113 - ヒストリアはかく語りき
「まず最初に、世界が隠す魔王の真実から語るとしよう。まず、魔王という存在が何者か。魔王とは人間だ。ただし普通の人間ではない――『何らかの影響を受けた』人間、つまり『魔物と化した人間』であり、そして魔物を統べる存在だ。その存在は人間でありながらもはや人間ではない。子をはぐくむことはできるそうだがね、生命としてすでに人間ではないから、その寿命が極端に伸びるのさ。だが、人間ではなくなってしまったとはいえど、魔王はやはり人間でもある――人間としての記憶も感情も理念も、その全てを持っている。だから魔王の多くは、『魔物を統べて』いるだけだ。他の魔物を統べることで人間を護っている。そう。魔王とは倒されるべき存在ではなく、むしろ己の生涯をかけて人を護り続けている存在なのだよ。その典型例が、この国を作り、国王の地位についていたのはそもそも『魔王』と呼ばれるそれだった。それはただ長い時間を掛けて人々の生活を豊かにしていき、魔物を封じつつも世界に平和をもたらしていたのさ。だがね、魔王がどんなに気を遣って己の正体を隠していても、いつの間にかは露呈する。その結果、何が起きたのか――魔王は追放された。それがこの国の国王が国外に追放されてしまった真相だ。まあ、ここまでは前提だ、多少驚いたとしても、別に常識が揺らぐほどではあるまい」
紅茶の入ったカップを揺らしてニムは淡々と続ける。
いや、もうすでに混乱気味なんだけど。
魔王が人間?
ていうか、人間が魔物化した成れの果てで、人間を護ってる?
だとしたらそれ、倒しちゃまずい気がする……魔王を倒した結果、人間を護るのが居なくなった、じゃあ、下手すると人間が滅亡しかねない。
まあ、それはそれで『何かを成した』に違いはないけど、ゲームクリアというかゲームオーバーだぞ、それ。
「さて、では魔王は何をしているのか。そしてなぜ魔王は今も存在し続けているのか――正体が露呈した時点でなぜ討伐されなかったのかという点についてを話すとしよう。それはいたって単純だ、魔王がこの世から居なくなれば、魔物たちはそれらを押さえつける箍が無くなるからね。今の常識として『魔物は人里には生まれにくい』というものがあるだろう? なぜか人里から離れたところにばかり生まれると。それはなぜかと言えば、だから、魔王による制御がされているからさ。まあそれでも時折、そういった制御から外れてしまうこともあって、それが多少問題になったりもするが、しかし魔王が存在しなければ、魔物はもっと普遍的に――それこそ、すぐそこの小動物が一斉に魔物になるような大惨事になってしまう。そのあたりの仕組みも含めて、正体を看破された魔王は話した。もちろん、当時の人々はそれが嘘ではないかと疑ったが、しかし証拠はいくらでも出てくる。そして少なくとも魔王が存在している限りにおいて、ある程度人の安全が確保されるならば、いっそ魔王には『存在してもらった方が都合がよい』と、当時、正体を知ったごく一部の者たちは考えた。だからこその追放さ。国から追放する半面で、国を守ってくれと厚かましくも人々は願い、魔王はそれに応じたのだ。とはいえ、国から離れるとなると、魔王にはどうしても『目』が届かない点が出てくる。それを恐れた魔王が作り上げた存在、それが『血族』だよ。血統は魔法使いの七家系をさすが、血族はいわば魔王の直系子孫。魔王とは違ってあんまりでたらめなことはできないが、それでも一種の特権を以って生まれる存在。現代におけるそれはフユーシュ・セゾン、君だね? 君のその完全魔法は、その特権としての魔導師という性質が君に与えているものだろう」
ニムの一方的な断定に、しかしフゥはあっさりとうなずいた。
「つまり、魔王は人間。人間としての子供がいる。で、その子供の一人がフゥ?」
「いえ、それは少し違うですよ。フゥのお父さんは普通の人間ですし。フゥのお母さんはフゥと同じで血族でしたけど、フゥたちだけが血族という訳ではありません。フゥが知らされている範囲では、フゥたちセゾン以外にも三つは、血族があるはずです」
「その点について吾輩が少し補足しようか。血族はどういう訳か、女系でね。まあどういう訳かもなにも、おそらく魔王が女性だからというところなのだろうが。ともあれ、その家系において女性が代々、血族としての力を引き継いでいくのだ。そして魔王が去ってからずいぶんと経っている、フゥが持つ血族としての力はもはや断片とも言い難い、破片のような大きさだろう。その破片のような大きさでも、フゥのような完全魔法が実現するわけだが」
「さっきも言ってたな、それ。完全魔法ってそもそもなんだ? 血統の俺にもわかんねえんだけど」
「魔法のすべての応用技術を『並み以上』に扱えるという才能だ。詠唱の単純化や儀式の大魔法化といったものも含め、そういった技術を『使えてしまう』というでたらめな才能――あらかじめ魔法という枠組みを知ってしまっているという才能。その本質は、魔法というよりもそれ以前の部分なのだがね。だからこそ、およそこの世界に存在しうるすべての魔法は、フユーシュ・セゾンによって再現できてしまう――たとえそれが、血統に伝わるような秘中の秘でさえ、血統がようやく編み出したものであっても、彼女は魔法をそれ以前の状態で習得しているから、使えてしまう。ヨーゼフ・ミュゼ、君も血統の、しかも中心なのだ。何らかの『魔法』という言葉では表し切れないような力を持っているのかもしれない。そしてそんな力は、きっと誰にもまねできないだろうと、そう思っていたのだろう? だが、フユーシュ・セゾンはそれを可能とする。それに身に覚えがあるからこそ、君はあの場で、フユーシュ・セゾンという名前を出したのではないかな?」
「……ご名答」
「あ、もしかしてそれは『剛柔剣』のことですか?」
「そう。あれはそうそうマネできるもんじゃねえ。けどお前は事実として、それを真似している。たった二回見ただけでな」
洋輔の表情が深刻さをうかがわせた。
…………。
ベクトラベルとベクトラベルが戦ったらどうなるのかな?
矢印の書き換え合戦?
ちょっとそれはそれで見てみたいような……。
「おい、カナエ。なんか今どうでもいいことを考えただろう」
「そうでもないよ。結構大切なことを考えてた」
相変わらず洋輔は鋭い……。
紅茶を口に運びつつ、僕はあいまいにごまかすことに。
それにしても、ベクトラベルにせよ完全魔法にせよ、魔法の前の段階としての才能、技術ねえ……。
もっと根源的なルール……重力とかと同じような、自然としての力ってことか?
それとも、何か具体的に干渉できるものとして存在する何かなのか。
「補足すると」
と、口をはさんだのはヤムナ。その表情には納得が浮かんでいる。
「その子、シヴェルの刻印も模倣ってるわよ。あたしに刻まれてる刻印からルールがわかったとか言ってたけど、なるほどね。完全魔法……そんな才能があったのか」
「フゥも、完全魔法という名前は初めて聞いたんですよー。でもまあ、そういう土台があったのは、本当です。説明しても信じてくれないだろうから、って黙ってましたけど……」
「その判断は正しいわね。実際、刻印が模倣されてもなお、私は『変わった子もいるもんだなあ』としか思ってなかったし」
それはそれでどうかと思う。
僕と洋輔のような関係ならともかく、ちょっとくらいは怪しむべきだ。
「まあ、そういう訳だ。魔王という存在についてはわかってくれただろうか。要点だけを抜き出せば、次の通り――魔王とは魔物と化した人間である。魔王には人間と敵対する意思がない。魔王は人間を庇護しようとしている。魔王は己の力を我が子に宿させそれを血族と呼んだ。魔王が魔物を制御している。魔王は魔物を制している。よって、魔王を殺してはならない――新たな魔王が産まれるまで、混迷を極めることになるからね」
だから魔王を『どうにか』しなければならないけれど、魔王に危害を加えてはならないのだ、とニムは言葉を締めた。
うーむ。どうにか、ねえ。
そうは言ってもそう簡単じゃない気がする、とノルちゃんの首元を撫でつつ思う。
……うん?
てことは、だ。ノルちゃんって魔王の制御下にあるってことだよね?
「……質問してもいい?」
「何かな、カナエ・リバー」
「魔王はどうやって魔物を制御してるの?」
「それがわかれば苦労はしないのだがね。だが、元人間の魔物が魔王として君臨できている点と、フユーシュ・セゾンがもつ完全魔法という才能などから鑑みるに、それはおそらく『魔法の前段階の才能』によるものだろうと、推測はできる。使い魔の契約とはまた違った……それよりも明らかに上位に値する法則だろう」
魔法とは異なった、魔法じみた何らかの法則……か。
「その才能が再現できる類のものであるならば、魔王という存在にそこまでの重要性はない。とはいえここまでの歴史において、結局魔王という存在が続き続けていたことを考えるに、おそらくその再現は難しいのだろう――それこそ、魔王という存在にのみ与えられた特権的な事項なのかもしれないしね。さて、前提としての魔王の話はこのくらいだ。とりあえず皆、ここまでは理解してくれたかな?」
「解せないわね」
ヤムナはカップをはじきながら、そう首を振る。
「少なくともここまでの話を聞いて、確かに多少価値観は変わったけれど、でも世界観が変わるほどのことはないわ。ヒストリア、あなたの前置きは少し大げさすぎる――ここまででは、ね。よっぽどのことが後に控えているという認識でいいのかしら?」
「残念ながらその通りだ」
ニムは笑みを浮かべたままに、ヤムナに対してそう答える。
「だからこそ、吾輩は『前提としての魔王の話』といったのだよ。問題はこの後――勇者と呼ばれる存在の本質についてなのだから」
勇者について、確かニムは旗手といっていたな。
「この世ならざる力を行使する授かりの御子を導く旗手……だっけ?」
「『表向きは』そういうことになっている」
あれ?
じゃあ円卓では結構、建前でしか話してなかったってこと?
「真実は時として、誰も信じられないようなことなのさ。だからこそ、建前が必要になる――円卓であれを建前だと知っていたのはカティア・リーリだけだろうが、それも無理らしからぬことだ。そのカティア・リーリにしたって、それが建前だということは知っていても、その真相までは知るまいよ。なにせそれは、ヒストリアの中でも最上級の機密事項。歴代の『首席』ヒストリアにしか知らされていないことなのだから」
「実はでたらめとか?」
「そうだったらよかったのだがね。吾輩も最初はそう思ったのさ――だが、他の記録のすべてが正しいなかでそれだけが嘘であるとも考えにくいし、その記録が真であるとすると納得できてしまう出来事がいくつも存在する。だから、やはりそれは真相なのだろう」
「もったいぶらずに教えなさいよ。じゃあ、勇者って――フゥはそもそも何なの?」
じれったい言い回しに耐えかねたようで、ヤムナが語気を強めてニムに詰め寄る。
ニムは頷き、目を閉じて言う。
「勇者とは、この世界から足を踏み外しかけた者のことなのだよ。踏み外しかけた分だけ、その足は『他の世界』に交わっている。それでも勇者はこの世界の住人であり、だからこそ勇者は他の世界の法則を理解しつつも、この世界の者としてその権能すべてを行使できる存在だ」
「つまり?」
「授かりの御子の力は強大で、膨大だ。まるで冗談のような力さえ、彼らは息をするように扱ってしまう――カナエ・リバーが先ほど使った錬金術も、そしてこの椅子を作るピュアキネシスだって、『冗談のような力』であることは君たち二人にならばわかるだろう。だが、彼らの力はそれでも、完全ではないのだ。なぜならば彼らは、勇者の反対側にある存在なのだからね。そんな彼らが持ち、しかし彼らには扱えない力を、『扱える者に写しとる』。それが勇者としての君に与えられた命題だ。方法は、単純――」
そして、残酷でもある。
ニムは小声で、そう補足する。
「この二人の中身を模倣し、受け皿としての別の人物に上書きするのだよ。この世の最果てにおいて、勇者フユーシュ、君はそれをしなければならない」
それで世界を癒すのが、勇者の本来の役割だ。




