第十四話 あやめられぬ過去 前編
前回までのあらすじ
最近出番があった増穂だよ。
前回はみんなでアリスちゃんの別荘に遊びに行ったのよ。その中でみんな心身ともに成長したんじゃないかしら。なんとなくだけど、カナエちゃんとマコトちゃんが前よりずっと仲良くなってる気が。まぁ、二人は認めないでしょうけど。
彼女は一人の少女だった。
遊びにも行き周りと仲良く会話をしていた。ゆえに友達も多く、彼女は幸せだった。しかし、何かが物足りなかった。
何事も平凡にこなせてしまう彼女。そんな彼女が求めたのは他者とは違うなにか。しかし、そんなものを求めても何も変わらず、ただ時間だけが過ぎていく。
そんな彼女の両親は科学者だった。常に何かしらの研究を行い、いろいろな発表をしていた。
そんな両親は今、あるものの研究をしてるらしい。幼児心ながら、両親の研究に興味を持った少女は聞いてみた。
「ねぇ、なんの研究してるの?」
無邪気な質問。そんな質問に対して両親は簡素に、それでいて自分の研究に対してとても誇りを持ってるように口を開けた。
「これはね。世界を守るために大事なことなの」
そんなことを聞いた頃。世間では無限睡眠症候群が大流行りした。彼女の友達も世間の人も至る所に患者がいて、それを治すには道具も知識もなく。ただ幸せそうな顔をしながら、衰弱死するのを待つしか他なかった。
ただ。ただそんな世界でも、彼女の両親は生き生きとしていき……逆に人が死ねば死ぬほど、彼女の両親は研究に没頭していった。
そしてとうとう疲れにより両親共に倒れてしまった。しかし、研究は終わったらしく、机の上には瓶に入った透明な液体のようなものがたっぷりと入っていた。
少女はなんとなく。本当になんとなく、その液体を手に持ち、そして口へと運んだ。
彼女は、少し変化が欲しかっただけだった。そして得たのはとある才能。代わりに失ったものもある。
彼女は今までのように遊ぶことができなくなった。ただ、それだけであった。
◇◇◇◇◇
「……ってわけで……春香ちゃん?聞いてるの?」
「うん。聞いてる聞いてる。1に1を足したら2ってのはわかったよ」
「聞いてない……ていうか今英語の宿題だよ……」
夏の日差しと蝉の鳴き声がBGMとなってる中、春香はなのはの家で宿題をしていた。今は、英語の勉強をしてるらしいが、春香は英語が苦手らしい。
前に一度「英語なんてイエスかノー言えれば生きていけるよ!」とか言っていた時は少し呆れた声がでかけた。まぁ、確かにいけることはないが……
「なのはせんせーこの英文ってどう訳すのー?」
春香がテキストを指差しながらなのはに問いかける。なのははどれどれとと言いながら、そのテキストを見る。せんせーと呼ばれて少し嬉しいのは内緒。
「えっと……これは、魔法少女って変身しても顔変わんないのになんで正体ばれないの?……だね」
「なるほど〜じゃ、これは?」
「これは……アニメの一話の作画って力入ってるけどそのままのノリでみたら大抵後悔するよね……って何この英文。こんなの宿題にあったっけ?」
「えっとね。この、『テストに出ない英文集』ってやつに書いてあったよ」
「なんでそんなの持ってるの!?」
なのはがツッコむと春香はケラケラと屈託がないように笑い始める。しかしすぐに後ろに倒れてウガーと叫び始める。
そしてすぐに飽きたーだの疲れたーだのそんな言葉をいい始める。なのははそんな春香を苦笑しながら見ていた。
まぁ、確かにもう何時間か宿題をしている。春香は意外に集中はするが、一度糸が切れたらなかなか集中しなくなる。それをわかってるなのはは仕方ないというようにため息をついて、休憩しようと提案する。春香は寝転がりながらさんせーと声を上げる。
そしてまるでタイミングを待っていたかのように部屋のドアがあいてなのはの母親が入ってくる。ジュースとクロワッサンが乗ったお盆を手に持ちながら。
「タイミングばっちしね。少し休憩しなさい」
「わかった……て、このクロワッサンってもしかして……」
「そう!あかねちゃんがやってる三月パンで買ってきたのよ。あの後、少し仲良くなってねぇ」
増穂の娘だし、結構面白い子ね。と、なのはの母親はそう付け加える。冷めてるのに、クロワッサンから香ばしい香りがただよってくる。
「あかねさんのパン!?僕も食べる食べる!」
春香が寝てる姿勢からガバッと起き上がり、パンを食べたいと騒ぎ始める。確かにあかねが作ったクロワッサンはとても美味しい。が、ここまで喜ぶのは正直驚く。
が、あかねの話なのに、少しなのはも嬉しい気持ちになる。あかねの人徳がなせる技か。
春香がクロワッサンを幸せそうな顔で食べてる中、ふとなのはは部屋の空気を入れ換えようと窓に手をかけた。そして窓を開けて外の空気を大きく吸った。
その時、外に見覚えがある少女がいるのが見えた。作務衣に身を包んだ少女がフラフラとした足取りで外を歩いていた。
しばらく見ていたら、突然立ち止まりそしてバタンと倒れた。その光景を見てなのははあ!と大声をあげて大慌てで外に出る。そして、倒れている少女を抱き上げる。
「や、やっぱりあやめさん!?どうしたんですかこんなところで!!」
「お、おやなのは殿……いや、少し体の調子が悪くて……面目無いでござグボォ!」
「ひぃ!?血!血を吐いた!と、とにかく家に運びますよ!」
あやめの面目ないという言葉を聞きながら、なのははあやめを背負って家に行く。あやめの体重が想像以上に軽くて、何も食べてないかのような程であり、なのはは別の意味でびくりとする。
しかし今はあやめを運ぶのが先決。なのはは家に行き自分の部屋にあやめを運んだ。
突然口から血を吐いてる少女を家に運んできて、最初なのはの母親は驚くが、なのはの慌てようを見て、すぐに我に返った。
なのはの母親は下から急いでタオル等を持ってきてあやめの口を拭う。なのははいくら軽いと言っても二階に駆け上ったのが堪えたのか、肩で息をして汗をダラダラと流して倒れていた。
そんな中でも春香は美味しそうにクロワッサンをむしゃむしゃと食べていた。そして、ベッドの上であやめは苦しそうに眠っていた。
◇◇◇◇◇
「やぁ、久しぶりの出番。だね」
くるくる回るタイプの椅子に座りながら、紫髪の青年。ハキーカは誰かに向かって話す。そして、椅子をくるくる回して自分も回る。
そのうち飽きたのか、ぴたりと止めてその誰かの近くまで歩く。その誰かは手に持ってる小さなハサミで人形を何度もさしていた。その度に人形を突き破って地面にハサミが当たり、カチカチと音を立てた。
「なぁに♪最近私暴れてなくてとても暇なの♪あなたをここで切り刻んでいいのよ♪」
「おやおや。それは嬉しい提案。だね。でも、まだ死にたくないしね。やめてほしいな」
そう言ってハキーカはクスクスと笑う。それにつられて、青髪の少女。ソンジュもケラケラと笑い始める。しかし、お互い心の底からは笑ってはいなかった。
「あはは♪」
ソンジュは笑いながら、突然ハサミを突き出した。それをハキーカは右手を差し出してガードする。右手に深々とハサミが刺さり、生々しく血がダラダラと流れ出した。
「赤い赤い血……うふふ。あなた。今は人間なのね♪」
ソンジュは痛そうと言いながら、ハサミをさらに強く押す。が、ハキーカは笑みを崩さずに、右手に刺さってるハサミを引き抜いた。
ドクドクと流れる血は滝のようであり、淡々た流れ続ける。ソンジュはあらあらと笑いながら、ハキーカの方を向いてごめんなさいねと謝る。
「まさか、人間ってこんなに脆いとは思わなかったわ♪まるで『お湯が大量に入ってると思って持ち上げたら全然入ってなかった時』と似てるわ♪」
「ふふっ。謝ってるのかバカにしてるのかどっちかにしてほしいな」
「そうね♪じゃ、私は両方しようかしら♪」
「欲張りだね」
「あら♪あなたほどじゃないわよ♪」
そして二人はまた一緒に笑い始める。クスクスと。そして、だんだん大きな声で笑い出す。笑う。
しばらく笑った後、ソンジュはハサミを手でくるくると回しながら、ハキーカの方を向く。
「それで?貴方は……いや、あなたの方は何がしたいの?」
ソンジュはなぜか途中で呼び方を変えてハキーカに質問をする。ハキーカは少し悩むそぶりを見せたあと、いつも以上に笑いながら口を開ける。
「僕様がしたいこと……?簡単だよ……」
ただし
「復讐を成し遂げること……かな?」
目は、心は笑ってなかった。
「あらあら。なかなか素晴らしい目標をお持ちね♪」
ソンジュが口元を押さえながら、そう言う。ソンジュは、口も目も笑っているように見えた。しかし、心はどうかわからなかった。
ハキーカとソンジュがしばらく笑いあった時、突然ドアがゴゴゴと音を立てて開く。すると、前髪を伸ばした少年。しつじくんが手にお盆を持ってやってくる。
「妹様。お食事をお持ちしまし……って!?ハキーカ!?なぜてめぇ……じゃなくて、なんであなたがここに!?」
しつじくんが慌ててそう言うとハキーカはやぁ。と言いながら軽く手を上げて挨拶をする。そのひょうひょうとした態度に対して、しつじくんはムカムカとしながら、近づいてくる。
そして優しく机の上にお盆を置き、ハキーカの胸ぐらを掴んで持ち上げる。小さな子供が大きな青年を持ち上げる光景はとてもおかしくみえた。
「しつじくん♪ハキーカは私が呼んだの♪あまりいじめないであげてね♪」
「し、しかし……!!」
しつじくんは文句がありそうにそう言うが、やがて、ゆっくりとハキーカを地面に下ろした。ハキーカはゲホゴホと苦しそうに口で何度も咳をしていた。
「まったく。なんで君はそう僕様のことを嫌うんだい?僕様はこんなに愛してるのに……」
「そこだよ!同性に惚れられて喜ぶ奴なんていねぇよ! じゃない!いません!!私はそんな趣味はございませぬ!」
「照れないで照れないで……ふふふ」
「キモい!!なんで、妹様はこんな奴を……」
しつじくんはそう言い残して逃げるようにそのへやからでていった。その後ろ姿を見ながら、ハキーカは深いため息をつく。
ソンジュはパクパクとしつじくんが持ってきたご飯を食べながら、ダーツのように小さなハサミをハキーカに投げつける。刺さるたびに10点だとか50点だとか口にする。
「妹様?やめてくれません?」
「……ねね、ハキーカ。しつじくんに友達を作るにはどうしたらいいのかしらね♪」
「あ、これ話聞いてない……そういうパターンか」
暫くの間、ソンジュがハサミを投げてそれを背中で受け止めるハキーカというよくわからない図が出来上がっていた。
数分後、ハキーカが後ろを向くと、もうハサミもないのにただ手を振るだけのソンジュの姿があった。それを見たハキーカはこそこそと部屋から出て行く。
「全く♪……質問に答えてからどこかに行きなさいよね♪」
そう言うと彼女は床に落ちていたハサミを拾い上げてポンと投げ捨てる。カランカランと、音を立てて地面に当たるそれは、暗闇に紛れて何処かに消えていった。
◇◇◇◇◇
ざぁ。と、心地いい風が吹く公園に、3人の少女がやってきていた。そして、ベンチを見つけて、3人が一斉に座る。
なのはは、隣に座ってる作務衣を着ている少女。あやめの顔を覗き見る。家に連れてきて少しした後、外の空気を吸いたいとあやめがいい、なのはと春香はついてきた。勿論、目的はある。あやめから話を聞くためだ。
あやめ。元三重のドリームダイバー。なぜか忍者っぽくしゃべり、現実では体が弱く。夢の中では水を得た魚のように、とたんに元気になる。謎が多い人物。
「拙者の体が弱い理由。で、ござったような」
「あ、はい。話しにくいならいいですが……」
「んー?僕って聞いてていいのかな……?」
「ははは。別に構わんでござる……さて、どこから話すか……少し長い昔話。聞いてくれでござる」
そう言ってあやめは一度目を閉じる。まるで言葉を探すように時間が経った後、ゆっくり目を開けて言葉を紡ぎ始めた。
◆◆◆◆◆
変化を求めたその少女は、変化を求めるように、その薬に手を出した。その薬は、少女に変化を与え、日常を奪った。
日常を奪われた少女は、まず最初に健康を失った。そして次に家族からの信用を。そして、幸せを、奪っていった。
だが、失っても得るものはあった。それは彼女が求め続けた、変化。他者が持っていない才能というものであった。
薬の効力。それは、その時で始めた無限睡眠症候群を治す人間を『強制的に制作する』ための、薬であった。その代わりに、副作用が激しく、ゆえに少女は日常を失った。
が、それがわかった瞬間、少女の両親は彼女を家に受け入れた。その時の両親の目はまるでモルモットを見るかのような、好奇心等が入り混ざったような瞳だったが、少女は気にしなかった。だから、少女はニコニコしながら、両親に声をかけた。
「ねぇ。パパ、ママ。私、また二人に会えて嬉しいの」
「ええ、私もまた会えて嬉しいわ」
少女の問いかけに彼女の母親は同じように答えた。答えた言葉はほぼ一緒だが、含みがお互い違うというのは、幼い少女は気付けなかった。
彼女は、また得ることができた家族の温もりを失いたくなかった。だから、母親や父親が言ったことはすべて。愚直に従い続けた。
薬を飲み続けることにより、体が弱くなるのと比例するように、ある一つの才能が芽生え始めた。
そして、形から入ればいいという両親の提案により、彼女はドリームダイバーとして戦う姿の忍者のような行動をとることを余儀なくされた。
そして彼女はいつの間にか両親が作り出した人形のように、両親が引いたレールの上だけを歩いていた。もしかしたらあのとき薬を飲んだのも、そして彼女のことを一度嫌って、そして受け入れたのも、決まっていた運命であったのかもしれない。
月日は経ち、少女はドリームダイバーとして働き始めた。それを見た彼女の両親は喜んでいた。まるで、長年かけてプラモデルをつくりあげたかのような。
月日は経ち、少女は自分という存在に対して疑問を持つ。ゆえに少女は両親にまた聞いた。
「ねぇ、私に会えてよかった?」
「えぇ、勿論。あなたに会えて、そしてここまで来てくれてとても嬉しいわ」
両親は、前とまるっきり変わらないトーンで、含みを持った言葉で質問に答えた。彼女はそのときもうわかってしまった。
わかったからこそ、彼女は従った。両親の言葉に。もう失いたくないから、自分のせいで失いたくないから。
「うん。私も嬉しい」
少女が最後にした言葉。これ以降少女は少女でなくなった。
◆◆◆◆◆
思い出していく記憶。逃れられない両親の手。あやめはその記憶を思い出しながら、なるべく二人を驚かせないように、悲しませないように思い出しながら、慎重に言葉を選んで、語り出す。
全てを語り切った後、なのはたちの方を見ると、二人とも表情に影を落として、下を向いていた。少し、本当に少しあやめは後悔をした。話しすぎたかと、不適切な言葉を使ってしまったかと。
「なんか、すまないでござるな」
だから、口を開けた時彼女はまず最初に謝罪の言葉を述べた。が、それを聞いたなのはは大丈夫です。と、少し慌てたように言って、言葉を続ける。
「私の方こそすみません。あまり、聞くべき話題ではなかったですね」
次になのはも謝罪の言葉を口にした。あやめはその言葉を聞いて、少し頭を掻く。謝って欲しいわけではないと言おうとして、やっぱりやめた。おそらくなのははこう言ってもまた、謝る。そんな、少女だからだ。
だから、あやめは黙った。それを見たなのはも黙る。誰もしゃべらない、まるでこの小さな公園のベンチだけが世界から切り離されたかのような、そんな孤独感が周りに広がりはじめた。
「……僕も、わかるなぁ。その気持ち」
春香が二人に聞こえるような大きさでポツリと独り言を漏らす。あやめとなのはは、ちらりと春香の方を見た。春香は前を向きながら、また独り言を口にする。
「僕も両親に捨てられたから……だから、多分また会えたらパパとママの言うことを何でも聞いちゃいそう。嫌われたくないからね」
そう言って春香はタッ。と、ベンチから飛び降りる。そしてお尻についた砂を払うようにぱっぱっと払い、そしてクルリとあやめ達の方を見てにこりと笑う。
「だから、僕にはよくわかるんだ……わかってほしくないっていうかもしれないけど、僕はわかるんだ……それに今は……」
春香はそこまで喋ったあと、恥ずかしがるようになのはをちらりと見たあと公園の外に出て行った。その後ろ姿を見送ったあと、なのはは少しぼーっとしていた。
そして、春香の言葉の意味に気付いたのだろう。ボン!と音がするほど勢いよく顔を赤く染めて、あやめに何か飲み物を買ってきますと言って逃げるように駆け出していった。
一人残されたあやめは、何となく空を見上げて色々なことを思考しはじめた。
この忍者のような言動も、今の自分も全て両親が求めた結果生まれたもの。つまりは、自分がなりたくてなったわけではなく、そのことに少しの違和感を覚える。
が、それは仕方ないことだと自分で勝手に結論づける。自分が選んだ道だ。両親に嫌われたくないから。だから、仕方ないだろう。と。
「……仕方ないのでござるな」
「どうかな?本当にそう思うのかい?」
突然隣から声が聞こえて、あやめはバッと横を向く。そこにいつの間にか紫色の髪をした、首輪のようなものをつけている一人の青年が座っていた。
あやめは思わずそのベンチから飛び離れる。気配を一切感じなかったからだ。あやめは姿勢を低くして、その青年の体を舐めるように見る。なぜあのとき気配を感じれなかったのかと過去の自分に問いただしたほど、今の青年からは何も変わらない。普通の人間の存在感があった。
(まるで一瞬……この世界から消えて、ついさっき戻ってきたかのような違和感でござる……)
しかしそんな疑問もすぐに青年のさっき言った言葉に対する疑問に変わる。本当にそう思ってるか?そんな質問。
「……そのそう思ってるか。それはどういう意味でござるか?」
「言葉通りの意味。僕様は君の本当の気持ちが知りたいんだよ。うん。それだけだから、安心してね……ふふふ……」
「その質問に対しては、さっきの言葉が拙者の本心でござるよ」
「本当に?本当の本当にそう思ってるの?」
あやめが答えた瞬間、その青年がそう言いながらゆっくりと近づいてくる。顔には貼り付けたような笑みを浮かべながら。
あやめは言い知れぬ恐怖により自然と足が一歩一歩下がっていく。そしてその度にゆっくりと、そして確実に青年も一歩一歩と近づいてくる。
「僕様はこう思ってる……君は本当は両親が嫌い。なんじゃないかな?」
「……は?何を……」
あやめが思わず間の抜けた返事をしたのを待っていたというように、青年は突如大きな声で狂ったように笑い始めた。
「あははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
永遠に続くかと思われたその狂気の鳴き声は、突然ピタリと止んで、青年はあやめに詰め寄る。
あやめは慌てて逃げる足を速くするが、焦りすぎたからか尻もちをついて倒れてしまう。そのせいで青年はあやめに追いついた。
「だってさ、君は嫌われたくないからそんな格好してるんじゃない?そこに、君の意見はほとんどない。あるのはさっき言ったみたいに嫌われたくないっていう外からの意見。内からの意見はほぼゼロ。だよね?」
違うと。そんなことはないとあやめは叫びたかった。が、青年が人差し指をあやめの口に押し付けて、それに動揺をして口を動かすことができなかった。
そんな中でも青年はジッとあやめの方を変わらない笑みを持って見つめていた。しかし、その笑みの奥には、いや。青年のすべてからどす黒い感情があるように見えた。
まるで、その感情が服を着てここに立っているかのような。それ程までにあやめにひしひしと伝わるその感情は、濃ゆく。あやめを黙らせるには充分すぎた。
「もしかして、両親を恨むのはそれはとても恥ずかしいこと。って思ってるのかい?それなら気にしなくていいよ!うん!気にするだけ無駄だよ!!」
「……気にするだけ、無駄……」
「そうそうそうそうそうなんだよ!気にするだけ無駄。だってそうじゃない?決められたレールの上を走る。うん。楽かもしれないけど、それは君の人生じゃない。引いてる人の第二の人生なんだよ?それをしてる君は……喜んではいけない。けど、恨んではいいんだ!それは別に恥ずかしくない、普通のことなのだから!」
そこまで言うと青年はまた狂ったように笑い、笑い、笑い続ける。大地が震えるようなほどの錯覚をあやめは覚え、体がガタガタと震え始める。
「怖い?怖いの?あはははは!面白いね!人形がガタガタと震えて涙を浮かべるなんてね!!」
「も、もうやめて……!」
「ははは!今度は助けを求めるのか!いいね面白いね!あはははは!」
まだ笑い始める青年からあやめは逃げようと手をついて立ち上がろうとする。しかし、その時地面とは違う感触が手を伝ってくる。
震えながらその落ちてるものを拾い上げてみる。そこにあったのは、何かの仮面のようなものの破片。しかし、なぜかあやめはそれを見た時、一瞬でその破片の正体が分かった。
拾い上げたのは目のようなものが描いてある。その色は見たことがあり、そして、感じたこともあり、その目のようなものが映してるのはーーー
「私の……顔……でも、なにこれ……」
そこに映ってるのはあやめの顔。しかし、だんだんと崩れ落ちていっていた。あやめは小さな悲鳴を漏らして、足が生まれたての小鹿のように震えだしてドスンと座り込む。
青年はそれを見たとき、笑い声をぴたりと止めて、あやめに視線を合わせる。そして、またニコリと顔だけ笑う。
「ね?君のことを守っていた仮面はこうも簡単に崩れ去った。両親に作られた君自身は脆い。だって、嫌いだもんね、心の中ではそう思ってる。でも口では偽ってるんだよね……さぁ、もっと素直になりなよ!本当の自分をさらけ出して。ね?」
「本当の、自分を……」
「そう。本当の自分。もし、ここでさらけ出すのが嫌なら……」
そう言って青年は、指を突き出す。あやめはそれを見つめてみると、なぜか、だんだんと眠くなってきた。そして、だんだんと眠気に支配されていく頭の中で、彼の言葉を聞いた。
「グッドナイト……いい夢を」
その声が聞こえたのと同時に、顔から仮面の破片が地面に落ちてバラバラに割れた。
◇◇◇◇◇
「……!!」
「あ?どうしたよ、突然本を落としたりなんかして」
「い、いや……なんでも、ない……」
Dr.トーマスの研究所の一室で、ピンクの髪の少女、カナエは落ちてある本を震える手で待つ。
その本のページを一枚一枚めくりながら、先ほど見た未来を思い出す。彼女は一日5回ほど未来を見ることができる。そして彼女は今、なんとなく少し先の未来を見てみた。
そこに映ってたのは、二人の少女と、一つの影のようなもの。そして、もう一つ。近くにまるでパズルのように当てはめることができそうな、パーツがそこかしこに転がっていた。
その一つが、影のようなものを恨みがこもった瞳でじっと睨みつけていた。未来でしか見てないが、見てるこっちすらゾッと背筋が凍るようなものであった。
「カナエさん!マコト先輩大変です!!あ、あやめさんが!!」
突然聞こえた慌てた少女の声。そしてその少女がここまで無理した背負ってきたような少女。その少女の顔を見た時、カナエは先ほどの未来をまた見たかと思ってしまうほど、背筋がまた凍え始めた。
その、背負われている少女と、先ほどみた未来の少女が持っている瞳は同じであった。
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【次回予告】
「こいつはもう死ぬ運命なんだ!」
「私、今とっても楽しい!!」
「早く計画を進めないとね……」
「いやだ……これ以上失うのはもういやだ!!」
【次回:15話 あやめられない過去 後編】
続きます




