104 - 偶然は時として
三回目の円卓が解散された後、改めてイスカさんに呼び出された。
そして案の定、
「君ね。何も考えずにクイングリンと豊穣の石を使っちゃダメだろう」
と怒られた。
「全く。カナエくんのそういう好奇心は、サシェよりもマリージアに似ているよ……」
さらにそう補足された。
そういえばノルちゃんも、マリージアさんが同じようなミスをしたとか言ってたな。
「返す言葉もありません……。必要な道具がわかっちゃったんで、つい、やってみたくなっちゃって」
「……つい、で成功されると、こちらとしても正直頭を抱えるしかないんだけどね」
やれやれ、と。
イスカさんはそう言って、僕に一冊の本を渡してきた。
表紙は青色一色で、タイトルなどは無し。結構分厚いな。
「これは?」
「君に……は、少し難しいかもしれないが。ヨーゼフくんにならば、読み解けるだろう」
「魔法ですか」
「そうだ」
何の魔法だろう。
ちらっと中身を確認してみたけど、まるで分らん。もうちょっと解説とか概要とか、そういうものを冒頭に書いておいてほしいものだ。
「今後は気を付けるように」
「はい。肝に銘じます」
「うん。それじゃあ、今日は悪いんだけど、ポーションとかの大量錬金をお願いしたい。今日も見学はないし、ね」
「いいですよ。『禊の楔』の時と同じ場所ですか?」
「ああ。材料はすでにおいてあるから、錬金をしてそのまま置いといてくれればいいよ。数とかは、このメモ通りに」
ふむ。
「それじゃあ、頼んだよ。私は今日、別の案件もあるから、そちらを片付けてから確認をしに行く」
「わかりました。じゃあ、僕はヨーゼフと一緒に行動しています」
「うん」
という訳でイスカさんと別れ、ノルちゃんと向かい合う形で腕を組んでいた洋輔に、とりあえず声もかけずに青い本を差し出してみた。
「まあ、聞こえてたからいいけどよ」
と言って、洋輔はその本を受け取ると、中身の確認を開始。
その表情が次第にひきつっていっているように見えるのは、気のせいではないだろう……。
『カナエ。さっきからヨーゼフったらひどいんだ。私がこうも撫でてくれと訴えかけているのに、腕を組んでガン無視する始末。カナエからも叱ってくれないかい?』
「……ノルちゃん。ノルちゃんは忘れてるかもしれないけれど、ヨーゼフには伝わってないからね。何も。僕が通訳してるだけで」
『あ。そういえばそうだった』
ダメだこの猫又。
「それで、ヨーゼフ。これらから僕は大量のポーションとか作りに行くから、ついてきてくれる? 決闘吹っかけられると面倒だし」
「ああ……いいぜ。俺もちょっと、やることができたし」
「うん……? もしかして、その本?
「そう。ちょっとこれは解読に時間がかかるな」
洋輔でも苦戦するのか。一体何が書いてあるのやら……。
そんなことを想いつつも、ノルちゃんを抱えて僕は洋輔とともに軍議室を出て、そのまま『禊の楔』を作ったあの場所へと向かったのだった。
ポーション、毒消し薬、エリクシル、賢者の石の要求個数を確認。
材料はそれぞれできちんと分けてくれていて、四区画。
ふむ。
ちょっとずつやるのも面倒だけど、とりあえず品質を確認……とくにおかしいものは無し。
これなら、一気にやっちゃっていいだろう。
という訳でポーションの材料が山積みされた場所の前に立って、魔法で衝立を作って区切り、ふぁんと錬金。ポーションが一万八千個完成。眼鏡で品質を確認、全部一級品。問題なし。
次に毒消し薬。要求された数は一万個。例によって魔法で衝立を作成、ふぁんと錬金。毒消し薬一万個が完成。こっちも品質を確認してみると、16201の特級品。半分でもほとんど特級品だなこれ。水で薄めても大丈夫そうだ。
で、次はエリクシル。こっちは段階を踏むから面倒、というわけでもなく、まあ素材から一気に完成させてしまうことにした。要求されていた戸数は五千個なんだけど、材料的には六千個作れる量が置かれていて、ちょっと首をかしげる。まあいいや、ふぁんと錬金。一級品互換のエリクシルが六千個。
最後に賢者の石。これも材料から一気に完成品に持っていく。要求個数はたったの八百個、材料的には千五百個作れる程度に数が置かれていたので、全部錬金。賢者の石が千五百個、品質値を見る限り全部一級品。十分だろう。
以上、倉庫に入ってからここまで、九十七秒。
タイムアタックをした気分だ。
尚、それを見ていた洋輔とノルちゃんが、
「おい。さすがにこれはねえだろ」
『ねえ。ちょっと今のはひどくない?』
と抗議してきたが無視。
できるものはできてしまうのだ。
「それで、ヨーゼフ。そっちの本は結局何なの?」
「いや、さも『僕は時間を掛けたんだから、そっちの時間がかかることは終わったよね?』みたいに言われてもな。移動してきて一分経たずにお前全部終わらせてんじゃねえか」
「それはそれ、これはこれだよ」
はあ、とため息をついて、しかし洋輔は本の表紙を僕に見せつけてきた。
やっぱり何も書いていない。
「これな。領域制限の儀式に関して書いてある本ってのは間違いない」
「領域制限の儀式? 何それ?」
「『指定した何か』が効果を起こす範囲を制限するって儀式……ほら、あれだよ。クイングリンとかを使った『薬草生成プラント』で使われてるはずの、範囲を制限するやつ」
「え? なんでそんなものが書いてあるやつ貰ってるの? 国家機密なんじゃ……?」
「いや貰ったのは俺じゃなくてお前だからな?」
あ。
「……まあ、あれだろ。寮の周りが薬草塗れになったのを見て、『あの調子で薬草を勝手に生産されると経済的にも学校生活的にも問題だ』けど『もしかしたら新しい領域を切り開くかもしれない以上カナエに特定の錬金術をやめさせたくはない』から、『しかたなく対処療法として国家機密を渡して制限してもらうか』みたいな、そういう考えじゃねえ?」
「しかたなくの対処療法で漏らしていいものなのかな、それ」
「俺はダメだと思うけど、イスカさんたちは良いと考えたんだろうな」
「大人が考えることはよくわかんないね……」
僕のそんな愚痴りに、洋輔はだよなあ、としみじみ頷いた。
そして、
『よくわかんないのは君たちの方だけど……』
と、あくびをしながらノルちゃんがアピール。無視。
「……うん。とりあえず、魔法のパーツはわかった。何度か使えばものにできるとは思うけど……。どうするよ、カナエ。寮の部屋に施設作るにしても、どこに作る?」
「えっと、物置以外に選択肢はないよ」
「でも、物置はもう結構物があるだろ」
「うん。だから天井の近くに板材で無理やりスペース作って、その上に土を置く。で、物置の真ん中あたりにクイングリンと豊穣の石を置けるスペースを作っておいて……」
「ん……、」
洋輔はなにやら考え込む。
ふむ。
「わかりやすく言うと、あれか? 神棚みたいな?」
「そうそう。薬草が生成できる程度にスペースがあればいいわけだし、そんなに大量に一気に作る必要もないから」
「なら、そこの高さは五十センチくらいで十分だな。小型のゴーレムも作って、薬草を回収して回収口に投げ込ませるとかどうだ?」
「あ、それできる?」
「回収して投げ込むだけならできる。命令的には複雑でもねえし」
「なら、だいぶ自動化できるね」
でもそこまで自動化するとなると、どこまで自動化できるかも気になってくるな。
「クイングリンと豊穣の石をさ、あらかじめ決めておいた場所に置いとくとするでしょ」
「ああ」
「で、反応が終わってクイングリンか豊穣の石がなくなったら、ストックから移しいれる、みたいなゴーレムは作れる?」
「できると思うぜ。でも、そうなると薬草が一定量たまったら止めるって機構がないと、延々と増えるような……」
「重さで制限しようか。錬金術使えばそのあたりの仕組みは結構簡単にできるし。回収口に投げ込まれた薬草が箱の中に入って、箱の重さが一定以上になったら回収口が閉まる、みたいな」
「それができるなら余裕で行けるぞ、それ」
最初に施設回りを整備しておけばあとは放置できる。
なんと素晴らしい……、うん……?
「…………」
「……どうしたんだ。急に素に戻って」
「いや。なんか、工業化してる気がしてきた……」
「だからゾンビを戦うゲームじゃねえって」
「ゾンビと戦うためには弾薬が必要不可欠だし。そのためにはまず溶岩みつけて発電して……」
「おい、帰ってこい、カナエ」
「冗談だよ。半分くらい」
半分くらいは本気だけど。
溶岩は無理でも発電機構作って電気化とかどうだろう。
さすがにちゃんとした発電機とかは作れないけど、簡単な奴なら理科の実験でコイルを使ったやつをやったことがあるから、あれを巨大化してやればいいわけで……。
ああ、でも手回しエンジンになるか、その場合。
いやでもそれならゴーレムに回させれば実質永久機関にな」
「おい。途中から声に出てるし、させねえからな。そんなことをさせるためにゴーレムは作らねえぞ」
「…………」
洋輔は辛辣だった。
ひどいよね、とノルちゃんに同情を求めると、
『エンジンというものが何かはわからないけど、どうせろくでもないものなのだろう?』
とでも言いたげに目を伏せられた。
『カナエは私みたいな猫にとってはとても魅力的な人間だけど、それはそうとして、人間として正しいのはたぶんヨーゼフのほうだろうし』
しかもヒエラルキーとして僕が下に位置付けられたようだ。
挽回は難しい気がする……。
「とりあえず、材料の類は適当に買って帰ろうか」
「だな」
「ついでに何かほしいものとかある?」
「んー。あ、ブラシとか」
ブラシ?
「歯ブラシ?」
「いや、ブラシ。普通の」
「なんで?」
「ノルちゃん用」
ああ、なるほど。
「じゃあ、帰りに買っていこうか。ノルちゃん、そういう訳だからもっかい肩に乗っておいてね」
『それはいいけれど、品質の確認は良いのかい?』
「それはもう眼鏡使ってやってある」
『……呆れた』
ノルちゃんはそう尻尾を揺らしつつも、すっかり慣れた様子で肩によじ登ってきた。
それを確認して、歩き出す。結局倉庫での用事は三分そこそこで終わってしまった。これなら毎朝でも別に苦にならないな。
「眼鏡で思い出したんだけどな」
「うん?」
と、洋輔が僕のこめかみをとん、とつついてきた。
瞬間、視界に例の矢印が現れる。
うん?
なんでベクトラベル?
「それ、眼鏡に付与できたりしねえかな」
「えっと……つまり、眼鏡越しで見たときに、この魔法の効果を付与する?」
「うん」
どうだろう。
「基本的に、錬金術で魔法をくっつけるのって、元の魔法がしっかりしてれば何でもできるし。できるとは思うけど」
「フィルタリングはこっちが魔法で制御できるしな。なら、そういう外部のツールに封じるのもアリか……」
「どうして? ヨーゼフには今更要らないでしょ」
「俺には、な」
洋輔はそう言って本を宙に投げる。
その本は極めて不自然な軌道で宙を舞ったかと思えば、ぴたりとその動きを空中で止める。
まあ、矢印に沿っているので、たとえそれがどんなに不自然にみえても、正しい動きであることはわかるんだけど……。
「お前用に、なんかいい手がないかとおもってな」
「んー……、正直、そんなに必要とも思えないんだけど」
「必要なときに俺が横にいるなら、確かに要らねえさ。けど、毎回咄嗟にお前に触れる場所にいるとも限らないし、そのアクションが『アレ』の前振りだってバレたら弱みになるだろ?」
ふうむ……。
でも、眼鏡を増やすのはなあ。まさか眼鏡を二つかけるわけにもいくまい。
「となると、この眼鏡に追加で付与する感じかな……」
「できるのか、それ」
「どうだろう。あ、でも別々に作った指輪を一個にはできたよ」
「なら、そっちで作った方が安全じゃねえ?」
それもそうだ。
材料もたかが知れてるし、ロスじゃな――
――い。
と、そう思考が及ぶ直前のことである。
僕たちの後ろ側から、その矢印が突然現れた。
その矢印は他のそれ等と比べても明らかに大きく、色もどこか派手派手なものが二つ。
それぞれの矢印が、僕と洋輔の身体を貫くように――はえてきた矢印に、僕は咄嗟に後へと防衛魔法を展開、すると矢印は消滅した。
いや、消えたわけじゃない。ものすごい速度で逸れたんだ。
洋輔がやってくれたのだろう。
「おい、カナエ。ノルちゃんはどうした?」
「え? ……あれ?」
いつのまにか。
ノルちゃんは、肩の上から消えていた。
…………。
何事?




