102 - 人の口に戸は立てられぬ
登録名称、『クイングリン』――そんな表記を見つけたのは、寝る前、最後の一冊とした図鑑の真ん中あたり。
効果は『草木の成長を促す。あらゆる草木を瞬時に成長させる作用を持つ。ただし、成長後は通常通りの速度で枯れるため、結果的には草木の寿命を縮めることになる点に注意が必要である。草木に制限はないと考えられており、花の種に垂らせば即座に花が成長する。成長度合いはクイングリンの品質で調整が可能である。これは主に食料としての野菜などを瞬時に収穫可能な状態にするためなどに用いられる調整といえる。当国は食糧問題の発生が懸念される場合、クイングリンによる食糧確保を行うために、常に定められた量以上のクイングリンを備蓄している。クイングリンはエッセンシアが一種であることが知られたのは、クイングリンの発見からしばらくした後で、それまでは関係のないものであると考えられていた。エッセンシア凝固体としての名称は豊穣の石。エッセンシアとして見たとき、クイングリンは他のエッセンシアとは一線を画す面を持つ』。
「何か、ノルちゃんが言ってたこととは微妙に違うような……」
「ん?」
うとうととし始めていた洋輔は姿勢を正して僕に向き直った。
読んでなかったなこいつ。
ちなみにノルちゃんはとっくの前に爆睡中。
眠っている猫というのは、なかなかかわいいものだ。あとで枕にしたいけど、さすがに怒られる気がするのであきらめることに。抱き枕くらいならば許してくれるかな……?
まあいいや。
で、次のページは登録名称『豊穣の石』。
効果は『周囲にある複数の植物に干渉し、新たな品種を生み出す。品種改良をしやすくする作用を持ち、これ単体では草木をはやすことはできない』――あれ?
「やっぱり、ノルちゃんが言ってたこととだいぶ違う……」
「……だな。ノルちゃんが言うには、何もないところに豊穣の石が草木をはやして、クイングリンがそれを薬草にする……だよな?」
うん。
読み進めてみるか。
「『豊穣の石はエッセンシア凝固体として特殊な一面を持ち、マテリアルともなるクイングリンとあわせて使うことで効果が大きく変質する。それぞれを単体で用いた場合はここまで記載されたとおりの効果を示す。が、豊穣の石をクイングリンに浸す場合、豊穣の石の効果は下記に書き換えられているものと思われる』?」
下記。
なにやらほかのページにはない縁取りのされた欄に、その続きは書いてあった。
なんか読みにくい字だな……。指でなぞりながらなら、まあ、読めるけれど、ここは明らかに書き足したって感じの、筆跡が異なるものだ。
もしかしたら独自研究かな?
だとしたらイスカさんの研究結果かもしれない。
「十分な量のクイングリンと接触状態にある豊穣の石は、近くの土に薬草(真)の再現を試みる。ただし、成功例は本書の製作に至るまで一件もなく、すべて疑似的な薬草(いわゆるといころの薬草)の生成にとどまる。この状態にある豊穣の石は豊穣の石自身の耐久値と周囲にあるクイングリンを消費し続け、それが消費できる限り延々と薬草(真)の再現を試み続けるため、不用意にその状況を作ってしまうと、一面が薬草に覆いつくされる大惨事となる。これを防ぐためには儀式魔法で領域を制限する方法が最も単純かつ費用対効果に優れるが、行使には人数が必要であり、また薬草の重要性を鑑みると機密を護れるものでなければならないなど、コストは高い……か」
「儀式を使うだけなら、そんなに大変じゃねえんだよ、実際。末端は簡単な魔法が使えりゃそれでいい。設計図があるならばまとめ役だって、たいした負担はない。設計図がないなら、そこを作らなきゃいけないから、どうしても大変だけど……そういう例が残ってるならば、『過去に使った設計図』がそのまま流用できるだろうし、負担はほとんどない。ただ、『秘密を守れる』……って条件が、急激にコストを跳ね上げてるんだろうな」
「……人の口に戸は立てられぬ?」
「そういうこと」
難しいもんだな……。
「じゃあ、たとえクイングリンが作れても、僕には持ち腐れかあ……」
「なんでだよ」
「だって、範囲指定できないし」
「いやできるだろ」
「理論上ならできるだろうけど、でも、秘密を護れる人間を集め……、」
あれ?
いや、儀式?
「うん。パーツがわかれば、ぶっちゃけ俺とお前の二人で使えるぞ、それ。錬金術による疑似的な大魔法化でな。もちろん、そのためにはパーツが全部わからないとダメだから、設計図に準ずるものは必要だけど……もしくは、実際に薬草を作ってる場所を見せてもらうかだな」
「儀式そのものじゃなくても、効果を見れば解析できる?」
「うん。形として残ってるなら、パーツまでは看破できる自信はある。組み立てを佳苗がやってくれるなら、行使もできるし……」
ふうむ……。
「で、結局その、クイングリンの材料はわかったのか?」
「えっと、虚水ってアイテムを使うって書いてある」
「それの作り方は?」
「知ってる。前の方に書いてあった」
マテリアルは薬草と水、と鏡。
つまり、『鏡』で『薬草』を反転させて、水と錬金することで作れるらしい。
尚、毒薬と錬金させて作ったあの緑色の液体の正体は毒薬の一種だった。試しに飲んだりしないで正解だったと言わざるを得ない。
「薬草を作るために薬草を使うって、やっぱり本末転倒な感じはするけど」
ふぁん、とまずは虚水を作成。
で、それをマテリアルに含めてエッセンシアを生成、ふぁん、と完成したのは緑色のエッセンシア。
これがクイングリンか。
同じ手順であと二個クイングリンを作り、中和緩衝剤と合わせてクイングリンを凝固体に錬金、ふぁん、と豊穣の石が完成。
「さて」
「相変わらず理不尽だなおい」
「まあまあ」
適当なガラスをふぁん、と、金魚を入れるような水槽の形にして、そこにクイングリンを流し込む。
次に用意するのは土だな。
あと網。
「網?」
「うん。一瞬だけクイングリンに浸す。じゃないと、延々と効果出しちゃいそうだし」
なるほど、と洋輔がうなずいたのを見て、とりあえずネットをふぁん、と作成。
クイングリンを流し込んだ水槽に緩めに貼っておいて、と。
土はどうしよう。さすがに手持ちがない。
ので、木材を錬金。ふぁん、と完成。よし、できた。
「なんでだよ!」
「木が朽ちると、土になる……とか、そんな感じじゃない?」
「そんなあいまいな感じで作れるのかよ!」
何をいまさら。
ちなみに洋輔の抗議は小声だった。
ノルちゃんが眠っていることを考慮してくれていたらしい。
ともあれ、土を水槽の横に設置。
で、網の上に豊穣の石を乗せて、そのままクイングリンと触れさせる。
瞬間、クイングリンがうっすらと緑色の光を帯び、土にもこっ、と薬草らしきものが生えた。
あ、これ、やばいかも。
錬金しよ。
ふぁん、と水槽の中にあったクイングリンと豊穣の石、ついでに網を錬金したら、クイングリンだけになった。
大分損した気がするけど、まあいいや。
「ん……網で引っ張り出すんじゃなかったのか?」
「うん……そのつもりだったんだけど、範囲指定がない以上、なんか周囲一帯に生えてもおかしくないし」
どうやら近場から埋めていく感じで薬草は生えるようだから、今の一瞬ならばこの一個しか作れていないとは思うけど……。
「んー。薬草に違いはないかな。品質もないし」
「じゃあ、あとは範囲指定ができればそれで完成か?」
「そうだね。……回収とかも自動化できればいいんだけど、錬金術じゃ厳しいよなあ」
「ゴーレム使うか?」
「あ」
その手があった。
「じゃあ、その時は洋輔、お願いね」
「おう。任せておけ」
さて、今日はもういいお時間。
そろそろ寝るか、とベッドに戻り、ノルちゃんをひとなでしてから寝そべって、天井を眺める。
なんとかして薬草を製造している場面を洋輔に見せるか、あるいは設計図を入手しないと……。
その対価に、僕は何を差し出せばいいかな……、国家機密、それも経済に丸ごと干渉する規模だし、かなり厳しい気がするけれど。
それでも、作れるならば、作っておきたいしなあ……。
翌朝。
なんだか息苦しくて目を覚ますと、おなかの上にノルちゃんが乗っていた。
どーりて息苦しいわけだ、と納得。
「おはよう……」
「おはよー」
『おはよう』
…………。
まあ、いっか。
ノルちゃんをどかして体を起こし、軽く頭を振って意識をはっきりとさせて、ふと違和感を覚える。
なんだろう……気のせいか?
『ねえ。カナエ。君は寝ていたから知らないのだろうけれど、結構ちょっとした事件が起きていてね』
「……事件?」
『まあ、見てもらった方が早いかな?』
ノルちゃんはそういうと、ベランダの方へと歩いてゆく。
洋輔にちらりと視線を送ると、洋輔は「さっさと確かめてこい」と冷たくあしらってきた。
うわあ。なんか嫌な予感しかしないんだけど。
ベランダに出ると、ノルちゃんは柵に上り、そのまま視線を外に向けた。
寮の外は今日も自然に満ち溢れている。なんというか今日は一段と緑が多く見えるな。
良いことだ。
『いや。全然よくないからね。あれ、全部薬草だからね。……ヨーゼフの方から聞いたんだけど、昨日カナエは、私が寝ている間にクイングリンを使ったそうだね?』
うん。
『そのあと、ちゃんと停止したのかい?』
「停止方法は書いてなかったから、錬金術で無理やりクイングリンに戻したんだけど……」
『そのクイングリンはどこにあるのかな?』
「どこって、机の上に置いておいたよ」
『そんなものなかったけれど』
え……?
部屋に戻り、机の上を確認。
……ない。
確かにおいたはずの場所に、クイングリンが無い。
「洋輔、クイングリンしらない?」
「起きたときにはなくなってたぞ」
「…………」
『大方、君はクイングリンに豊穣の石を入れた状態で錬金したのだろう。それと同じミスを、マリージアもしていたよ』
ミス……、ってことは……、もしかして、クイングリンに豊穣の石を入れた状態でクイングリンに錬金しても、薬草の生成自体は続いてる……ってことか?
なら、豊穣の石とクイングリンの相乗効果で薬草を生成するのって、豊穣の石が処理をしてるんじゃあなくて、豊穣の石はあくまで合図を与えてるだけなのかもしれない。
つまり、クイングリンに豊穣の石が投入されることでクイングリンの何かが活性化して、薬草生成モードに切り替わるとか。
だとしたら、他のエッセンシアとエッセンシア凝固体でも似たようなことが起こりうるのかな?
実験してみたいぞ。ものすごく。
「おい。佳苗。一応言っとくと、あれだからな。今は今回の不始末をどうするかってところを考える場面だからな」
「……うん。もちろんそれを考えてたよ?」
「バレバレな嘘をつくな、バレバレな嘘を。せめてもうちょっと真実味を持たせろ」
洋輔は相変わらず手ごわかった。
『……うん。君たちってさ、使い魔の契約してるわけじゃないんだよね?』
「え? もちろんしてないけど。なんで?」
『いやあ。なんだか以心伝心みたいな関係に見えるからね。物心つく前からずっと一緒の幼馴染……とかならば、そういうこともあるのだろうけれど、君たちは学校の試験を受けたときにはじめて会ったのだろう? だとしたら以心伝心になるには、ちょっと早すぎないかなあとおもったのさ』
なるほど。
実際そういう、物心つく前からずっと一緒の幼馴染だったからな、あっちでは。しかもそれ、十二年間だから……。
「ノルちゃんには、どこまで話していいのやら……だよね」
「俺に聞くなよ」
「でも、僕の一存じゃ決められないし」
『……何か、隠し事でもしてるのかい?』
うん、と頷く。
するとノルちゃんは目を細めて、しばらく考えるようなそぶりを見せ。
『うん。信じるかどうかは別として、カナエは私の名前を知っていたし。一応聞いてあげようか。安心しなよ、私は猫の中では口が堅いし、ご主人との共有スペースは狭すぎて、ご主人には大雑把な感情しか伝わらない。君たちとの会話を、ご主人が知るすべはないのだから』
……んー。
ま、教えておいた方がいいかなあ。同居猫だし。
「洋輔。教えちゃうよ」
「……ま、佳苗がそう判断したなら、別にいいぜ」
「ん。あのね、ノルちゃん。僕たちは実は、この世界の人間じゃない、別の世界の人間の記憶を持ってるんだ」
『は? 頭大丈夫?』
というしぐさでノルちゃんが聞き返してきた。
まっとうな反応だけど、なんかイラっとした。




