エピソード8『今始まる、最終決戦』
夕陽の入り込む生徒会室の窓から見える校庭には守備練習をする野球部の掛け声や、ラリーをするテニス部が活気の良い声が響く。
もう、そろそろ帰ろうか。
今日の仕事を粗方済ませた大地は、ぼんやりと窓の外を見ながら考えた。
その時、ノック音が部屋に響いた。大地が返事をする間もなく、その扉が開いた瞬間、思いがけない人物に、大地は目を見開いた。
「!お前、、、。」
「どうも。古月生徒会長。」
そこには、星崎冬斗が立っていた。
何故、こんなところにお前がいる?
思ったまま、叫びそうになるのを何とかこらえて、大地は、わざとらしく笑みを浮かべた。
「やぁ、星崎。態々敵陣までやって来てどうしたんだ?」
大地の挑発とも取れる言い方に、冬斗は全く動じることはなく、至って平然と歩み寄ってくる。しかし、瞳はギラギラと静かな怒りを携えている。
「、、、先輩。もうそろそろこのくだらない復讐を止めにしませんか?」
冬斗の言葉に大地は眉を寄せた。
「復讐?人聞きの悪い。俺がやっているのは、正義だ。悪を打ち砕き、善を救う行為だ。止めるなんてとんでもない。」
「いえ、貴方がやっているのは正義なんかじゃない。ただ、過去に捕らわれて、罪に苛まれている故の、ただの偽善だ!そんなのは、、、兄も望んでいないです。」
最後、静かに言う冬斗の瞳が春斗と被り、大地は一瞬泣きそうになる。
しかし、そんな自分を抑えるように、大地は叫んだ。
「うるさい!お前に何が分かる?あの時の俺の気持ちが、あの時の春斗の気持ちが!!ただ、能天気に生きていたお前に何がわかる?!」
冬斗は胸にあるクロスを握りしめ、そっと目を瞑った。こうすると春斗が隣に居るような気がしてくる。
優しく温かい、兄の気配を感じるのだ。
「確かに、過去の事、俺は何も知らない。その時、兄貴に守られて、ぬくぬくと笑っていた俺は何も。でも、兄貴の願いは分かる。」
ゆっくりと目を開き、冬斗は告げる。
大地の目は闇が住み着いている。その闇を取り払うことが、兄の望み。
だから、冬斗は続けた。
「兄貴は俺に、生きてほしいと望んでる。貴方に今やっていることを止めて、今を楽しんで欲しいと望んでる。、、、やりきれなかった自分の分まで。」
そこまで言えば、後は言うことは何もない。
冬斗は頭を下げ、静かに部屋を後にした。
その日、大地が家に帰ると、大地の部屋の前で仁王立ちした空がいた。どうやら、大地が帰るまで待ち伏せていたようだ。
「、、、ただいま。通してくれよ。」
大地の冷たく、低い声に空は一瞬怯みつつも退こうとはしない。
「い、嫌だ!今日は兄ちゃんと話が出来るまで此処にいるって決めたんだ!!」
何時になく頑固な弟に大地はため息を付くと、押し退けてドアノブを掴んだ。
すると、慌てて空が大地の腕を掴む。
「ちょっと待ってよ!今日、冬斗から話聞いたんだろ?!、、、止めろよ、こんなこと。」
「お前こそ訳が分からないな。星崎冬斗が断罪されているのは元はと言えば、お前を苛めていたからだ。なのに、どうして庇う?弱味でも握られてるのか?」
「俺は、苛められてなんかない!全部誤解だ!!俺が冬斗と居るのは、協力することで、昔の兄ちゃんに戻って貰いたいからだよ!あの頃の優しかった兄ちゃんに!!」
空の言葉で生徒会室での事を思い出す。無性に腹が立ってきて、大地は一気にぶちまけた。
「黙れ!何も知らないお前らにそんなこと言われたくない!!くだらないこと言ってないで、星崎から離れろ!お前も同じ目に遭わせるぞ!!」
空も釣られるように、声を張り上げた。
「知らないよ!だって、兄ちゃん何も言ってくれねぇじゃん!分かるわけないじゃん!それに、冬斗と離れる気もない!同じ目だろうが何だろうが受けて立つ!!」
「っ!!、、、勝手にしろ!!!」
大地はそう言うと、空の腕を振りほどき、大きな音を立てて部屋のドアをバン!っとしめてしまった。
そして、その場には涙をにじませる空だけが立っていた。
「いやー、荒れてますねぇ。」
場の空気を読まない、呑気なキラに普段なら呆れるだけなのに、今日はやけに癪に障る。
イラっと来た大地はキラを無視して、ベッドに身を放り投げる。
ばふん、という音と、スプリングが軋む音がした。
「自分の思い通りにならなくて癇癪を起こしてるんですか?全く、君らしくないですね。」
「黙れ!!」
大地は上半身を素早く起こすと、近くにあった本をキラに投げつける。
以前、ハルとあれほどの戦闘をしていたキラにはもちろん、当たるはずもなく、あっさりと避けられる。
その余裕に尚更、腹が立つ。
「おー、恐い、恐い。、、、どうするんですか?敵は喧嘩を売ってきたわけですよ?しかも、貴方の愛する実の弟にもあれでは嫌われたでしょうね。」
「うるさい!じゃぁ、お前に何か出来るのかよ!?」
大地の言葉にキラはニヤリと笑った。
不思議に思った大地だったが、ふわりと意識が飛んだ。
「、、、ありがたい限りですね。これで、利用しやすくなった。感謝しますよ、星崎冬斗さん。」
気を失う大地の頬を撫でながら、ほくそ笑むキラの言葉を聞いたものは、誰もいなかった。




