エピソード7『揺れる心情、激化する戦場』
あれから数日。相変わらず、断罪は続く。
しかし、どれだけ暴言を吐こうと、どれだけ暴力を振るおうと、顔色を変えない冬斗に、苛立っているのか、焦っているのか、段々とそれらの回数は多くなっていった。
「全く、関係のない奴等を動かすんじゃなくて、せめて自分でやりなさいよ!」
一花は毎日、例の空き教室で、冬斗の手当てをしながら、本人よりも怒って、大地に対しての愚痴を叫んでいた。
「ごめん。俺がもっと、兄ちゃんと話して辞めさせられたらいいんだけど。」
大地の弟である空は、責任を感じているのか、珍しく沈んだ表情を浮かべていた。
空曰く、大地は家では自分の部屋にこもりっぱなしで、最近では食事も部屋から出ず、空が居ない間や寝ているときに、風呂も済ませて、朝も空が寝ているときに、出ていってしまうという具合で、空だけでなく、両親ですらも避けるように生活しているらしい。
「まぁ、当然って言ったら、当然だよね。それに、家での接触は悪魔もいるし、やめた方がいい。危険すぎる。」
ハルが空をフォローすると同時に、牽制する。
ハルの言い分は最もであるし、冬斗も、一花も、空を攻めることなど、毛ほども思っていないだろう。
しかし、空は、冬斗のように考えたり、ハルのように戦ったり、一花のようにサポートが出来ない事をずっと申し訳なく思っていた。せめて、情報収集だけでもしたいとずっと前から考えていたが、それも出来ないときてしまった。これでは、1人お荷物のようで、情けない。そういう心情から、やはり何時ものように明るい表情にもなれなかった。
すると、そんな空の心情を察したのか、一花からの手当てを受け終えて、右隣にいた冬斗が、突然空の右耳を力強く引っ張った。
「いっててててて!!!やばいって!耳!耳!耳がもげる!!!」
思わず、涙目になって叫ぶ空。最後に一番強く引っ張ると手を離した。
空が真っ赤に腫れ上がっているだろう耳を手で押さえて、冬斗を睨むと、冬斗ははぁ、と溜め息をついた。
「何で俺ため息つかれてんの?!俺に一体何の恨みがあるわけ?!」
「あー、うるせぇ。何時もウザいくらい騒ぐお前が珍しく静かだから、ようやく、落ち着きってもんを学んだかと思えば、やっぱりなんも変わってねえ。」
「っっな、何だと~、、、。」
嘲笑う冬斗に怒り震盪で、拳を握る空に今まで静観していたハルと一花が笑いだした。
突然場に似つかわしくない2つの笑い声が響き、空が思わずきょとんとすると、何とか笑を止めた一花が冬斗を軽く小突いた。
「何すんだよ、一花。」
「いや、別に~。素直じゃないなぁ、ふゆ君は、って思っただけです~。」
「はぁ?訳わかんねぇし。」
「全く。これだから、男の子はなぁ。」
そっぽを向いてしまった冬斗に、呆れたように首をすくめる一花。
幼馴染み2人のやり取りに、全く意味が分からない、という顔をしていた空に、ハルがニヤニヤしながら小声で教えてくれた。
「素直じゃないけど、暗い顔してた空君を冬斗君なりに元気づけようと思って、わざと挑発したんだよ。」
驚いてハルの顔を見ると、ハルはウインクをして、冬斗をそっと指差した。その指に向かって目線を向けると、ずっとそっぽを向きながら、一花にからかわれているその横顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「ふっゆとー、ツンデレ~!!」
「あ?、、、!!っいってーな!」
「ご、ごめーん。」
横からいきなり、ドーンっと空に飛び付かれた冬斗は、思わずバランスを崩し、床に空と仲良くダイブした。
恐らく、何も知らない人間が見れば、色々変な想像をされるだろう体勢で、自身の上にいる空を怒鳴りつける冬斗に、空は冬斗の上から退くと、苦笑しつつ謝った。
「ったく、バカが。」
「あー、バカって言った!!」
「うるさい。バカにバカって言って、何が悪い?」
「うわー、人にバカって言う方がバカなんだぞ!」
「はぁ?!バカにバカって言われたくねぇよバーカ。」
「また言った!」
「お望みなら、何度でも言ってやるよ。バカ。」
「もう!じゃぁ俺も言ってやるよ、バ「いい加減にしなさい!!!」」
実に幼稚な言葉の応酬に、とうとう耐えきれなくなった一花が2人を怒鳴り付け、頭に拳骨を飛ばし、そして、そのまま説教モードに入ってしまった。
仁王立ちでどす黒いオーラを出す一花と、頭にコブを作り、2人で並んで正座している冬斗と空。そんな3人を見ながら、笑っているハルの隣に、いつの間に入ってきたのか、カナとリツが立っていた。
「あれ、2人ともどうしたの?サボり?」
「そんなわけないでしょ。あんたんとこの神様の伝言。『程々にして戻って来なさい。2度と生まれ変われなくなるぞ。』って。何だかんだ言いつつ、心配してるみたいよ。」
「あぁ。でも、もう決めたんだ。例えどうなっても、僕は僕の決めたことをやり通すって。だから、言っといて。『すいません。』って。」
ハルの強い意思の宿る瞳を、カナはしばらく見つめた後、溜め息をついて、ようやくお説教が終わったらしく、足を崩している冬斗と空、2人を見ながら笑っている一花とリツに目を向けた。
「そんなにあの子が大切なのね。」
「当たり前だろ、あいつを見捨てる何て事、僕には出来ないよ。」
ハルも騒いでいる4人を見ながら言った。
「、、、分かったわ。ただ、約束しなさい。目を取り戻すこと。絶対にあの子達と自分を守り抜くこと。2度と私を電話替わりにしないこと!」
「あ、やっぱり怒ってた?ごめん、ごめん。」
「当たり前よ!で、分かったの?」
「まぁ、善処するよ。」
ハルらしい答えに、カナは、もうっ!と言いつつ、一応納得したのだろう。リツを呼び窓の方へ向かった。どうやら、ここから出入りしていたようだ。
窓枠に手を掛けて、カナは思い付いたように後ろを振り返った。
「もうひとつあったわ。もっと、私達を頼ること!」
そう言い捨てると、今度こそ、じゃあね、と言って、出ていってしまった。
「敵わないなぁ。」
ハルの呟きは、風に乗って何処かへ飛んでいってしまい、誰かに届くことはなかった。
大きな事件が起きたのは、次の日のことだった。
放課後、珍しく冬斗は、誰にも絡まれることなく、さっさと教室を抜け出し、何時もより早く空き教室へ向かった。
教室の引き戸を引くと、そこには既に、空とハルがいて、のんびりと世間話をしながら、椅子に座っていた。
「珍しく早いね。今日は絡まれなかったんだ?」
冬斗が、窓際の適当な席に腰を下ろすと、ハルが話しかけてきた。
「あぁ、一花は?」
何時もらうるさいくらい心配してくる一花が、居ないので聞いてみると、空がケータイを弄っていた手を止めた。
「今日は掃除で遅れるって。同じクラス何だから、それくらい知っとけよー。」
「別に興味ない。」
「うわっ、それ一花ちゃんが聞いたら泣いちゃうよー?」
からかうように言うハルを睨み、ふと、窓の外に目を向けた。この教室の窓からは、裏のゴミ捨て場が見える。その近くに丁度、ゴミ袋を持っている一花を見つけ、その姿をぼんやりと眺める。
一花は、そのままゴミ袋を放り投げ、踵を返して、校舎に入ろうと歩き出したその時だった。
突然、その場にいかにもチャラそうな女子生徒が数人、その場に現れ一花を囲み出した。そして、女子達は、一何か口々に言い出し、それに一花も何か言い返したのだろう。女子達は更に詰め寄っていく。
「ちょっと、ヤバそうだぞ。」
「確かに、ただ事じゃなさそうだね。」
いつの間にか隣で見ていた空とハルの言葉に一瞬意識がそれだが、直ぐに一花と女子達に戻す。
女子達は、一花の冷静さにかっとなったのか、先程より更に激しく叫んでいるように見える。
「そろそろ、ガチでやばいんじゃね、、、
?」
空の言葉に、ハッとして冬斗は教室を出た。
後ろから、ハルの制止の声や、空の驚いた声が聴こえたが、今は一花の方が危ない。
全速で走り、さっき見ていたゴミ捨て場の前まで来ると丁度、女子の1人が一花に向かって平手打ちを入れた所だった。
しかし、一花は打たれた頬を押さえながらも、強気な瞳でキッ、と女子達を冷静に睨み付けている。
その様子に、カッとしたのか、また別の1人が手を振り上げたところで、パシッと女子の腕を後ろから掴んだ。
「お前ら、何してんの?」
「ふゆ君、、、。」
呆けた顔で、冬斗を見つめる一花を含めた、12対の瞳に努めて、冷たい声で短く尋ねる。
「ほ、星崎?!何でこんなとこに?」
「べつに。たまたま、幼馴染みが揉めてるっぽかったから来ただけだけど。」
「な、何でもない!話してただけだから。じゃぁね。」
そのまま、足早に去っていく女子の後ろ姿を見送る。
「、、、一花、行くぞ。」
「え、あ、うん。」
女子達の背中が完全に見えなくなってから、今度は一花の手を引き、足早にその場を離れる。
空き教室に戻ると、空が駆け寄ってきた。
「大丈夫かよ、うわ、ほっぺた腫れてる。」
「あらら、冷やさないと。」
ハルが言うものの、この場に保冷剤何て言うものはない。空とハルが代わりのものを探していると、冬斗が自分の手を一花の腫れた頬に持っていった。驚くハルと空に、顔を真っ赤に染め上げる一花。
しかさふ、本人は平然とした顔で、「俺、冷え性だから。冷やすもんここにはないんだし、今はこれで我慢しろ。」と言って、手をあて続ける。
確かに、冬斗の手はひんやりと冷たく、保冷剤の代わりという役を十分に発揮していたが、これでは、逆に顔に熱が集まってしまって、冷却しているのか分からない。
更には、端で見ている2人が、こそこそと「リア充が。」とか、「天然ボーイと純情乙女。今どきピュアな2人だね。」「ハル、発言がオヤジ臭いな。」等と話す声が聞こえ、更に恥ずかしさが増す。
そんな照れる一花など露知らず。天然ボーイこと、冬斗が一花に向かって事情聴取を始めた。
その途端にハルと空の目も真剣さを帯びる。
3人の、何があった、と言う目に一花は、「あんまり気分のいい話ではないけど、気にしないでね。」と前置きをおいて話し出した。
彼女達は大地に対して、憧れを抱いていた。
そんな彼が、冬斗を断罪すると言い、協力してほしいと全校生徒に頼んだのが、一週間ほど前。それによって、男子達は冬斗に暴力を奮い出した。男子はそうやって、役に立てる。しかし、自分達は?
女子が男子に力で勝つのは、流石に中学生ともなれば難しい。かと言って、冬斗は男子生徒、先輩、教師に何を言われても、全く堪えない。むしろ、返り討ちにしていた。
これではわ流石に口でも勝てそうにない。
そこで目をつけたのが、冬斗の幼馴染みである一花だった。
一花が自分のせいで虐めにあえば、流石に冬斗も落ち込むだろう、女子独特の考えによりその計画は実行された。
今回はそういうことだと思う、と女子達の支離滅裂な暴言等から、出来る限り集めた情報を伝えた。
「一花。俺のせいだ、悪かった。」
話を聞き終えて早々、冬斗は一花に対して、謝罪を口にした。
「ふゆ君のせいじゃない。だから、謝らないで。」
一花が首を振って否定するが、冬斗はそのまま自分の考えを伝えた。
「一花。巻き込んでごめん。もう関わらないでくれ。」
その言葉に一花だけでなく、空やハルも目を見開いた。しかし、冬斗は構わず続ける。
「空は元々当事者だし、ハルは悪魔のことがある。でも、一花には付き合ってもらう理由がない。しかもこうやって、ターゲットにされやすくなる。正直言って迷惑だ。」
一花の中で何かが崩れる音がした。冬斗の言葉が頭の中でこだまする。
「おい!いくらなんでも、そんな言い方ないだろ?!」
「事実なんだから、今更はぐらかしたってしょうがないだろ?」
空が一花の代わりに言い返すが、冬斗は淡々と言う。
全く感情がこもらない声に、空も何も言い返せなくなった。途端に重くなる空気。
慌てて一花は、笑顔を作り、荷物を手早く纏めた。
「今日はごめんね。今までありがとう。バイバイ。無理しないでね。」
何とか笑顔で言い切り、一花は部屋を出た。そして、止まることなく早足で学校を出る。歩きながら、頬を伝う温かいモノに、折角、冷やしてもらったのにな、とぼんやりと考えながら、ただ、ただ家に向かって一花は1人、歩き続けた。
一花が去った後。
ハルが溜め息をついて、冬斗の肩を叩いた。
「、、、いいの?泣いてたよ。」
「しょーがないだろ。」
冬斗は肩に乗せられたハルの手を払い、荷物を持つとドアに手をかけた。
「これからどうするの?」
ハルの問いに冬斗は真っ直ぐ前を見たまま言った。
「そろそろやるよ。もう2度と大事な人を傷付けたくないから。」




