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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 迷宮踏破は誰のお仕事?
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105 - 二人と刺客

 矢印が見える状況だった。だから咄嗟に、何かが起きたことはわかった。それが何か、まではわからなかったけど……。

「ヨーゼフ。何事?」

「詳しいことは俺も知りたい」

 だよね。

「けどまあ……もし仕掛けてくるならそろそろだろうなあとは、思ってた」

「仕掛ける……?」

「ああ。だから俺も、先手を打っておいたのさ」

 先手。

 ……『矢印が見える視界』、か。

「ノルちゃんも居なくなっちゃってるし。どこ行ったんだろう」

「そもそもノルちゃんは俺たちを護るために貸し出されてるわけだから、このケース、たぶん俺たちを守ってくれてるんだとは思うが……、カナエは特に何も感じねえのか?」

「僕は別に、使い魔の主人じゃないから。視界に入ってればなんとなく、言わんとしてることがわかるってだけで」

 だからノルちゃんがどのあたりにいるのか、とかさえまるで分らないんだけど……。

 音もしないし、矢印も特にないし。

「ねえ。詳しいことは、って前置きがあったけど、じゃあ、大雑把には何があったのか、わかってたりするの?」

「なあに、そんなに難しいことは起きてねえよ。単に襲われただけ……」

 単に、って……。

「魔物?」

「人間だろ」

「なんで」

「俺たちに価値があるからさ」

 …………、価値?

「俺についてはまだ微妙だけどな。でも、カナエにはそりゃあもう、大きな価値がある――ポーションも毒消し薬もエリクシルも賢者の石も、ああも簡単に、ああも短時間で作れるって価値がある」

「……いや、でも、あの場所には誰も居なかったよ?」

「俺たちが入った時点ではいなかったな。けど、その材料を運び込んだやつはいる。で、俺たちがあそこから出た後に、それを確認したやつもいる……」

「……その人が、僕たちを襲ったってこと?」

 うん、と洋輔はあっさりうなずいた。

「じゃあ、クァドさんが僕たちを……売った?」

「そりゃないだろ。少なくとも円卓の面々が俺たちを売ることはない」

「なんで」

「だって、俺たちが居なきゃ、今回の作戦がまず成立しねえもん。薬草はともかく、ポーションとかの消耗品は全部カナエ頼りの供給で、緊急脱出の魔法だって俺頼り。俺とカナエをあの円卓に参加させるってのは、俺とカナエの力を最大限に作戦に転用するため――同時に、俺とカナエの存在を円卓とオブザーバーの全員に認知させて、『守れ』とそう命令してるんだ。たとえ俺たちの行動に制限がかかる結果になってでも、円卓に参加できてるような連中は、俺たちを何らかの形で支えてる」

「守れって……そんなこと言ってなかったよ」

「言わなくてもわかるってことさ。俺たちが居なきゃ成立しない。俺たちが何らかの形で踏破の完了前に脱落したら、そこから作戦は練り直しだ。騎士としては作戦立案がそもそも覆る。冒険者としては消耗品の確保を契約に含めている以上、依頼の設定からやり直し。クァドさんだって、お前が居なきゃその代替がまずつかねえことはわかるだろ、あの人も錬金術師らしいし。残る円卓で学校関係者を除くと二人、周辺地理に詳しいグラン・サッチャーさんと、ヒストリア。ヒストリアが直接的に動くとは思えねえからそっちは除外、なら怪しいのはグラン・サッチャー、あの人だけど、やっぱりあの人だって俺たちを守りたいのさ。迷宮がある限り、自然環境が安定しない……。それでもあえて怪しいというなら、やっぱりグランさんだろうな。あの人には動機が存在しうる」

「僕たちを浚う、動機?」

「いざとなったら殺してもいい。そんな動機だよ。ようするにさ、俺たちが守られてるのは、作戦に必要不可欠なポジションにあるからなんだ。それはいいよな? ……で、グランさんに限って言えば、実は、この作戦が成功しなくてもいい。そう考える可能性がある、そういう立場だ」

「自然環境が安定しないと、あの人も仕事がやりにくいでしょ」

「安定しない限り、国からの依頼があり続けるという意味でもある」

 あ。

 なるほど、迷宮があるかぎり、あの人は呼ばれ続ける……、その時点ですでに利益がある、のか。

 直接金銭的な報酬があるかどうかはさておいても、この国の中枢にも等しい国立学校の、それも円卓に面識を持てて、発言権まで持てる。それはきっと、有力者にとってはさらにその権益を増やせる機会、なのだろう。

「まあ、あえて円卓で怪しい人を挙げるなら、だ。常識で考えればそれもねえよ。あの人は席次を見てもわかるけど、俺たちってゲストよりもさらに下。円卓内にオブザーバーとしてあの人の周りの人が何人参加しているのかはわかんねーけど、円卓内での発言権は低い部類……俺たちに手を出せば、当然円卓では俺たちを襲った犯人を躍起に探すだろう。そしてそこで名前があがれば、グランさんは一発で『この世から』退場だ。究極的には、周囲の地理に明るければだれでもいい――別にあの人である必要はない。その程度のことをあの人が考えられないとも思えん」

「……そうだね。じゃあ、さっき襲ってきたのは誰だと思う?」

「さあ。『円卓に参加できていない』、そしておそらくは『商人ギルドからある程度信頼されている』誰か、だとは思うけど……」

 個人まではわかんねえな、と洋輔は吐き捨てた。

 なぜそこまで特定できるんだろう。

「そりゃ、お前が作った品物の『材料を運んできたやつ』が怪しいと踏んでるからさ」

「……なるほど」

 素材それぞれは、ありふれたものだ。だからそんなに調達は難しくない。

 しかし数は膨大の一言に尽きる。商人ギルドの代表を務めるような人なのだ、倉庫にその程度の在庫を抱えている可能性は十分あるけど、だとしてもそれを『一人で運ぶ』のは無理。

 運んだ人が別にいる。

「でも、学区内の届け物は、門番さんがするんじゃ?」

「原則はそうだろうけど、今回は数も数だし品物も品物だろ。門番が中身を確認するくらいのことはするだろうけど、イスカさんとかカティアさんが良いと許可を出してりゃ、直接搬入もできるかもしれない」

「『かも』、なら推定無罪じゃない?」

「ああ。だが、商人としては『完成品の品質を確認する必要がある』んだぜ。その点も考えると、むしろ商人ギルド側が介在してないって考える方が不自然だろ」

「イスカさんなら、確認を……」

「一人でできるのか?」

 …………。

 まあ……確かに。

「追加で論を重ねるならば、犯人は少なくとも、ノルちゃんの正体を知らない。だから仕掛けてきた」

「……ノルちゃんを制せる相手、って可能性は?」

「考えないでいいだろ。そんなのがごろごろ居たら、大迷宮なんて余裕だぜ」

 それもそうだ。

 となると、本格的に怪しいのは商人ギルドの関係者……か。

 直接関係はしていないだろうけど、クァドさんからある程度信任を受けていて、その流れでイスカさんやカティアさんからも承認をもらえるような立場の人……か。

 そしておそらく、円卓に直接の参加は出来ていない人たち。もしかしたら、大迷宮を踏破されると困る人……とか、そんな線もあるのかな?

 実際はそこまで深く考える必要はなくって、単に僕の錬金術が目当て……なんだろうけど。

「ああ、そうだ。カナエ、ちょっとこっちに」

「うん?」

 今度は何だろう、と思って近づくと、思いっきり鼻をつままれた。

 え、何?

「痛いんだけど。あと苦しい……」

「うんまあ、抗議は後でいくらでも聞いてやるよ。けど今はちょっと我慢しろ」

「え? 何?」

「いいから。……それと一つだけこっちからも確認。カナエ、俺にはノルちゃんの言葉がわかんねーけど、ノルちゃんは俺の言葉を普通に理解してるんだよな?」

「うん。それは間違いないと思うよ」

「そっか。ちょっと耳塞げ」

 え?

 なんだろう、嫌な予感しかしないんだけど。

 一応耳を両手で塞いで、と。

「ノルノル! 俺たちは寮に戻ってるから、ベランダの方から入ってこい!」

 耳をふさいでもなお大きな、そんな叫び声。

 そして、それとほとんど同時に、洋輔は軽々と僕の身体を持ち上げた。

 気づけば矢印が視界から消えている。さっきまで見えてたような……。

「帰るぞ」

「自分で歩くよ」

「急いで、だ」

 いやでも、という抗議をよそに、洋輔は僕を抱えたまますさまじい速度で移動を開始。

 ああ、ベクトラベルを移動に転用してるのか……そういう使い方もできる……っていうか、だとしてもいったい何があったんだ。

「ねえ」

「なんだ」

「何があったの」

「……ノルちゃんが仕事をしている。それだけだ」

 ノルちゃんが仕事をしている……?

 そもそもノルちゃんの仕事は、えっと、僕たちの護衛。

 それが仕事をしているのだから、ノルちゃんは僕たちを護ってくれている、ってことか。

 変に離れると危険な気がする。

「ノルちゃんの近くに居る方が安全なんじゃ?」

「居られれば、な。けどお前、血まみれのところに居たいか?」

「…………。鼻をつまんだのって……」

「匂いがな。ちょっと、届いてきてた」

 それでか……。

 納得。

「ごめん。あと、ありがとう」

「おう。ノルちゃんにも言ってやれ」

「うん……でも、ノルちゃん、身体洗ってきてくれるといいけど」

「…………」

 洋輔は妙な表情になりつつもうなずいた。

 何か文句がありそうだった。

「いや。ノルちゃんが一時的にとはいえ血まみれなのは別にいいのか……ってな?」

「あんまりよくはないけど、僕たちを守ってくれてるんだから、文句を言う立場じゃあないよ。それに猫又だし……普通の猫だってネズミくらいは捕まえるんだから、今更じゃない?」

「身も蓋もねえな……」

 ま、そういう訳で。

 それでも洋輔の心遣いには感謝しかない。

 そういうものなのだ、と割り切っていても、やっぱり血の匂いを嗅ぐのは勘弁したいし。

「とはいえ」

「ん?」

「いや。ノルちゃん、僕たちを襲った連中を殺してなきゃいいけど……」

「……優しいな」

 え?

「え?」

 あれ?

「いや、なんでそこで意外そうな顔をするんだよ。『それほどでもないよ』みたいに苦笑するとかならわかるけど、おもいっきりきょとんとしてるじゃねえか」

「いや、だって優しいところなんてないでしょ」

「え? 命を案じてるんだろ?」

「うん」

「優しいじゃねえか」

「なんで」

「なんでって……」

 なるほど、ここに齟齬があったか。

 一応解消しておこう。

「いやさ。ノルちゃんがもし犯人を殺しちゃったら、その犯人がどこの誰なのか、調べるのに時間がかかるでしょ。犯行を決意したのはいつで、犯行を決めたのは誰なのか……とか、僕たちを浚うことができたとしたら、そのあとどうするつもりだったのかとか、そういうのが大変になる」

「うん……?」

「だから、生け捕りするのが一番なんだよね。自白剤みたいのがあればいいけど、今のところはそれっぽいアイテムは図鑑にもなかったからな……毒でも飲ませて、解毒薬と取引かな……」

「……えっと……。佳苗くん?」

 なぜ『くん』がつく、『くん』が。

「やれやれ。お前、血についてはめっぽう駄目だけどそれだけで、案外頭は回るやつだよな……」

「大体アニメとかドラマ見てたからだよ。探偵ものとか刑事ものとか。よくあるじゃん?」

「俺の知ってる探偵や刑事は自白剤を使わねえし、自白剤がねえからって毒を飲ますこともしえね」

「たまに思うんだけど、洋輔が見てたテレビって、実は僕が見てたテレビとは別の世界のテレビなんじゃない?」

「よしんばそうだったとしても異世界のテレビを見てるのは佳苗の方だからな。俺はいたって普通だぞ」

 ひどい言われようだ。

 まあ、確かに探偵とか刑事は使わないよね。

 使うのは悪い人の方だし。

「じゃあ、犯人のことはさておいて……。そうだな。洋輔、悪いんだけど、ノルちゃんが帰ってきたら入れてあげてくれる?」

「いいけど。お前はどうするんだ」

「ちょっと物置で、必要な材料とか考えてくる」

「ああ、製造の自動化か」

 うん。

「……なんかさ」

「うん?」

「いや。佳苗がだんだんとたくましくなってるような気がして……」

「…………」

 そうかな……?

 あんまり実感はないんだけど。

「無理してるようには、みえねえけど。でも、あんまり無茶はするなよ」

「あはは……無理も無茶も大差はないでしょ」

「まあ、そうだけど」

「……無茶、してるように見える?」

 僕の問いかけに、洋輔は答えない。

 ただ、曖昧に笑って視線をそらすだけで。

「……ノルちゃんのこと、お願いね」

「ああ」

 洋輔は。

 結局、答えてくれなかった。

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