第五話「トポルコフ」
題名「お花畑」
第二章「切離し実験編」
第五話「トポルコフ」
マントルを採掘したなら、いずれ地球は太陽に引き寄せられていくだろう。
そんな予測は計画当初からあった。
しかし、そもそも地球の質量が膨大であるため、致命的な状態に陥るまで、少なくとも一万年はかかるだろうと見込まれていた。
だから近々の資源として、むこう数千年を支える資源として、その利用に異を唱える者は誰もいなかった。
それがだ。
たったの237年で地球上の生物が滅亡するなんて、誰も予測出来なかった。
物理学者が予想した値の100分の1以下の質量の変化で地球は太陽に引き寄せられ、地表の温度は生物が棲めないほどの温度になってしまった。
人類の愚かさが、罪のない生き物たちを絶滅に追い込んでいく。
無論自らも。
この時、保全機能があまりにもタイミングよく2310名の救出に来たので、それは偶然だったのかとプライマリに尋ねたことがある。
「いや、偶然ではない。」
彼女はあっさりと否定した。
当然ではないかと俺を見下すように否定した。
「君達のような、無知であるが故自滅を避けえないシステムが宇宙のどこにありそうか、我々は知っていた。地球の滅亡は五千年以上前に予測できていた。」
「予測だけで助けに来たのか?」
「その前に一度、数年後に訪れると予想された危機回避のために、地球に来ている。君たちが使う西暦に直すと、1999年だ。この時に君たちが滅びるという確信を得た。そして、君たちを救済する具体的な計画を立てた。」
もう一つ、いつかプライマリに聞いてやろうと思っていて聞けないでいることがある。
聞くタイミングが無くて聞けないのではない。
聞く、勇気がないのだ。
どんな質問かって?
それは「俺の本体はどうなっているか」って質問だ。
俺は人類の最後を知らない。最後の日に何が起こったのかを目にしていない。
データは見たので疑似体験はしたが、俺はその日に地球上に居なかった。
何故なら俺は、そのずっと前に死んでしまっているからだ。
しかも、それほど簡単にコロッとぽっくりと、眠るように安らかに死んだわけではない。
悲惨だった。
俺は小さなパン屋の若い従業員だった。
中学生のころから、男なのにパンやケーキを焼くのが趣味でな、高校を卒業してすぐにパン屋に就職した。
俺たちの時代は、町の小さなパン屋でも全自動の機械でパンを焼く。
”人間は失敗をする”と申して、なんでも機械で製造するのがよろしいと、自動化が尊ばれた。
俺は自分の手で作ったパンを食べて欲しかったので、手作りのパン屋を選んだ。
パン屋自体は検索すればすぐに見つかるのだが、やはり数が圧倒的に少ない。
兎に角、一番近いパン屋を選んだ。
面接は極めて緊張をした。
なにせそこで落とされたら、次の候補は通勤時間2時間半超。
パン屋の朝は早いのに通えるわけがなく、引っ越し確定だ。
俺の面接はバカ丸出しのしどろもどろだったが、俺が持参したパンを押し付けるようにして食べていただき、何とか腕を認めてもらった。必死だったさ。
俺は確かにバカだが手先は器用で、自分で言うのもいやらしいがセンスが良かった。
好きこそものの上手なれってやつだな。
店長に気に入られ、可愛がってもらった。
給料は安かったが、毎日好きなことをやっていればいいので、他に金を使う用事もなく、まぁ…楽しかった。
その日も出来立てホヤホヤのパンを商店街共用の配送倉庫に運んでいるところだった。
俺たちの時代はオンライン購入、ドローン配達が一般的で、リアル店舗に足を運ぶ客は少ない。
俺の悲劇は、その、入庫受付から配送まで完全に自動化された、無人倉庫で起きた。
実は先だって、自動倉庫のコンピューターのリプレイスが行われていたのだが、商店街が予算をケチってヤバげな業者に一式任せてしまったのだ。
ゼロを一つ書き忘れたのではないかと思うような価格で入札してきたその業者。
名前を聞いたことがない業者だったので、逆にその値段を信用してしまった。
起業したばかりの新参者が実績をつけるために、宣伝費込みで赤字覚悟の価格を提示することはままあることだからだ。
結果、ファームウェアにマルウェアを仕込まれたコンピューターを設置されてしまった。
こうなったら自動倉庫は何から何まで悪徳業者の支配下。
その悪徳業者は全くの小物で、俺たちへの入金から少々自分たちの口座に横流しできればそれで満足だった。
だが、そやつらは小物であるばかりでなく、たいした技術も持たないとんだ間抜け野郎だった。
やつらのマルウェアには致命的なバグがあった。
入庫出庫の数をちょろまかすデータ操作だけをしていればよかったのに、ロボットアームが動作する契機となるデータまで変更をしてくれていたのだ。
そして、たまたま俺が入庫処理をしていた窓口のロボットアームが誤動作。
俺はアルミ合金製の指に腹部を大きくちぎり取られてしまった。
何が起こったのか、正確に把握できない。
「あ、」
血が出ている。
それは理解できていた。
ああ、パンを汚さないようにしなければ。
大事なパンを守らなければ。
そんなことを考えていたときには、俺はもう死ぬ寸前だった。
しかし俺は更に頭部をロボットの指で握り砕かれてしまった。
俺の死体を見た者は、あまりのむごさに、皆一様に吐いた。
わたしの名はイェト。
わたしには誰にも言えずに秘密にしていることがある。
実はわたしは人類滅亡の3ヶ月前に死んでいるのだ。
しかも、その死に方は口にするのが拒まれる凄惨なものだった。
私はベルギーで普通に結婚をしていた。
初めての子供を授かり、嬉しい反面、育児に対する不安を抱えていた。
私の時代は掃除や料理、家事のほぼ全てがロボットの仕事だ。
だから子供たちはお小遣いをもらうために家事の手伝いをするのではなく、奉仕活動に参加する。
プログラムが書ける子はOSSに貢献したりとかね。
家事がない代わりに、ほとんどの家庭が共働きで、専業主婦はまずいない。
私もスポーツギアの会社で働くワーキングマザー。
どちらかというと仕事人間で家事は苦手だ。
子育てもきっと苦手に違いないと案じていた。
子供を作るには申請が必要で、我が家も子供の枠を一人得られるまで、結婚から3年待った。
子供は生まれてから1年間は「カンガルー」と言う愛称の施設に預けられる。
ここでは、各種抗体の摂取やリシデュアルモデムのインストールと初期設定が行われる。
虫歯なんかなくて当たり前の世界。
その他に…
「DNAを解析した結果、あなたのお子様は理数系の学科に才能があり、精密な作業が得意です。特別な技能を必要とされる技術者が適正です。」
「はぁ、」
…適性検査までしてくれる。
大きなお世話だ。
私はたとえ本人の適正に合わなくても、仕事はやりたいことをすべきだと考えている。
子供がカンガルーから帰ってくる日が決まった。
私は会社に育児休暇の届を出し、仕事の引き継ぎ資料を作っていた。
いよいよ育児に対する不安がこみあげて来る。
家に帰って、夜遅くに帰ってきた夫を捕まえて、育児の相談をした。
「すまないが、君に任せるよ。やっと巡ってきた大仕事に今は集中していたいんだ。将来的には、それが家族のためになると思っている。」
夫は私以上に仕事人間だった。
何故家庭を持とうと考えたのか不思議なほど、仕事人間だった。
私は自分が育児をするというイメージがつかめず、ノイローゼになっていた。
子供が帰ってくる日が迫る。
恐ろしい。
休みの日。
それまで気にしたこともない、バレエの演劇を見に行った。
国境を超えてだ。
漠然と舞台で人が動く様を眺めた後、精神的に何の改善もえられないまま、帰路についた。
憂鬱だ。
国境付近。
何やら私が知らない国の言葉で喚き散らかしている人たちが居るようだ。
それは逃亡中のテロリストだった。
ぼーっとしていて逃げ遅れたわたしは、その男につかまり、盾にされた。
喉にはバナナのような形のナイフがあてがわれている。
テロリスト共は多少はわたしを引きずり回して逃げていたのだが、10分もしないうちに、観念したのかブチ切れたのか、私の喉を掻き切り、自爆をしてしまった。
喉から血を吹き出し、爆風に飲まれるまで、わたしは一人のバレリーナが踊る姿を思い浮かべていた。
もやもやした気持ちで漠然と眺めていたはずなのに、強く印象に残るものがあったのだ。
記憶の中の彼女のなんと可憐なことか。
可憐なのにその所作には芯があり、強さを感じる。
私も強い女でありたい。
彼女の名前は確か、イェトと言ったはずだ。
次に生まれてきたときはその名をいただけますように。
ボクの名はコンスース。
技術屋だ。
強情に隠匿する事も無いが、あえて積極的に話す必要はない。
そういう隠し事ってままあると思う。
ボクにも一つ、そんな隠し事があるのだ。
それは「ボクが人類最後の日の丁度10日前に故人になった。」って事だ。
隠しているのには理由がある。
一度死んでいたと云うのも隠すべき衝撃的な内容だが、実は死に様が尋常ではないのだ。
残酷な死に方をしたので、特にオウフちゃんとか、気が弱い女の子には聞かせない方がよろしいだろう。
そう考えたのだ。
だがあんまり腹の底に仕舞いっ放しと云うのも体に悪いかもしれない。
ここですっきりと語ってしまうのもよろしかろう。
ボクはその時、高速道路の異常検知や落下物の除去、そして修繕を行うロボット車両の開発に参加していた。
ボクはアクチュエーター廻りのチーフで、ボクの分室には既に何体かのロボットアームの試作品があった。
ある日、駆動系チームが新しいエンジンのテストを行うというので、野次馬根性を発揮したボクは我が分室の若い衆を誘って、その見学に駆け付けた。
分厚い強化ガラスの向こうにテストベンチに据えられエンジンが見える。
試作機なのだがリビジョンがいくつか上がり、ほぼ完成品に近いということもあって、見た目はそのまま売れるほどかっこいい。
彼らは今回の試験で仕様通りの性能が出たら、エンジンを納品してしまう予定だという。
毎週ある進捗報告会で、駆動系チームがことのほか順調なのは知っていた。
他のチームに一抜けを決められるのは正直悔しいが、彼らはよく頑張ったし、才能もあった。
彼らの活躍に拍手。
それだけの理由があるものだから自信たっぷり。
技術者の一人が耳栓をして強化ガラスの向こう側にぼさっと不用心に立っている。
何も起こりはしないと確信している。
ところでボクたちの時代で自動車の燃料というと、一般にはエマルジョン燃料を示す。
強化ガラスの向こうに見えているエンジンもまたしかりだ。
何が言いたいかというと、ボク達の時代の技術水準で見て、そのエンジンは何の挑戦的な技術もない、平凡なエンジンだってことだ。
枯れた技術は信頼の塊。
加えて今回は、細かい修正を加えただけの安定版。
エンジン自体には本当に異常なんかあるはずがなかった。
そう、エンジンには…
問題はエンジンが取り付けられているテストベンチのほうにあった。
今どきは家庭の給湯器から車のエンジン、もちろんこのテストベンチだって異常があればそれはもれなく検知され、直ちにメーカーに通知が行く。
そして、修理するなり買い替えるなり、大事故が起こる前に適切な措置が行われる。
この時代の人間は、その優しいシステムに慣れ切っていた。
”メーカーからの警告がない=異常はない”という等式に疑念を持つ感覚が無かった。
特に若い世代はメーカーを過信し、隣にたたずんでいる危険に対して鈍感になっていた。
エンジンに火が入った。
静かで、振動もほとんどない、いいエンジンだ。
エマルジョン燃料のエンジンは、爆発により生じる熱も水を気化するために用いられて推進力になる。すなわち熱効率も高い。
若い技術者たちの目には、よろしき事しか映ってはいなかった。
私はみなよりも年を取っていたので幸いにも疑う目があり、エンジンの位置がわずかに右に歪んでいることに気付けた。
惨事の兆候に、考えるより先に身体が動いていた。
「何の警告も出てないのか!?」
テストシナリオを流している若い技術者に尋ねたが、それは愚問だった。
もし警告が出ていれば、エンジンはとっくに停止している。
「ちっ!」
きっと迷っている時間はない。ボクは若い技術者を押しのけてキルスイッチを押した。
しかし、エンジンは止まらない。
キルスイッチが効かない。
ボクがキルスイッチを押す瞬間、若い技術者は「何をする。」と言いかけたが、エンジンが止まらない現状を目の当たりにして、その言葉を飲み込んだ。
若い技術者も、ただ事ではない状況を把握したのだ。
カーネルパニックならばウォッチドックが検知するはず。
何が原因だ?
なんて悠長に考えている時間はない。
エンジンの位置がだれの目にもわかるほど歪んでいる。
強化ガラスの向こうにいる技術者が危険だ。
ドアを開けて「戻ってこい!」と叫んだ。
わずか数メートルを必死に走ってくる若い技術者の向こうに、テストベンチからスイングアームごと外れて横にすっ飛ぶエンジンが見えた。
まずい。
彼は助からない。
それはならぬ。
未来ある若者。
これから社会に多大なる貢献をする若者。
彼の命とボクの命。どちらを残すべきかと云う二択。答えは一つに決まっていた。
いやはや老いた我が身のどこにそれほどの瞬発力があったのか?
私は獲物を狩る豹のように跳躍して若者の背後に回り、飛んできた金属の破片をその身に受けた。
若者はドアの向こうに逃げおおせた。
私はドアを閉めながら「みな大丈夫か?」と言って絶命した。
燃料に引火し、ドアの中は火の海。
スプリンクラーは作動したが、火はしつこく燃え続け、ボクの焼死体は見るに堪えない状態になった。
ボクの名はジェジー。
実は仲間に秘密にしていることがある。
ボクは人類最後の日の1か月前に死んでいるのだ。
きっと保全機能が生き返らせてくれたのだろう。
疑問は、なぜ自分が選ばれたのかということだ。
ボクの名はツイカウ。
愛するオウフにも言えないことがある。
ボクは既に死んでしまっているってこと。
なぜ今生きてここに居るのか、まったくわからない。
わたしの名はチョリソー。
誰にも言うまいと決めていることがあるの。
それはね。わたしが今、生きているはずがないってこと。
時々ここが天国か地獄なんじゃないかって、錯覚するわ。
わたしの名はオウフ。
わたしは人類が滅亡する前日に病死しているのだけど、なぜ?生きてここに居るのかしら。
ずっと不思議に思っていて、接点ちゃんに聞きたいのだけれど、他の皆が、特にツイカウが気味悪がるのではないかと思って、聞けないでいるの。
驚くべきことに、俺たちは、少なくともパン屋に集まった7人は元死者だったのだ。
するってぇと、今、確かに生きている俺たちは誰かに新しい命を吹き込まれたってことになる。
まぁ、誰かって、そんな超科学的なことができるのは、保全機能しかいないわけだ。
俺達には到底理解できない高度な存在である保全機能がなぜそんな面倒をしたのか?
”生きている人間を救う”それではなぜダメだったのか。
また別な機会に語らせていただく。
残された2310名の人類の思想的な最大勢力である進化派。
その代表、ツワルジニ。
彼は今、マァクから逃亡中の元副代表トポルコフと自室で相対している。
<※今一度書きますが、頭が大きめなのはわざとです。>
彼はトポルコフが己の部屋にいることが信じられないでいる。
「貴様、どうやって我が世界の監視網を潜り抜けた。」
「それ、教える必要があるのかな?」
女装の少年は鼻で笑う。
トポルコフは小心者のクソガキで、より有利な立場を選ぶ。
彼はツワルジニよりヒエレの側についた方が有利だと計算していた。
長年、ツワルジニの右腕を務め、彼の世界のセキュリティーシステムは熟知していた。
足音や心臓の鼓動、瞬きをする音すら検知する集音能力とナレッジベースをそうそう誤魔化せるものではない。
よしんば音を、例えばツワルジニかッタイクの発する音を完全に再現できたとしよう。
しかし、ツワルジニが同時に二人存在すると判定されたなら、システムは異常を知らせる。
完成度の高いそのセキュリティーをヒエレのリモコンがあれば突破できると、トポルコフは考えた。
ツワルジニの館のセキュリティーには一つの仕様がある。
”音の収集は2秒間行い、次の音の収集まで2秒間の間隔をあける。”
これはナレッジベースのルールが膨大で、応答時間を2秒見込まなければいけないために定められた、システムの仕様だ。
エントリーポイントから彼の館までの300mを6秒以内に移動する方法は、この仮想空間にはない。
ツワルジニはそう判断をして、ナレッジベースの精度を下げて応答速度を上げるより、2秒間音を収集しない戦略を選んだ。
この仕様が、ヒエレのリモコンによってセキュリティーホールとなった。
ヒエレとトポルコフは、ヒエレのリモコンで6秒間のタイマー付きで自身を一時停止した。
一時停止中は何の音も発せないので、音を収集されることはない。
音が収集されない2秒間の間に移動をする。
そうすると2秒間のタイマーの方が効率的なのだが、それでは二人一緒に移動できない。
ヒエレのリモコンは同時に単一の対象、つまり人なら一人かまとまって単一と認識できる物にしか効果がない。
つまり──
① 2秒停止
② ヒエレが2秒移動
③ 2秒停止
④ トポルコフが2秒移動
これを繰り返すしかない。
リモコンはお互いに受け渡ししやすいよう、地面に置いて一時停止ボタンを押す。
トリックの種明かしは以上。話を戻そう。
「ふん。貴様、私に対してずいぶんな口を利くようになったじゃあないか。」
「そうかな?ボクは口先だけの男に騙されてあげるのを止めただけだけど。」
「全く、誰にそのような恐れを知らぬ台詞を教えてもらったのか……なっ!!」
ツワルジニはテーブルの上のグラスをドア枠に投げた。
廊下側に隠れていたヒエレが姿を現し、ツワルジニの部屋に入ってくる。
彼の左足が、割れて床に落ちたグラスの破片を踏み砕き、じゃりじゃりと音がする。
ヒエレの右手は羽織ったパーカーのポケットの中にあり、リモコンを握っている。
彼の自信に満ちたニヤケ面を見て、ツワルジニはどうやら自分の分が悪そうだと感づいた。
「なぁ、トポルコフ。」
悪知恵ばかり働く神経質な男が、空威張りの小心者に語り掛ける。
「戻ってこい。」
「人をトカゲの尾のように切り捨てておいてさ。今更、何を言うのかな?」
「また、副代表の座に据えてやる。マァクからは私が守ってやろう。だから、戻ってこい。」
差し出された手に心が揺らぐ。
差し出された手に手が伸びる。
トポルコフは進化派副代表の職を長く務めた。
思い入れも愛着がある。
マァクに追われる身になって、自分を助けてくれたのは、やはり進化派の人間だった。
ツワルジニの手を取れば、また、彼らとの日々を取り戻せるかもしれない。
ヒエレは今にもツワルジニに転びそうな女装の少年を黙ってみている。
いよいよ少年の指先が、復縁を信じて、かつての主の指先に触れんとしている。
ツワルジニの表情が僅かににやける。
それを見た瞬間、トポルコフはツワルジニの手を横にはたいた。
「ボクはもう、騙されないぞ。」
ヒエレはポケットの中でリモコンのボタンを押しかかっていた。
トポルコフの態度を見て、その指を離した。
ヒエレは気が小さい少年に、彼のリモコンの機能を用いるつもりだった。
少年に改めて元主に対する憎悪を抱かせるために、少年が元主にされたことを、少年の心の傷となった出来事を強制的に思い出させるつもりだった。
俺に言わせればツワルジニもヒエレも最低の詐欺師だ。
トポルコフはどちらの側についても報われないだろう。
そういうトポルコフも最低な卑劣漢だから丁度よかろう。
神経質な男は、さして痛くもないのに幾度もはたかれた右手を振り、そしてハンケチで少年の手が触れた個所を念入りに拭った。
「後悔するなよ。」
「するものか。副代表の座なんて未練はない。」
「私の手を取りかけたくせに。ほざくがいい。」
「何故ならボクは、お前に代わって代表の座に就くからだ!」
「なに?」
少年はヒーローのフィギュアを2体取り出した。
2体は等身大の大きさになり、じりじりとツワルジニに詰め寄る。
ツワルジニはトポルコフが現れた時からずっと現副代表のッタイクを呼び出しているのだが応答がない。
ヒエレがツワルジニの額に冷や汗を見つけて笑っている。
「この屋敷に居る他のものを呼ぶつもりなら無駄だぞ。」
館の者は彼がリモコンでタイマー付き一時停止をかけているのだ。キッカリ30分間、みなピクリとも動けない。
「ハァ…」
ツワルジニのため息。自分が戦うしかないと覚悟してのため息。
「できれば私が戦うところは、誰にも見せたくなかった。」
彼は懐に手を差し込んだと思ったら、目にもとまらぬ素早さで何かを投じた。
それはトポルコフのフィギュア2体の胴体を瞬時に真っ二つにし、壁に突き刺さった。
彼が投じたものは何か?
それは、女性ものの下着、パンティーだった。
ヒエレがゲラゲラと笑っている。
トポルコフは目を丸くしてパンティーを二度見している。
「この秘密を知ったからには、二人とも永久にこの屋敷から出さぬぞ。」
「ど、どういうことなんだ!なんで、パンティーなんだ!?」
トポルコフは目を見開いたままうろたえる。
「私は隠れ下着フェチなのだ。それが故、この能力なのだ。しかしこの事実は私の威厳を大きく損なう。」
「当たり前だ!この変態紳士がっ!!」
トポルコフの激高を聞いて、ヒエレは更に大笑いをしている。
「従って、私は決して自ら戦うことはしなかった。それを強要した貴様らには腸が煮えくり返る思いだ。それ相応の痛い目を見てもらうぞ。」
女装の少年は次々にヒーローのフィギュアを投入するが、等身大になったそばからパンティー手裏剣で切り刻まれていく。
変態レベルが高いほど強い。それがこの仮想世界を支配する絶対なる理だとでもいうのか?
神経質そうな男が仕事机の後ろの大型の金庫を開けると、大量の女性もの下着、すなわちパンティーが現れた。
「ボクにも開けることが許されなかったその金庫に、まさかそのような破廉恥なものが詰め込まれていたなんて。」
絶句するトポルコフ。
「私の愛しいコレクションを貴様ごとき虫けらの血で汚すのは、まったく忍びない。それがゆえ光栄に思うのだな。食らうがいい、セクシーテクスタイル乱れ打ちっ!」
少年は雨あられと襲い掛かるパンティーを必死にかわすが、いくつかがヒット。
彼もまた不死身ではあるのだが、心が弱いがゆえ治癒能力が低いので、わずかなかすり傷でもすぐには治らず、血が流れ続ける。
ふと、ヒエレに目をやる変態紳士ツワルジニ。
「貴様は加勢せぬのか?」
「お前のような変態、近付くのも嫌だね。彼一人で十分だ。」
「ならば待っていたまえ。順番に片づけてやる。」
女装の少年は兎に角パンティー手裏剣をなんとかしなければいけない。
先ずは傷が治るまでの時間を稼がなければ。
当面の手当として、レゴブロックで巨大な立方体を作り、その中に隠れてしまった。
分厚いレゴブロックの壁が、彼を守ってくれるはずだ。
手裏剣で破砕されても、壊された分のブロックを新たに積み上げる。
方やちまちまとブロックを壊し続け、かたやせこせことブロックを積み上げる。
この間抜けな攻防は千日手の様相を呈してきた。
「何か、何か考えないと。」
先に焦りの色を見せたのはトポルコフ。
「まさかボクが使えていた男が、あんな真性の最低位レベルの変態紳士だったとは。あんな奴に負けたら、恥ずかしくて、きっと切腹したくなる。」
今やトポルコフの目にツワルジニは汚らわしいゴキブリに見えている。
かつては頭上に掲げ見上げていた者を、今は見下している。
自分より下と認識したものに負けたくない。
「って、っうおあっっ!!」
突然の出来事に少年は虚を突かれた。
分厚いレゴブロックの壁を突き破って何か鋭利なものが少年の横っ腹をかすめていったのだ。
「パンティー?これもパンティーなのか?」
そう、パンティーだ。パンティー8枚を束ねて作った恥ずかしい剣だ。
その2突き目はビビッてへたり込んだ少年の頭上をかすめる。
見れば見るほど恥ずかしい剣だ。
こんな最低な代物にやられてたまるか。それ以前に触りたくない。
すぐに3突き目が来る。
右か、いや左か。どっちに山を張って避けようかと、少年は恐怖に目を回していた。
だが、何故かその恥ずかしすぎる剣は引き抜かれないままでいる。
パーカーのポケットの中。ヒエレの指がリモコンの一時停止ボタンに添えられている。
「接近戦を仕掛けたのは迂闊だったな。今が俺のリモコンの使い時だ。」
トポルコフに聞かれないようにひそひそとつぶやき、ヒエレは三つ編みを揺らして高笑い。
レゴブロックのキューブに閉じこもっているトポルコフはヒエレの仕業とは知らず、剣がブロックに引っかかって抜けなくなったに違いないと結論付けた。
ならば、今が絶好の好機!
小心者の少年は、キューブを金平糖のような形に変形させ、ツワルジニの胴体をその鋭いトゲで貫いた。
手応えを感じた少年はキューブを解体して外に出る。
そして、パンティーを握りしめたまま腹部に大穴を開けて倒れている変体紳士を見つけ、やった、やったとはしゃぐ。
自分一人の力で勝利したのだと信じている。
「トポルコフさん、お見事です。」
ヒエレは言葉の上では少年を称えていたが、心の中では変態相手に手古摺りやがってとののしっていた。
少年は興奮気味に鼻息を荒くしている。
「全く、ツワルジニなんて恐るるに足らず。簡単な相手だった。」
ヒエレは身の程を知らない少年の物言いに、笑いをこらえるのに苦心している。
3人ともそれぞれ、最低な屑だ。
「で、こいつはどうするんだ?」
「そうですね、ああ。あの金庫の中が良い。」
「そうだな、あそこならツワルジニを恐れて明ける人間がいない。」
金庫の中の引き出しを取っ払い、手足を縛ったツワルジニを袋に詰めて放り込む。
そして隙間に彼のお気に入りの下着コレクションを詰めて行く。
その作業がいつも威張り腐った彼を、これでもかとバカにしているようで何とも楽しく、思わず笑みがこぼれる。
「変体野郎にはこれ以上ない棺桶じゃあないかな。あばよ変態。」
憎まれ口も絶好調で金庫の扉を閉めてしまった。
「さぁ、次はあなたの番です。」
「わかっている。でも、本当にできるのかな?」
「できますとも。」
トポルコフが自身の身体の廻りにレゴブロックを積み上げる。
ブロックは人の形を成し、次第にツワルジニに似て、最終的には全くツワルジニと見分けがつかなくなってしまった。
ツワルジニに化けたトポルコフは室内の監視カメラを用いて自分の姿を確認する。
「どうです?本当にできたでしょう。」
「ああ、まさかボクの能力にこの様な使い方があったなんて。」
「もはや私は長居しない方がいいでしょう。」
「うむ、そうだな。」
既にツワルジニの声と話し方になっている。
「それではトポルコフさん、くれぐれもお気をつけて。」
「私を誰だと思っている。」
「これは失礼。無用な心配でした。」
「もうすぐ30分経つ。早く消えてしまえ。」
「そう、いたします。」
ヒエレはチャンネルを切り替えて、ツワルジニの世界を去った。
翌朝、ッタイクに起こされて目を覚ます。
彼女に「ツワルジニ様」と呼ばれて、思った以上に上手く変装できている、騙せている、ツワルジニになれていると確信する。
「ふははは。」
思わず笑いがこぼれる。
ツワルジニがごとく笑った。
「?」
「そう不思議そうな顔をするな。私にだって気分がいい時もあるのだ。」
「左様ですか。」
トポルコフはツワルジニになりきっていた。
「ふうっ。」
俺に言わせればマッドサイエンティスト。
長いひげを蓄えた発明家の老人ガーウィスは、年甲斐もなくジェジーの計画書──例の切り離し実験のやつだ──に夢中になり、一睡もせずに、一気呵成に読み切ってしまった。
「なんとも目の付け所が鋭敏な事か。論理展開の巧妙さに飲み込まれて、ついに読み終わるまで抜け出すことがかなわなかった。まことに天晴。」
ガーウィスはジェジーに音声通話オブジェクトを投げた。
『やあガーウィス。何か問題でもあったかい?』
「ああ、大ありじゃよ。」
『え!?』
「出来が素晴らしすぎて徹夜をしてしまった。」
『ふぅ、驚かさないでくれ。徹夜なんて身体に悪い。今からでも眠ってくれ。』
「そうはいかんよ。君に話がある。」
『明日でもいいだろう。』
「わしは一晩眠ると大概のことは忘れてしまうんじゃよ。」
『メモに残せばいい。』
「君に会わないと言葉が思いつかない。」
『厄介な話だね。』
「ジェジー、君の計画書は誠に美しい。しかし、いかんせん理想的に過ぎる。現実は種々雑多な不確定要素に翻弄される。そのあたりの考慮が欠けている。」
音声回線の向こうで、ジェジーがうなっている。
話の大筋は分かった。
そして、ガーウィスは自分に欠けている”経験”と云う財産を有している。
彼は仮想空間での姿に老人を選んだが、きっと地球にいた時の年齢も相応に高かったに違いない。
酸いも甘いも?み分けた彼の助言は、無論ありがたく聞かせていただくべきだろう。
『分った。話を聞こう。すぐにそちらに向かうよ。』
「わしが寝てしまう前に来てくれ。きっとうっかり目を瞑ったらそれっきりだ。」
『ガーウィス。』
「なんじゃ。」
『ありがとう。あなたがこの役目を引き受けてくれてよかった。』
「なんの、楽しい仕事は大歓迎だ。」
ジェジーはコンスースを連れてガーウィスの世界に向かった。
ガーウィスは1台の機械、彼の発明品を用意して二人を待っていた。
「これは何もないところに、全く原料を必要とせずに複製品を作る3Dコピー機じゃ。地球上では不可能だがこの仮想空間では出来てしまう。なぜかな?ジェジー、君がエーテルと名付けた物質について不足している考察を、この機械を用いて説明しよう。」
:
約2時間後。
プライマリは俺に抱きついて、息を荒げながらもぞもぞと体をこすりつけだした。
発情した犬なのだろうか?
また、やりたくもない下半身の攻防をしなければいけないのだろうか?
攻めるプライマリ。
守る俺。
無視する仲間たち。
ジェジーとコンスースの二人が俺のパン屋に戻ってきた。
そしてプライマリに「お待たせ。切り離し実験の計画書、改めて提出するよ。」と言って頭をなでた。
プライマリはジェジーの計画書を待ち焦がれていた。
だから嬉しすぎて、俺に密着させていた腰の動きが早まった。
下半身の攻防が本格化した。
「どう、どう、どー。」
俺は下半身を守るため、小さくて軽いプライマリを頭上に放り投げた。
彼女は放り投げられてもなお、へこへこと腰を動かしている。
んで、力加減を誤ったというかだな、これがまた勢いよく飛んだもので、天井にビタンと激突して、ぺりぺりと天井から剥がれるように落下し始め、落ちて、俺の腕の中に戻ってきた。
顔はベールで覆われているが目を回しているようだ。
小さくて軽いとはいえ、人一人をずっと持っているのもしんどいので、カウンターの上においた。
おう、これでは俺の作業スペースが無いではないか。
プレートの注文が来たらどうすればいい?
うーん。
結局、膝を抱えるように折りたたんで、カウンターの端っこに立て掛けた。
よし!
これで動画に集中できる。
この時、ニューオンの紙人形がパン屋の外で聞き耳を立てていた。
切り離し実験の計画が回転し始めた件について、ニューオンに報告をする。
んで、
「チャケンダ様。」
早速ニューオンが切り離し実験の状況を、青い髪のハッカーに報告する。
「そうか、いよいよ動き出してしまったか。」
残念そうにうつむく。
「どうなさいますか?」
「無論、妨害するのさ。ボク達はより高度な知識を、思想を、姿を得てしまった。化け物と忌み嫌われたって、もうただの人間には戻れないよ。」
「私も同じ考えです。何なりとお申し付けください。」
「いや、君の出番はもう少し先かな。」
チャケンダはレモンスカッシュを作り始めた。
「まだ試行錯誤の段階だがジェジー君がエーテルとよんだ物質を用いて面白いものが作れる。これがどの程度役に立つか?その確認が最初の一手だ。」
傘のように立てかけておいたプライマリが目を覚ました。
プライマリからテキストデータが届く。
『化け物が出た。』
なんだと!?緊急事態じゃねーか。
「イェト!」
俺が彼女に声をかけると同時に、プライマリが札の束を投げる。
向こうを向いていた彼女は後方宙返りで俺たちの方へと向かいつつ、その途中で札の束を受け取った。
戦闘前のアップを兼てのパフォーマンス。
相変わらず出鱈目な運動神経だ。
プライマリが俺とイェトの手を握り、目的の世界にチャンネルを切り替える。
到着したビル街にいた化け物は、今までの醜くて臭い肉塊とは全く異なるものだった。
「おい、あれ、本当にお花畑の化け物なのか?」
『反応はそう出ている。』
「ホラ、とっとと片付けるわよ。」
イェトさんに蹴り飛ばされ、よろけながら数歩前に出た。
ズガガガガ!!!!
敵は機関砲をぶっ放してきた。
もう俺、いい感じに蜂の巣さ。
「おい!あれ、絶対に違うだろう!化け物が銃撃つか?」
有機的な部位もあるが、ほぼ金属製のロボットと言い切ってよい見た目。
そして、通常の化け物なら絶対に装備していない、あの銃火器。
プライマリはやはり『反応は化け物と出ている。』とテキストデータを送ってくる。
「なんだこの戦闘に特化しちゃいましたみたいな、物騒な化け物は!?」
俺に向かって榴弾が発射された。
それも人間用ではなく、戦車とか攻撃ヘリをやっつけるサイズだ。
機関砲で血肉を削られたところにあれを食らったらヤバイ。
「しょうがないわね。」
イェトさんがやってた。
俺はてっきり札を何枚か投じて榴弾を無力化してくれるのかと思った。
違うんだな。
カッコォォォォ!!
金属音。
空飛ぶ榴弾を蹴り上げる女の子、初めて見た。
本当に出鱈目な運動神経だ。
「早くそのずたぼろの体治して、あいつに袖搦をぶっ刺しなさい。」
「あい。」
イェトさんは敵の目を引き付けるため、敵に隣接。
銃口や刀身から身を交わし、げっしげしと蹴りを叩き込む。
「ちょっと、コイツ!やたら硬いんですけどぉ!!」
ならば札を使えばいいのに。文句を言いながらも蹴る足を止めない。
イェトさんが蹴りを入れた時の音から、装甲の厚さを想像する。やべぇ、相当な厚さだ。たぶん。
全身の修復が完了した俺は、袖搦を自分よりでかい大剣の形に変形させた。
「アンタ、そんなもの振り回せるの?」
「いや、硬いんだろ?これくらいの破壊力無いと駄目かなって思って。」
取り敢えずその鉄塊を引きずって前進する。
かなり重い。でかくしすぎたかも。持ち上がる気がしない。
「イェト。敵の引き付けは頼んだぜ。」
「解ってる。」
前のめりに体重をかけて剣を引きずり、なんとか刃が敵に届く距離に到着。
あとは剣を振れさえすればいいわけだが…
「ねぇ、棒の形のまま接近して、その位置に来てから大剣に変形させれば良かったんじゃない?」
「イェト。」
「なに?」
「そういうアドバイスはもっと早く。」
「いいから、その剣振りなさいよ。振れるものならば。」
こういう、無茶な重さのものを持ち上げる時は、迷ったりためらったりしたらダメなんだと思う。
「どっっっせええええいぃやああああああっっ!!!!」
腕やら足やら、四肢から筋繊維がブチブチと切れる音がする。
やっべぇ、使える筋肉が残っているうちに、なんとか担ぎ上げちまわねーと。
ボクン!!
嫌な音がした。腕の骨が折れた。持ち上げるのはもう無理だ。
やむないので、胸くらいの高さから剣の重さを利用して、斜めに振り下ろした。
ロボット型の化け物が俺に鉛弾を打ち込む。
再びハチの巣になる俺。
わりーが、もう遅いよ。
ゴズ!
大剣はロボットの腹部に刃を突き立て、4分の3ほど押し切ったところで止まった。
「イェト!」
もう陽動の必要はないのでイェトに来てもらう。
彼女に手伝ってもらい、大剣をこじるとロボットの胴体が折れて、上半身がドスンと地面に落ちた。
ROM化するためにプライマリが近づいてくる。
しかし────
そのロボット型の化け物は、砂状に崩れ、そして煙のようになって跡形もなく消え去ってしまった。
『これは、人間ではない。ジェジーがエーテルと名付けた物質で作られた、人造の化け物だ。』
「え?なになに?」
『化け物はエーテルに帰った。』
プライマリのテキストデータはイェトには送られていない。
だから彼女は不思議がって俺に答えをせっついた。
「この化け物は誰かに作られた偽物なんだってよ。」
「誰かって、アンタ、あいつしかいないじゃない。」
「やっぱりそう思うか?」
セカンダリからプライマリに緊急通信。
プライマリが俺のズボンの股間のあたりを引っ張る。
あのなー。
注意を引きたいなら袖とかを引っ張ってくれぬか。
股間引っ張るなよ。
テント張ってるみたいで、絵面的にやばいだろうが。
このド淫乱チビ。
『また人造の化け物が出たぞ。』
「今度はどこに行けばいい?」
『実は3か所に現れた。どこから片付ける?』
「3か所か。」
『そうだ。』
「ああ、了解だ。話は簡単だ。」
『ほう、言ってみろ。』
「3分前に時間をさかのぼる。」
『で?』
「3か所に出たなんてクソな話を聞かされる前に、とんずらする。」
チャケンダはマオカルの世界に行き、暗号化されている彼を元の姿に戻した。
マオカルは慎重な男で、暗号化をされる前に目隠しをしていたし、目の前にチャケンダがいるとわかってても、何もしゃべらない。
記録に残ってしまうからだ。
ブラックリストシステムがマオカルのステータスが正常に戻ったことを検知して、ジェジーに伝える。
ジェジーはチャケンダを怪しんで、マオカルの監視を続けていた。
彼はマァクにその旨第一報を入れる。
トポルコフと別れたヒエレは、一人でチャケンダが保有する技術を盗み出す準備を進めていた。
ニューオンの紙人形が、彼を監視し続けていたとも知らずに。
「やあヒエレ。元気だったかい?」
チャケンダとマオカルがヒエレの前に現れた。
ヒエレは手にしていたROMライターを床に落とす。