにこれは僕も成功していない。
「というわけで二階も終わり」
「次はちょっと面倒ね」
うん?
ヤムナの声に次の階層の地図を確認。
えーと……階段、から次の階段までは、ちょっと遠め。
直線で考えると……げ。
途中に部屋も通路もない、空白地帯がある……。
「ここまではぎっしり詰まってたのに、突然ですねー。案外隠し部屋があったりして?」
「それは……どうだろうな。この階層は事実上、完全踏破されてる、はずだし……」
「まあ、深く考える必要はないだろ。な、カナエ」
フゥにウィズが答え、しかし洋輔は淡々と言った。
「まあね」
どうやら洋輔は僕と同じ考えのようだ。
以心伝心は言い過ぎでも、ある程度分かりあえてるのかな?
で、三階。
例によって最短ルートを爆破で切り拓き、さほど時間を掛けずに問題の場所に到着。
「で、どうするの?」
「どうもこうも」
液体爆薬を投げつけて、爆破。
一発目、貫通した様子はない。
ので、もう一発。
「おい。俺の考えてた解決法と違うぞ、カナエ」
そしたら洋輔からクレームを受けた。
意外だ。
「いや、なに意外そうな顔してるんだよ」
「だって、とりあえず穴あけてから考える以外に方法ある?」
「いくらでもあるだろ迂回するとか」
あ、その手があったか。
まあ、最後にもう一発ぶち込んでみて……あれ?
「って、貫通したよ?」
「え?」
奥は暗くてみえにくいけど、本当に隠し部屋があったらしい。
明かりを部屋の中に作って照らしてみると、そこには一本の剣が床に突き刺さっていた。
「…………」
「…………」
みんなでしばらくそれを見て。
「えっと……。宝物を見つけた場合は、見つけたものたちで分配、が冒険者のルールだ」
と、ウィズが解説。
うん。まあ、そうなんだけど。
「ぶっちゃけさ。これ罠だよね?」
「……まあ、そうだよな」
よし。
放置しとくとなんか嫌な予感がするので、液体爆薬でぶち抜いた壁を包むように枠を展開、がれきをマテリアルにして錬金、ふぁん。
はい、壁復活。
これでよし。
「おとなしく迂回しよう」
「おう」
触らぬ神に祟りなし、だ。
「でもちょっともったいないですよー。魔剣だとしたら、ほしいですし……」
「フゥ的には、どんな魔剣がほしいの?」
「えっと、魔力を通すと風を纏う! とかどうです?」
ふむ。発想的には……。
「作ろうか?」
「え?」
「たぶん僕、作れるよ。ヨーゼフ」
「ん? ……ああ、そういうこと」
と、洋輔は僕に促されてだろう、装備していた大剣をフゥに渡した。
フゥは怪訝そうにそれを受け取ると、おや、と何かに気づいたらしい。
「これはなかなかの出物ですねー。高そうな剣ですよー。でも、これがどうしたんですか?」
「魔力通してみればわかるよ」
「ふむ」
歩きつつもフゥはそれを試したようだ。
そして、刀身が熱を帯びたのを確認してか、少しはしゃいだ様子で壁を斬りつけた。
じゅっ、と焦げる音、というか解ける音がしたと思ったら見事に壁を焼き切っている感じ。
なかなかフゥも豪快だ。
「すごいですねー。魔剣だったんですか、これ」
「もともとは普通の大剣だった。貰い物だったんだけど、僕には使いきれないねーって話で、ヨーゼフにあげることになって。で、この半年間、いろいろと新しいものを作ったりしてる間に、『できるかな?』っていろんな道具作ってたんだけど、その一つがそれ。元の大剣の性能はそのままに、魔法の効果を封じ込める――魔力を流すことで効果をオンにできて、かつ、魔力の量で効果の増減もできる、って感じだよ。どうかな、使い勝手」
「これは、ぜひともフゥもほしいですよー。こういうの、やっぱり憧れですし」
と、言いつつフゥはきちんと洋輔に剣を返還。
「なるほどね。熱を込めることができたなら、風を込めることもできるかもしれない……ってことか」
「そう、ウィズの言う通り。といっても、魔法使うのはヨーゼフだけど」
「まあ、結局カナエは魔力を通して云々とかの条件付けできなかったからな」
「常時発動でいいなら、僕にでも作れるんだけどね」
使い勝手は大分悪いし、まあ、洋輔に頼った方が現実的である。
「魔剣について話すのは結構だが、しかし皆に一つ聞いてもいだろうか? いや、別に、吾輩の気のせいかもしれないのだが」
「どうしたの?」
ニムの唐突な横入に対して、珍しそうにヤムナが聞き返す。
すると、ニムはただ指をさした。
指をさした方向は、先ほどフゥが斬りつけた壁だ。
改めて見てみると、そこからは何やら、緑色の靄のようなものが染み出ている。
マテリアルとして認識してみて……うん、品質値は4227、結構高い。
毒かな?
「カナエ、あれ、どうだ?」
「生き物とか魔物の類じゃないと思う。魔法の可能性は否定できないけど、品質値は4227あるよ」
「毒か」
「毒と決まったわけでもないけどね」
というわけで、ウェストポーチから揮毒の石を取り出す――が、そのころには状況が変化していた。
具体的には霧が壁についた傷を埋めるかのようにしみ込んでいる。
……自動修復、ってわけでもないな。別に修復している様子はない。
で、あれは生き物じゃないし、魔物でもない。
魔物も生き物も、それが生命体として意識を持っているならば、品質値を見ることができないから、これは断言できる。
さらに毒だとしたら、動きが妙すぎる。まあ、毒がないとも断言しないけど、魔法的な何かな気がする。
うん。
「見なかったことにしよう」
「え?」
壁全体を覆って、ふぁん。
はい、壁修復完了。
さっきの霧みたいなのは……よしよし、無くなってる無くなってる。
「いや確かに気になるけどさ。まだ三階だよ、ここ。いちいち調査してたら時間がいくらあっても足りないってば」
「けど、先に進めば進むほど、こういう訳の分かんない事は増えてくぜ?」
「ならばなおさらこんなところにかける時間はないよ」
「……まあ、そうね」
説得完了っと。