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お花畑 - 切離し実験編  作者: イカニスト
3/10

第三話「イマルスとナイアラ」

題名「お花畑」

第二章「切離し実験編」

第三話「イマルスとナイアラ」



青天の霹靂か?敵の総大将であるチャケンダが俺達に頭を下げた。

ヒエレと云う男が問題を起こすかもしれないが、彼の処遇は自分チャケンダに一任して欲しいと言う。

そのヒエレはエリヒュという小さな女の子に襲われた。

苦節29年。遂にジェジーの切り離し実験計画書が、接点の審査を通過した。

彼の実験に保全機能の助力が不可欠。それをとりつけることができた。

しかし、喜んだのも束の間。

今迄顔も見せなかったヒイッチというチャラ男が現れ、共同研究者の権利を主張。

接点が切り離し実験の計画を買い取る交換条件に、特権の貸与を要求した。どうやら人類の王にでもなるつもりらしい。

右を向いても、左を向いても、なんともまぁキナ臭い。


進化派の元副代表トポルコフはマァクに追われている。

現在トポルコフをかくまっているギョリカイという男は、ヒエレのリモコンの制御下にある。

先日、ヒエレとギョリカイは秘密裏に顔合わせをし、いったん分かれた。

ヒエレはエリヒュの襲撃を受けた後、彼を尾行してトポルコフと落ち合うところを見た。

オレンジ色の三つ編みは、ギョリカイとトポルコフがつながっていることを確認し、いやらしく舌なめずりをする。

そこでヒエレはリモコンを取り出して、ギョリカイを支配し、ヒエレに都合のよい報告をさせたのだ。

今日、これから、ギョリカイは待ち合わせ場所に、トポルコフを連れてやってくるだろう。

トポルコフがヒエレを見たら、きっとこう言うに違いない「こんな奴は見たことがない。帰る。」と。

ならばトポルコフもリモコンで操ればよろしいか?

残念ながらそれはできないのだ。

彼のリモコンは赤外線が届く範囲の単一、もしくは複数の対象に、単一のコマンドしか発行できない。

つまり、ギョリカイを制御しながら、同時にトポルコフを別々に制御することはできない。

そうでなくても、出来ればリモコンの力なしで、トポルコフの協力をとりつけたい。

ヒエレが求めているのは、彼の操り人形ではなく、チャケンダに立ち向かう頼れる協力者なのだ。

自分が今、ギョリカイを操っている事実は隠しておきたい。

自分に人を操る能力があるということを知られてはいけない。

トポルコフは気が小さい男だ。

相手を操る能力持ちなんて知れたら、ぴゅんと逃げてしまって、以降寄り付きもしないだろう。

彼のリモコンが実は欠点だらけだとしてもだ。

リモコンのボタンで制御できる行動は単純なものに限られる。

赤外線も10メートルまでしか届かない。

チャケンダはヒエレのリモコンの秘密をヒエレ自身より熟知している。

彼に言わせればヒエレのリモコンには致命的な欠陥があるらしく、事実、チャケンダに彼のリモコンは通用しない。

流石はチャケンダ。天才ハッカーの面目躍如といったところだ。

やや話がそれたが、今問題にしているのはトポルコフである。

彼がヒエレに頼り、ヒエレについて行かざるを得ない状況を作らなければいけない。

そのためにはちょっとした仕込みが必要だ。

トポルコフがやってくる前に。

「ヒエレ、こんなところに呼び出して、何の用だ?」

やってきたのはクレという男。

今は人間の姿をしているが、お花畑の化け物の一人だ。

根拠の搭の時、化け物の姿でイェト達に抵抗した彼はROM化される筈だったが、チャケンダとの取引の条件に追加され放免となった。

怪訝そうな顔をしている痩身の男にヒエレは「チャケンダから盗み取った技を見せてやろうと思ってな。」と耳打ちした。

「なに?」

クレもチャケンダに心酔している者の一人、

盗み取ったなどと聞かされては、心中穏やかではない。

さて、ギョリカイがトポルコフを連れて現れた。

「今、見せてやる。」

ヒエレがトポルコフに見られないよう後ろ手に隠し持ったリモコンで、クレを狙い緑色のボタンを押す。

「な?に!?」

クレの体に異変。

彼はおのが身に何が起こっているのか気付いた。

「ヒエレぇ、貴様ぁぁ…」

それ以上、彼が人の言葉を話す事は出来なかった。

彼はお花畑の化け物に変化してしまった。

イカとタコとクラゲが合体したような、グロテスクな姿になってしまった。

突然現れた化け物の姿に脅えるトポルコフ。

顔面蒼白。

ビビり切って動けない。

その気が小さい少年の手を引くヒエレ。

「だ、誰だお前は?」

「私がヒエレです。」

「お前なんか見たことがないぞ。」

「あなたがお忘れになっても、私は受けた御恩を覚えております。」

「お前など知らぬ。」

エントリーポイントに3人の人影。

遠くて顔の判別ができないが、ニカイー、イェト、そして接点プライマリで間違いない。

それが証拠に袖搦そでがらみが化け物目がけて飛んできた。

「ひぃぃぃっ!!」

ニカイーの登場にいよいよトポルコフが震え上がった。

「ニカイーに見つかると厄介です。早くこちらに。」

「ああ、分かった。」

トポルコフはあまりの恐怖に、疑うことを放棄してしまった。


トポルコフら3人が去った後、哀れにも残されたクレ。

彼に戦闘の意思は全く無かった。

彼にはチャケンダの方針に従う気持ちしかなく、騙し討ちにあったとはいえ、自分が現在進行形で問題を起こしていることを恥じている。

無気力な様子に抵抗する意思がないことを察した俺とイェトは、攻撃は不要だと悟る。

「痛かろう。」

俺は袖搦をぬいてやった。

俺とイェトは一歩さがり、プライマリに道を開ける。

プライマリがROM化の手続きを始めた時、ニューオンがプライマリを抱き上げて数メートル跳躍。

そして、その向こうでチャケンダがクレを人間の姿に戻した。

痩身の男は、すまない、本当にすまない、と詫びの言葉を繰り返して、チャケンダにすがり付いている。

「ヒエレにやられたんだな?」

「はい。何をされたのかは全く解らないのですが…」

クレは首をかしげている。

そして思い出したように「チャケンダ様から盗み取った技と言っておりました。」とチャケンダを見上げた。

「そうか、よくわかった。ニカイー、聞いての通りだ。この男に罪はない。見逃してくれ。」

「確かにその男に限ってすじは通っている。化け物化しても戦う意思が微塵もなかったしな。いいだろう。だが、その後”ヒエレは自分に任せろ”なーんてたわごとを言うつもりではなかろうな?」

「さぞかし厚顔な男と呆れるだろうが、その通りだ。ヒエレはボクにまかせてくれ。」

「バカか?そのやせっぽちの言うことが本当なら、ヒエレって男はおとなしく寝ている化け物を叩き起こす能力を有しているのだろう?そんな危ねー男、放置できるものかよ。俺たちの仕事だ。」

「だが、幸いなことに、まだ誰にも迷惑はかけていない。」

「迷惑かけてからでは遅いと言っている。ヒエレは危険だ。ひょっとするとROM化した化け物もCHMOD出来るかも。」

「ニカイー。ボクが嘘をついたことがあったか?今回だって間に合わせたろう。後生だ。」

「しかしだな…」

「しょうがないわねー。」

イェトの声。ため息交じり。

「アンタのお願いを聞いたのはこれで2度目。3度目はないわよ。それだけは覚えておいて頂戴。」

「感謝する。」

「おい、イェト。」

「アンタは黙ってなさい。さぁ、接点ちゃんも帰るわよ。」

イェトが俺の耳とプライマリの手を引く。

「ニカイー。」チャケンダが俺の名を呼ぶ。

「なんだ?」

「ヒエレは悪戯が過ぎた。ボクを信じて、任せてくれ。」

「…」

奴が何を言いたかったのか判断に困り、俺に返す言葉はない。

チャケンダの声は飲み込み難い怒りに震えているようだった。

今思えば、やはりヒエレの身柄は俺たちが引き取るべきだったかもしれない。

まさか、あの様な事になるなんて。

チャケンダがあそこまでするなんて。


要人の保護という任務に対して、ヒエレは迂闊であったと言える。

ギョリカイはその点ぬかりなく、トポルコフがマァクの手のものに見つかることはなかった。

それに対してヒエレはトポルコフを伴って宿に入るところを簡単に目撃されてしまった。

それでも幸いだったのは、マァクがヒエレのデータをチャケンダから受け取っていなかったこと。

もし、彼がチャケンダを怒らせるような問題児だと知られていたなら、マァクに警戒され、きっと大人数がその宿に押し寄せてきただろう。

実際にマァクが送り込んだのはたったの二人。

大事になることを恐れて、精鋭のツーマンセルにより、トポルコフ一点狙いで拿捕する方針だ。

今は二人が宿屋の主に事情を説明しているところ。

小動物の感か?身の危険を感じたトポルコフは、割り当てられた部屋に入るとき、一度後ろを振り返った。

「もう安心です。暫くくつろいで居て下さい。」

ヒエレは女装の少年をなだめて部屋を後にする。

小心者のトポルコフが不安がったが、ヒエレは「この宿なら安心です。」と言い切った。

少年は捨てられた子犬のように、ポツンと部屋に残された。

ヒエレの次の目的地は進化派代表ツワルジニの世界だ。

彼は事前にその下調べをしておきたかった。

トポルコフは孤独の頼りなさにソワソワとして落ち着かない。

窓からカナブンが一匹入ってきて入り口のドアノブに止まった。

ドアの周りをうろつくカナブン。

トポルコフはトイレからトイレットペーパーを少々持ってきてカナブンを捕まえ、外に逃がし、窓を閉めてしまった。

その一分後。

部屋の入り口の鍵が音もなく開錠され、ズバンと一気に開く。

間髪入れずに飛び込んできたのは、マァクの側近にして一番の精鋭、イマルスとナイアラ。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

<※因みに絵1枚で特徴を伝えるため、頭軽く大きめです。>

二人はトポルコフを探すが、何故か何処にも居ない。

ナイアラがカナブンに調べさせたわずか一分前、彼はこの部屋に居た筈だ。

既に別な世界に逃げてしまったのだろうか?

小心者が一人で?

まさかである。そんなわけがない。

怖がりの少年は、レゴブロックでソファーを作り、その中に隠れていた。

彼のレゴブロックは一度完成してしまうと、本物と見分けがつかない状態に変質する。

少年はマァクの手下二人が自分はすでにこの世界から立ち去ったのだと誤解して、二度とこの部屋には来ないというシナリオに賭けていた。

音を立て無いよう注意しながら、それでもガタガタと体を震わせて、二人が去るのを待つ。

ぼさーっとしたポニーテールのナイアラがスリングショットを取り出し、卵を一つ床に投じた。

卵は孵化しあっという間に雛鳥から親鳥になる。

嗅覚が優れていることで有名なキーウィだ。

キーウィはあっという間にソファーのところに走り、くちばしでつつきだした。

「い、いいこ。もどって。」

彼女が手を差し出すと、鳥はその手のひらに乗り、卵に戻る。

居場所がばれた。

トポルコフはあわを食ってチャンネルを切り替える手続きを始めたが、それは無駄な悪あがきだった。

イマルスが雑草の束をソファーに押し当てると、その驚異的な生命力で根をはり、中に居るトポルコフを縛り上げてしまった。

「くそう!」

少年はソファーの中で何もできずに毒づいている。

「ヒエレは何をしている!」

その苦情には即時に確かな答えが返ってきた。

「ここにおりますよ。」

ヒエレはリモコンの早送りボタンを押して雑草を枯らしてしまった。

トポルコフはレゴブロックをばらして、中から出てくる。

この間に、イマルスとナイアラはヒエレに知られぬよう声には出さず、脳内のチャットでヒエレのリモコンの機能について相談しあった。

「マァク様ほどでは無いようね。」イマルスがほほ笑む。

ナイアラがワニの卵を取り出して、トポルコフに向かって投擲。

巨大なワニが少年を咥えて、窓の外にダイブ。

すかさずヒエレがリモコンをワニに向けるが、イマルスが雑草を空中に投げた。

それが葉を生い茂らせた緑色の壁となり赤外線が通らない。

イマルスとナイアラもワニを追って4階の窓からジャンプ。

二人のターゲットはトポルコフただ一人。三つ編みの青年に用はない。後はずらかるだけである。

さて、ワニは高所から飛び降りるのには向いていない。

このまま受け身も取れずに鋭い歯に挟まれたまま地面に激突するのかと考えれば、その結果が何を意味するのかを考えれば、10軒隣まで聞こえそうなトポルコフの盛大な悲鳴も頷ける。

ヒエレもすぐに窓の外へと追ったが、イマルスが置き土産代わりに床に仕掛けた雑草が足に絡みついた。

その忌々しさに舌打ちしながら雑草をちぎり、遅れて窓から飛んだ。

下方に目をやると、分厚い雑草のマットにぼよんとワニが着地する光景が見えた。

二人の女性と少年をくわえたワニが逃げる。

マットの役割をしていた雑草が、檻の形に変形していく。

イマルスはヒエレを檻の中に閉じ込めようとしているのだ。

ここで足止めをされ、トポルコフを見失うわけにはいかない。

たまたま下に居た通りがかりの男性にリモコンを向けて黄色のボタンを押した。

ヒエレと野次馬が入れ替わる。

野次馬は檻に閉じ込められ、ヒエレはトポルコフを追う。

そのトポルコフは、ワニに咥えられながらもなんとか、ポケットからヒーローのフィギュアを2体取り出した。

フィギュアはワニの鼻先で等身大まで巨大化し、全力疾走するワニを止めるべく足を踏ん張って抵抗する。

「げ!」

トポルコフは2体のヒーロー越しに、マァクの姿を確認した。

彼が一番会いたくない人間がそこに居る。

彼女は拳銃、ハイスタンダード デリンジャーを構えている。

そして、引金を2回引いた。

2つの銃弾は2体のヒーローに命中。

マァクが「抵抗を止めなさい。」と命じると、元のおもちゃのフィギュアに戻ってしまった。

「成程、俺と同じ種類の能力か。」

ヒエレが追い付いてきた。

「それで、そっちの二人は、俺のリモコンの能力をすぐに把握できたんだな?」

イマルスが頷く。

「すぐに分かったさ。お前の能力はマァク様の足元にも及ばない欠陥能力だってね。」

マァクが銃に新しい銃弾を詰めている。

「俺は赤外線で事実上無制限に連射できる。そっちは実弾で最大二連射。さて、どっちが欠陥能力かな?」

イマルスがヒエレを指さす。

「無論貴様だ。貴様の赤外線は絶対にマァク様に当たらないし、マァク様の銃弾は絶対に的を外さない。」

「バカを言う!」

ヒエレがマァクにリモコンを向けて停止ボタンを押す。

これで、マァクは凍り付いたように動かなくなるはずだ。

しかし、ヒエレに銃口を向け、引き金に指をかけるマァクの動きは止まらない。

彼がリモコンのボタンを押す時、マァクの周囲にただならぬ空気の密度の差ができ、レンズのような働きをしていることが分かった。

「フン、厄介な。複数の能力を使いこなすのか。」

これを聞いてイマルスが大笑いをする。

「マァク様の周囲で起こる不可思議を個々の能力と考えているうちは、お前に勝機はない。」

いよいよマァクが引き金にかけた人差し指に力を加えた、そのとき。

エリヒュが来た。

あのチョリソーに甘えていた、小さな女の子がやってきた。

飴玉を5つ投げて煙幕をはり、スレッジハンマーでワニを吹っ飛ばした。

ワニはトポルコフを放してしまう。ゴキブリのように地面を張って逃げるトポルコフ。

エリヒュにヒエレが近づいてきた。

「先生…いやエリヒュ、何をしに来た?」

「助けに来たのよ。」

「はぁ?」

「無駄口は後。早く。」

ヒエレはトポルコフを担いでエリヒュの後に続いて走る。

が、100mほど走ったところで、ヒエレがエリヒュを突き飛ばした。

「ちょっとヒエレ!何をするの!?」

バキン!!

彼女の背後にあった柱に、高い精度で加工された、羽根つきの劣化ウラン弾がめり込んだ。

「マオカルが俺たちを狙っているようだ。」

マオカルはハイブリッドハンドガンによる狙撃を得意とする軍人。チャケンダの協力者だ。

エリヒュは銃弾が飛んできた方向を見てマオカルを探す。

彼女の手をヒエレが引く。

「奴はプロの軍人だ。もう、別な場所に移動している。また来るぞ、伏せろ!」

歩道をおしゃれに飾っていた鉢植えが、彼らの代わりに劣化ウラン弾の犠牲になった。

エリヒュは意を決し、建物の陰にヒエレとトポルコフを連れて行った。

スレッジハンマーで地面を3回ぶっ叩く。

出来た穴に飴玉を50個放り込んで爆破。

ちょっとしたクレーターが完成した。

そこに二人を寝そべらせる。

「チャンネルを切り替える手続きを開始して。後は私が引き受ける。」

マオカルの攻撃が止んだ。

彼の元にはマァクの指示でナイアラが向かっていた。

チャケンダの手の者が何故、トポルコフを狙うのか?マァクは不思議に思っていた。

「と、トポルコフに、な…何用?」

「俺の気まぐれだ。俺はブラックリストに登録されている。ログを見ればわかるぜ、お嬢ちゃん。」

「ちからずくできくから。」

ナイアラは鷹の卵をスリングショットで投じた。

腹をすかせた鷹が、生肉を求めてマオカルに襲い掛かる。

エリヒュの相手はイマルス。

必死でスレッジハンマーを振り回すが、地面からにょきにょきと生えて来る雑草に絡みつかれて思うように動けない。

飴玉爆弾を投じるが、これがチョリソーだったら見えている限りの雑草をまるっと吹き飛ばしたのだが、どうにも雑草の生命力/しぶとさを上回ってダメージを与えられない。

自分が自由に動き回れるようになるほどには、雑草を駆除できないのだ。

「あなたはトポルコフの仲間なの?」

既に勝利を確信したイマルスが尋問を始める。

「トポルコフはどこ?」

口を閉ざし、歯を食いしばって小さな体を縛り上げる雑草に抵抗するエリヒュ。

苦しみの中、ただヒエレを案じた少女が、二人を隠した穴の方へ視線を送る。

「そっちに居るのね。」

イマルスが走り、建物の陰に大穴を見つけた。

そこにはもう、誰もいない。

「やられたっ!」

イマルスが舌打ちする音を聞いてエリヒュはヒエレが無事に逃げ延びたことを知った。

力尽きてぐったりとうなだれる。

イマルスはエリヒュをマァクのもとへと連れていく。

「トポルコフには逃げられました。この少女は何も話そうとはしません。」

「そう。」マァクの嘆息。

「私のデリンジャーの乱用は好ましくありませんが、やむないでしょう。」

イマルスの雑草に拘束されたエリヒュは、マァクの弾丸を額に受けた。

「知っていることを、全てお話しなさい。」

彼女の意思とは無関係にエリヒュの口は動かんとする。

それでも彼女はマァクの呪いに対する抵抗を試み「チョリソー!助けてチョリソー!」と泣きながら叫ぶ。

マァクは彼女への命令を撤回する。

エリヒュの画像をチョリソーに送る。

チョリソーからテキストデータが飛んできた。

『その子知ってます。すぐに行きます。』

ってゆーかもう、エントリーポイントに来ていた。

チョリソーが走ってくる。

イマルスがエリヒュの拘束をとく。

エリヒュはチョリソーの胸にしがみついて離れない。

ナイアラが戻って来た。

イマルスが「マオカルは?」とマァクへの報告を求める。

「にげられだぁ~。」だらっとした表情からは知れないが、ナイアラは悔しがっている。

「いいさ、マオカルの居場所はいつでもわかる。」イマルスがマァクになり替わって答えた。

マァクはチョリソーに語り掛けている。

「チョリソーさん。申し訳ないのですが、その子を預かって頂けないでしょうか?」

チョリソーはすがるような目で自分を見つめる少女の瞳を見ている。

悪い子ではないと思う。

「強引に事情を聴きだすことは可能ですが、出来れば手荒な真似はしたくないのです。」とマァクは続ける。

チョリソーはしばらく考えた後「分かりました」と返事をした。

「いこう、エリヒュちゃん。」

チョリソーは少女の手を引いて、ニカイーのパン屋へと戻って行った。


ジェジーは本当に頭に来ていた。

ヒイッチのゲスなやり口に頭に来ていた。

「ボクは人類のためを思って、化け物になってしまった人たちの幸せも考えて、この29年間研究に持てる全てを捧げて来たんだ。」

「ああ、判っている。」コンスースが同意する。

「ボクは特権なんか欲しくはない。ボクの研究結果は無償で万人にシェアされるべきなんだ。」

「君は正しい。」

「それを、ヒイッチの奴め。接点もなんであんな条件を提示してきたのか?」

「化け物になったボクにはなんとなくわかるよ。接点は君の実験がもたらす全てを人類に任せるのは現時点で危険だと判断したんだ。一方、君の今後の研究を妨げるのもよろしくないと考えている。そのあたりの答えを、人類──つまり君に出させたいのさ。」

「それにしてもヒイッチの奴め。」

「俺がどうかしたかい?」

噂をすればなんとやら。ヒイッチが現れた。

「オンラインだと通信拒否られるかもだからな。直接来たぜ。」

「特権は断じて求めないぞ。」

またもめだした。

俺の店でさぁ、ぎゃあぎゃあと…全く他でやっていただきたい。

と、思ったらイェトさんが鬼の角を生やしたような’怒’の表情で、入り口のテーブルにどすどすと向って行った。

「あのさー、よそでやってくんない?迷惑なんだけど。」

おお、イェトさん。いいぞ、もっと言ってやれ。

店のオーナーである俺が文句を言わなかったのは、決して揉め事にかかわるのが嫌だからではないぞ。ウチの看板娘イェトさんを立ててやったのだ。そう、別に俺が言ってもいいのだが、あえてイェトさんに譲ったのです。うん。まじで。

ヒイッチが「別な場所に行こうぜ。」とジェジーを誘う。

しかし彼は「お前が失せてくれればいい。ボクはどこに行く必要もない。」と応じない。

これにカッとなったヒイッチが、悪態をつこうと口を開きかけたところ、イェトさんの拳がヒイッチの頬にめり込んだ。そのまま壁まですっ飛ばされて、壁にめり込む。

イェトさんの拳からシュウシュウと煙が立ち上っているので、マジパンチだと思う。

おーい、イェトさん。店は壊さないでくれよ。

「よそでやんなさいって言ったわよね?特権云々に対して、ワタシは中立の立場よ。接点ちゃんとのそういう契約だから。でもね、店を荒らす行為は断固お断り!」

俺的には店を壊す行為も断固お断りなんだが。

ジェジーが頭を下げる。

「イェト、悪かった。もっとはっきりと断ってやれば良かったんだ。」

「どんな言葉を並べたって、俺は特権を諦めないぜ。」壁にめり込んだままよく話せるな。

「好きにしろ。ボクは切り離し実験の全ドキュメントを非公開にする。君が考えを改め、適切に利用されるという確証が得られるまで、完全に凍結する。」

これを聞いて最も焦ったのは、俺にへばりついて、脇の下を堪能していたプライマリ。

彼女はあまりに心を乱したため、へこへこと腰を動かして股間を押し付けてきた。

そのえっろい取り乱し方、他の方法じゃダメだったのか?なんでそうなるのん?

プライマリがジェジーへの質問を送ってきたので、俺が代わりに「その凍結って、最大でどれくらいの期間を想定しているのだ?」と聞いてやった。

「無期限だ。」

プライマリの心の動揺が一層激しくなり、それに伴って、彼女の腰の動きも一層早くなった。

「どうどう、落ち着け。」

兎に角道徳的によろしくないので、プライマリが腰をそれ以上いやらしく動かさぬように押さえつけた。

『人類が独力で導き出した解答である、ジェジーの切り離し実験が無ければ、移動手段の切り替えができない。我々のスケジュールに支障が出る。』

プライマリが俺を標準出力にして、テキストデータで泣き付いてきた。

「わかった、わかった。何とかするから待ってろ。」

とは言え困ったな。

うーん、そうだマァクだ、マァクに相談してみよう。

他力本願ってところがヒッキーらしくて素敵。

連絡をとると、丁度俺のパン屋に来る用事が有るらしい。

プライマリに「マァクが来てくれるから待ってろ。」と伝える。

チョリソーがエリヒュを連れて、戻ってきた。

エリヒュは申し訳なさげで、入り口の前でなんとも入り難そうにしている。

チョリソーに促されて、やっと店の中に入ってきた。

「何かあったのか?」と、俺がデリカシーの欠片も無く少女に尋ねると、「今はそっとしておいてあげて。」とチョリソーが気を使う。

チョリソーが壁にへばりついているヒイッチを見つけ、べりっと引き剥がして、ぺいっと店の外に打ち捨てた。

バタン!入り口を閉める。

「さぁ、エリヒュちゃん。奥の席に行きましょうね。」

さらっと剛腕振るっといて、なんすかその母性あふれる笑顔は。

イェトさんとチョリソー。ウチの二人の姐御は全く恐ろしい。

イェトさんが紅茶を4つとココア1つをトレイに乗せて運んでいく。

イェトさんとチョリソーが豪快に下ネタを話し始めた。

オウフが「エリヒュちゃんの前だから。」と慌てて制止する。

いつもの光景だな。じゃあ、動画でも見るか。

マァクがイマルスとナイアラを伴ってやってきた。

怯えるエリヒュ。

「大丈夫よ。」と少女の頭を抱くチョリソー。

マァクを気にするエリヒュとは対照的に、マァクはエリヒュが見えていないかの様に気にしていない。

彼女はジェジーにマオカルの居場所を尋ねた。

ジェジーは早速、ブラックリストシステムにサインインする。

その後、彼女は俺の方へ歩いてきて「なにか御用かしら?」と微笑んだ。

イマルスとナイアラはマオカルの位置を確認した後、すぐにその場所へと向かった。

俺はヒイッチと云うたわけが切り離し実験を譲渡する条件に、特権を主張して引かず困り果てている件をマァクに伝えた。

「うふふ。」彼女は上品に笑っている。

「笑い事じゃないんだ。」

プライマリはな、自分の気が動転している機に乗じて、股間をこすり付けるというエロ行為に全力投球中なんだよ。

俺はそれを必死に制しているんだよ。最低な下半身の攻防が繰り広げられているんだよ。

他のやつらは例によって「接点ちゃんのやる事だから。」と傍観決め込んで助けてくれぬで、一人で孤独に戦っていたんだよ。

助けてくれよ。

「うふふ、ごめんなさい。でも、そういう事なら、もっと早くに相談してくれれば良かったのに。」

「え?なに?何とかできちゃうの?」

「恐らくは。」

「マァク様、どうなさるおつもりですか?」

すっかりマァク信者のジェジーが跪いて祈る。

「ヒイッチの解任案を提出してみるわ。」

「おお、その手がありましたか。」

「ちょっと時間がかかると思うけれど。それに、解任する場合は代わりの候補者が必要なのだけれど。心当たりはあるかしら?」

ジェジーが「コンスースが適当だと考えます。」と迷わず、自信を持って答えた。

当のコンスースは「え?ボクかい?」と困惑している。

「コンスースは確かに善良で公平だけれど、立場があまりにもあなたより過ぎるわ。」

「だってさ。」

俺はからかい半分に言ったのだが、コンスースは候補から外されて何故か嬉しそう。

コの字はいざという時は、おのが身を犠牲にして責務を全うするけど、普段は責任を負わされることに何色示すよな。

そういう男、俺は好きだな。

男は死に場所を心得ていればいい。なんつって。だはは。

コンスースはイイ男だ。

さて──

「他に、適当な人材に心当たりはないかしら?」

ま、そういう話になるわなぁ~

ジェジーは小さく唸り声を上げて首をひねっている。

あいつも俺と同じで友達少ないからな。あいつは研究中毒の引きこもり。俺は動画中毒の引きこもりだ。

ジェジーがぼそぼそと呟いている。

「切り離し実験の理論を理解でき、ボクとは異なった視点を持ち、そして無欲な人材。」

「あ、」一人思い当たる男がいて、思わず声が出た。

皆の視線が俺に集まる。

「いや、ガーウィスを思い浮かべたのだが、どうかなって。」

「あーぁ。」イェトとチョリソーが顔を見合わせて同意している。

「いや、ちげって。やつの場合無欲すぎて、お役目を引き受けない可能性の方が高いから。」

マァクが「そのガーウィスならば、最適なのね?」と念を押してくる。

イェトが「ばっちり。」と俺に先んじて返答。

俺は「まぁ、俺の狭い交友関係の中ではな。」と付け足した。

「ならば後は私に任せて頂戴。多分、首を縦に振っていただけるわ。」

マァク、その言い方なんか怖いよ。何する気だよ。え?なに?100%首を縦に振るのん??

「マァクはこれからどうするの?すぐに帰らないなら、御茶入れるけど。」イェトさんがティーポットを持ち上げる。

「そうね、一杯だけ頂こうかしら。」

俺の店に、いつもの和やかな空気が戻って来た。流石マァク。

そんな俺らのやり取りを、ヒイッチは店の外から、壁に耳をべったりとくっつけて聞いていた。

「俺をコケにしやがって。お前ら、ただで済むとは思うなよ。」

そう言い残して、怒りに唇を震わせて、ヒイッチは俺の世界を去った。


イマルスとナイアラはマオカルの世界で彼を追い詰めていた。

彼はチャンネルを切り替える時、目を瞑らなかったし、この立体迷路の世界は以前にコンスースが来たことがあるのですぐに分かった。

こんな分かり易い世界に逃げ込むなんて、本当に逃げる気があるのだろうか?

同じ世界に居さえすれば、ブラックリストシステムのGPSデータで5mmと狂わずに位置が特定できる。

いざという時には狙撃やミサイルの誘導に用いるデータなので本当に正確だ。

逆に言えば、ブラックリストに登録される人間というのは、相当に重大な悪人ということなのだ。

マンホールに仕掛けられた罠を破壊しながら、イマルスとナイアラはマオカルの所へ最短距離を進む。

地雷をイマルスの雑草で分厚く包んで爆破処理、天井の毒ガスの噴出口はナイアラのカラスがごみを詰め込んで塞いでしまった。

落とし戸に閉じ込められた時は、イマルスの雑草がアスファルトすら割るその成長力で鋼鉄の戸を押し上げて、女の子が通れるくらいの隙間を作ってしまった。

目に見えないほど細く透明なガラスの糸が張り巡らされた空間では、ナイアラが放った鳥がガラスの糸を全て噛み切ってしまった。

ワイヤーカッターの様なくちばしを持つイカルという鳥である。

マァク一番の精鋭。よく訓練された二人の動きには全く無駄がない。

マオカルからの反撃もなければ、彼が他の世界に逃げる気配もない。

それを疑問に感じつつも二人は一歩も気を抜かず、敵の出現パターンを熟知しているシューティングゲームをプレイする様に、流れ作業の工程に過ぎないと言わんばかりに、確実に、そして手際よく、目的地を目指す。

それ程の時間を必要とせずに、二人は一つのマンホールの前に辿り着いた。

未だマオカルの動きは一切ないが、この向こうに、92cm先に、奴は居るはずだ。

GPSの情報がそう示している。

二人はマンホールの両側に立ち。

イマルスは両手に雑草を握り。

ナイアラはスリングショットに卵をセットして構え。

イマルスがマンホールをドカンと蹴り飛ばした。

二人は同時二マンホールの中を見た。

そして、二人同時に驚愕した。

そこに居たのは、いや、そこに有ったのは…いやマオカルの筈なのでやはり”居た”のは、ランダム文字列ブロックの集合体。

人の形、マオカルの形をし、無作為に並ぶ文字列。

「あんごーか(暗号化)しゃーがった?」

表情に乏しいがナイアラは毒づいている。

「して…やられたな。」

イマルスのため息。

まさかここまでやるとは思わなかった。

チャケンダが右腕にも等しい仲間を暗号化するだなんて。

先ずはマァクに報告だ。

視覚情報を送る。


マァクは二人に撤収の指示を出し、そして考える。

仲間思いのチャケンダが、懐刀のマオカルを暗号化してまで私に伏せておきたかった秘密とは何か?

それはトポルコフではなく、彼を匿っている、あの三つ編みの青年か、もしくはチョリソーを頼ったあの少女に関係しているに違いない。

マァクは自分の記憶から二人の画像を生成してジェジーに送った。

「ジェジー、手間をかけますが、マオカルのストレージをその画像をキーに検索してもらえるかしら?」

「お安い御用です。マァク様。」

信者らしくかしこまった後、二枚の画像を確認するとヒエレとエリヒュ。

先ずはご要望通りに検索を始めた後、ジェジーは「この男については、多少情報を提供できます。」と提案した。

マァクに情報の提供を希望されたので、ジェジーはチャケンダから貰ったヒエレの3Dモデルを送った。

そして、チャケンダが話した一部始終をマァクに伝えた。

「成程、おかげでマオカルの目的がほぼ読めたわ。彼はヒエレとトポルコフを引き離したかった。恐らく、トポルコフを私にとらえさせ、ヒエレは逃がすつもりだった。」

「成程、流石マァク様。」

「すると、何故ヒエレがトポルコフに接触したのか、それが不思議ね。」

「全くでございます。」

なんだな、ジェジーはマァクに完全にひれ伏しているのだな。単なるYESマンじゃねーか。

「あぁ、なんと、」ジェジーが小さく声を上げた。

「マァク様、申し訳ありません。どうやらマオカルめ、ストレージまで完全に暗号化されているようで、検索結果を得られませんでした。」

「そうですか…分かりました。ではさっぱりと諦めます。お手間を取らせました。」

「何のお役にも立てず、全く申し訳ありませんでした。」

「いえ、本当に良くやってくれました。感謝します。」

なんだろ、この二人のやり取り、全然俺の店っぽくない。

硬いわっ!

ウチはもっとこう、フランクでな、いい加減な感じだぞ。

ざっくばらんに、ちゃらんぽらんにやってはくれぬか?

いたってパーソナルスペースが狭い付き合いなのだぞ。

プライマリを見ろ。俺との距離、ゼロだからな。

窓際の席でエリヒュちゃんを囲んでいた4人。そのうちのオウフがぱっと立ち上がって、てってけと俺の方へ走ってきた。

「ニカイー、ニカイー。」

「なんだ、なんだ。」可愛いぞ。チューしてくれるのか?いいよチューしても。

「エリヒュちゃんの歓迎会をやりたいの。」

「おう、いいぞ。今からケーキデコってやろうか?」

「プレゼントの用意とかしたいから、別な日がいいわ。別な日ならサプライズも出来るし。」

「サプライズは無理なんじゃないか。」

「なんで?」

「だってもう、バレてるもん。」

エリヒュが俺たちの方を見ていて、ナイショ話なんかすっかり聞かれている。

オウフはエリヒュちゃんと目が会い、自分の間抜けさに恥ずかしくなって「きゃーっ!」と手で顔を覆って座り込んでしまった。

ふおっ、ふおっ、ふおっ。オウフは可愛いのう。

「で、マジな話、いつやるんだいィ?」

オウフはまだ顔が真っ赤で立てないようだ。

やむ無いのでチョリソーの姐御の方に視線を送った。

すると彼女はマァクに向かって手を振り。

「ねぇ!あなたいつなら空いてるの?」と尋ねた。

「え?私ですか?」

「あなたの予定が一番きっついんだから、マァクに合わせるわ。」

「そうねぇ…いつが空いていたかしら?」

「3日後の昼が空いております。例の事務処理を明日中に済ませれば、午前11時から午後1時まで参加可能です。」

イマルスがナイアラを連れて戻ってきた。

「そうだ、あんた達も参加する?」イェトさんが両手で二人においでおいでしている。

「何にですか?」

「ああ、そこは聞いてなかったのね。エリヒュちゃんの歓迎会という名目の乱痴気騒ぎよ。」

流石イェトさんである。

さらっと乱痴気騒ぎとか、本音を隠す気が微塵もない。

「あと…」

チョリソーが、何故かやや申し訳なさげにイェトの話をつなぐ。

「…遅れちゃったけど、ニカイーとイェトの30周年記念も。」

ツイカウが指笛を吹き、場がどっと盛り上がる。

「ホラ、根拠の塔が倒れちゃって──」

倒れちゃって…か、完成目前の塔を爆破したの、他ならぬチョリソーだがな。

「──わたしとオウフが落ち込んじゃって、みんなに気を使わせて、それでパーティお流れになっちゃたじゃない?やっぱり、やった方がいいと思うの。」

オウフが「二人を見習って、わたしたちも長く付き合っているのだものねぇー。」とツイカウに甘える。

見習う?俺たちの?何を?

オシャレな君たちと違って、俺とイェトは日々漫才みたいな付き合い、もしくはどつき合いしかしていないぞ。

コンスースが手を上げて「ジェジーの切り離し実験承認も祝ってやってくれ。」と提案する。

皆、ノリと勢いは人三倍の連中なので「やらいでか!」と瞬間湯沸かし器のようにしゅぼっと盛り上がる。

わーわー!きゃーきゃー!やいのやいの!

あー、喧しい。

「じゃあ、じゃあ、ニカイー。」

「なんだよ、イェト。」

「ケーキは30周年記念新入り歓迎承認祝いプラス乱痴気騒ぎみたいな感じで作って。」

なんのこっちゃ。

全然イェトさんが言わんとするケーキのイメージがわかない。

自分で意味わかって言ってるの?

このような依頼を受けた場合の模範的な反応は「はぁ?なにそれ?」だ。

しかしだ、考えてみてくれ。

相手はイェトさんだ。イェトさんだぞ。

もう30年も一緒だからな。

どう答えればいいのか良く分かっている。

「楽しみにしておけ。」

俺はご指定の通りケーキを作るなんて一言も言っていないからな。

だってイェトさんの要求、意味不明だもん。理解できないもの作れないもん。

ここでイェトさんの良い処は、3日もすれば、その手の発言はすっかり忘れてるってことだ。

ケーキの代わりに寿司の盛り合わせ出しても、きっと何も言われないぜ。

イェトさんはズダズダとけたたましい音を立てて、地下の貯蔵庫に行き、でっかい樽を、顔を真っ赤にし、腕をプルプルとひくつかせて運んできた。

ぜーぜー肩で息をしながら樽の上に乗り言い放つ。

「これ!ワイン!!」

当日皆に振る舞うワインかって?

ばかを言いなさるな。

新参者のエリヒュちゃん以外はわかっている。

あの樽全部、一人で飲み干すつもりだな…って。

見せびらかしたかっただけなんだなって。

みんなに樽を見せた後、俺に向かって「この樽、仕舞っといて。」と命じて、窓際のテーブルに行ってしまった。

しょーがないので、脇に張り付いているプライマリをひっぺがしてぼさぼさと歩いてゆき、樽を持ち上げんとする。

「重っ!なにこれ。ちょ…重い!!」

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