心の高鳴りはいつでも初体験なのです
「私が好きなのは…今私の目の前にいる人です…」
声は届いただろうか。自分の顔に熱が集まっているのはわかっているからこそなかなか顔をあげられない。視線だけで彼を盗み見ると、彼もまた同じように顔を赤く染めていた。
もうお気づきだろうがお伝えしたい。いや誰にお伝えするのかって感じだが、現状を整理するためにもお伝えしたい。
本当に私たちは初心なのだ。
最近の漫画は告白の返事の代わりに抱き締めたりとかそれ以上のことをしちゃったりするが、無理無理無理!声を出すのもやっとだぞこっちは!その証拠に今甘酸っぱい沈黙が続いちゃってるじゃないか。
「ごめん…嬉しすぎて、言葉が出てこなくて…」
(うっ…!いや、ずるくない?こんな可愛いのずるくない?漸く出てきた言葉がそれってずるくない?)
私が幸せにしてやんよ!と謎の男気が顔を覗かせるのは多分女子校時代に鍛えられたものだろう。その思いを押さえ込むためにも手で口を覆う。
「改めてよろしくね」
尊い無理死ねると暴れまくる心の声を漏らさずに言った言葉はそれだけだった。我ながらよく抑え込んだと思う。
多分脳内の声を少しでも漏らしてしまったら止まらないだろうし、止まらなくなればひかれている…という理性が上回ってくれたからだろう。ありがとう、理性。
ーーーーー
うーむ、困った。
あれから両思いということはわかったのだが、あまりにも変化が無さすぎる。正直見に覚えがあるのだが、それじゃもったいなさすぎる。そこで私は行動を起こすことにした。
デート。
この状況を打破するにはそれしかない。よし、ここは大人の女性の経験がある私が引っ張らなければというやつですね。
「ねぇ今度遊びに行かない?」
本当に、ほんっとぉぉに何気なく話を切り出してみる。自然にできたはずだ。主観100%だけど。
「どこに?」
「どこって…」
うん、考えてなかった。前世なら映画館が外せないスポットだったけど生憎この世界に映画が存在しない。ついでにデートスポットとしてパッと思い付いた遊園地や水族館もない。この世界の人は一体どこでデートしてるんだ?
(というかシュウくんとならどこでもいいんだけど…)
困ったようにオロオロしていると彼の顔が近づいてくる。自身の考えに集中していたから一瞬何が起きたか理解できなかった。
「それって二人でってことでいいんだよね?」
「う、うん…」
「それじゃデートだね」
秘密のことを話すかのように囁かれ、覗き込みつつ微笑まれてしまってはもうお手上げである。心の準備もなくこんなに近づかれてしまってはもういっぱいいっぱいである。これでまだ初等部生だ。将来が末恐ろしい。
「顔赤いよ。大丈夫?」
誰のせいでと言いたいところだが、本当に心配している顔をされてしまっては言葉に詰まる。
(この天然め…)
心では悪態をつきつつ、口では「大丈夫じゃないです…」と発して、無意識に顔を押さえているのだった。
前言撤回。20と数年では大人の女性とは言えません。そういえば前に『40代女性に聞きました!貴女は今でも恋がしたいですか?』っていうアンケートで6割以上の人がyesって答えてたっけ。ドキドキするのに歳なんて関係ないらしい。40代でもそんな感じなんだから20代なんてまだまだひよこみたいなものだろう。
「特に無いなら、僕が行きたいところに行ってもいいかな?」
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約束の日の、約束の時間。いつもよりちょっぴり背伸びをしたファッションに身を包んだ私はドキドキしながら彼を待つ。ちょっぴり背伸びしたといっても身体は小学生なのでどうしても可愛い系の服になってしまうが。
後から来たシュウくんが「待った?」なんて言うので「待ってないよ、今来たとこ」とお馴染みの展開を見せつつ、二人で歩き出す。
「で、どこにつれてってくれるの?」
そう尋ねれば「んー」と迷ったように唸っている。どうやら今考えているようだ。
(あれ、行きたいところがあるんじゃないの?)
「目的は夜なんだけど…一日中マオの時間を貰えるなら、勿論一緒にいたいから」
私の心の声が読めるかのように、そしてさらっとこちらを喜ばせる言葉を言ってくる彼に嬉しさとか照れとかを通り越して驚愕する。お願いだから読まないでくれ。こちらが照れる用な台詞を言われては心臓が持たないし、私のオタク特有の早口で織り成される心の声を知られてしまっては恥ずかしさで舌を噛むレベルだ。
(そっか…私が午前中から空いてるって言ったから…しかもかなり食いぎみで…)
驚きが落ち着くと、やはりやってくる感情の波は喜び。一緒にいたいというのが2人の共通認識であることと、一連の行動に引かれてなかったこと。そのうち覆い被さる猫はどこかに消えるだろうが、それでも引かないで欲しいと切に願う。
(昔も二人でひたすらゲームをしてるだけでも特別な時間に思えたよなぁ)
どうしても過去と比べてしまうが、比較対象が幸せな思い出ばかりなのはありがたいなと思う。今までは辛いことを思い出す方が多かったのに。…なんてまた思考の世界に入って目の前を疎かにしてしまったようだ。
「マオ?」
「あ、ごめん。どうしたの?」
「…ね、今は僕だけ考えて」
真剣に見つめられるので、思わず笑ってしまった。こちらの反応が予想外だったのかシュウくんに間の抜けたような顔に更に笑ってしまう。
「おかしなこと言ったかな?」
「ううん、そんなことない」
妬いてる対象が過去の自分だなんてきっと思いもしないだろう。このことは私だけの秘密。
ーーーーー
お目当てまでまだ時間があるということで、近くに来ていたキャラバンを覗いていた。流石に貿易都市と言ったところか。毎日お祭りみたいに屋台が軒を連ねるのだ。外からの商団も多いので、品揃えに飽きが来ることはない。こんな商業の激戦区で渡っている両親は凄い、と多少マーケティングを噛ったことがあるからこそそう思えた。
「わぁ!綺麗…」
たまたま目についた綺麗な石に興味を持ち駆け寄る。恐らくアーケインの外から来た店なのだろう。見たことない綺麗なものにはつい心を惹かれてしまうのが女心だ。
近くでみるとかなり不思議なものだった。宇宙みたいな欠片から青空、海みたいな欠片も…
「お嬢ちゃん、それが気に入ったのかい?実はね…それ、お菓子なんだよ」
「え!食べられるんですか?」
目を輝かせていた私に興味を持ったのか店員のおばさんが説明してくれる。どうやらちゃんと食べられるお菓子らしい。琥珀糖みたいなものだろうか。こんな色をしたお菓子なんて琥珀糖以外知らない。もっとも当時は推しカラーの琥珀糖に目を奪われていたため、他の種類はあまり記憶に残っていないのだが。
宇宙みたいな方は、北の大地にある星降る丘で宙からたまに落ちてくるらしい。海の方は南の綺麗な海岸で拾えるものだそうだ。衛生面が若干気になるところだが、空から雨じゃなくて飴が降ってくるなんて…うーんファンタジーだ。一体どんな味がするのだろう。ある程度この世界で暮らしてきたと言えど未知との遭遇が沢山だ。
「これと…後これもください」
私が間近で琥珀糖を眺めていると、隣からシュウくんの腕が伸びてきた。えっ?と驚いて彼を見ると「食べてみたいんでしょ」と楽しそうな笑みが返ってくる。
「お金払うよ」
「僕も食べたいだけだから気にしないで」
「でも…」
「もうそろそろ時間だから移動しよ、ね?」
私の言い分を遮るように手を引っ張られる。彼の持つ強引さが垣間見られて、図らずとも心拍数は上昇した。
(うやむやになっちゃったなぁ)
何かで返さなきゃと思いつつ、これから彼に与えられる幸せにお返しが間に合うのかと考えると、つい口元が緩んでしまうのだった。『これから』を考えられることがとても大切で尊いものに思える。今までのことは全部無駄じゃなかったんだ。
ーーーーー
あっという間に時は流れ、夕日が赤々とこちらを照らす時刻。
私達は街のはずれの方にある丘にやってきた。少し暗いが、そこからは街の外が見える。アーケインしか知らなかった私にとっては街の外の景色を初めて見たのがこのときだった。
広い広い草原。遠くには建物も見えるが暗さゆえか視力の問題かその全容ははっきりしない。
きっと知らない魔物だって、お宝だって眠っている。自分の常識では到底捉えられないことが沢山存在する。見たことない心を揺さぶるような世界が広がっている。
この鼓動の高鳴りは高揚なのか不安なのか。商業人としてか冒険者としてかはわからないがいつかここからも見えない場所に行くことになるのだろう。何故か確信めいたものが胸をくすぶり、それを振り払うかのように隣に立つ彼に話しかけた。
「シュウくんが見せたかったのってこれ?」
彼もまた何かを考えていたようだ。パチパチと何度か瞬きした後、その問いに彼はゆっくり首を振る。
「もう少し…きっと今日はいつもより綺麗に見えるはずだから」
私の気をそらすかのように先程買ったお菓子を取り出す。夕日を吸い込んで先程よりも輝きが増したように感じた。
恐る恐る海のお菓子を1つ口に入れると、どこか懐かしいような甘さとシュワシュワと溶けるような感覚が口の中に広がった。面白くなって今度は宇宙のを1つ。まず訪れたのはパチッと弾ける刺激。その後に舌に残る甘酸っぱい味が彷彿させるのは前の世界で禁断の果実と言われたあれ。さながら宇宙で育った果実と言ったところか。
未知のお菓子に盛り上がっている間にも日は目に見てわかるスピードで落ちていく。日が沈み辺りが暗くなって漸く彼が見せたかったものの正体がわかった。
「わぁぁ!」
空に輝くのは星。
都会に住んでいた私はこんな夜空をプラネタリウムくらいでしか見たことがない。さっきの琥珀糖と同じくらい密度が高く、綺麗だった。
この感動は…そう。半屋外のあのドームでライブが行われるとき、昼間は殆んど見えなかった光なのに、夜になるにつれて段々と輝きがわかるペンライトのよ……あ、何でもないです。すみません。黙ります。
「この星をマオと見たかったんだ。」
(でも本当にあのドームのライブだとペンラの演出が生きるんだよなぁ)という私の心の声は露知らず、ポツリとポツリと彼の声が聞こえてくる。
「僕たちの住む世界はこの街だけじゃない。いつか自由に旅をしたい。世界をもっともっと知りたい。そのときは…」
こんなに近くにいるのにどうして遠くに感じるのだろうか。先程私も似たような確信を得ていたはずなのに、その時隣にいるのは彼ではないのだろうか。
堪らなく不安になって彼の横顔を覗きこめば、その瞳の中に沢山の星が瞬いている。その美しさに息を飲んだ。好きだからとかそんな感情よりも確かにそこに存在する美というものに目を奪われる。敢えて名をつけるなら感動なのだろう。光に引き寄せられる虫か何かのように私の手は彼の頬に触れていた。思ったよりも冷たい頬は私の頭を冷やし、やがてひとつの考えを残した。
(私はいつまでこの強い光の側にいられるのか)
こんな風に心がざわめくのは何故だろう。それでもただ今はこの幸せに浸ろう。負の感情から背くかのように目を閉じれば、彼が動く気配がした。
満天の星々に見守られながら、与えられた彼の熱に涙が溢れそうだった。この涙の意味は私自身も知るところではない。