110 - かくして舞台に躍り出る
木霊札。
魔力を通しながら詠唱を行うことで、その詠唱内容を札に封じ込めることができる魔法道具。
この時、詠唱した魔法は発動しない。
で、詠唱を封じ込めた、つまり登録した人物が改めて魔力を通している状態で破り捨てることで、『詠唱』の代替とし、魔力を消費して魔法を発動させるという、特殊な魔法の補助を目的としたものであるらしい。
例えば、洋輔がある魔法の詠唱を木霊札に封じ込め、登録したとする。
それに魔力を通しながら洋輔が破れば、登録されていた詠唱の代わりとして扱われ、魔法が発動。
でも、僕が魔力を通しながら破った場合は、何も起きない。
だから、他人の詠唱を使うことはできない――あくまでもその人物の詠唱を代替できるというだけの道具である。
で、この魔法道具があまりメジャーではないのには二つの理由があって、一つ目は『詠唱が前提である』という点。
詠唱という技術はそもそも、魔法を詠唱――発声と関連付けることで、簡単に発動できるようにするというものだ。
しかしこれ、かなり力押しの技術で、『何百回とか千回という単位で発声しながら魔法を発動することで関連付けを行う』のが基本となっている。
もちろんそれにはかなりの時間がかかるし、魔力も実際に消費するしで、そうそう簡単に登録できるものではないのだ。
まあ、洋輔のように複雑な大魔法を五分そこそこで詠唱に関連付けちゃう奴もいるけど、そういうのは例外である。
つまり、詠唱という技術は『誰にでも使える』けど『使うためには地道で膨大な努力が要求される』ものということ。
決してお手軽な技術ではないのだ。
他人が登録した魔法でも発動できればまた違ったのだけど、残念ながらこれは登録した本人にしか札に込めた魔法を発動できないから、使い勝手は決して良くない。
結果、『詠唱ができる』けど『詠唱をしないでも発動できるようにしたい』という、なんともピンポイントな需要しかない道具である。
その上で、この道具がメジャーではない二つ目の理由がのしかかる。『製作コスト』だ。
マテリアル的なコストも大概ではあるのだけど、単純にこれの錬金術は難易度が高い。
しかもここでいう難易度は二重どころか三重で、『マテリアルとして要求されるカプ・リキッドの錬金、もしくは調達』、『同時にマテリアルとして要求される魔力そのもの、すなわちピュアキネシスの使い手』、『エッセンシアと同等かそれ以上の難易度の錬金術を成功させることができる錬金術師』である。
白露草よりも数段階難しい錬金術、ということだ。
「一応、私が作れないことはないけれど……」
マリージアさんはそういった概要を説明しつつ、最後にそう補足して僕を見てきた。
つまり、僕に作れないか? という確認だ。
「マテリアルは了解しました。特に難しい魔法は使わないみたいなので、たぶん作れますね……」
幸い手持ちにマテリアルはそろってるし。
「ピュアキネシス……は、使えるんだったね?」
「はい。試しにマテリアルを揃えて……」
適当に器を作って、ふぁん、と錬金。
完成品は……なんか、神社とかで売ってそうな御札だった。
文字はなくって模様だから、あくまで雰囲気だけど。
品質値もついでに確認しとこ。
「これで合ってますか? ちなみに品質値は9522なので、特級品です」
「うん……」
イスカさんは頬を引きつらせながらも受け取り、それをかざした。
一方、マリージアさんはどこか遠くを見ていた。
え、何?
「いや。一応これを錬金できるようになるまで、マリージアは完成品とにらめっこしながら、その上で一年掛けたからね。その一年の努力を、君は完成品の形も知らずに一発で、しかも特級品で作ってしまった。そりゃあ、ショックも受けるだろう」
「私がしてきた努力って一体……」
…………。
えっと。
ごめんなさい、は何か違うよなぁ……。
「この様子なら、ある程度の供給は可能か……。ああいや、でも、カナエくんとはいえ魔力に限度はあるから、そんなに数は作れないのだよね」
「そうですね。カプ・リキッドを作るときも魔力使うので……」
ふむ、試してみるか。
原材料の状態で全部そろえて、そこから一気に木霊札を錬金。ふぁん。
これで得られる魔力は……ああ、やっぱり。
「説明が難しいんですけど。今みたいな原材料の状態から一気に完成品を作ると、魔力が減ります」
「うん? それは当然だろう?」
「カプ・リキッドを一度作ってから木霊札にするなら、減りません」
「え?」
「僕がマテリアルにする魔力って、基本的に錬金術一回で得られる魔力と同じ量にしてるんです。だから、一回で作っちゃうと、錬金術一回分の魔力が減る。だけど、錬金術を二回に分ければ、魔力を材料にする回数も二回なので、魔力は減りません」
「…………。なるほど。では、一度にいくつ作れる?」
「うーん。普段通りだと……大体、二十個くらい、かな。それ以上一気に作ろうとすると、別の錬金術を使っておくなりして魔力を補充しなきゃだめですね」
「それでも、その数を一気に作れるならば供給もある程度可能か……」
あ。忘れてた。
「すみません。虚空の指輪つければ、掛ける三千くらいにできます」
「…………」
「二十かける三千なので、六万くらいです」
「……カナエくん。一ついいかい?」
なんですか、とイスカさんに向き直ると、イスカさんは僕の頭をなでながら言った。
「頼むから乱用してくれるなよ。なんていうか、君が本気を出すと、この国の錬金術の完成品の相場がぐちゃぐちゃに崩れてしまうから……」
さて、休憩時間を終え、戻った円卓は少し騒がしかった。
いや、騒がしいという表現はおかしいか。誰も何もしゃべっていないのだから。
ただなにか、ざわついている……って感じ?
「どうしたの、ヨーゼフ」
「……錬金術師は特に何も察知してない、か」
「?」
うん?
なんだろう、その含みのある言い方は。
僕だけではなく、イスカさんも席に戻ると、急きょといった感じにセキレイさんが仕切りを入れた。
何かがあったらしい……けど、僕もイスカさんも、そしてマリージアさんも特に何も感じてないんだよね。
「今しがた、魔力に大きな揺らぎがあったことを検知した者が数名いる。『何かが起きた』。その内容まではまだわからないが……」
魔力の揺らぎ?
「魔導師、ヨーゼフ殿。何か所見はあるか?」
「魔力の揺らぎってのは、よほど規模の大きな魔法でなければそもそも観測が難しい……魔導師だとしてもそれは変わりません。ですから、俺もそこまで察知するのが得意ではない。にもかかわらず、この場で少なくとも八人が『観測』している。その点において、今回起きたことは異常です」
洋輔の断言に、周囲がさらにざわついている。
「察知する程度なら、まだいいんです。『何かが起きた、ような気がする』程度の、ふわっとした感覚ですし。でも、今回は察知どころじゃない。『観測』してしまっている――『何かが起きた』と確信している。それほどまでにはっきりした揺らぎでした。俺には、それを起こせるほどの『大魔法』も『儀式』も、心当たりがありません」
だから、何かが起きたのは間違いないし、それが異常なのは確実だけれど、それが何なのかはまるで想像もできない。
洋輔はそんなことを言い、そしてそれに同調したのは『ヒストリア』、ノートリアス・プランさんだった。
「ヒストリアとして補足しますが、これほどまでにはっきりとした揺らぎの観測は、今回が初めてとなります。……前例はありません。少なくとも、ヒストリアが記録している中では、ですが……」
「ヒストリアの記録していない過去において、あるは異邦の地においてならば、ありうると?」
「…………」
ノートリアスさんは黙ることで、それを是としたようだった。
円卓の皆がそれぞれに思考に沈んだ、ちょうどその時。
ばたん、と。
軍議場の扉が、開かれた。
「何者だ。ここは円卓。許可なきものは入れぬ」
扉を開けたのは、黒く短い髪に金の目。
どことなく猫のような印象を与える外見の――僕や洋輔と同じ服を着た、少年。
「やあやあ。失礼するよ。別に今日は呼ばれたわけではないのだけれどね、でもまあ起きるべきことが起きているのだから、たとえ呼ばれていないとしても来るべきだと考えたのだよ。それにしても恐るべきかな、あるいは喜ぶべきなのかな? この場にはおそらくあの事態を知っている者などいないだろうに、それに対処しうる人材のほとんどすべてを押さえているのだからね。おっと、おっとおっと。名乗るのを忘れていたね、失敬した。吾輩はニムバス・トゥーべス=ヒストリア。現代において『首席』ヒストリアを務めさせていただいている、志が無い魔法使いさ」
相も変わらず、まくし立てるようにニムは言う。
そして当然のように十一時の席に移動し、そこに座っていたノートリアスさんもまた、当然のようにニムに席を譲った。
「さて、いろいろと説明をしなければならないことがあるのだけれど、まずは要点だけ説明させてもらおう。まず外で起きたことについて。あれと近しい現象は、まさしく『魔王の誕生』と呼ばれるものだ。もっともそれは近しいというだけで、今回のそれはその時の記録よりも幾ばくか弱い。そうなると、魔王が誕生したというよりも、魔王が登場した……程度ではないかな? じゃあそれはどこに? 決まっている、例の大迷宮だ。あの迷宮のおそらく最深部付近に魔王が移動してきた――魔王らしく大規模な空間魔法でも使ったのだろう。その目的まではわからないが、ここにいる者たちのなかには歴史を知るものもいるだろうし、となればそれがどんな意味を持っているのかも分かるだろう? ここは円卓とはいえど、そのあたりの事情を明かしていいのかどうかは一介のヒストリアに他ならない吾輩には判断がつきかねるから口を一文字に閉じるしかないのだが、カティア殿、そのあたりは判断をよろしく頼むよ。それはそうと、魔王が現れてしまっている以上、それをどうにかしなければならない。が、ここで重大な問題が発生するのだ。つまり、魔王という存在は、その世代における勇者にしか対峙すらできないという現実を、どのようにクリアするか。そもそも魔王とは何か? 勇者とは何か? 魔王とは魔王だ。それ以上でもなければそれ以下でもない。だが、勇者については少しばかり、過去から知らなければならないことがある。それを伝えよう。勇者。英雄の中の英雄。魔王を滅ぼすべく人間の中に誕生せし授かりの御子。その存在は、まるでこの世のものとは思えない、世界の異なるかのごとき力を行使する――ということをご存知の者もいるだろう? だがこれは正確ではない。歴史に記録されている真相としては、その力を行使するのは勇者ではなく、勇者の仲間の方なのだよ。勇者それ自体は普通の英雄の一人にすぎず、しかしその仲間が尋常ならざる力を持つ。つまり勇者とは象徴であり、そういった授かりの御子らを導く器量を持った旗手なのさ。さて、ここで我々は考えなければならない。魔王をどうにかするためには勇者が必要だ。勇者は残念ながらこの場に居ないからね、探す必要があるだろうけれど、それほど時間はかからない。なぜならばこの場に、『勇者の仲間になるべきもの』がそろっているからだ」
反論どころか発言、相槌の一つさえ許さずに、ニムは一気に言い切った。
心なしか息苦しそうだ。
もうちょっとこまめに息継ぎをした方がいいと思う。
「『勇者の仲間になるべきもの』、世界の異なるかのごとき力を行使する授かりの御子。それはもはやこの場に集う者にならば明白なのだろうが、当の本人たちがそれに気づいていないのか、あるいは気づかないふりをしているのか、とにかく反応が薄いからね、あえて明言しておこうか。カナエ・リバー、ヨーゼフ・ミュゼ、君たち二人のことを言っているのだよ」
「え?」
「俺たち?」
「……いや、本気で気づいていなかったのかい?」
「うん。だって僕たち普通でしょ?」
「普通の子には満点など不可能だよ。それにこの場に呼ばれていることも、また異常だ。だからこそ、錬金術師カナエ・リバー、魔導師ヨーゼフ・ミュゼ、君たちは授かりの御子なのさ。君たちは勇者を支える力そのものだ。『そういうもの』として、君たちは天命を受けている。吾輩もこの歴史を記せと与えられたように――勇者もまた、そうであるようにね」




