112 - 女子と男子の距離感とか
寮の構造はやっぱりどこも同じような感じのようで、僕たちが生活しているそちらとの違いはちょっとした意匠の違いくらいだった。
まあ、妙なところで差をつけられていても困るのだけれど……。
食堂に向かうと、まだちらほらと人はいる。
こちらの寮の受付さんは暇をしているようだったので、早速、フユーシュ・セゾンと連絡を至急取りたい旨を伝えると、僕たちはそのまま多目的室で待機するように、と言われたので移動。
多目的室の構造はもちろん、備品まで同じだな……なんて思いながら適当な席に陣取って、ノルちゃんを撫でながら待っていると、五分くらいだろうか。
ほとんど時間差を感じさせず、入出してくる二人の女子生徒。
片方は神秘的な髪をした、薄褐色の肌の少女――ヤムナ・シヴェル。
もう片方は濃い灰色の髪の少女――フユーシュ・セゾンだ。
「どうも、おはよう。ごめんね、呼び立てちゃって」
「ええ、まあ、今日はゆっくりとするつもりだったから、別にいいけれど。ね、フゥ?」
「そうなのですねー。けど、ヤムナならばともかく、フゥの方に用事があるって聞きました。どういうことです?」
うん。
まあ、ここから先はニム任せのほうがいいかな……。
「ごめんよ。君を指名したのは吾輩なのだ。初めまして……という訳でもないが、便宜上初めましてのほうがこの場合は良いかな? 吾輩はニムバス・トゥーべス=ヒストリア。志が無い魔法使いさ」
「……ああ。あなた、ヒストリアだったのね」
と、どこか納得するようにヤムナが答える。
その横でフゥは首を小さくひねっていた。
「世界中のあらゆる歴史を記録しているとされる組織のことよ、フゥ」
「そうなのですか。知りませんでしたねー。それで、そのヒストリア……? さんが、私に何の用事ですか?」
「うむ。実はつい先刻、途方もない魔力の揺らぎがあったのだが、君たちはそれを観測したかい?」
「ええ」
「しましたよ!」
「ならば話は早い。あれの原因が魔王と呼ばれる存在でね。その魔王をどうにかするために、勇者の力が必要なのだよ」
「そうなのですか。大変ですねー」
他人事という感じにフゥは言う。
まあ、そうだよな……勇者なんて自覚、たぶんないんだろうな……。
「そして現世代における勇者はフユーシュ・セゾン、おそらく君だろうと、この二人……ヨーゼフ・ミュゼ、カナエ・リバーが推薦したのだ」
「え? 私がですか? 何かの間違いですよきっと」
「吾輩も正直、君をこうやってあらためて対面するまでは話半分程度だったのだがね……ふむ、しかしなかなかどうして。完全魔法か、納得だな」
にこり、と。
ニムに対して、フゥは微笑む。
「私は勇者なんて柄じゃあありませんよ。だって私は……」
「血族だから、だろう?」
「…………、なぜ、それを?」
うん?
血族?
「血族って何? えっと、血統、みたいなもの?」
「似ているが別物だよ。血統とだけ言うならば、それは魔法使いの七つの血統を指す――そこのミュゼやシヴェルがその一つだし、カナエ・リバー、君はアランなどとも会っているだろう。彼らは普通の人間、ただ、生まれた家が少々特別というだけでね」
「じゃあ、血族は?」
「血族というものについて説明するためには、まず勇者と魔王という、この二つの大きなことの『真相』を説明しなければならないのだが、さて、ヤムナ・シヴェル。君はフユーシュ・セゾンと相部屋なのだろう? 今ならばまだ間に合う。フユーシュ・セゾンという人物が勇者である可能性、血族であるという事、それらを知っただけならばまだ間に合う。今ならば君は、まだ普通の生活を普通に送り、普通に成功し普通に栄えることもできるだろう。だがこの場に居続けることを君が選ぶのならば、良くも悪くも君は普通ではなくなってしまう。価値観がずれるし、世界観にもずれが出る。君は何をあらゆる普通に満足できなくなり、きっとその生涯は大きく一変するだろう――吾輩と相部屋であるウィズがそうであるようにね。だから、選ぶと良い。聞いて変わってしまうか、聞かずに今のまま、約束された成功をたどるのか。さあ、どうする?」
「約束された成功……か」
ヤムナは自嘲するように言って、掌をこちらに向けてきた。
そこには、いつか見せてもらった刻印が……今もなお、残っている。
「あたしはシヴェル――刻印のシヴェル、その中でも劣った者。約束された成功なんてないわ。だから今更よ。価値観がずれようが世界観がずれようが、あたしには新しい道をいつでも目指すしかないの」
「なんて言いつつ、実際はフゥの心配をしてくれてるんですよ。ヤムナは優しい子なのです」
「…………」
それは言わない方がいいことだと思うけれど……。
「ふむ。ではいろいろと説明を……したいのはやまやまだが、ここでは少々、『聞き耳』が立てられる恐れがあるね。フゥとヤムナにはお手数をかけるが、吾輩の部屋まで来てもらってもいいだろうか?」
「かまわないけど、もう一個の寮よね?」
「ああ。少し歩くことになるね」
「どうする、フゥ」
「面倒ですね。私たちの部屋ならばすぐそこですから、そこに来てください。ヤムナ、良いですか?」
「ええ」
え?
女子の部屋にはいれと?
「そうかい。ならば厄介になろう。けれど、吾輩たちが女子のフロアに入るのは少々問題があるのだよね。男子の立ち入りは禁止されているわけだし」
「それもそうね。けれど、遠目から見れば三人とも女に見えないこともないでしょうし、スカートでも履けばいいんじゃない?」
「……じょ、女装しろと? いやでも、吾輩たちはそんなものを持ち歩いていないよ。残念だが」
「あ、じゃあこれでいい?」
僕と洋輔とニムを包むように器を作成、ふぁん。
見様見真似でヤムナたちが着ている服装に服を錬金しなおして、と。
「――っ!?」
「おい、カナエ。『やってから確認』じゃなくて、『確認してからやれ』。何が悲しくて女装してんだよ俺たちは」
「まあ、男子が女子のフロアに入るんだから、そのくらいの覚悟はしないと」
「そうですよ。覚悟は大事ですよ」
「……いや、えっと、今、何があったのかしら?」
「わ、わ、吾輩は、その、えっと」
あ、なんかニムが妙にてんぱっている。
制服を強引に女子のものに錬金しなおしたとはいえ、ズボンがスカートになったくらいだ。何もそこまでてんぱらなくても……。
「あ。俺なんかわかったかも……。ちょっとヤムナとフゥ、こっちついてきてくれるか」
「ええ、かまわないけれど。どうしたの?」
「どうしましたか?」
洋輔が妙なことを言って多目的室の少し離れたほうに行き、女子二人の視線を壁の方に向けた。
その行動は意味不明の一言だったのだが、ニムは理解したようで、スカートを押さえつつ僕に小声で言った。
「その、えっと。カナエ・リバー、その、下着を作ってもらってもいいかな?」
「え……? もしかして普段はいてない……?」
「うん……いやだって、面倒だろう?」
「…………」
まあ、ズボンならノーパンでもバレないもんな……。スカートだと問題しかないが。
やれやれ、とりあえず適当なタオルを錬金してふぁん、と適当な下着をでっち上げると、ニムはそれを迷わずに履いた。
これに懲りたら今後はノーパン生活を改めるべきだろう。
「いや懲りることは懲りるけれど、まさか同意も確認もなく問答無用でされるとは思わないだろう普通」
「そんなものかな……?」
まあいいや。
こっちの準備は終わったので、洋輔に合図。
洋輔は苦笑しながら二人を再び連れて戻ってくる。
「それじゃ、案内頼む。……ニムはともかく、俺とカナエは部屋に入るまで黙ってた方がいいだろうな。声変わり! って感じじゃないけど、女子にして妙だろ」
「そうね、そうして頂戴。案内するわ、ついてきて」
はあい。
そんな僕たちの一部始終を見てノルちゃんは、
『この切迫した状況が、なんだか平和に見えてくるから不思議だよねえ……』
と呆れかえっていたが、僕がノルちゃんを抱えると、すぐにどうでもよくなったのか、少しご機嫌そうに尻尾を揺らし始めた。
女子のフロアに立ち入ることでさえもはじめてな僕たちにとって、女子の部屋への突入は思いのほかこう、度胸のようなものを要求されるのだった。
女子トイレにだって入ったことないぞ、僕。いや普通だけど。
ともあれ、フゥたちの部屋はきれいに片付いていて、どことなく小物が増えている。
ヤムナの趣味か、それともフゥの趣味なのか……。
って、あれ?
「部屋の構造が違う?」
「ん? ……あれ、本当だ」
僕たちの寮の部屋は、部屋に入るとまず廊下。
廊下の右側に洗面所やお風呂、トイレがあって、左側には物置部屋。
で、奥に進むとダイニングがあって、さらに進むと寝室がある。
一方、フゥたちの部屋は、ダイニングまでは同じなんだけど、その先が違う。
「ああ……そういえば、男子の部屋と女子の部屋で、ちょっと違うと聞いたことがあるわ。男子は寝室が一個なんだっけ?」
「うん。女子は……」
「御覧の通り、一人一部屋よ」
さすがに寝室を見せろとは言えないのであれだけど、まあ、トータルとしての部屋の大きさは変わるまい。
となると、僕たち男子用の部屋の寝室をまんなかで壁で分割してる感じなのかな?
もともとの部屋がさほど狭くもないとはいえ、さすがに手狭に感じそうだ。
「ベランダは両方からいけるの?」
「もちろんですよ。もっとも、洗濯はフゥのお仕事なので、ベランダに出るのは大体フゥですねー」
ふむ。
この二人は完全分業か……。
「僕たちは日替わりだからね。そういえばニムはどうしてるの?」
「どうとは?」
「家事のこと。洗濯とか掃除とか」
「ああ。全部ウィズがやっている」
まさかの完全分業のさらにその先だった。
聞かなかったことにしよう。
「困りました。椅子が足りませんねー」
「ああ。大丈夫大丈夫」
ないものは作ればいい。
「いや木材もねーだろ」
「ヨーゼフ。なにも、物で作らなきゃいけない道理はないよ」
というわけで魔力で作成。
簡易の椅子だが、座り心地もそこまで悪くはない……よくもないけど。
「……ピュアキネシス。カナエが使えるのね」
「うん。まあ、僕に言わせればただの魔法なんだけど」
「魔導師でもないのに使えるとなると、よほど尖った才能だったんでしょう。あたしに似てるわ」
少しうれしそうにヤムナは言った。
「紅茶でいいかしら、飲み物」
「うん。ありがとう」
「ありがとう、ヤムナ」
「感謝するよ」
ヤムナが紅茶を入れるべく準備を始めたのを見て、しかしニムはそれを待つことなく、口を開いた。
「さて、それではいろいろと解説を始めるとしようか。この国が、否、この世界のすべての国がひた隠しにする、魔王の真相を――そして、勇者という存在の本質をね。それを終えてようやく、血族という存在についても説明ができる。だからこそ、少々長くはなるが聞いてほしい。授かりの御子たるカナエ・リバーとヨーゼフ・ミュゼはもちろん、現代の勇者にして血族の御子、フユーシュ・セゾン、君も……そして、ヤムナ・シヴェル。君にとっても、他人事では済まされない。君はなぜならば受け入れることを選んだのだ、普通ではない何かを――ウィズと同じようにね」
「そのことなんだけど、なんで価値観や世界観が変わる……なんて話になるのかしら。別に魔王が何で勇者が何であれ、たとえ常識がひっくり返るような事実が隠されているのだとしても、私は私よ。精神的な部分から変わってしまうということかしら?」
「うむ、その表現はかなり近い――だが、やはり詳しい説明のためには、魔王の真相を、勇者の本質を知らなければならないだろう。矛盾するようだがね。ただ、吾輩は決して脅しを目的に言っているわけではないことだけはあらかじめ認識しておいてくれたまえ。ああちなみに、御子の三人、つまりヨーゼフ・ミュゼ、カナエ・リバー、フユーシュ・セゾンの三人には、この話を聞かないという選択肢がない。たとえ君が血族のものだとしても、その血族が外部からどう思われているのかを知るチャンスだと、フユーシュ、君にはそう考えてほしい。その点ヨーゼフとカナエの二人については申し訳ないが……だが別に、この世界における成功など、君たちには関係あるまい?」
ニムは挑発的な笑みを浮かべたままに言う。
…………。
あれ?
なんか今のニムの言葉、ニュアンスがおかしいような……。




