第四話「イェト」
題名「お花畑」
第二章「切離し実験編」
第四話「イェト」
3日後、俺とイェトの30周年記念兼、エリヒュちゃんの歓迎会兼、ジェジーの切り離し実験承認祝い…の名目で乱痴気騒ぎを行うことになった。
ヒエレとヒイッチ。偶然にも名前がヒから始まる二人の男の動向がなんともキナ臭い今日この頃、俺たちはその様な体たらくでよろしいのか?たるんでいるのではないか?
緊張感のかけらもなく呑気な話だが、もう「やる」で決まった。
「楽しそうだね。ボクも参加したいな。」
その声の主。ああ、もう一人、年がら年中キナ臭い奴が居たなー。
化け物の王チャケンダとニューオンが俺の店にやってきた。
奴の声を聴くと俺はね、額のあたりにビキって血管が浮いてなぁ、口元が例えようのない怒りで引き攣るわけだよ。
袖搦を奴の額に突き立てたくてたまらない。
「俺の店は狭いんだ。お前らは遠慮してくれると助かる。つか、帰れ。」
俺は手の甲を奴に向けて”しっ!しっ!”と追い払うジェスチャーをしてやった。
まじで帰れ。
「随分と寂しいことを言うんだね。」
青い髪のハッカーは肩をすくめる。
「マオカルを暗号化してしまったそうじゃないか。可愛そうに。」
もっとも最近、奴に対して腹が立ったことについて言及してやった。
「ボクがそんな酷い事を彼にやったという記録が、彼のストレージに有ったのかい?」
チャケンダは嘘をつかない。今も、やってないとは言っていない。
”やった”と言っていないだけだ。
「ストレージまで暗号化されていたよ。完璧にね。」ジェジーの声には苛立ちの色が滲む。
犯人は明らかなのに証拠がない。
「それは…徹底しているね。」
本当にチャケンダの奴め顔色一つ変えずにすっとぼけやがる。
あー、ぶん殴りてぇー。
俺も一言言ってやらねばなるまいよ。
「マオカルを元に戻してやったらどうだ?ハッカーなら簡単だろう?」
「ハッカーだから解るのだけど、鍵も暗号化の方式も未知であるデータの復号は時間がかかるんだ。彼は親友だし可哀想に思うから、挑戦してはみるけどね。」
くっぬやらう~。俺が技術面でも無知だと思って。
バカのオレではどうにも言い勝てないな。
「…で、お前。本当に俺たちの乱ち──ランチタイムパーティに参加したいのか?」
「ああ、お邪魔かな?」
ああ、邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ、お邪魔だよ。
「ようし、お前のお邪魔度を民主主義的に定量化してやろう。」
俺はそうもったいつけた後「チャケンダを参加させたくない奴、手を上げろーっ!」と、その場にいる全員に声をかけ、真っ先に我が右腕を高々と上げた。
総合一位を取ったロードレーサーがゴールを走り抜ける時のように、勝者の自信に満ちて俺は手を上げたんだ。
なのに、俺だけに吹き付ける、凍えるような冷気を感じる。
なんで俺がこんなに寒い感じになっているのだ。
この時手を上げたのは、なんと俺一人だけであった。
優勝を信じて手を上げた瞬間、俺の背後にいた選手に、ちょろくまくられた間抜けロードレーサーの気分だ。
恐れずやつに立ち向かったイェトさんとコンスースはともかく、あんなにチャケンダを怖がっていたチョリソーまで、どういう事だ?どうなっているのだ?
チャケンダだぞ?来たら楽しくないだろう?
その辺の心をチョリソーに聞いてみた。
彼女は飴を舐めながらじゅるじゅると話す。
「だって、ジェジーの実験がうまくいけば──」
「それは約束する。」彼女の話の途中だがジェジーがその自信を示した。
まぁな。成功する保証がなければプライマリが承認しない。このジェジーの自信は妥当だ。
「──でしょ?なおす目処が立つんでしょう?だったらもう、化け物化なんて不治の病から注射一本で治る軽い熱病に格下げよ。今のイェトやコンスースだって化け物になる前と変わらないし。全然平気。」
バイオセーフティーレベル的に言って4から1に一足飛びに下がったたな。
他の奴らもチャケンダのこと怖くないのかなぁ?
俺の場合怖いというより、奴を見ていると殺意が無限にわいてくる感じだな。
DNAレベルで合わない。
「みんなも一度、お花畑の化け物になってみるといいよ。世界が違って見えるよ。」
言うに事欠いて、こんの青髪にやけ面が。
第一なんで髪の色が青なんだよ。見ていてイライラするから全部引っこ抜いてやろうか。
「兎に角、チャケンダも参加決定で良いのだな。」俺はしぶしぶ手を下げて最終確認をする。
「私も参加しまっす!!」
秘書系メガネ女子のニューオンが、しゅたっと手を挙げた。
それはメガネが一瞬鼻から離陸する程の勢いであった。
彼女の発言に対しては、誰からの返事もない。いい感じに無視されている。
いや、うん。彼女の参加を嫌がっているわけではない。違うの。
そのテンションの高い行動がちょっとニューオンらしくなくて、クールビューティーの彼女らしくなくて、皆さん戸惑っているのだ。
ニューオンは右腕をピンと伸ばし、ふんすと気合いを入れて、右に視線を送り、左に視線を送り、誰ぞの返事を待っている。
「ニューオン。君を歓迎するよ。」
ツイカウ。
俺は心にもない社交辞令をさわやかな笑顔で言ってのけるクールガイという生き物をごくまれに尊敬する。
「え、えーと。じゃあ、ニューオンも参加なのな。」俺は参加人数を更に1、インクリメントした。食い物を用意するのは俺。人数が違えば量もお品書きも違ってくる。
「はい。よろしくお願いいたします。」
彼女は深々と頭をたれた。
「場所、どうするんだ?」
俺がイェトに尋ねた。
「え?ここでいいじゃない。」
「いやぁ、さすがにこの人数だと…さらにさ、お前ら大人しくないじゃん。乱痴気騒ぎなんだろう?お前らみたいな荒武者に暴れられたら店が壊れるじゃんかよう。」
「ふーん。じゃあ、広い場所にしましょう。」
「ちょっと騒いでも迷惑にならない場所がいいわね。」
チョリソーさん。俺は、ちょっとではなくて鬼騒いでも出入り禁止にならない場所がいいと思うぞ。
「この前が海…が雨で湖だったから、今度こそ海…うーん、、あ!山!山がいいと思う。」
「あら、じゃあツイカウの世界でいいんじゃない?」オウフがツイカウの腕に抱き着いた。
「ボクの世界かい?何にも無いつまらない所だよ。」
「綺麗だし、鏡写しの山々が延々と続いていて、わたしは好きよ。」
延々だって?それはおかしいな。俺たちの世界は有限のはず。全ての世界にはそれ以上先には行けない端がある。それがこの有限実装という仮想世界だ。
「まぁ、高原の真ん中に山小屋が一つある。そんな世界さ。それでよかったら使ってくれ。」
ツイカウの了解が得られたところでイェトが手をたたく。
「決まりね。3日後の大体ザックリと大まかに、堅いこと言いっこなしぃーでぇーー…午前11時位にツイカウの山小屋に集合!ツイカウ、アンタの世界の物理アドレスと山小屋のGPS情報配っといて。」
ツイカウはいつもの爽やかな笑顔で軽く手を振った。
今回は身内の世界だから、前回のように雨天に出鼻をくじかれることは無いだろう。
人数が多いな。
カウンターを確認すると──都合14人か?
食うもの用意するのが大変だな。
それにつけてもだな、14人もいてだな、料理できる人員が俺一人しかいないってどうなん?
オウフちゃんは料理できると思うけどなぁ。
オウフちゃん手伝ってくれぬかな?
オウフちゃんと一緒に厨房に立つ。<妄想中>
オウフちゃんのエプロン姿か…
うーむ。むしろオウフちゃんを料理したくなるな。
いかがわしいな。
なしだな。
「明日、買い出しに行かないとな。」
七変化という花がある。
小さく派手な色の花はそれだけでも特徴的なのに、時間がたつにつれて色が変わる。
如何なる偶然がその様な珍種を生み出したのか?
その七変化が咲き乱れる世界。
「ここは、どこだ?」尋ねるトポルコフの声は明らかに怯えている。
「安全な場所です。」オレンジ色の三つ編みを揺らして、ヒエレが答える。
「ここは、ここわぁっ!化け物の世界じゃあないかっっ!」
七変化の異様な魅力と、世界の中心に据えられた、ROM化された化け物。
七変化の時は動き続け、化け物の時は動かない。
「ええ。そして、安全な場所です。」
トポルコフはあらためて周囲を見渡す。
「ここは化け物の世界は無だ。だが無なのに世界の境界があり、地平線があり、そこに花が咲いている。光も存在しないはずなのに、この世界にあるものを目で見ることができる。全てが理屈に合わないんだよ!おかしいんだよ!異常なんだよ!お前は!こんな世界に居て平気なのか!?」
「ただ、この仮想世界の基本的な要素が見えているだけですよ。おかしくはないし、異常でもない。恐れる必要なんてないのです。」
「お!恐れてなんかいない!!異常だと言っている!好き好んでお花畑に来るものなんていない──なぜお前は平気な顔をしている?」
「なぜ…ですって?」
ヒエレはくすくすと笑っている。
「だって、私…いや、俺もそのお花畑の化け物だからだよ。」
で、3日後。午前10時。
「馴染んでるな~。」
マァクら3人とチャケンダら2人は現地集合だと思っていた。
が、チャケンダとニューオンの2人は朝の8時から俺の店に来ていて──
常連どもと談笑している。
「ねぇねぇ。チャケンダって面白いのよ。」
なんだい、オウフちゃん。
俺に会話に混ざれってかい?
悪いがこちとらがちヒッキーでね、口下手、笑顔下手なんだよ。
それよりオウフちゃん。
君はツイカウといいチャケンダといい、俺がいけ好かないと拒絶した男とばかり話が合うんだね。
俺、すかした連中ダメなんだよ。
魂のね、更にその源からね、鋼鉄の意思を持ってね、断固拒否なんだよ。
そのツイカウは朝ちらっと俺の店に来て、で、準備があるからと云って、早々に自分の世界に戻ってしまった。
「きっとみんな驚く。楽しみにしていてくれ。」
当然そのとき、性格が超可愛いオウフちゃんは「私も手伝う」と申し出たのだが、ツイカウめは何と言ったと思う?
「君こそ、ボクは驚かせたいのさ。」
痒い!
痒い!
全身が痒い!!
よくそんなキザなセリフが言えたものだ!驚嘆に値する!!
まったく、これだからクールガイは。カーッ!ペッ!ペッ!
さてと、そろそろイェトさん起こすかな。
いやね、まだ寝てるんですよ。
パーティーやるって決まってから、イェトのテンションは100%に張り付いたまま下がりませんでね。目とか常にギンギンですわ。
四六時中そわっそわして落ち着かずですね、とうとう昨日の夕方にテンションが100%を超えてしまったんですよ。
地下からビールの生樽19Lを2つ引きずってきてさぁ。
コンスースとジェジーが晩飯食いながら軽くビールを飲み始めていたのだけれど、全然巻き添えさ。
「ビール族発見!!」
”族”付いちゃうほどガンガンいってねーよ。
二人はきっと、酔っぱらおうという気持ちすらないから。
いわゆる一つの「取り敢えず生で」のノリで注文しただけだ。
あ、イェトは見た目17歳だけど、俺ら全員100歳オーバーなので飲酒は違法じゃないよ。
違法じゃないからね。
からねっ!!
イェトさん飲む、飲む。
二人のジョッキに注ぐ、注ぐ。
俺に追加の生樽持ってこさせる。
「明日のパーティーの前哨戦よ!明日の体力なんて1ミリも残さずに飲むわよ!!」
いや、体力温存しとかなきゃダメだろ。
つぶれてどうするんだよ。
イェト分ってる?明日は俺たちが主賓なんだよ。祝ってもらうんだよ。
夜の11時にコンスースが「明日もあるし、そろそろお開きにしないか?」とイェトさんをなだめにかかってくれたのですね。
やっと解放されると、俺もジェジーも胸をなでおろしたさ。
「そうね、お開きにしましょうか。」イェトさんは言ったよ。
「茶番はお開きにしてリミッターを解除、全力で酔っぱらうわよ!!」
男3人の目が点になる。
もう、スレンダーなバレリーナを前に、戦々恐々とするわけですよ。
「だいたいねーコンスース!」
「はい?」
「…って何怯えてるのよ?」
「え?怯えてないよ。そう見えるかい?」
コンスース、頑張れ。
「まぁいいわ。アンタねぇ、まだ日付も変わっていないうちから”お開き”とか、なんでそんな発想が出て来るのかっていうことよ。」
イェトさん。俺、コンスースに一票です。
イェトさんの発想が何で?DEATH。
「酔っぱらい方が足りない!むしろ素面とかぁ!?それはおかしい!」
イェトさんの言動がやばい。
「もっとがっつり、酒に飲まれろと、アタシは主張する!!おおいに主張する!!ぶっ倒れるまで飲む!これが真理!」
どぉ…どの宗教の真理かなぁ?ちょっと思いつかないなぁ。
「ぶっ倒れなかったらどうするんだよ?」俺の質問に、答えてイェトさん。
「アンタバカぁ?そのまんま30周年記念パーティーに突入して飲み続けるに決まっているじゃない。」
俺がバカっていうか、聞いた俺がバカでした。イェトさんならそう言うにきまっているじゃぁないか。
結局、イェトさんは翌朝5時前にぶっ倒れた。
ぶっ倒れるまで、よどみなく飲み続けた。
だから5時までもった彼女の肝臓はハンパない。
ぶっ倒れるときはいきなりでな、何の前触れもなくてな、俺はすぐに立ち上がるんじゃないかと思って、ぼーっと見てた。
だが、30秒たっても、1分たっても、彼女は床にぶっ倒れたままだ。
彼女が今どういう状態にあるのか察して、俺の心拍数は跳ね上がったね。でも、恋じゃないんだね。
「要救助ぉおおおっっっ!!!!」
俺はそう叫んで、イェトさんを抱き上げた。
「おい、呼吸はしているのか?」ジェジーが心配そうにのぞき込む。
コンスースがイェトさんの口と鼻のあたりに手のひらをかざす。
「弱い!息はしてるけど、すっごい弱々しい。」
狼狽するコンスースを見て、俺の顔からも血の気が引いてゆく。
いや、俺ら不死身だけどさ。こういう、急性アルコール中毒っぽい場合ってどうなるんだよ??
「ニカイー。一回、起こした方がいいんじゃないか?」
ジェジーの助言に従い、彼女を椅子に座らせて名前を呼びゆすり起こす。
イェトさんは目が半分ほど開いた瞬間「うっぷ」と口を手で押さえた。
「はぁい!緊急車両通りまぁーすっ!!」
彼女を右腕に座らせるように前に抱きかかえ、俺は便所へと走る。
見れば、もう、口の中まで戻ってきているようだ。
まて!まて!まて!まて!
「3秒耐えろ!!」
「3!」
「2!」
「い、いーーーーーーーっ???」
焦っているとドアを開けるのに手間取る。
「ーーち!よし!ぶちまけろっ!!!!」
「うげあぁあああああああーーーー……。。。。」
間に合った。
間に合わない方が話的には面白かろうが、読む方は楽しいでしょうが、俺とイェトは間に合わせたんだよ。
ふー。いい冷や汗をかいたわ~。
謎の達成感に満たされ、脇のあたりで小さくガッツポーズをとった。
コンスースとジェジーが拍手で俺たちをねぎらってくれている。
ありがとう!
そうさ、俺たちはやってやった。
応援してくれた二人とも、愛しているぜ。
俺の時代は便器さえもIoTちっくつーかオンラインなので、レバー倒したりボタン押したり手をかざしたりしなくても、頭で考えるだけで水を流せる。
どうやら彼女は胃の中のものは吐ききったようなので、俺が水を流してやった。
これで一段落と思ったのだが、イェトさんは凍り付いたようにピクリとも動かない。
横から顔を覗き込むと…
「げっ!」
…むっちゃ土気色。
体脂肪率が極端に少ない、血管が透けるような肌がヤバイ色になっている。
「やばいって。コレ。」
俺はイェトさんの背中を必死で摩りながら──それしかできなかったので──外の二人に大声で助けを求めた。
「コンスースは薬箱と水を、ジェジーは濡れタオルを持ってきてくれ!早く!」
「え!?あ、ああ、分った。今すぐ持っていく。」
カウンターの裏手の引き出しをあさり、二人はほぼ同時にやってきた。
「大丈夫なのか?」
「そうとうきつそうだ。無茶な飲み方するから…。」
ジェジーから受け取ったタオルで口の周りの汚れをふいてやる。
コンスースは薬箱を開けて何か効きそうな薬はないかと探し出した。
イェトはつらそうな表情のまま凍り付いている。
胃の中はもう空っぽの筈なのだが、まだ何か吐き出したがっている。
コンスースが二日酔いの薬と胃薬を俺が座っている横に置いてくれた。
「じゃあボクもジェジーもまだ居るから。何か用があったら呼んでくれ。」
「すまない。恩に着るよ。」
二人はいつもの入り口の席に戻っていった。
イェトも女の子なので、無様な姿を見るのは悪かろうと、後で気にするだろうと気を使ってくれたのだ。
「二人ともアルコール漬けで喉が渇いたろう。奥の冷蔵庫にソフトドリンクが入っている。好きに飲んでくれ。」
彼らの背中に追っかけて声をかけた。二人は振り向かずに手を振った。
「うえぇっ、うえええええ。」
イェトさんが、なんか胃液っぽいのを吐いた。
「大丈夫か?」
反応がない。
「薬、飲めるか?」
これには頷いて答えてくれた。
「口を開けろ。俺が飲ませてやる。」
イェトさんが口を開けた。
「下を向いてちゃ飲ませられない。まっすぐに顔を上げろ。」
しょうがないので左手で彼女の顎をもってやり、右手で薬を口の中に放り込んだ。
「吐くなよ。」
水が入ったコップを口にあてがってやる。
なんとか薬を飲ませてやることができた。
しばらくすると吐き気が収まったようだ。
タオルのまだきれいなところを使って、彼女の顔を拭いてやる。
「今日はもう、寝た方がいい。」
「うん分ってる。」
おとなしく、寝室まで連行されてくれた。
イェトさんが俺の後ろを歩いてきたので俺には見えなかったが、コンスースとジェジーの前を通り過ぎるとき、二人に何らかのお詫びをしたはずだ。
頭を下げるとか。
二人はイェトに向かって何やら手で”大丈夫”とか”問題ない”といったジェスチャーを送っていたので、きっとそうだ。
イェトさんを寝かせて戻ってくると、もう朝の6時を過ぎている。
「二人とも本当にすまなかった。パーティーまでもう時間がないが、ちょっとでも寝てくれ。」
「お前はどうするんだ?」
「これからパン屋の準備だよ。」
「徹夜か?」
「ああ。今からじゃ開店までに全品部並べるのは無理だな。まいったぜ。」
「今日は休みにしたらどうだ?」
「店は俺の趣味みたいなものだからな。なぁに、実はそれほど飲んでないから、パンを作り切るまで起きていればいい。その後はカウンターの奥で仮眠をとるよ。」
「そうか。今日のパーティーは楽しみにしている。じゃあな。」
二人には言わなかったが、そのパーティーで出す食い物も作るから、俺は仮眠すらとれはしない。
二人はそれぞれ自分の世界に戻っていった。
:
:
そんなこんなを踏まえたうえで、今に至る訳DEATH。
しにそうDEATH。
もう午前10時だよコンチクショー。
寝てねーんだよバカヤロー。
俺はカウンターの奥でパーティーに出す食事の準備中。
だがそれも概ね目処が立った。
酒にやられたイェトさんは寝かせておいてやりたいが、彼女も女の子だから出かける前は準備が大変だろうと、果てしなく気を使って、出かける1時間前の10時というタイミングで彼女を起こすわけだ。
2階に上がる俺。
起こす。
パジャマ姿のイェトさんに肩を貸した状態で、1階に戻ってくる俺。
異常に酒臭い女の子がやってきて、皆鼻をつまむ。
オウフちゃんに至ってはせき込んでいる。
すいませんねぇ、ウチのツレが。俺は心の中で謝罪をしていた。
イェトさんが俺の肩を離れ、ふらふらと窓際の席に歩いていく。
エリヒュちゃんのほっぺたを両手で挟んで自分の方に向け、はーーーーーっと息を浴びせかけた。
火を近づけたら燃えそうなほどアルコール純度が高い息を小さな少女にだ。
最低だよ。それ、最低なおっさんがすることだよイェトさん。
「おいイェト。出かける準備はしなくていいのか?」
「準備?あーーーー。」
席を立ち、カウンターの方へと戻っていく。
ほっとした。チョリソーの姉御はともかく、純真Alwaysなオウフちゃんやちいさなエリヒュちゃんに被害が及ぶのは紳士として黙って見ているわけにはいかない。
ふらふらと地下倉庫に降りて行くイェトさん。
ゴズン!
ゴトン!
ズーリ、ズーリ。
そんな、ただ事ではない音が聞こえてきた。
でっかいワイン樽を引きずるイェトさんが戻ってきた。
「準備完了<はぁと>。」
「着替えは?」
「ん?これでいいじゃん。」
「パジャマじゃん。」
「パジャマパーティー。」
「黙れよ。じゃあ髪は?」
「ん?このまんまでいいじゃん。」
「そのぴんと立った寝癖を何とかするつもりはないのか?」
「寝癖パーティー。」
「作んなよ!新たなカテゴリーを新設するな!」
最悪だよ。ホント最悪だよイェトさん。
んでもってワイン樽に抱き着いたまま寝てしまった。まじかよー。
もう手の施しようがないので彼女を放置し、カウンターの裏に戻って、料理の仕上げを始めた。
ちょっと気を抜くと睡魔が勝ってふらっとする。
チョリソーがやってきて「昨日、何があったの?」と耳打ち。
俺は「なぁに、ちょっとした惨劇がな。」と遠くを見ながら答えた。
イェトさんが寝言で「ビールもってこい!」と叫んだ。びびった。
「ねぇ、もうすでにアルコール漬けみたいなんだけど、まだ飲む気なの?」
「ああ、たぶんな。」
「大丈夫なの?」
俺は答えに窮した。
何故なら大丈夫もへったくれもなくてだな、彼女はもうすでに大丈夫ではない状態だからだ。
ってゆーか、パーティー開始前にもう、終了した状態にある。
コンスースとジェジーが二人仲良く手をつないでパン屋に到着。
「うえ!?えええっ!?」
ワイン樽を抱きしめて幸せそうに寝息をたてるイェトさんを見て、男二人抱き合ってドン引き。
彼女に近づかぬよう壁際をつたって、いつものテーブルに向かった。
そりゃぁそうだろう。
普通、女の子が眠る時に抱くものといえば、例えば、クマのぬいぐるみだ。
それがイェトさんを見ろ。どうだ?ワイン樽だ。
むしろイェトさんがクマだ。
しかも、店のカウンターの前、他の客の通行の邪魔になる場所を特に選んでだよ、堂々と大いびきをかいて寝とるわけだ。
こんな女子、他に居るか?居てたまるか。
なんだかんだ言って料理できたわ。俺、有能だな。
時計を見る。
10時50分。
もう出かける時間なのでイェトさんを起こす。
すると、目を覚ましたイェトさんがこめかみを押さえて「イデデデデデ!」と床を転がり始めた。
「二日酔いの頭痛には、スプーン一杯の蜂蜜がいいよ。」
なんだよ、チャケンダめが!
助言のつもりか?
お節介にもほどがあるぜ。
だからお前、大嫌いなんだよ。かーペッ!ペッ!
「なぁコンスース。二日酔いの頭痛には何が効くのかな?」
「え?ああ、じゃ、じゃあ…スプーン一杯の蜂蜜…かな?」
「成程そうか!」
コンスースはなまら博学だな。
俺はコンスースのありがたい助言に従って、イェトさんにスプーン一杯の蜂蜜を与えた。
眉毛こそ未だしかめているが、もうのた打ち回ることはない。
うーむ、さすが我が親友コンスースの情報は信用できる。
ありがとうコンスース。君のおかげだよコンスース。
「それにしても、このイェトの匂い。全然酒が抜けてないじゃないか。本当に今日も飲ませるのか?止めるべきではないのか?」
ジェジーが言うことはその99%が正しい。
そして今回もまた、正しいことを言った。
俺だって飲ませたくないよ。
だが…
「本人は、飲むつもりらしいぜ。」
俺は友人に正確な情報を提供した。
ジェジーの呆れ顔。
俺もそんな感じの表情をイェトに拝ませてやりたいですよ。
おっと、もう11時ではないか。出発だ。
一番奥の席にぽつんと座っているプライマリを呼んだ。
彼女はものすごい勢いで俺の脇の下に飛びついてきた。
俺は朝からずっと忙しかった。
プライマリを脇にぶら下げたままだと仕事にならないので、控えてもらっていたのだ。
だいたい毎朝脇の下成分を補給しに来るので、それが出来なかった今、彼女は相当な禁断症状に悩まされているのだ。
それにつけても何故、俺の脇の下なのだ?プライマリは俺のことが嫌いなはずだぞ。無知ないい加減野郎だって。
プライマリからテキストデータが飛んでくる。
『風呂に入っていないのか?』
「まーな。不快でしょうがないだろう。」
『その筈なんだが──いや、むしろいいぞ。』
「え?」
『おおお!たまらぬ!これは病みつきになりそうだ!』
解った。プライマリは変態なんだ。
おかしいんだ、この子。
「おし、出発すっぞー。」
チャンネルを切り替えて、ツイカウの世界に到着。
皆で手をつなぎチャケンダに相乗りしてきたので、いつ手続きを行ったのか分からないほど瞬間的に到着した。
一つ不満があるとすれば、チャケンダと手をつなぐ役目が俺だったってところかな。
せめてニューオンを介していただきたかったのだが、クソハッカーが当たり前のように俺の手を握りしめたわけ。
マァク達は先に到着していた。俺らなんだかんだで出るの11時過ぎてたしな。マァクは時間通りに来ていたのだろう。つか暗い。
「おーい。灯りはどうした?」
ツイカウの世界は夜。夜でもいいけどさ。真っ暗じゃあパーティーし難いんだがぁ。
「5分後に太陽を出す。それまで、ボクの世界の空を楽しんでくれ。」
ツイカウは火炎放射器を手にしている。
「エリヒュちゃん。君を歓迎する。」
ツイカウが炎で空をあぶると、1万個くらいの流星が流れた。
見える限りの空を覆う花火のよう。
その迫力に瞬きするのを忘れた。
「ジェジー、切り離し実験が承認されて、本当におめでとう。」
再び空をあぶると、巨大なオーロラが現れた。
あまりの大きさに距離感が狂い、手を伸ばせば届くのではないかと錯覚する。
「そして。ニカイー、イェト。30周年おめでとう!!」
ツイカウが真上に炎を放つと、それが巨大な炎の鳥になって、空を駆け上がっていく。
1羽、2羽、5羽、10羽、20羽、50羽、100羽、千羽…
凄い!凄い!
限りなく透明に近いオレンジ色の炎が、暗闇を焼く。
「ツイカウ、ありがとう…」
俺は感動をして、不覚にも泣いてしまった。
そして、太陽が昇った。
こういうことをするから、ツイカウはモテるのだな。
ちょっとこの手口はメモを取らせていただく。使っていこう。
ジェジーは「最高だった。」と褒め称えた。
エリヒュちゃんもツイカウに駆け寄り、抱き着いている。
クールガイのサプライズはこれにて終了。
ツイカウが火炎放射器を手にしたまま近付いてきたので、俺は慌てて「イェトさんに火を近づけるな!」と制した。今のイェトさんはガソリンのように良く燃えるぞ。
テーブルも椅子も準備万端のようなので、俺がコンスースに手伝ってもらいながら、料理を並べる。
イェトさんはワイン樽の蓋を斧で割り、ビールの大ジョッキを突っ込んで、既に飲み始めている。
「コラ!イェト!まだ乾杯もしていないのだぞ!」
「うっさいわね!こっちは二日酔いがひどいのよ!迎え酒するに決まっているでしょう!!」
決まってねーよ。また、ぶっ倒れる気かよ!
皆、席についた。
司会はコンスースが務めてくれるようだ。
「では、本日の主役、ニカイーとイェトから一言ずつ頂きましょう。」
紹介されたはいいが、こんな酷い主賓もないぞ。
俺は調理衣のまま着替える暇などなく、寝不足で目の下には隈が出来、ひどい顔をしている。
せめてシャワーを浴びる時間がほしかった。
しかし、それ以上に酷いのがイェトさんだ。
クタクタのパジャマに寝癖頭、目が座った酔っ払い顔。
俺の横にワイン樽を置き、その上に、樽の縁を足の指で挟んで器用に立っている。
右に左にフラフラしているのだが、流石バレリーナと云うべきか、倒れずにバランスを取っている。
前屈姿勢でワインを汲み取って、また上体を起こし─
腰に手を当てて天を仰ぎ、大きく口を開けてかぱーっとワインを胃に流し込む。
へそのあたりをポリポリと掻いている。
だ、だめだこりゃ。俺は横目でイェトさんを見て、言葉を失った。
見ているみんなも言葉を失っている。
ホント…なんか、ゴ、ゴメン。ごめんね。
俺たち、こんなで。でも、こんなんで30年続いてきたんだよ。
ああ、オウフちゃんの純粋無垢な瞳をその視線を、俺は正面から受け止めることができないよ。
このざまを見てもまだ「二人を見習って」と言ってくれるだろうか?
反面教師ということならば、オウフちゃんのお役に立てるかもしれない。
くっ、
もう、俺が何か気の聞いたこと言うしかないだろう。
「えー。今日は本当にありがとう。お前らと毎日過ごせているだけでも幸せなのに、こうして祝ってくれるなんてな。嬉しい…」
「くどいっ!!」
イェトさんが俺の側頭部をビアジョッキでぶん殴った。
酔っているので力の制御ができていないようだ。正真正銘全力の一撃であり、俺の脳に致命傷レベルのダメージを受けた。白目を剥いてぶっ倒れた後、不死の機能が働いて俺は息を吹き返した。
「おいイェトさん。俺、今、死んだぞ。」
「いいからずっと死んどきなさい。」
「イェト!いい加減にしろ!お前ひどすぎるぞ!!」
「だまれ!!!!」
再びビアジョッキで殴り飛ばされてしまった。
「者どもっ!理由はいらない!目の前のアルコールをひたすら飲み干せっっ!!」
なぁイェトさん。今日のこのパーティー、俺たちの30周年記念だよな?
俺、本当に楽しみにしてたんだわ。
大好きなみんなに祝ってもらえるの。
台無しだよ。台無しだよ、イェトさん。
一時間後。たったの一時間後。
死屍累々。
マァクとイェトさんを残し、全員ぶっ倒れてしまった。
もはや乱痴気騒ぎですらない。
ツイカウの世界はアルコールをぶちまけた、俺たちの墓場と化してしまった。
あと、オウフが「鏡写しの山々が延々と続いていて」って、意味わかった。
ツイカウの世界は四方の世界の壁、境界面が鏡になっているのだ。それで、山並みが延々と続いている様に見えるというわけ。文字通り鏡写しにね。
コンスース「みんな、だ、大丈夫か?」
チョリソー「大丈夫無い。」
エリヒュ「胃がひっくり返る様でしゅ。」
ジェジー「ボクは世界がひっくり返っている様な感じがする。」
オウフ「ツイカウ、ツイカウ。」
ツイカウ「大丈夫、ここに居る──うぇっぷ──だ、大丈夫じゃ無いけど、ここに居るよ。」
イマルス「流石マァク様。あの常軌を逸した飲み方で、平静を保っていられるとわ。」
ナイアラ「うぇあにょらあぁ」──気絶。
ニューオン「ほ、本当にパーティーなの?集団自殺にしか見えないわ。」
チャケンダ「ニカイー、君たちはいつもこの様な、無茶で無意味で自分も仲間も大事にしない愚行を行っているのかい?」
俺「黙れクソハッカー。その青髪をパンチパーマにするぞ。」
プライマリ「…」
俺「おい接点!大丈夫か?息してるか?」
プライマリ『ダメみたいだ。人工呼吸を頼む。』
ねっとりといやらしく抱き着いてきた。
俺「余裕じゃねーか。」
プライマリの頭を引っ叩いてやった。
こんな最悪な記念パーティーあってたまるか。
俺とイェトさんの仲が40年、50年続いたとして、みんなは懲りずに記念パーティーをやろうと言ってくれるだろうか?
薄れ行く意識の中、ワイン樽を挟んで座るマァクとイェトさんの姿が今生の最後の光景として、目に焼き付いた────ガクッ。
翌日の夕方、酒が抜け、我に帰ったイェトさんが目覚める。
「うーーー!わーーーーーーっ!!」
断片的だが、記憶に残っていたらしい。
彼女は、自分がその手で、30周年記念パーティーを、優しいみんなの思いを、場外へ大暴投してしまったことに…気が付いた。
そして、やっちまった過去は、やり直しも消すこともできない。
「いやあああぁぁぁぁっっっ!!!!」
さて、特権を主張していたトンデモ男のヒイッチはめでたく解任が決まり、その後任は予定通りガーウィスに決定した。
ヒイッチのせいで切り離し実験のスケジュールは、プライマリやセカンダリの期待に対して遅れている。
早速ジェジーとガーウィスの顔合わせが行われることになり、イマルスとナイアラがジェジーを迎えに来た。
「物理アドレスさえくれれば、一人で行けるのに。」
子供じゃないんだから──そう言いたいジェジーの気持ちはわかる。
「私はマァク様の代行としてきている。引継ぎはうまく行ったか。今度こそお前たちが正しく機能しそうか、確認する義務がある。」
女の子の監視付きか、これは男同士の気の利いたジョークも言い難いな。
ジェジーは諦めたようにため息。
「そうだ、コンスースも来てくれよ。」
「邪魔じゃあないかい?」
「何を言う。事実上の共同研究者じゃないか。」
プライマリがそわそわしだした。先にも書いたようにスケジュールは押しているのだ。
プライマリが焦れてイマルスの背中をつつき廻す。
「分かった、分かった。今、行くから。」
実のところナイアラもそわそわしていた。
プライマリを見てそわそわしていた。
ナイアラは彼女の能力からも察することができるように、動物が大好き。
そして、プライマリはその小さな体の、頭のてっぺんからつま先まで、小動物オーラを全身から放ちまくっている。
これにはナイアラもたまらない。よだれが止まらない。
ついに我慢ができず、ナイアラはプライマリをぎゅっと抱きしめた。
幸せそうなナイアラ。
「な、なんか。めざめた。」
ナイアラは幼女に目覚めてしまった。
彼女は幼女の愛らしさにもう夢中。
ついうっかり、幼女の体に悪戯がしたくって、プライマリの脇をくすぐってしまった。
身をよじるプライマリにきゅんとときめく。
もう、彼女の手は止まらない。
プライマリは手を払ったり、しゃがみ込んだりして抵抗するが、ナイアラは容赦せずにくすぐり続ける。
それがよろしくないことだと分かっていても、手を止めることができない。
プライマリは口を抑えてエビ反り、足をジタバタさせている。
接点は俺以外の人間と会話をしてはいけない。声を聴かせる訳にはいかない。
「ナイアラ、何をしているんだい?出発だよ。」
ジェジーが声をかけると、彼女は名残惜しそうに手を止めて立ち上がった。
「ようじょ、さ、さいこう。」
興奮気味に訴えるイマルス。
「そ、そうか。」
ジェジーは平静を装った。
もう、変態さんには慣れましたわ。
変態がいないと不安に感じるくらい慣れた。
完全にグロッキー状態のプライマリを抱き起す。
彼女が俺を標準出力にして脳に直接語りかけてくる。
『今、彼女が行った仕打ちを、お前の手でやってくれ。』
「…え?」
『嫌がっても、抵抗しても、決して許さないスタイルが望ましい。』
「…なぁ、俺のこと嫌いなんだよな?」
『何度も言わせるな。お前なんか大嫌いだ。』
「好きなやつにやってもらえよ。」
『お前というやつは、本当に何もわかっていないな。』
「何?」
『嫌いな奴に無理矢理やられるからこそ…』
「わーーっ!わーーっ!わーーっ!」
俺は全力でプライマリの言葉を遮ったのだが、なにせ脳に直接なので全部聞ききってしまった。
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そんな頭おかしい理屈、分かるわけないだろうが。
「すくすくと活発な変態さんに育ちやがって。」
ジェジー達4人は既にガーウィスの世界にチャンネルを切り替えたようで、姿が見えない。
プライマリは切り離し実験の見通しを確認したいので、4人が戻るまで待つといい、俺の脇の下にしがみ付いた。
現地で解散した場合、4人は戻ってこない。
それに気付けないプライマリではない。
つまりは俺のわきの下に収まりたい一心から出た言い訳に過ぎない。
残された2310名の思想面での最大派閥、進化派。その代表はツワルジニと云う男。自分さえよければ、他人はどうなっても良いという最低な男。
彼の世界は音を全く反射しない。
いわゆる無響室だ。
その中央に、外壁を吸音素材で覆った、円筒状の邸宅がある。
邸宅の外壁にはまた、300個の高性能マイクが仕込まれており、彼の空間のあらゆる音を拾う。
その音はナレッジベースと照らし合わされ、何が発したどういう音なのか判明する。
その、ツワルジニご自慢の異常検知システムは、彼の世界に何の異常もないと報告している。
侵入者は一人もいない。安全な状態だと判断している。
「では、私はこれで失礼をいたします。」
「周囲の警戒を怠るなよ。」
ツワルジニは自分のために身を粉にして働いてくれた者に、一切、ねぎらいの言葉はかけない。
重ねて注文を付けるだけだ。
「分かりましたツワルジニ様。良い夢を。」
大人しそうな美少女”ッタイク”。
今は彼女が進化派の副代表だ。
彼女が立ち去った後、それほど時間を置かず、ツワルジニの部屋のドアは開いた。
「何用だ!入る時はノックぐらいせぬか!」
ッタイクだと決めつけて威勢よく一喝した。しかし、部屋に入ってきた者の姿を見て息を飲む。
「ト、トポルコフ??」
チョリソーとオウフ誘拐事件の罪を背負わせ、事実上追放した。元、自分の右腕。
彼がそこにいた。
ツワルジニご自慢のセキュリティーを潜り抜けて。




