デス・カイザーと朝会
翌朝。俺は鳥の声で目が覚めた。
……いや、正確には違う。
鳥のような透き通った声に起こされた。
「おはようございます、デス様」
「――うおっ!?」
跳ね起きる。
視界に入ったのは、俺の顔を覗き込むようにしている青い瞳。宝石のように透き通った瞳だった。
「ええと……レイラ、だったな」
「はい。あなたのレイラです」
この子、意味わかって言ってるのか?
だとしたら朝からフルスロットルだ。
「……なにをしているんだ?」
「デス様の起床を待っていました」
戸惑う俺とは対照的にレイラには一分の乱れもない。
とはいえ「落ち着いている」のは態度だけで、相変わらずボロボロの布をまとっていて、そちらは安心とは言えない。
彼女はスレンダーに分類されるだろうが、布切れで隠すには限界があるのだ。
「とりあえず、明日からは起こさなくていい」
「……なぜですか? 私に不手際があったのなら――」
「ない!」
朝っぱらから声を張ったせいで咳き込んでしまう。
「デス様! いかがされましたか!?」
レイラが身を乗り出し、俺の身体をペタペタと触診する。
なにをやってるんだとツッコミたいが、その目は真剣そのものだ。
「いや、ただ咳き込んだだけだ。心配をかけたな」
「そうですか……良かったです。毒を盛られたのではないかと……」
治安悪すぎるだろ。
「では、話を戻しますが……なぜ明日からデス様を起こさなくて良いと?」
「単純に、自分で起きれるからだ」
この世界には目覚時計なんてなく、鳥のさえずりがそれに当たる。
もう慣れきっているのだ。
今さら人の声で起こされるなんて――それも女性の声だなんて驚くに決まってる。
横を向けば整った顔もあるわけで。
だから目覚まし役は辞退してほしいのだが、納得いかないとレイラの顔に書いてある。
「ですが……デス様の朝のお世話をするのは奴隷の役目です」
「朝のお世話って……」
言葉選びにいちいち引っかかってしまうのは、俺の心が汚れているからだろうか。
「譲れません」
「そう言われてもなぁ……」
対応に困り果てていると、レイラの青い瞳がわずかに潤んでいるのに気づいた。
この表情は知っている。続けるとどうなるのかも。
「……分かった分かった」
「……?」
「起こしていい。朝に声をかけてくれて構わない」
「……本当ですか?」
一瞬で表情が明るくなる。
感情表現の乏しい子かと思っていたが、案外、年相応なようだ。
「あぁ。ただし――」
「はい」
「もう少し離れようね」
「……善処します」
絶対分かってない。
それでもレイラは満足したらしく、ぴしっと背筋を伸ばした。
「では、これからもデス様の朝をお守りさせていただきます」
「守らなくていいから、普通に起こすだけでいい」
「承知しました」
一件落着。今日から本格的なギルド運営ということで、出鼻を挫かれてしまった感はあるが、とりあえず身支度を整えようとベッドから立ち上がった。
「――デス、いつまで寝ている」
低い声が寝室に響く。
入口に立っていたのは銀髪の長身。
腕を組み、壁にもたれかかるように立つクレイドだった。
「……いつからいた」
「起床の気配を感じたあたりからだ」
「最初からじゃねぇか……」
レイラが一歩前に出る。
「……デス様を起こす役目は私のものです」
「知っている。そんな格好でも、俺に起こされるよりは目覚めもいいだろう」
「では――」
「だが、主が起きる瞬間にこそ危険が潜む」
さらっと物騒なことを言う。
「不意打ち、奇襲、毒――」
「やはり毒には注意が必要」
「……全部想定しなくていい」
俺が遮ると、クレイドはわずかに口角を上げた。
「安心しろ。今日は何も起きていない」
「昨日も明日も起きない」
「それは結果論というやつだ」
会話が成立しているようで成立していない。
「それで……何の用だ」
「……? 朝会だろう」
当たり前ですよね? という顔をしている。
レイラが首を傾げる。
「朝会とは、何をするのですか?」
「主の一日の方針を確認する」
「なるほど……」
「それと」
「それと?」
「昼食の有無を確認する」
真顔で言うな。
「……なぜ昼食なのですか?」
「仲間と語らう時は大切だろう。朝食は摂らない者もいるが、昼食ならば摂らぬわけにもいかない。その日の活力に繋がるからな」
クレイドって昼飯の話する時だけ言葉数が多いよな。
ご飯大好き人間なのか?
「よって同席が望ましい。デスが毒を喰らう可能性も……まぁ、これほどの男なら毒など跳ね除けてしまうだろうが、念には念をだ」
「なるほど……」
「それに、美味い店の共有も欠かせない。知っているか? ログレア南の武器屋の裏には、知る人ぞ知る名店がある」
「ぜひデス様に食していただきたいです……!」
「あぁ、今度連れて行かねばな」
二人とも頷いている。妙に息が合っているな。
やり取りを眺めていると、外から聞き慣れた声がした。
「おはようございます! レイラが戻ってこないと思えば、さっそく可愛がってくださっているようで! 流石はデス様です!」
扉が開き、ボズがにこやかに顔を出す。
彼の視線が俺へ向き、レイラへ向き、そして――クレイドとぶつかる。
「……」
「……」
数秒の沈黙。
「……デス様」
「どうした」
「そちらの方は……?」
言葉は丁寧だが、額にうっすら汗が浮かんでいる。
確かに、職場に昨日までいなかった銀髪イケメンが生えていたらビビるよな。
だが、なんと説明したものか。
「ええと……昨日たまたま拾ってな。魔王軍幹部だと嘯いているが、気にする必要はない」
「ふっ、手厳しいやつだ。だが、そこがいい」
別に俺、君のロールプレイに乗ってあげてるわけじゃないからね?
「な、なるほど……新しい戦力ということですか。それにしても――」
ボズは冷や汗を流しながら言葉を続ける。
「たった一晩で魔王軍の幹部を、それも幹部最強と謳われる暗黒騎士を虜にするとは……」
「ん? なにか言ったか?」
「……私は未だ、あなた様の力を見誤っていたようでした。出自や過去に関係なく同じ志を持つ者を迎え入れる器の広さ……見事です」
「は、はあ……」
ボソボソ何かを言っていると思ったらいきなり褒められた。
自分の番が来たと感じたのか、クレイドはボズに手を差し出す。
「クレイドだ。元魔王軍幹部にして暗黒騎士。朝食は焼き魚定食」
「これはどうもご丁寧に。私は――」
「死の奴隷商人・ボズだろう。知っているさ」
「光栄ですな」
ボズは表面上は笑みを浮かべていたが、どこか警戒しているようだった。
「安心しろ。今はデスに仕える身だ。お前に剣を向けるのはデスに剣を向けるのと同義。俺が一片も残さず切り刻んでやる」
「心強いです。私の朝食はパンでした」
固い握手。安心できる要素が一つもないだろ。
レイラは少し首を傾げてクレイドを見上げていた。
「……強い人なんですね」
「そうだ」
「なら、今度戦い方を教えてください。デス様を守れるように」
「面白い。剣は一振りでも良いが、懐刀も必要だろう。……なるほど、デスはそれも見越していたわけか」
全然違うんですけどね。
俺は咳払いをした。
「……とにかくだ。このまま雑談を続けていると日が暮れる。集まったからには話さねばならないだろう」
「了解した」
「承知いたしました!」
「……はい」
全員が頷いてくれる。
「まず確認だ。ここは冒険者ギルド『幸せの森』だ」
「そのような名前らしいな。その意図だが――」
「あぁ、それに関しては後ほど、私から説明いたしましょう。デス様の崇高な精神を余すところなく」
「助かる」
平和な村を作りましょう、で事足りるんだけどな。
俺以外のメンバーは思い込みが激しいきらいがあるし、拗れても厄介だ。説明はボズに任せておくか。
「次に、俺はギルドマスターだ。王でも軍の司令でもない」
「だが俺たちの主ではある」
「……そうです。私のご主人様」
「我々を導いてくださる方ですな」
「…………基本的に全てを穏便に済ませる。極力、人を殺したりはしない」
「善き方針だ。罪なき者を殺すのはたくさんだ」
ボズがそっと手を挙げた。
「では、当面の目標は?」
「実績作りだ」
「実績……ですか」
「健全な依頼を受け、ギルドの評価を上げる」
危険な依頼を受ける必要はない。
隣街への護衛とか採取とか、軽いものだけをこなしていく。
それでも生活は豊かになっていくのだ。
まずは依頼を通じて方向性を理解してもらう。
「というわけで、今日は全員で依頼を受けに行く」
「全員で、ですか?」
「……ふっ、俺たちを試しているんだろう。依頼からなにを読み取るのか、常にお前に見定められているわけだ」
ただの顔合わせです。
言うに言えず、その間にレイラが小さく手を挙げる。
「……私も行った方が良いですか?」
「留守番でもいいぞ」
「行きます」
短い返答だったが意思は固い。
「よし。じゃあ決まりだ」
俺は深呼吸した。
そして俺たちが受けることになる依頼というのは商人の護衛。
だが、今思えばこの時から始まっていたのだ。
気付くべきだった。このギルドが進むべき道が、早くも逸れ始めていたのだと……。
クレイドをカッコいい男にしたいのに面白男になっていく…
少しでも面白いと思ってくださった方はブクマ、評価等お願いいたします。
どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。
Xもフォローしていただけるとモチベ上がります!




