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白黒昼迄夢現  作者: 朝霞ちさめ
第五章 迷宮踏破は誰のお仕事?
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101 - 卵が先か鶏が先か

 猫の同胞か。思いがけない仲間が見つかったな、なんて思いつつも、僕と洋輔は夜、ベッドの上でノルちゃんも交えて話していた。

 具体的には――ノルちゃんと僕たちの『時間的な差』という問題について。

「ノルちゃんは、猫又になったの、いつごろ?」

『数十年前……まだカティアが少女だったころだよ。三十年くらい前になるかな?』

 ふむ。てことはカティアさんの年齢は、いや、これ以上を考えるのはなにか命の危機がある気がするので我慢。

 えっと、少なくとも三十年前にはノルちゃんがこっちに来ていた、と。

 で、僕と洋輔は十二年前にこっちに生まれている。

 猫又になる前の、単なる猫としてのノルちゃんのことも考えると、時期的にはなんとなく合うな。

「僕がノルちゃんとそっくりのあの黒猫、『ノルノル・シュワルツニャッガー』を最後に見たのは、卒業式の後……で、入学式から数えると二十日くらい前なんだよね」

「待て。なんだその名前は」

「あの場所には洋輔もいて、洋輔はその時も僕にそう突っ込みを入れてたよ」

『……確かに私の名前はノルノル、だけど。え? もしかして君がつけてくれた名前なのかい?』

「たぶん」

「たぶんかよ」

「違う。ノルちゃんに答えたの」

「…………。俺、ノルちゃんの言ってることわかんねえんだよ。悪いけど今後、通訳よろしく」

 まあ、いっか。

「話を戻して。単位が違うけどさ。なんとなく数字は一致するんだよね」

「というと?」

「僕たちがこっちの世界にきたのが十二年前だとするよね。ノルちゃんは三十数年前にこっちにきてる」

「うん」

「僕がノルノルを最後に見たのは入学式から二十日前。単位を取っ払って考えると、十二、三十ちょっと、そして二十で、十二と二十は『合わせて』考えられるんだよ」

「……あー」

 これはつまり、この世界と地球、あの世界の時間の進み方が違うのではないか――という、仮説。

「ていうか、俺たち全然考えてなかったけど。そりゃそうだよな。こっちで時間が経ってるなら、あっちも時間は経ってる」

「うん。浦島太郎……ま、どっちが竜宮城かって話だけど」

 僕の仮説だと、地球の方が竜宮城。

 だから――僕たちがこっちの世界で十二年生きて今になっている。その前、僕たちが地球にいたころ、二十日前まで、ノルノルは地球にいた。

 ノルちゃんは大体、三十年くらい前にはこっちにいたそうだ。

 ノルちゃんがノルノルであるならば、『こっちの一年が地球の一日』なのではないか。

 あんまりに乱暴な、そして自分に都合のいい計算だけど。

「なんで俺たちに都合がいいんだ?」

「考えてもみなよ。こっちで十二年経ってるんだよ? もし地球が同じ時間の速さで、やっぱり十二年たってたとしたら、僕たちは今すぐ帰ったとしても二十四歳だよ」

「…………」

 その発想はなかった、と愕然とする洋輔。全然考えてなかったようだ。

「でも、ノルちゃんのずれと僕たちのずれが大凡正しいならば、こっちの一年が地球の一日。僕たちは十二歳だけど、地球で経過しているのは『十二日』。四月の中盤ってところだろうね」

「そうであってほしいぜ。俺、中学生活楽しみなんだから。それに勉強についていけないのは困る……」

「それは僕も……」

 半月くらいなら、それも入学直後の半月だ。まだまだ取り返せるとは思う。

 けど一か月が限度だよなあ。五月から学校に復帰として、成績が並みになるのはいつのことやら。

「そう考えると、僕たちの時間制限は三十歳くらいだね」

「……そう考えると余裕じゃねえ?」

「それが、そうでもないかも。『以前の大迷宮踏破には五年の歳月を要し、制圧にはさらに十五年かかった』って、円卓の資料にあったでしょ。十五年だと、僕たちは二十七歳。結構ぎりぎりだよ」

「マジか」

 規模が全く同一だったとしても、同じくらいかかるかもしれない。だとしたら本格的にぎりぎりだ。

 僕たちが『成す』べき何かというのが踏破の段階なら案外すぐだろうけど、それでも五年。

 こっちの僕たちが国立学校の専門科に進んでいたとしても、卒業を考えなければならない六年生である。

 ましてや制圧の十五年になると……。まあ、その時のことはその時考えよう。

「ねえ、ノルちゃん。ノルちゃんに聞くのもおかしい話だけど、ああいう大迷宮の踏破で、回復系アイテムの準備って大変なの?」

『本当に猫又に聞くことじゃないよ、それ。答えるけども。普通の迷宮なら、そう大変でもないかな。規模が大きくなると競合するから、取り合いになることもあるんだって。薬草はともかく、ポーションは争奪戦になるね。大迷宮は過去に一個しかないからなんともいえないけど、その時は国が総力を挙げて補給を試みたそうだけど、全然足りなかったらしいよ。だから踏破に五年もかかった。「ポーションやエリクシルが、たとえどんなに高値であっても、供給されていたならば一年で事足りただろう」――って、当時実際に踏破した冒険者の言葉が残ってるくらいだ』

 ふうむ。

 洋輔向けに通訳しつつ、僕は神妙にうなずいた。

「いや神妙にうなずきてえのは俺の方だからな。なんでそう、猫が尻尾をちょっとゆらしたとか髭をちょっと揺らしたとか、その程度でそこまで明確に読み取れてるんだよ。ありえねえだろ」

「しらないよ。わかるものはわかるんだから。ね、ノルちゃん」

『いや私としてもどうかと思うよ?』

 ノルちゃんにまで裏切られた。

 が、まあ、今はいいや。

「それはさておき、『どんなに高値でも回復アイテムが供給されてれば一年』か。これが僕たちにとっては、助かるポイントだね」

「そっか。回復アイテムは、佳苗が供給できる……」

「うん。薬草さえなんとかなれば、だけど……。薬草の供給は道具で増やせるとか言ってたけど、あれ、どういうことなんだろうね?」

「さあ。薬草ってそうそう自然に生えてるもんでもないし、もしかしたら道具で作ってるのかもな」

『正解。クイングリンという、緑色のエッセンシアがあってね。「草木の成長を促す」ものなんだけど、条件を整えたうえでそれを魔力が流れている草木にふりまくと、薬草ができるんだ』

 通訳しつつも、クイングリン、エッセンシア……といろいろと思い出してみると、確かに存在する。

 確か凝固体の名前は『豊穣の石』だったかな……。

 あれ、でもエッセンシアを作るには薬草が必要だよね。

「どうした?」

「いや。卵が先か鶏が先かっていうか……。『クイングリン』の明確な材料はわからないけど、エッセンシアだとすると薬草を使う。で、薬草を使って作ったクイングリンで薬草が作れるって、じゃあどっちが先にあったの? みたいな?」

「いや、あくまで『作れる』ってだけで、自生してるのもあるってだけじゃねえの?」

「あ」

 その発想はなかった。けど、そりゃそうか。

『……いい匂いの君の方は、どうもなんか、足元がお留守になることがあるよねえ』

 ノルちゃんにまでダメ出しをされた。

 というか。

「僕はカナエだよ。カナエ。で、そっちのはヨーゼフ」

『でも、さっき違う名前で呼んでたよね?』

「それはまあ、あっちの名前だから。気にしないでいいよ」

『そうかい。じゃあそう呼ぶよ、いい匂いの方のカナエ』

「その冠詞はいらない……。ていうか、僕、どんなにおいがするの?」

『いい匂いはいい匂いさ。私のような猫が好む、なんだか心を許したくなるようなにおいというか……。マタタビとかとは違った安心感があるんだよねえ』

 よかった、マタタビの匂いはしないらしい。

「つまり猫フェロモンだな」

「…………」

 でも表現的には悪化した気がする。

「まあ、いいや。クイングリンで薬草が作れる……。うーん。まだ、あれのマテリアルわかってないんだよね。エクセリオンも作りたいし」

「図鑑探せば見つかるんじゃねえの?」

「何冊目にあるのかわかんないし……。ノルちゃん。なんとなくで一冊選んでくれない?」

『え? 私が選ぶのかい?』

 虚を突かれたようにノルちゃん。

「あたったら御の字、外れても何か見つかるかも。せっかく同居人……同居猫? になったんだから、運試ししてみようよ」

『……ふむ。ならば猫又として招いて見せようじゃないか!』

「……招くのって招き猫だろ?」

『あれも一種の猫又だよ』

 冗談めかしてノルちゃんが言うと、洋輔は苦笑を漏らして軽く首を振った。

 で、僕たちをしり目にノルちゃんは図鑑の入った本棚の前に。

 そして、特に迷うそぶりも見せずに一冊の本を選ぶ。

「これ?」

『ああ』

 選ばれたのは『十四』の本。

 さて、何があるかな。

「ベッドの上で眺めてみようか。あそこならみんなで見れるし」

「だな」

『……ベッドに私の毛がついちゃうけど』

「大丈夫。掃除ならいくらでもするから」

『じゃあ遠慮なく』

 とん、と身軽にノルちゃんはベッドの上に。

 そしてそのまま真ん中のあたりに移動して座ると、ご機嫌そうに尻尾を揺らした。

 僕と洋輔もいつも通りにベッドにのぼって、まずは最初のアイテムを確認。

 登録名称『薬草』、別名はオールマター、効能は『対象の傷を癒す道具。魔物が多い場所ほど自生しやすい。ペースト状にして患部に塗ることで痛み止めをしつつ傷を癒してくれる。やけどや凍傷にも有効。品質値が存在しない稀有なアイテムで、錬金術においては最も重要なものである。国内では豊穣の石とクイングリンを用いた自動増殖炉が数基稼働しており、供給は安定している。増殖炉では、豊穣の石を一つ消費しきるまでにおよそ三千個の薬草と、豊穣の石を一つ、クイングリンが百ほど作られるため、稼働し続ける限り減ることはなく、薬草はどんどん増えている。生産を停止する場合、再稼働には膨大な魔力を消費する儀式を用いなければならないことに留意すること。本道具は、「薬草(真)」とは別物である』――なるほど。

 いや、なるほどか?

「えっと……、つまり、薬草を作ってる機構を動かすためには、豊穣の石とクイングリンを消費する。で、豊穣の石を使いきるころには、豊穣の石が一個と、クイングリンが百個生産されている……ってことだよね?」

「そう書いてあるな」

『うん。実際に製造しているところ何度か見ているけれど、実際この通りだよ。それがどうしたかな?』

「どうしたかなって……。え? 豊穣の石ってそもそもどんな効果なの?」

『何もないところに草をはやすことができるエッセンシア凝固体とやらだ』

 …………。

「何もないところに、豊穣の石を使って草をはやして、そこにクイングリンを使うことで薬草にする。で、豊穣の石が一個使いきられる頃には、次の分の豊穣の石とクイングリンが補充される……、一度稼働を始めたら、あとはどんどん薬草が出てくる?」

『そうそう。便利だろう?』

 いや、便利っていうか……。

「永久機関じゃねえか……」

「ね。いっそ薬草をバイオガスにして、それで動くエンジンとか作りたいよね……」

「あー。いいなそれ。無限に使えそうだもんな」

 実際にはエンジンの故障が早いだろうけど……それでも、ちょっとこれは想像外。

 でも、納得……だから薬草は値段が安定しているのか。

 常に一定量を作っていて、しかもそれが途絶えることがないと確信できているから。

 となると、イスカさんが言ってた『コストはかかるけど増産のための道具は用意できる』は、クイングリンと豊穣の石……じゃなくて、魔力の方か。

 最悪、クイングリンや豊穣の石は、僕にマテリアルを教えれば、かなりのローコストで作れるはずだとイスカさんは知っているわけだし。

 しかしまあ、その起動時の魔力さえどうにかなれば永久機関、か。

 この世界にはどうも電力というものがないから、そのあたりの考えが薄いんだろうけど……。

 バイオガスエンジンとかは無理でも、火力発電の燃料にするというのもできそうだし夢が広がるね。

「それ、この部屋にも作れないかな……。そんな大規模じゃなくても、小規模でもいいから」

「その前に、その、クイングリンってやつを作らないとダメだろ」

 それもそうだ。

 とりあえず次のページをめくってみると、関係のないアイテムが。

 分類ごとに分けてくれとは言わないけど、ある程度関連のある順番に並べてから図鑑は作ってもらいたいな。

 そう考えると、日本の辞書とか図鑑ってすごいがんばってたんだろうなあ……。

 さらに次のページも確認、やっぱり無関係……なんだけど。

「ノルちゃん。これ、ほしい?」

『いらないよ……』

 似合いそうなんだけどなあ。

 見た目的には、鈴のついてる赤い首輪だし。

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