第十話 マコトの真実 前編
やぁ。Dr.トーマスだよ。ずいぶん久しぶりなきがする。
前回は、悟くんの友達の春樹くんの妹。美冬くんが無限睡眠症候群にかかってしまったんだ。それを助けるためにダイブしたなのはくんたち。途中で現れたアナザーが助けてくれたけど、マコトくんがどこかに行ってしまったんだ。
「わたしの夢はお母さんとお父さんと一緒にどーぶつえんに行って、たくさんの動物さんたちと触れ合いたいです!!」
赤髪の、大きなポニーテールを揺らす少女が紙のようなものを持ってそう言う。どうやら、家族への作文を発表する授業らしく、彼女は笑顔で、そしてハキハキと元気よくそう言った。
そして、場面は変わり、彼女は元気よく家の扉を開けた。まだ小さな弟や妹が迎えるが、少しおどおどとしていた。
「どうしたのみんな?お姉ちゃんに話しなさい!」
「じ、実はお姉ちゃん……お父さんとお母さんが……」
その時、一人の弟から言われた言葉を聞いた瞬間、その少女の明るい顔は青くなりそして一気に走り出した。向かった先は両親が寝ている寝室。そこの扉をがらりと開けると、両親がぐっすりと寝ていた。とても幸せそうに、気持ちよさそうに。
「お父さん!!お母さん!!」
叫ぶ。心の底から大声で叫ぶ。起きろ目を覚ませと、少女が願い、叫び続ける。しかし、両親はついに起きることなく、すやすやと眠り続けていた。
◇◇◇◇◇
「…………チッ。朝から目覚め悪いぜ……」
そう言いながら大きく伸びをする赤髪の少女。眠い目をこすりながら、パジャマから着替えて、赤く長い髪を後ろでくくりポニーテールにした。彼女の名前は大和田マコトといった。
「強くなりたかった。それだけなんだがなぁ」
独り言のようにそうポツリと呟いて、テーブルの上に置いてある紙に手を伸ばした。
「……そうだ。一応……」
彼女はそう言って、さっき夢で見たところと同じ部屋の扉を音を立てずにゆっくりと開ける。そこには、周りには金色の装飾品などが置いてあり、下には綺麗な赤い絨毯がひいてある部屋に、とても大きなベッドがドンと置いてあり、その上では両親がだらしなく眠っていた。
「……まだ、覚めないか……オレがもっとはやく……」
そこまで呟いて彼女はゆっくりとドアを閉める。そして、手に握ってる紙をチラリと見る。そこには『退職願』と、書かれていた。
◇◇◇◇◇
「えぇええぇええぇえええぇぇぇぇ!!!!!」
ある研究所内で、少女の叫び声が聞こえてきた。その研究所は、Dr.トーマスの研究所と呼ばれており、そしてここでは、ドリームダイバーが何人か働いていた。そして今叫んだのは、そのドリームダイバーの一人。大沢なのはという少女であった。
彼女はそう叫んだあと、目の前にある紙を持った。そこには、退職願と書かれてあった。
「え!?これをさっきマコト先輩が!?えっ!?」
「……うん。どうやら、マコト君はもう戦いたく……この仕事をしたくないらしい」
なのはの質問に対してDr.トーマスは辛そうな顔で答える。顔を義手となっている右手で抑え下を向いていた。なのはは震える手でその封筒から紙を取り出して中身を見た。
『オレはもう戦えない。もうそろそろ潮時だと思うんだ。あとは、若いやつらに任せて、オレは隠居に入ろうと思う。後は、任せたぜ』
だいたいそんな感じのことが書いてあった。なのはは震える手でそれをゆっくりと机の上に置いた。
「どどど、どうしましょう!?Dr.トーマスさん!」
「どうしよう。と言われてもね……マコト君が決めたことなら、僕から言えることは何もないよ」
Dr.トーマスがそう言うとなのはは気づいた。これが仕事であると。仲良しこよしのお遊びではなく、仕事なのだということを今更ながら実感した。
「……マコトは……」
「カ、カナエさん!!」
ゆっくりと、しかし、それでもしっかりとメガネをかけた少女。カナエが歩いてきた。そして、退職願と書かれた紙を拾い上げた。そして、目の高さでビリっ。と、破いた。
「マコト、あいつは必ず帰ってくる。なぜなら……」
そこでカナエは言葉を止める。帰ってくる理由は、それはとても残酷だからだ。しかし、そんなことにはなのは達は気づかず、そっと胸をなでおろす。
「カナエさんがいうなら、確実ですね!あとすいません……今日少し用事あるから、もう帰ってもいいですか?」
なのはが自分を褒めるとカナエの胸の奥がチクリと痛む。しかし、悟られないように、カナエは顔を伏せた。それを知ってかしらずか、なのはは嬉しそうに研究所から出て行った。
「なのはくん。今日はお母さんと一緒に買い物に出かけるらしいよ」
そうDr.トーマスに言われたカナエはそう。と、弱々しく呟いて、ストンと、椅子の上に吸い込まれるように座る。ふぅ。と、息を吐き出す姿は、子供のようには見えず、むしろ、何十。何百も生きてきたもののように見えた。
「未来は……残酷すぎる。ゆえに……見たくもなる」
彼女が願う未来は、そして訪れる未来は、相反していることに、彼女は気づいていた。
◇◇◇◇◇
さて
一方なのはの方だが。Dr.トーマスには母親と買い物と言ったが、実際は違くて、マコトを探していた。いつか帰ってくるとは言われても、なのはは今すぐマコトに会いたかった。
しかし、今は平日の夕方。こんな時間に一番いそうなのは、自分の家だろうが、マコトの家をなのはは知らない。しかも、彼女がよくいきそうなところもわからない。
(意外に、マコト先輩の事知らないんだなぁ……)
そう考えながら、なのははキョロキョロと周りを見渡す。いつかの日か、マコトと一緒に走った公園に来たが、そこにもいなくて、少しどうしようかと考えつつベンチに座る。
そうだ。と一言呟いてなのはは近くの自販機でスポーツドリンクを買って飲んでみる。そういえば、ここに来た時も、マコトはこれを買ってくれた。マコトはお金を他人のために使うのはあまり良しとしない。と、カナエにあとで聞いた。
「本当に……マコト先輩ってすごい人なんだなぁ」
いなくなって気づくとは、まさにこのことか。なにやら目的があってお金を貯めて、しかし、すぐに全部なくなるらしいが、そんな人がおごるというのはすごいことだと、なのはは改めて実感する。
「さて、また探しに行こうかな」
大きく伸びをして、その公園から出て行く。しかし、もう日が暮れ始めていた。そろそろ帰らないと親が心配するかもしれない。いや、するだろう。
そんな時、少しお腹が空いてるのに気付いた。丁度いい。家族に何かお菓子でも買って帰ろう。と思いながら、近くのスーパーに足を運んだ。
お菓子コーナーに行き、いろんなお菓子を手にとってどれを取ろうか迷いはじめる。しばらく迷って小さなチョコがたくさん入ったお菓子を手に取る。
そんな時だった。何か見覚えがある人影を見つけた。なのはは少し気になってその人影を追いかけて歩く。
「あっ……」
「……あ?」
そこにいたのは、ジャージを着て、しかも、いつものように赤い髪を大きなポニーテールにしている、そして、一番会いたかった、買い物かごをもった一人の少女。
「マ、マコト先輩!」
「なのはか……たくっ。めんどくさいことになったな……」
そう言いながら頭をぽりぽりとマコトはかいた。なのははちらりとマコトの買い物かごを見る。そこにはもやしとひき肉と、そしてなぜあるかわからないが、高そうな肉が何十枚も入っていた。
「えっと……そうだ。なぜやめたんですか!」
なのははそう言ってマコトの肩を掴んで揺らす。マコトの方が背が低いので、揺らしやすいのかグラグラとしばらく揺らされるが、マコトはパシンと、なのはの手を握って、止めた。
「やめたもんは、やめたんだ。あまり、関わらないでくれないか?」
そういって、冷たい視線でなのはを見た。なのははピクリとしてしまい、離れてしまう。それを見てマコトは帰ろうと足をレジへ向けた。しかし、なのはは少し迷った後、マコトを追いかけに小走りで近付いていった。
「あぁ?なんだ、オレにもう関わるっていっただろうーーー」
「いやです!」
そのとき、始めてなのははマコトの言葉に意見を出した。その時の瞳は、マコトは見たことない瞳で、マコトは少し考えて大きくため息をついた。
「……そうだ、オレの家に来るか?」
「は、はい!!」
マコトは諦めたようにそういって、なのはは嬉しそうに小さく跳ねた。
◇◇◇◇◇
「はーい、みんな大好きハキーカさんだよ〜」
場面は切り替わり、マイクを持った紫髪の長身の男性。ハキーカがそういってどこかに向かって手を振る。
「えっとね。今回は僕様達が住んでる場所をすこーし説明するよ。ふふふ。別に文字稼ぎとかじゃないからね」
何かに言い訳するようにそういってふふふと笑い、歩き始める。
「僕様達が住んでるのは、まぁ、内装は殆どお城のようなものと思ってくれていいよ。洋風の、ね」
そういってマイクを左右に振りながら歩く。道は赤い絨毯がひかれており、それはふわふわとしていて、妙な高級感があった。
この世界も誰かが見てる夢であるのだが、いったい誰が見てるのか、実際誰にもわからない。
「どこかに、この夢を見てる人がいるはずだけどね。さぁ、誰でしょう」
そして、一階の奥までくると、大きな鉄のような扉があった。そのから何か少女の声が鉄の扉越しに聞こえてきた。
「ここには、妹様。ソンジュ様が幽閉……ゴホン。住んでるんだ
よ。少し命の危険を何度も感じるけど……基本はいい子だよ」
そう言うと、その鉄の扉に何か金属がなんどもぶつかる音が響いてきた。ハキーカは怖い怖いと言いながら少し後ろに下がる。どうやら扉の向こうから、ハサミを投げ飛ばして殺そうとしたらしい。
ハキーカはそのまま後ろ向きに歩きそこからゆっくりと歩きながら離れていく。するとドンと誰かにぶつかった。
「いたた……」
「おや、この紫髪で、目が隠れるぐらいに髪を伸ばしてるのは、僕様が愛するしつじくんじゃないがあぁぁあぁ!?」
「変なことを言うな!気持ち悪い!!」
尻餅をついてい少年。しつじくんは、立ち上がりざまに、ハキーカのみぞおちを思い切り殴り飛ばした。ハキーカは腹を抑えながらうずくまる。
「たくっ……同性から愛してると言われて嬉しいと思う奴はいねぇぞゴラ」
そういってしつじくんはそそくさとそこを立ち退いていった。すこし、軽蔑の視線を向けられていたが、ハキーカは気にせず。というか、そもそも下を向いてうずくまってたので気付けなかった。
「ま、まったく……恥ずかしがり屋さんだねぇ……」
そうつぶやいても、もうそこには誰もいなかった。仕方なくハキーカはひ鳩尾のあたりを抑えながら、ゆっくり立ち上がり、またゆっくりと歩き始めた。
しばらく歩くと、また扉が見えてきた。そこはハキーカがよく入り浸っている図書室のようなもので、なぜかは知らないが色々な本が置いてあった。
「……おや」
「……貴様か」
ハキーカが扉を開けると、そこには赤い髪で赤いドレスに身を包んだ強気な女性。レーヴが椅子に座って本を読んでいた。しかし、ハキーカが来たことに気づき本をパタンと閉じて、少し不機嫌そうにその場から離れようとした。
「……まってよ、少し僕様とお話しない?」
しかし、ハキーカはレーヴを呼び止める。レーヴはピタリと足を止めて、それを見たハキーカは笑いながら、いつものように、変わらない笑みを浮かべて口を開ける。
「ねぇ。そろそろ、君がやりたいこと、目的……そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「……教えてなんのメリットがある?」
「怖いなぁ。そんなに睨まないでよ……メリットね。デメリットもないと思うから、教えておいて損はないと思うよ?」
そうハキーカはいうと、ゆっくりとレーヴに近づいてきた。足につけてるおもりの鎖がチャラチャラとなっていて、レーヴは鬱陶しそうに目を細めた。
「私は、簡単に言えば……現実世界でも、活動をしたい。私だけじゃない。ソンジュや、しつじくんもだ……そのためには力。いや、エネルギーが必要なんだ。無限睡眠症候群は、そのエネルギーが一番多く得れる。と、教えられた」
「教えられた?……ふぅん。まぁ、いいや。わかったよ、ありがとう……じゃ、僕様は少し用事が……あ、そうだ」
そう言ってハキーカはまたどこかわからないところに手を振ってまた今度〜と間延びした声で喋り、その部屋から出て行った。その姿をレーヴは見ていて、そのあと、ため息をついてまた本をペラリと読みはじめた。
◇◇◇◇◇
「……ここが、オレの家だ。時間も時間だ、飯。食うか?」
なのはは、マコトに連れられて木造の古い家に案内されていた。見た感じ大きくて、二階の窓があるのが見えた。
そして、マコトがただいまーと言いながら、扉を開ける。すると居間の方から小さな子供が四人ほど顔をのぞかせた。
「おかえりマコトねぇーちゃん!」
「今日のご飯は何〜?」
「あれ、お友達?」
「いらっしゃいいらっしゃい!」
どうやらその子供たちは、マコトの妹と弟達で、長男、次男、次女に末に妹といったところか。そしてその子達は、なのはとマコトをリビングへと案内した。
「ま、何もねぇところだが、ゆっくりしてけ……あ、親には連絡したか?」
「は、はい。もうさっき連絡しました」
それを聞いてマコトは安心したようにそうか。と呟いた。しかし、なぜかどこか悲しそうに見えた。
「マコト姉ちゃん!ホットプレート持ってきた!!」
「お!でかした!よっしゃ、今日のご飯は〜!!」
そうマコトがいうと、子供達はご飯はー!!と楽しそうに叫んだ。なのはも小声で、同じように叫ぶ。と、マコトがにこりと笑って袋からもやしとひき肉を取り出した。
「今日は、もやしパーティーだ!!」
そうマコトがいうと、まさしく狂喜乱舞。というようにマコトの弟達がワーワー叫び始める。なんか、いつもと違うマコトが見えて、なのはは少し新鮮に見えた。
そのあと、ホットプレートでもやしとひき肉を炒めてしょうゆを少し垂らして蒸す。そして、しばらくしたあと蓋を取る。
そして部屋いっぱいに広がる、もやしとひき肉。そして醤油の香り。素朴だが、とても食欲をそそる匂いでなのはのお腹がグゥとなった。
「いただきます!」
マコトがそう言うと、弟達もいただきますと叫ぶやいなや、一気に箸を突き出して、まるで餌に群がる動物のようにガシャガシャと食べていた。
なのははその場に座ることしかできなくて、箸を伸ばそうにも何か見えないバリアが貼ってあるかのように、弾かれてしまい、箸を伸ばすことができなかった。
「あっ、いつの間にか……」
しかし、マコトが気を利かせてか、なのはの分のもやし炒めを取り皿に入れてくれてたので、なのはは特に困ることはなかった。
(しかし、マコト先輩……なんか、とっても楽しそう……本当に、家族が好きなんだろうなぁ)
なのははそう思うが、何か違和感を感じた。しかし、それを口にしたら何かが終わってしまいそうで、何も言えなかった。とりあえず今は美味しいもやし炒めを黙々と食べることに全力を費やしていた。
そしてご飯を食べ終わり、しばらくしたあと、マコトの弟達はコテンと居間でいきなり寝始めた。マコトは後片付けをはじめており、なのはは手伝おうとするが、マコトに客人は何もするなと言われたので大人しく座って待っていた。
「あ、マコト先輩。お手洗いはどこですか?」
「あ?……あー、居間でて玄関のすぐ近くにある。ま、チビどもがトイレとかいう紙を貼ってるからすぐわかるだろ」
なのははその言葉通りに移動し、トイレを済ました。そしてすぐあることに気づく。念のためと、周りをキョロキョロと調べたが、あるはずのものがなかった。
「ここ……どこにも階段がない?」
なのははそう言う。外から見たこの家は、どう贔屓目に見ても二階の存在はあるのが普通であった。しかし、どこを見ても、階段がなく、壁しかなくて、なのはは言い知れぬ何かを感じていた。
「……探し物は、なんですか?」
「マ、マコト先輩……」
突然マコトから声をかけられてびくりと体をこわばらせた。マコトは頭をかきながら、何かブツブツと喋っていた。
「まぁ、階段がないことに必ず気づくとは思ってたがな……しゃーねぇか。ほら、ついてこい。教えてやるよ……オレが辞めた理由を」
そう言ってマコトはポケットから何かリモコンのようなものを取り出して、ピッと、ボタンを押した。すると、天井がゴワンとうごいて、そこから階段がゆっくりと現れた。
その階段を迷いなく登るマコトをみて、なのはは慌てながら、マコトを追いかけていった。
しばらく階段を上がると、目の前に大きな扉が見えた。それはこの木造の家とは不釣り合いなほど、西洋な作りで、例えるなら、お城のような扉であった。
なのははその扉をじっと見ていたが、やがて、マコトがいつの間にかいないことに気づく。どこかに行ったのだろうか。
すると、後ろからコツンと足音が聞こえてなのははそこに視線を向ける。そこには何か大きなお皿の上にステーキを乗っけてマコトが立っていた。しかし、なのはは思わず二度見をしてしまう。それもそのはずマコトの格好が変わっていたからだ。
「行くぞ、なのは……」
「えっ、は、はい!」
マコトの格好は、白いメイド服だった。肌も化粧か何かで褐色な肌を抑えており、どこか上品な気配すら感じていた。
「……ご主人。ご婦人。私です。メイです……料理をお持ちしました」
(敬語!?!?私!?!?い、いやそれ以前に気になるところが……)
なのははマコトの言葉遣いが変わった所が気になるが、それ以上に自分のことを私と呼んだのが気になった。いつもはオレと呼ぶのに……
扉の向こうから入れという声が聞こえてきた。マコトはガチャと扉を開けて部屋の中に入って行った。なのはもそれを後ろから追いかけていく。
その部屋は、金の装飾品やらが多く、まるでお話に出てくるような、お金持ちの部屋のような感じであった。そして大きなベッドの上には、人間のようなものが二ついた。
「おっそいわよ〜!!早く食事をよこしなさい!!それと、お金!!」
突然、女性がそうヒステリックに叫ぶ。マコトは何も言わず、ステーキとお金が入ってるであろう封筒を差し出した。
しかし、その女性はその封筒をパシンと払った。マコトは視線だけで、その封筒を追った。
「何よこの封筒!お金?一万円ぐらいしか入ってないでしょ!!いや、千円……とにかく全然入ってないわ!!」
そう叫ぶ女性を見ながら、なのはは封筒を慌てて拾い上げる。中に入ってたのは、何十枚もある一万円札であり、パッと見五十万ぐらいはありそうであった。
「まったく!あなたは全然使えないわね!せっかく雇ってるのに、まともにお金の配達もできないの!?」
「すみません……すみません」
「すみませんで済む話じゃないわ!!」
まるで機械のように繰り返して謝るマコトに、罵声を浴びせ続ける女性の姿を見て、なのはは思わず何か文句を言いそうになる。しかし、それよりも先にその女性の隣にいた男性が、女性の肩を掴んだ。
「やめなさい。そう罵声を浴びせても何も変わらない」
そう、男性は穏やかに行ってベッドから動いてマコトの前に立つ。マコトはその男性の顔を見上げていた。
パシン
「こうやって、暴力でわからせないと」
軽い音が聞こえたかと思うとマコトが頬を押さえて倒れていた。一瞬なのはは意味がわからなかったが、男性がマコトの頬を叩いたというのがわかった。
マコトはしばらく固まっていた。男性はそれを見て今度は足を振り上げてマコトの腹を思い切り蹴り上げる。
カエルが潰れたような音が聞こえてマコトは後ろに倒れる。腹を抑えて痛みをこらえてるようだ。
「今回はこれで勘弁してあげるから、早く出て行け」
「…………はい」
弱々しくマコトはそう呟いて部屋から出て行こうとなのはの手を引っ張り歩き出す。その人間らしきものはベッドの上でまた眠り始めたなのはマコトの後ろ姿に、哀愁を感じていた。
◇◇◇◇◇
「えっと……」
なのはは着替えを始めているマコトに向かってなんて声をかければいいかわからず、少しどもった。マコトはジャージに袖を通してなのはの方を向く。
「わかったか?我が家は金がいるんだ」
「え、でも、それならなおさら……」
なのははマコトに反論しようとした。そうだろう。ドリームダイバーの給料は、かなり多い。なのでやめる必要はないのではないかというなのはの疑問。それに対してマコトの答えは一言で済んだ。
「戦えねぇんだ」
マコトはそう呟いて床に座る。マコトがなのはを見上げる形になり、マコトはまた口を開けた。
「オレさ、この前戦った時……身体の震えが止まんなくてよ……もう、何もできねぇんだよ。情けねぇんだよ……だから、オレは退職をするだけだ」
マコトはそう言って下を向いた。その時、マコトが少し震えてるのをみて、なのはは思わず手を差し出しそうになる。が、マコトはそれを良しとしないように、その行動を止めるようにまた口を開けた。
「さっきのはオレの母さんと父さんなんだ……昔さ、オレがまだまだガキだった頃、二人が無限睡眠症候群にかかっちまってよ。その時おっちゃんとカナエにあったんだが……まぁ、治療費をゼロにする代わりにオレがドリームダイブして、治したんだ。でも、遅すぎたんだろうなぁ。もう夢と現実の区別がつかなくなってよ……多分、金が集まる夢とか見てたんだろ。金を求めて……そしてオレのことは、上品なお嬢さんって思ってるらしい。そんなのオレにはあわねぇだろ?だからオレはメイド服とか着て名前も変えて……別人を演じてるのさ」
「で、でも……どうやってお金を稼ぐ気ですか!?」
次の疑問。それの答えはもう用意してたらしくマコトはするりと口から言葉を出す。
「オレってこう見えても小学生だ……世間にいるらしいな。こういう小学生がいろんな意味で好きなやつ。つまりは、身売りってやつさ」
マコトはそう言って自嘲気味に笑う。そう笑う姿は、とても痛々しくなのはは思わず目をそらす。マコトはもういいだろうというようになのはに帰れと声を投げる。なのははしばらく悩んだ後、わかりましたと一言言った、そして帰ろうと後ろを向きながら。
「でも、絶対また説得しにきますから……大和田さん」
「……返事はかわんねぇよ。大沢さんよ」
なのはは涙をこらえながら、ではまた。と一言言って、早足にそこから出て行った。マコトはその後ろ姿をなるべく見ないようにして、後ろに倒れこむ。
「全く……ほんと、あいつはいいやつだ……いいやつすぎて眩しすぎて……」
マコトはそう呟いて軽く目を閉じる。明日からどうしようか。身売りするとは言ったが、どうすればいいのだろうか。
そんな時、コツンと階段を上る音が聞こえた。マコトはなのはがもう来たかと思い少し目を開けてその音が聞こえる方に、帰れと一言投げかけた。しかし、その声に応えた声はなのはの声ではなく。
「ふーん。ここってこうなってるんだねぇ……面白いね、いろんな意味で」
「テ、テメェ……!!ハキーカ!?」
紫髪の長身の男性。ハキーカが、そこに立っていた。マコトは思わず立ち上がり、臨戦態勢を整える。ハキーカは笑いながら怖い怖いと言い、手をフリフリと、ふりながら、口を開ける。
「僕様は神出鬼没だから、どこにでも現れるよ……さてさて、マコトくん?だっけ。話があるんだ」
「オレはテメェと話すことなんざねぇよ……帰れ……!!」
「ははは。いやだ」
そうハキーカが答えると、マコトは目を見開き一気に駆け出し拳を突き出した。ハキーカはその拳をパシンと受け止め、ふふふと笑う。その笑顔は、どこか恐ろしくみえてマコトは思わず、ヒッ。と小さい悲鳴を漏らす。
「しかし……今の会話……なのはちゃんに黙ってるところがあるでしょ?」
「はぁ?何言ってーーー」
マコトがそこまで言うと、ハキーカは顔をマコトに一気に近づけた。マコトは恐怖で離れようとしたが、ハキーカの力は意外にも強かった。
「戦えないからやめる……ねぇ?ふふふ……」
「な、何がおかしい?」
「違うよね?君が戦いをやめた理由……簡単。怖いは怖いでも……君が怖がってるのは、なのはちゃん。だね」
そう言われてマコトはびくりと体を強張らせて、何のことだ?と先程より震える声でそういう。あまりにも滑稽なその姿は、ハキーカの笑みがまたいっそうと強くなった。
「強くありたい。それが君の願いでしょ?でもどうだろう。なのはちゃん……彼女は、だんだんと力をつけてきて、自分はすぐに追いつかれてしまう……ふふふ。強くなれないんだ」
「そ、そんな理由で……」
「そんな理由!?いいや、君にとっては大きすぎる理由でしょ!!」
そう突然大声でハキーカは喋り始める。マコトは耳を塞ぎたくなったが、いつの間にか両手を強く握られており、手を動かすことができなかったため、ハキーカの言葉がするんと、耳の中に入ってきてしまう。
「だから、君は別のステージを選んだ……でも、僕様ならもっといいステージを用意できるんだけど、ね」
マコトはもう頭が回らなくなり始めていた。だからこそ、ハキーカの声を聞いてしまった。それをわかっているハキーカはまたふふふと笑ってマコトの耳元に顔を近づけた。そして、優しい声でこういった。
「グッドナイト……いい夢を」
「……ひゅう。怖い怖い……」
マコトは糸が切れた人形のように眠りに入った。しかし、眠りに入る前。マコトは最後の力を振り絞りハキーカの腹を殴り飛ばした。倒れこんだハキーカは自分の腹をさすり、マコトを担ぎその部屋から出て行く。
「殴られたのは今日で二回目だね……ふふふ。ま、いいや。とりあえず運ぶか……ここにいたら、色々と面倒だからね」
ハキーカはそう言いながら、マコトを運び、そして一階に降りて敷いてある布団の上にそっと置いた。
「レーヴお嬢様にもあるように、僕様にも目的はあるんだ……と、いってもこの目的が達成されるのかどうかは、僕様次第。かな」
最後の方はまるで他人事のようなトーンでハキーカはそう言って、マコトの家から出て行った。チャラリと音を鳴らす重りが、その日はいつもより重く見えた。
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【次回予告】
「マ、マコト先輩が!!」
「何でござろうか……この夢は」
「私の将来の夢は!!」
「この手を掴んで……!!マコトちゃん!!」
【次回:11話 マコトの真実 後編】
次回に続きます