エピローグ
邪竜を討ち、俺たちはメルダ村へと下りていった。
瘴気の晴れたドゥーダ山は嘘のように穏やかで、あれほど淀んでいた空気が澄み、枯れていた斜面には、気の早い下草が、もう緑を覗かせている。
呪いが解けたのだと、山そのものが告げているようだった。
そして、村の入り口が見えてくると——
「——帰ってきたぞ! デス様たちが、邪竜を倒して、帰ってきたぞーッ!」
見張りの若者が声を張り上げた。
次の瞬間、村中から人が溢れ出してくる。
老人も女房も子供も、皆が涙を浮かべ、俺たちの元へと駆け寄ってきた。
「よくぞ、よくぞご無事で!」
「山の瘴気が晴れた時、私たちは顔を見合わせて涙を流しました……!」
「ありがとう、ありがとうございます、英雄様……!」
行きに見送られた時も大層なものだったが、さらに比べ物にならない熱狂っぷりだ。
俺は何もしていない……というか、一度死んだはずなのに、村を丸ごと救った英雄ということになっている。
「あ、あの……俺は別に……」
人々を宥めようとしていると、人ごみの中から、見覚えのある老婆が進み出てきた。
俺は彼女の前に膝を折る。約束を果たさなければならない。
「お婆さん、お婿さんのことだが……」
山の上で見たことを、俺は静かに伝えた。
あの館に、姉妹の他に生きている者はいなかった、と。
慰めにもならない話だ。
だが老婆は、皺だらけの顔をくしゃりと歪めて、何度も頷いた。
「……そうかい。あの子は、もう……だが、あんたが弔ってくれたんだね。元凶を退治してくれたんだねぇ……」
老婆は俺の手を取り、額を押し当てて静かに泣き始める。
俺は何も言えず、その手を握り返すことしかできなかった。
・
村での騒ぎが一段落すると、俺たちはログレアの街外れにぽつんと建つ、小さなボロ小屋へと戻った。
壁板は隙間だらけで雨漏りもするが、なんだか酷く懐かしい気分だ。
あんな、人智を超えた相手を前にしていたのだから、それも頷けるか。
狭い部屋に、幸せの森の面々が上がり込んでくる。
ボズ、クレイド、レイラ、シュカ、そして——救い出されたリーシャとリーシュ。
人数分の椅子などあるはずもなく、床に車座になる。
「では、あらためて」
ボズがにこにこしながら口を開く。
「リーシャ様、リーシュ様。ようこそ、我らがデス様の治める『死合わせの森』へ」
姉妹が揃って頭を下げる。
姉妹はもう、痩せ細って怯えた少女ではない。
血色を取り戻した頬に、少しだけはにかんだような笑みが浮かんでいる。
「私はリーシャといいます。至らないところばかりですが……デス様のために、この身を尽くします」
「妹のリーシュです。姉と一緒に、デス様に全てを捧げます……ふふっ」
どちらも——特にリーシャの方は——第一印象よりもかなり上品だな。元は高貴な生まれなのかもしれない。
「……好きにしてくれ。ただし、もう誰にも縛られる必要がないということは、理解しておいてくれ」
俺がそう言うと、姉妹は顔を見合わせて、花が咲くように笑った。
「……はい。ありがとうございます」
シュカがすかさず身を乗り出す。
「ふん。まあ、後から入ったからには、あたしが先輩というわけだ。忍びの心得をみっちり仕込んでやろう」
「……シュカも、こないだ拾われたばかり」
「レイラ、余計なことを言うな!」
いつものやり取りに、姉妹がくすくすと笑い声を漏らす。
クレイドは我関せずと、どこからか取り出した茶菓子をつまむと、レイラは食い入るように所作を眺めていた。
狭いボロ小屋が、いつになく賑やかだ。
こうして、俺が隠居のために設立したギルドは、またもや実態を得てしまうことになった。
死の奴隷商人だけじゃない。魔王軍幹部に忍、(元)呪いの姉妹まで抱えた、どう見ても訳ありの集団になっている。
おまけに邪竜まで討ってしまったとあれば、平穏とは正反対の方向へまっしぐらだ。
俺は、隙間風の入る天井をぼんやりと見上げた。
(……まあ、悪くないか)
畑も鶏も、まだ手に入っていない。
理想の隠居生活は手の届かない場所にある。
だが、くだらないことで一喜一憂し、俺を慕ってくれる彼らを眺めていると、これはこれで悪くない気がしてくる。
柄にもなく、そんな風に思えた夜だった。
・
デスがヴィシャンテを討伐して、しばらく経った、ある日。
ログレアから遠い国の玉座の間で、一人の若者が跪いていた。
磨き抜かれた鎧をまとい、腰には聖剣が収められ、伏せた顔には迷い一つない。若き正義の光が宿っている。
国が誇る選ばれし勇者——アルドだ。
「アルドよ」
玉座から、老いた王が重々しく声をかけた。
「近年、魔王の力が増し、辺境の乱れは日ごとにひどくなっておる……もはや猶予はない。そなたに、魔王討伐の勅命を下す!」
「——はッ! この命、王国のために!」
アルドが深く頭を垂れる。
その所作には一片の気負いもなかった。
魔を討ち、民を守る。
生まれた時から、そのためだけに剣を握ってきたのだから。
「ですが、陛下」
顔を上げ、アルドは静かに続けた。
「魔王城へ向かう前に、討たねばならぬ相手がいるかと」
「……ほう?」
「近頃、辺境で急速に力を伸ばす危険な集団があるとか。死の奴隷商、魔王軍を抜けた暗黒騎士、素性の知れぬ忍を従え……先日はついに、あの呪竜ヴィシャンテの力までも我が物にしたと」
「そのような存在が……!?」
ざわざわと、周囲からも驚きの声が上がる。
「……死合わせの森という組織。率いるのは、デス・カイザーと名乗る、得体の知れない男です」
玉座の間の空気が張り詰めていく。
ただでさえ魔王軍に手を焼かされているというのに、新たな勢力が台頭してくるとは。
「おそらくは、デスも魔王軍の者だったのでしょう。魔王と潰し合う可能性も否定できませんが……仮に、両者が手を取り合ったなら……」
アルドは聖剣の柄に手を添えて立ち上がると、この場にいるすべての者に聞こえるように言い放つ。
「私は勇者として、奴らを……この手で討ちます」
ということで、今後は勇者にも狙われることになってしまったデス様。果たして無事に平穏な生活を手に入れることができるのか?
ですが、あまりに伸びないため完結です。
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