第十二話 さまーばけーしょん 前編
……ん?俺にも回ってくるのか……悟だ。
前回はマコトちゃんの弱さを克服する回……いや、あの子は最初から強いがな。まぁ、そんなことはどうでもいい。
そういえばもうすぐこっちは夏なんだ。夏といえば……ふふ。あの時ことを少し思い出すな。懐かしいよ。では、本編スタートだ。
「暑い」
夏の日差しが地面を突き刺す中、青い髪をした活発そうな少女がポツンと言葉を漏らす。世間ではもうすぐ夏休みであるので、まぁ、仕方ないことかもしれない。
「暑い暑い暑い暑い暑い!!」
「は、春香ちゃん落ち着いて……」
「落ち着けれないよ!こんなに暑いんだよ!?なのはは暑くないの!?」
「わ、私は暑いのはあまり気にならないから……」
なのはと呼ばれた少女がそう言うと、同じように春香と呼ばれた少女は大げさに口を開けてガッデム!と叫ぶ。しゃべるたびに暑くなるはずなのに、それでも喋り続けるのは人として仕方ないのか。
すると、後ろから足音が聞こえてきた。なのはと春香は後ろを振り向く。そこには赤い髪の少女と、初老の男性が日傘を持って歩いてきた。
「御機嫌よう。なのは様。春香様」
「ご、御機嫌よ、う?三月さん」
その三月……下の名前はアリスというが、そのアリスという少女がぺこりと頭を下げて二人に挨拶をすると、春香は慣れてない素振りで同じくぺこりと頭をさげる。
アリスは、この三月町を支えている三月グループの一人娘であり、つまりはお嬢様であった。そして、初老の男性は、爺やというらしく、アリスの身の回りの世話をよくしていた。
3人……いや、四人は道を歩き始める。学校に行かねばならなが、暑いので自然に歩く速さはだんだんと遅くなってくる。
そんな二人をずっと日差しは照らし続けていた。なのはは先ほど暑いのは気にならないとは言ったが、暑いものは暑い。何か太陽に文句の一つや二つ言いたいところであった。
暫く歩くと、やっと彼女達が通う三月小が見えてきた。あれがゴールだと思うと、少し歩く足が速くなる。
「やっとついた……暑いよぉ……」
春香が校門をくぐったあとそう声を漏らすと、突然背中をパシンと叩かれる音が聞こえた。春香は文句を言おうと少し怒った顔で後ろを向くが、そこにいた人物を見て文句が引っ込んだ。
「よ、春香になのは。それと……アリス?だっけか」
「マ、マコトさん!?なんでここに!」
春香が驚くのも無理はない。そこにいたのは、ランドセルを背負っていえ、褐色の肌と鼻につけてる絆創膏が特徴的な赤髪のポニーテールの少女。彼女は大和田マコトと言って、なのはの先輩にあたる。
「あり?いってなかった?オレはここの小学校に行ってたんだぜ。長い長い引きこもり生活をえて帰ってきた……という感じだな。これ」
そう言ってマコトははははと笑う。いつも通りの笑いだが、ランドセルとむねについてある名札を見て、少しおかしくみえた。
「でもなんで……」
なのはがそう疑問を口にする。今まで学校に来てなかったのだ。その疑問は当たり前なこと。自然に出て今うこと。その言葉を聞いてマコトはんー?とあらためて聴くように言葉を漏らす。
そして頭をぽりぽりとかき、少し言葉を探すように時間を置いた後、口を開けた。
「……ま、アレだ。昔に戻りたいっつーか、少し変わりたかったつーか……ははは。なんていうかなね、これ」
マコトはまた笑ってこっちの方に顔をまた向ける。いつものように力強い笑顔。しかし、どこかが面影が前と違って見えた。
「おっと、急げよお前ら。確かお前ら5年だろ?オレは4年だから二階だけど……お前ら5年だから、三階だな。ほら、急げ急げ」
そう言ってマコトは3人を急かした。3人とも本当に年下だということに驚かせらながら、急ぎ足で階段を上っていった。
4人のことを待っていたかのように、教室に入った瞬間チャイムが鳴り響く。夏の日差しは、教室でも、容赦なく照らしてきた。
◇◇◇◇◇
キーンコーンカーンコーン
規則的なチャイムが鳴り響き、今日の授業の終わりを告げる。しばらく経つと、教壇にいた男性教師がパタンと本を閉じて立ち上がる。
スーツのズボンに、カッターシャツ。そして下からうっすらと男気と書かれたシャツが見えていた。彼の名前は小峠春樹と言った。
「えーみんな知ってると思うけどもうすぐ夏やーーー」
そこまで言うと、隣の教室から聞き覚えがある声で夏休みだー!という叫び声が聞こえてきた。クラスの皆が、くすくすと笑いだす。この声はおそらく春香であろう。どんだけ楽しみなんだと春樹が言葉を漏らす。
「兎に角、もうすぐ夏休みだ。みんなあまり遊びすぎて羽目を外さないように」
と、説明口調でそういう春樹。しかし、小声で、死ななければ何してもいいんじゃね?と言ったのをなのはは聞き逃さなかった。
死
なのはが働いてる職場。ドリームダイバーという仕事は基本常に死というのと隣り合わせである。それは何度も夢の世界に行ってそして、それと同じ数死を間近に感じていた。そんな生活をしたくない。もう怖いと思う気持ちと、とても楽しいと思う気持ちが二つ。なのはの中には入り混じっていた。
「ーーーというわけで、今日はもう帰っていいぞ。明日には終業式だから、荷物は全部持って帰っとけ〜」
どうやら、少し考え事をしている間に春樹の話は終わったらしく、皆それぞれいそいそと帰り支度を始めていた。なのはは荷物はだいたい持って帰ってあるため、特に何も持って帰ることは無い。
それはアリスも同じらしく、ランドセルだけを背負ってなのはの方に歩いてくる。しばらく待つと隣のクラスの方から忙しい足音が聞こえてきて、足でバンと扉を開けて何か大きな荷物が見えた。
「ふぅ……ふぅ……ち、ちょっと持ってくれない?」
その荷物からひょこりと、春香が顔をのぞかせた。なのははその荷物を一つ二つ手に取ってみると、それには始業式に書いた紙とか、美術で作った絵とかがあるのが分かった。
しかし、それらは全部最初の方に書いたもの。しかも、他にもたくさんの教科書が山のようにあった。
「少しづつ持って帰ろうよ……」
「いやぁ、めんどくさくて後回しにしすぎちゃった」
そう言って、春香はたははと笑いながらその荷物の一部をこっそりなのはに渡す。なのははため息をつきながら、その荷物を受け取る。
それを見たアリスは手をポンとうったあと、パチンと指を鳴らした。すると、どこからか付き人のじいやがやってきて、なのはと春香の荷物を手に持った。
「え、いや、あの」
「あら、じいやならご心配なく。力には多少の自信がおありですわよ」
そう言われたじいやは、にこりと笑った。そう笑われてなのはは嫌でも。と言って荷物を取ろうとは思わなかった。しかし、春香がいや!と叫んでじいやから半分ほど荷物を取った。
「僕の荷物だし……持てる分は、僕が持つよ」
そう言ってにこりと笑った。しかし、腕はぷるぷると震えていた。少し無理をしているのが見てわかった。それでも笑顔を崩さないのは、流石だというか。
「全く無理しすぎ……いいよ。私も少し持つ」
なのははそう言って春香から荷物をもらった。それを見たアリスはなら。という感じに春香から荷物を持った。すると、春香の荷物が全部なくなってしまい、あーもう!と叫んで結局じいやが持った荷物を全部奪った。
そして3人は重い荷物を3人で分けて持ち、教室から出て行く。それを後ろから見ていたじいやはゆっくりと後ろからついていく。
「……まだ、アリス様は友人と認めてないのかもしれないが……いい友人を持ちましたな」
そうポロリと言葉を漏らしてじいやは、カバンから日傘を取り出した。前を歩く3人の少女の後ろ姿は、とても生き生きとして見えた。
◇◇◇◇◇
「……今の所は、計画通りだね……」
河川敷の上で大きく伸びをして青年がそう残念そうに言う。成功と言ってるのになぜ残念そうなのか、そんなことは誰も理解知りえない事であった。
紫の髪で、かなりの高身長であり、なぜか手首などに重りをつけている青年。彼は、ハキーカと言った。
(マコトちゃんは、弱さを乗り越えた……あとの二人も早く乗り越えてもらわないとね……うん。しかし、計画通りに進んでるねぇ)
そう考えゴロンと寝転ぶ。しばらくボーッとして時間がだんだんと過ぎていくのを肌で感じていた。風や、草の匂いが心地よくて、ついウトウトしてしまいそうになる。
すると突然誰かの足音が聞こえたかと思うと、近くに何か置かれた。ハキーカはそれを横目で見ると、それは何かの缶詰であった。そして、それを置いたであろう人物が近くに立っていた。
その人物は白衣を着ており、そして枕のネックレスを首から下げている、白髪の男性であった。
「……なんの、真似だい?」
「……おや、猫じゃなかったか。これは失敬」
そう言って男性は缶詰を拾い上げて白衣のポケットの中に入れた。ハキーカはその男性の顔をじっと見ていた。すると、突然近くからにゃーとなく声が聞こえてきたかと思うと、猫が数匹嬉しそうにやってきて、その男性に擦り寄る。
「すまないな。ここで寝ているのがまるで猫のようだからな。少し遊んでみた」
「ふぅん。まぁ、いいや……そうだ、僕様はハキーカっていうんだ。君は?」
「……悟。上の名前はいらんだろ」
男性はそう言った後、缶詰を器用に開けて猫に餌をあげ始めた。悟は整った顔立ちをしており、猫に餌を与える姿はとても絵になった。
「ところでハキーカはこんなところでなにをやってるんだ?ニート。か?」
「それは君も同じじゃないかな?白衣なんてコスプレして」
「……俺は、ニートではない。ドリームダイバーズのDr.トーマス研究所で働いてるんだ」
ハキーカは悟の台詞。それも、Dr.トーマスという名前が聞こえた瞬間に、眉をピクリと動かした。そして興味がなさそうにふーんと呟いた。
「なんで君はそんなところで働いてるんだい?」
「簡単だ。新聞の広告を読んだ。給料もいいし、特に必要な技能とかないからな」
その言葉を聞いてハキーカはまた興味なさそうにふーんといった。そして悟の方を向いて口を開ける。
「君、つまらない嘘をつくねぇ」
「……なんだと?」
そう言ってハキーカはクスクスと笑う。顔が常に笑っている顔だが、そう笑うとさらに笑ってるようになり、正直気味が悪い。
悟はハキーカの方をちらりと見て、やがて観念したようにため息を漏らして口を開ける。
「……ま、正解を言うと俺も無限睡眠症候群にかかって、その後成り行きでここで働く事になった」
その時。働く事になった時のセリフは今でも覚えている。カナエが悟を見ながらこう言ったのだ。
◇
「キミはここで働け。いや、働くべきだ」
◇
はじめはよくわからなかった。突然働けと言われたら誰だって嫌だと考える。しかし、カナエは力強くそう言っていた。後で聞いたが、未来を見て悟が働いてる世界を見たらしい。
「……夢、ね」
夢の中では、自分はとても幸せだった。自分が一番見たいものが、なりたいものがその世界で見れると聞いた。悟はあの時見ていたのは……
「……テベリス……」
口の中でいうその名前は、とても自分が幸せになり、同時に不幸にもなる。諸刃の剣のようなものであった。
「さ、て……僕様は帰るかな……そうだ。悟くん。一ついいかな?」
「……なんだ?俺ももうすぐ帰るからな。手短かに頼む」
悟はそう言って空になった缶詰を持ち立ち上がる。ハキーカはゆっくり立ち上がってクスリと笑った。
「ハキーカ。この名前を、Dr.トーマスにでも伝えてごらん?きっと、面白いことになるよ」
「……そうか。覚えてたら伝えてやる」
そう悟が言うと、ハキーカはクスクスと変わらない笑みを浮かべながら、そう言わずに。と一言だけ言ってゆっくりと歩いて行った。
「ハキーカ。か……なんだか知らんが、奴は少し恐ろしい何かを感じた……」
そう小声で言って悟は帰ろうとする。恐怖を感じたが、それはよくわからない恐怖であった。しばらく歩くと遠くでハキーカの叫び声と、川に何か落ちる音が聞こえた。
「……気のせいか」
悟は頭の中でそう結論づけ、ゆっくりと研究所まで歩いて行った。頭の中にはハキーカという名前がこびりついていて、忘れようとしても忘れることができず、少し不快に感じていた。
◇◇◇◇◇
ガチャリ
そんな音を立てて、悟は研究所のドアを開ける。そして入り口に入ってすぐの広間に、数人いた。なのは達3人組とあやめとマコトとカナエであった。悟は軽く挨拶をすると、皆それぞれの声で挨拶を返す。
「……ん?」
悟はそこに一人見覚えのない少女がいるのが見えた。深い青の髪に、雪だるまのヘアゴムを使いサイドテールにまとめている女子中学生がぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「えっと、なんでここにいるんだい美冬ちゃん」
「どうも。今日から夏休みの間ここでお世話になります」
そしてまた美冬はぺこりと頭をさげる。悟も同じようにぺこりと頭を下げる。どうやらバイトみたいな感じにここでしばらくお世話になるらしい。
ふと、机の上を見ると勉強ノート等が広げられていた。そして、美冬の隣にはカナエが座っていて、美冬に勉強を教えていた。
「……あー違う。もっと真面目にとけ」
「うぅ、面目ない……」
「ふん。まったく……なんで私がこんな低脳に勉強を教えないといかんのだ……知識が深まらんというのに」
そう口ではいうが、少し得意げな顔のカナエをみて、悟は少し安心する。しかし、何故か美冬には結構優しく接してるように見える。そこが、悟は少し気になった。
「あー!!夏休みなんかしたーい!!!!」
そして、悟が来たのを狙い澄ました春香がそう叫んだ。そして、全員一斉に悟の方を向く。確かに、大人でありそこそこ暇そうな人といえば悟が適任である。
しかし、悟は頬をかきながら、でもなぁ。と一言言う。正直言って遊びに連れて行くとかしようにも、どこに連れて行けばいいか、どこに連れて行けば楽しいのかわからない。
「と、言われてもなぁ」
と、もっと大きめの声に言うと、その言葉の意味を分かったのか、春香が大きなため息をつく。しかし、今度はアリスが手をポンと思い出したように叩き、そして口を開ける、
「では、わたくしの別荘はどうですか?」
一瞬なんと言ったか理解できなかったが、次の瞬間研究所を揺らすほどの大声が、鳴り響いた。悟とカナエだけは驚いた顔はしてたものも叫びはしなかったが。
「はい、小さな島ですけど」
「島!?この子いま島って言ったよ!」
春香が大げさにそう突っ込む。しかし、こういうには島一つが彼女の別荘なのだろう。しかも、それをスルリととうあたり、これが普通だと思っているのだろう。
お嬢様。恐ろしい子。
「ま、まぁ、行ってこいよ、お前ら」
「そうでござるな。友人だけで楽しくあそびにいくでござる」
マコトとあやめが口を揃えてそう言う。しかし、アリスは二人の肩をポンと叩いてにこりと笑う。その笑みは一緒に来てくださいという意味か、それとも他の意味が。兎に角その笑顔を見て、二人は参加しないといろんな意味でやばいと確信したのは言うまでもない。
「でも、子供だけでは危険でしょう。大人の方に来てもらわないと……」
美冬がそういうと皆一斉に悟の方を向くが、悟は無理だと一言漏らす。なんせ彼は仕事があるのだ。仕方ない。
「いや、大丈夫だよ悟くん」
「ド、ドクター……そうなんですか」
「うん。君も最近働きづめだし、そろそろ息抜きも必要だよ。こう、僕が言ってるんだ。遠慮しなくていいから」
そう言って悟に声をかけたのは見た目は40台ほどに見える、右手が義手になっている男性。彼こそがDr.トーマスであった。
彼は、ドリームダイブの機械を作ったことで有名な人物であり、その時のお金や特許等で皆に給料を払っている。しかし、こんなものを作る技術をどこで得たのか。それが謎に包まれている。
「……はぁ。仕方ない」
悟が観念したようにそういうと春香がやったーと叫んだ。他のみんなも顔には出さないがどこかしら、喜んでるように見えた。
「あ、だったらあかねさんとか呼ぼうよ!」
春香がそう言ってなのはがその言葉に同調する。カナエは会いたくないと叫んだが、それを無視して話はトントン拍子に進んでいく。
「あ、そうだ。ドクター少しいいですか?」
「ん?なんだい悟くん。改まって」
悟は丁寧に先ほどあったことを説明し始めた。一言一言丁寧に、ハキーカという青年と会ったことを。そして、ちらりとDr.トーマスの顔を盗み見る。
明らかに、焦燥していた。ハキーカ。その単語を聞くたびに、冷や汗をたらりと流していた。そして悟は喋りながら、頭をフル回転した。
(なぜ、ドクターは焦っている。ハキーカとかいうやつと、何かあったのか……?)
しかし、頭でいくら考えても答えは出るはずもなく、そして直接答えを聞くわけにもいかず。そのまま、悟は丁寧に話すことに徹していた。
会話が終わると、また悟はDr.トーマスの顔を見る。今の彼は平静を保とうとしていた。
保ち、しすぎていた。
「……わかった。僕も調べておくよ」
そう、ひねり出したかのような声で、Dr.トーマスは返事をする。これ以上会話する意味はないと悟は判断して、わかりましたと一言残して、その場から去る。そして、少女たちの会話に混ざりにいった。
「ハキーカ……」
Dr.トーマスはそう小声で呟いたあとその場をあとにした。口の中で繰り返し確かめるように、その名前を口にして、仕事部屋に戻る。
「何故……彼が今更……あの時彼は確かに……死んだ。と、報告されたはずだ……」
そう言ってDr.トーマスは棚を漁る。そして、大きなファイルを取り出した最初のページを開く。そこには色々な名前と、その隣にバツマークが付いていた。そして、そこにはハキーカという名前も、そしてその横にバツマークも。
「生きてることがわかったから……喜ばしいことかもしれない。確か、複数人のチームで行動してた時、突然全員が……しかし……」
そして、ハキーカという名前が書かれてる行で指を滑らせる。そして、途中でピタリと止める。そこには心臓麻痺。と書かれていた。これは一番多いドリームダイバーの死亡理由であり、Dr.トーマスも信じていた。
だが、悟が先程言ったのは、ハキーカという名前。彼が嘘をつくとは思えない。つまり、本当にあったというわけだ。
「喜ぶべきなのに、何故か心の何処かで、何か違う感情が蠢いてる気がする……」
そう言ってDr.トーマスはファイルをパタンと閉じた。一旦、忘れるように。しかし、記憶にはこびりついていた。ハキーカ。彼の名前を。
そして、口の中で繰り返した。意味はない。しかし、忘れようとしても忘れることができなくて、ならば繰り返した。それだけであった。
Dr.トーマスは心の何処かで気づいていて、そして一つ。最悪の結果を思いついていた。彼が、ナイトメア側に寝返り、そして……
「いや、考えすぎか……それはもう、最悪すぎて、最低すぎる……」
そう呟いて、Dr.トーマスは閉じたファイルをまた棚の奥にと入れた。その、最悪すぎる考えを消すかのように。忘れるかのように。
しかし、する意味はほぼないことも、彼はわかっていた。
◇◇◇◇◇
「と、いうわけでやってまいりました!!」
「うるさいですよ、春香ちゃん。周りの迷惑にならないでください」
いつもの三月町とは違う。少し遠い隣町で、春香となのは。そしてアリスと制服姿の美冬が集まっていた。
彼女たちは夏休みにやる予定のアリスの別荘に遊びに行くための買い物をしに来たのだ。何を買うか。話によると島一つ買ってるらしいので、新しい水着でも……と、いうわけだ。
「でも、美冬さん。いいんですか?自分の用事もあったでしょうに……」
「いいですよ。ボクも暇でしたし。それに、懐かしいですから」
そう言って美冬さんニコリと笑う。いつも、ジトーっとした何もかもがつまらなそうな顔をするが、感情表現は意外にも豊富である。
そして、四人はとことこと近くの大型ショッピングモールへと足をのばす。春香となのはは、こんなに人がいるところに行ったことがないらしく、春香は目をキラキラした感じに。なのはは、少しおどおどとしたように、周りを見渡しながら歩く。
美冬が遠くであまり遠くに行かないで。と声をかけて、後ろからアリスと共に追いかける。春香が早く行こうという目で美冬たちのほうを向く。
美冬は、どこか懐かしさをまた感じながら、ゆっくりと歩く。しかし、水着を買うというのは意外だった。小学生でも気になるのだろうか。
自分が小学生の時はスクール水着を着ていた。今も愛用としている……しかし、みんなが何か買うなら、自分も買うべきだろうか?
そんなことを考えてたら、いつのまにか水着のコーナーの前に来ており、四人は入っていく。入店した瞬間、春香は首に下げたカメラで色々なところを楽しそうに撮影していた。
そして、春香が先導してなのはたちがついていく。それを見送った美冬はふと、近くに置いてあった水着に手を伸ばす。
「こ、これは……」
それは、露出が多く、本当に隠すべきところしか隠してないような大きさの水着であった。こんなものを着て公衆の面前に晒されたい人がいるのだろうか?美冬には理解できない感性であった。
まぁ、自分が着ないからと言ってそれを全部否定するわけにはいかない。とりあえず普通の水着を買おうと、いろいろと探す。そして、やっと地味な感じの水着を見つけて、それをカゴに入れてみる。
が、しばらく考えて、やっぱりあるならそれを着ようというわけで、その日はアリスの別荘に行く日は普通にスクール水着でいいかと考える。
そして、美冬は三人娘を探しに動いた。まず、アリスはすぐに見つかった。なにか、店員と少しもめてるらしく、美冬が何事かとアリスに近づく。
「ですから、ここの水着をすべてくださいと言ってますの」
「しかし、お客様……さすがにそれは……」
「お金はありますよ?それに、ただここからここまでの水着を買うだけですわよ」
美冬はそう言って、そのあたりの水着をぐるっと指で回してさした。おそらく何百着もあるであろう水着を買おうとするのは、お金があるゆえの余裕か、それともただ単に買い物下手か。
「はい、三月さん。店の迷惑はやめましょうね」
そう言って美冬はアリスの肩を掴み、ズルズルと引きずる。アリスはあーといいながら、されるがままに身を委ねた。
暫く二人で歩くと、今度はオレンジの髪の少女。なのはが更衣室の前の椅子に座って待っていた。そして、美冬に気づいたらしく、頭をぺこりと下げる。
美冬はふと視線を落とすと、更衣室の前に春香がよく履いている白い運動靴が置いてあった。美冬はなんとなく嫌な予感を感じながら、なのはの横にとりあえずたった。そして。
「どおー!!なのはー!!」
ジャッとカーテンを思いっきり開ける音が聞こえて、そこから予想通り春香がどうお世辞に見ても全然似合ってないような、セクシー系。というか、先ほど美冬が見ていた水着であった。
「似合ってる?似合ってるよね!」
「う、うん!そうだね春香ちゃん!」
「なのはちゃん!?ここで流されてはダメです!似合ってません!」
美冬は慌てながらそう春香に向かって叫ぶ。春香はえー。と残念そうな声をあげて仕方ないというように試着室の中にまた入った。
「なのはちゃん……あまり他人に流されないようにしてくださいね……」
「は、はい……気をつけます」
なのははそう言って、ふぅと息を漏らす。どうやら、自分自身もあまり似合ってるとは思ってなかったらしい。しかし、春香を思ってか口には出さなかった。そこが、なのはのいいところでもあり悪いところでもある。
(……よく考えたら、なんでボクは当たり前のようにここにいるのでしょう?アリスちゃんの別荘に行くメンバーの中に入って……)
「あぁ。美冬様もメンバーに入れておりますわ」
「あ、はい」
いつの間にか頭数に入っていたことに驚きつつ、美冬は返事をした。そして、試着室にいる春香に声をかける。すると、バタバタと慌てたような音が聞こえて、またカーテンがシャッとあき、春香がまた現れた。
「おっまたせー!!」
そういい、春香は胸をドンとはる。その春香を見た美冬たちは言葉を失った。なぜなら
「なぜさっきよりきわどい水着を着てるんですかーっ!?際どすぎて水着の意味をなしてません!!」
「えー?でも、僕みたいなせくしー系にはこういうのがいいと思うんだーね?なのは!」
「ふぇ!?……う、うん!そうだね春香ちゃん!」
「気にいりましたら、そちらの水着。わたくしが買ってさしあげますわよ」
アリスがそう言うと、春香達はワイワイと話し始める。このままいくとあの水着を着てしまうことになる。確かに、ほぼ貸切だと言っても、あんな格好をさせるわけにはいかず。しかし、美冬はなんて言えばいいかわからないので、目をグルグル回しながら。
「と、とりあえず服をきてくださーーーい!!」
あまりにも的外れなその叫びは、その店に響き渡り、なにか、気まずい雰囲気が流れた。周りの客から変な目で見られ始め、美冬達はここからそそくさと出て行った。
さて、後は本番の日が来るのを待つだけとなる。何が起こるかは、お楽しみに……
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【次回予告】
「お嬢様すげぇ……」
「青い空!青い海!そして青髪の美少女!」
「やっぱり、こういうのはカレーだね」
「ここ……出るらしいですわ……」
【次回:13話 さまーばけーしょん 本番編】
お待たせしました。次回に続きます