108 - 夢は移ろい写した現
奇妙な場所に、僕は居た。
いろいろな色があるのに、何の色とも受け取れない。
そんなものばかりで作られた、小さな、物置のような部屋だった。
その物置には机と椅子。
そして、ひとつの本棚が。
本棚にはたった一冊だけ、本が納められていた。
背表紙には、見慣れた言葉。日本語が、印字されている。
僕は、自然とその本を手に取って、椅子に座ってページをめくる。
日記のような、小説のような。
ただ、その本の内容に、僕は奇妙なまでに惹かれていた。
最初の段落。出てくる人は四人と二人。
四人は話し合っている。その四人は何かを探していた。まだいないんだ、まだ見つからないんだ。そんな話を四人はしていた。けれど、その四人は一度、ばらばらになる。
けれど、その夜、四人はまた集まった。まだいないんだ、まだ見つからないんだ。そんな話を四人は繰り返した。そして、これはおかしい、探さなければならないと誰かが言った。誰かは警察に話すべきだといった。その誰かに、他の三人は同意して、警察の二人がほどなく四人と合流した。
四人の話を聞いた二人の警察は、電話を使って情報を探した。四人が探すものを一緒に探した。けれどその日のうちに、四人は結局、何も知ることはできなかった。
二番目の段落。出てくるのは二人の警官。その景観は、前の段落にでてくる人たちとは違った。もっと立場の上の人だった。その二人の警官は、広い会議室でホワイトボードの前に立っていた。ホワイトボードには探しているものが書かれ、そしてその横には写真が貼られた。
ほどなくして、二人の警官がいるその場面に、何かが発見されたという報告が入った。発見されたものの写真はすぐにプリントされて、ホワイトボードに張り出される。そして、二人の警官は何かを悟った。その日が終わる頃、調査の結果が出た。時間が時間だということで、報告は明日、その二人がすることになった。
三番目の段落。二人の警官が、四人を集めてリビングにいた。リビングでは、四人に対して数枚の写真が渡された。渡された写真を見て、四人はすぐにはわからなかった。だから二人はこう続けた。名前が書いてありました。
四人はそれぞれ、怒ったり悲しんだりした。すぐに見つけてくださいと誰かが叫んだ。二人は答えることができなかった。
四番目の段落。二人の警官は、ある路地裏へと向かっていた。その場は封鎖されている。周囲に集るマスコミを避けて、二人は封鎖されたところにたどり着く。二人のうちの片方が、大きく顔を潜めていた。もう片方も機嫌を悪そうに、首を小さく振るだけだった。
二人はふたたび、会議場。そこにはさらに情報が集まった。そしてその場でいくつかの決定がされると、四人に確認が取られ、四人はそれを了承した。その日、写真が広く公開された。
五番目の段落。四人はほとんど眠れない日々を過ごしていた。静かだった家の周りには、今ではにぎやかにはやし立てる者たちがいた。夜が更けても照明が、容赦なく四人の眠りを妨げていた。けれど、そんなことは些細な事だった。四人が眠れなかったのは、その周りの者たちにも原因はあったけれど、もとはと言えば彼らが探しているもののせいだったのだから。
四人はそれぞれの仕事を休み、一つでも多く、少しでも多くのことを調べようとした。けれど、それを二人の警官が止めた。あなた方は動くべきではない。あなた方は、見つかったときのことを考えてくださいと。
六番目の段落。四人の家の周りに集っていた者たちは、その数を大きく減らしていた。人の話題は切り替わり、ただ、それまでとは違った者たちが、四人の生活に入り込もうとした。
四人の眠れない日々は続いていて、そしてなにも進まないことに、二人の警官もいらだった。
七番目の段落。あの日から一週間がたとうとしている。そんな日に、四人は二人の警官から、写真で見せられたものの現物を、その目で確認させられた。四人は恐る恐るそれを見て、それが探し物の一部であることを知った。
四人の中の一人が、それに耐えかねて眠りについた。それをみて、二人の警官は四人に休息を強く勧めた。帰ってきたとき、あなたたちが無事でなければならないのだからと。
八番目の段落。一週間が過ぎてしまった。新たな証拠も情報もなく、新たな手掛かりの一つもなかった。二人が参加する会議は、より大きなものになっていた。四人の暮らしは、空虚に続いた。
ホワイトボードに貼られた写真。その横にかかれた名前。少し離れた場所には別の写真。赤く染まった、別の写真。本人のものであると断定されたと正式に、ここで報告されたのだった。
九番目の段落。四人は覚悟を要求された。最悪の可能性の報道が、この日を境に多くなった。二人の警官はそれを止めることができなかった。
四人はまだあきらめていない。二人もまだあきらめていない。それでもどこかで悟っていた。すでに、もう。
十番目の段落。ホワイトボードの写真がはがされて、横に書かれた名前も消されていった。
渡来佳苗。十二歳。男性。
鶴来洋輔。十二歳。男性。
少し離れた場所、別の写真もはがされた。そしてその補足もまた、消されていった。
遺留品。学生鞄。血液の遺伝子型は渡来佳苗、鶴来洋輔のものと一致。内容物の確認済み。
鞄に損傷はなく、争った形跡は無し。中から特別なものは発見されていない。鞄の外側から血液は染み込んだものと思われる。
現場の血溜まりは広範囲に及び、両名ともに少なくとも大きな怪我をしているはずである。
十一番目の段落。四人のもとに二人が訪れた。そして、二人は四人に言った。その言葉を、四人は予想していた。けれど、四人はあきらめなかった。
あきらめるわけがなかった。そう。まだ見つかっていないのだから。
十二番目の段落。四人はそれぞれ休みつつも、休み切ることができなかった。そんな四人は、テレビのワイドショーを眺めている。
ワイドショーでは、二人の中学生が失踪した事件に関する情報が流されていた。
二人は今、何処に。
家族の反応は。
警察の発表は。
そして、規制が解除された路地裏の映像が流れる。すでにだいぶ色はあせた、それでもまだしみついている赤黒い色。
それを眺めて、コメンテーターは他人事のように、事件の可能性についてを並べている。
それを聞いた四人は、もはや反応さえできなかった。自分たちが疑われているとしても、もう、怒る気力も残っていなかった。
十三番目の段落はない。
この先のページは白紙だった。
ぱたん、と本を閉じて、改めて本の背表紙を眺める。
『君が知りたがっていること』
整いすぎた字で、そこにはそう書かれている。
君が知りたがっていること。
僕が知りたがっていること。
僕は、本を本棚に戻す。
そして、眺める。
僕は。
僕たちは、必ず帰るんだ。
だから、ごめんなさい。
もう少しだけ、辛抱して。
僕たちは、頑張るから――だから、もう少しだけ、耐えてください。
僕と洋輔の、お父さんとお母さんへ。
届かないとわかっていても、僕は思う。
僕は、
思う。
――またも息苦しさに目を覚ますと、ノルちゃんが顔の上に乗っていた。
もう寝苦しいというかそういう問題ではなく、大体顔の上で丸まられるのは非常に困る。息苦しいというか普通に窒息しそうだった。
慌てて首を振ってノルちゃんを退けて、僕は体を起こす。
肌寒さを感じる……って、上着着てないせいか。
時計に目を向けると、午後だろう、七時半。
「洋輔……おはよう」
「おはよーさん。つーか今日はお前、よく寝るよな……」
「二回とも不可抗力だったように思うけど……。ていうか、今寝てた原因、たぶん洋輔の魔法だよね。あれ、どうやったの?」
「どうもこうも」
洋輔は本をぱたんと閉じて机に置くとそのままベッドに飛び移り、僕の額に手を当てつつ続けた。
「ただの眠りの魔法さ。精神が高揚……ようするに興奮してるやつには効きにくいんだけど、この手の魔法にはちょうどいい『矛盾真理』があってな。それの効果は『術者のことを信頼しているならば、状態にかかわらず、危害のない効果であればすべてを受け入る』ってやつ……ありがたいことに、佳苗は俺のことを信頼してくれてたらしい」
「そりゃね」
なるほど。でも問答無用で眠らせるのって、場合によっては危害な気がするんだけど……。
そのあたりの判定もやってんのかもしれないな、案外。
「で、ノルちゃん。なんで僕の頭の上で丸まってたの」
『いや、特に意味はないかな。気が向いたから?』
「できればやめて。せめてこう、おなか当たりにしといて。それもできれば遠慮願いたいけど」
『そうかい? じゃあ、次からはそうするよ』
…………。
まあ、いいか。
「それで、だ。佳苗、なんともないか?」
「んー……」
全身に意識を向けてみる。まあ……特に問題はないかな?
「特にどこも居たくないし。変な感覚もないから、大丈夫だと思う」
「ならいいけど……」
洋輔が不安そうに僕とノルちゃんを交互に見た。
ノルちゃんはそんな洋輔の視線に対して、意味深に尻尾を揺らし、しかし何も言わずにととととと、とダイニングのほうへと行ってしまった。
何か隠し事をされている気がする……まあ、危険があったならそれこそノルちゃんが教えてくれただろうし、いいか。
「もう、毒じゃなさそうだからとか、毒だとしても消せるからとか考えてごくっと飲むのはやめろよ。今回みたいに、薬だから毒消しじゃ効果なし、みたいなこともあるんだから」
「うん。ごめん」
「それと、お前が寝てる間暇だったから、図鑑読み漁って、エッセンシアの記述がされてるところのリスト作っといた」
はい、と渡されたのはノートから破り取るように作られたメモで、十八種のエッセンシアの名称と、それが書かれているらしい図鑑の番号と何ページなのかまでが記述されていた。これはありがたい。
「助かるよ」
「おう」
「…………」
僕は洋輔の肩をつかんで、少し強引に引き寄せる。
そして、少しだけ考えて。
でも、伝えることにした。
「変な夢を、みたんだ」
「変な夢?」
「うん。本を読む夢」
「…………?」
「最初は、その本が何の本かわかんなかったんだけどね……たぶん、『あっち』のことが書いてあったんだと思う」
「え……?」
不思議と覚えていた内容を、奥は洋輔に伝えていく。
段落は、たぶん『日付』だ。
何日目か。そういうことなのだと思う。
そしてそこには、十二日目までしか書いてなかった。
「僕たちは『十二歳』だから……そのせいかもしれない」
「…………」
こっちの一年が、あっちの一日。
ノルちゃんとの時間的齟齬から強引に導き出した数字だったけれど、どうもそれは正しいらしい。
「僕はね。正直、洋輔を助けるって意味で、帰りたい……と、そう思ってたんだよ。最初はね」
そう。
僕には地球に帰るという意識については、その程度の動機しかなかったのだ。
それはそこそこ強い思いだったけど……主体性は薄かった。
洋輔を助けたい。その気持ちは強かったけど、『どっちでもよかった』のも、また事実だ。
帰れても。
帰れなくても。
でも……だけれど。
あの夢を見て。
あの本を読んで。
「僕は、帰りたい」
洋輔のためだけにではなく、僕のためにも……帰りたい。
そう思った。
「……そうか」
「うん。まあ、あの本自体、夢の中で見たにすぎないから……もしかしたら、僕の妄想かもしれないけども」
「それにしては、妙なんだよな。まあ、刑事系のドラマとかにありがちな展開と言えばありがちだけど……」
僕の想像できる範囲化と言われると、それは微妙な所なのだ。
だから……もしかしたら、本当にあちらで起きていることを要約したものだったのかもしれない。
じゃあ、誰がそんなものを用意したのかって話にもなるけどね。
「もう一つ疑問がある。なんで急に、今になってそれを得たのかだ」
「……それは、たぶん」
僕は視線を机に移して言う。
「血だと思う」
「血?」
「うん。僕が血を忌避することをやめたから……『いやだ』と遠ざけるのをやめたから」
「……現場の、血」
鞄を染め上げ、なかなか消えない血溜まりが、あの本には示されていた。
それを受け入れる準備が僕にはなかった。
だけど、その準備が整ったから、あの本が渡された。
……あまりにも、自分勝手な、考えだけれど。
それでも――なんとなく、それが正解なのだろうと、不思議と僕は思った。
そんな僕の思いとは裏腹に、事態は進む。
幼馴染のためにではなく、自分のためにも帰りたいという、自分勝手な煩悩。
ぴったり108話。




