第16話 アリアデルの木
町を抜け出したはいいが見晴らしが良すぎて迂闊に野営もできなかったため、リーメと相談して東の前線で野営することにした。リーメは地面の砂を取り込んで豹よりも、もっと大きな狼になり、俺を乗せて走った。
そう遠くない距離を踏みしめられた道に沿って移動すると、明らかに異質な場所へと到達した。道は右に大きく曲がり、谷あいの坂をどんどん下っていく。徐々に湿度が上がっていき、苔のような緑が増えていく。
坂の左側の壁が途切れたと思ったら視界が開けた。道はまだなだらかな坂のまま右手の壁沿いを下っているが、視界の開けた左側はあまりにも巨大な木々が立ち並んでいた。ただ、普通の木々ではない。木々の表面はぼおっと青く光っていて幻想的だった。
「なんかすごい」
「この辺で止まる?」
「下まで行ってみたい」
リーメの知識欲が刺激されている。おれも初めて異世界らしい光景を目にして心が躍っていた。下りの道は緩やかに左にカーブし、やがて下まで降りた。俺はリーメから降りると、彼女もどさりと毛布やマットや砂を落として立ち上がる。
底は逆に高低差が殆どなく、湿った土の上に背の高い苔のようなものがはみ、どこまでも続いていた。歩いていくと、不思議な形の苔のような植物はコロニーごとに色々な種類があり、眺めるだけでも楽しかった。場所によってはちょろちょろと清らかな泉が湧き出しており、どこへ行くともなく蛇行する小さな小川ができていた。
ミニチュアみたいな小川を飛び越え歩いていく。巨木まではまだずっと遠かったが、歩いた先に小さい木があった。それも光っている。
「すごいすごい!」
あのリーメがはしゃいでいる。興味あるものがときどきしか見つからなくて、いつもつまらなそうにしていた彼女が、周りが知らないものだらけで興奮している。おれにもわかる。ここは何かわからないけど興奮する。
「きれいだな」
苔の上に座ってみると苔に似ているが何か違うのがわかる。やわらかだけど苔のように脆くはない。俺はふと気づいて照明を消してみた。
「リーメ、灯りを隠して暗くしてみ」
全ての灯りを遮ると、どの苔も光っていた。それだけではなく、木からたんぽぽの綿毛のようなものが伸びていて、それらもぼぉっと光って辺りを照らしている。まるで街灯のようだった。
「知らないものばかりでこわいけどすごい。きれい」
リーメが横に寝転んでくる。俺も寝転ぶと、上は綿毛だらけで星よりも明るく光っていた。幻想的な光景を眺めていたが、いつのまにか眠ってしまった。
◇◇◇◇◇
見慣れた白い空間があった。あれ? おれまたヤっちゃいましたか――じゃねえよ。やってねえよ。なんでここに居る?
近くには裸のリーメが居て、別の少女と話をしている。少女? 地母神様じゃなく?
「リーメ、その子は?」
「エルフ。名前はまだないって」
『すごい きれい』
「え?」
『すごい きれい』
「ああ、さっき俺たちが繰り返してた言葉?」
『アリアデル』
「え?」
『名前、アリアデル』
「アリアデル!」
リーメが手を取って喜んでる。名前付いちゃったけど、いいのかこれ? まあ、リーメが楽しそうだからいいか。アリアは……なんかごめん。
俺はまた寝転ぶ。リーメはたくさん話をしている。リーメよりずっと小さな子供で頭が相対的にまだ大きく感じ、人形のように見える。瞳が大きく、睫毛が長い。耳の先がほんの少しとがってる。それにしてもよく話が続くな。俺は瞼を閉じる。
◇◇◇◇◇
目が覚める。辺りは明るくなり、高いところで何かに反射した光が地の底の深いこの場所にまで差し込んでいる。リーメも目が覚める。ふと、何かの気配を感じて振り返る。
「みないでー!」
なんか顔に投げつけられた。靴? とりあえず前を見て、投げつけられたものを見ると、緑色の苔のような植物でできた靴だ。隣を見ると、後ろを確認したであろうリーメに見られている。
「エロ男」
「なんで……」
理不尽が俺を襲う!
「みて!」
後ろから声をかけられてようやく俺も振り返る。
「アリアデル……? なんで?」
目の前にはあの白い空間に居た少女が居た。緑色の服はどのパーツも苔に似ていた。
「その辺の苔で作ったの?」
鑑定してみると、聞いたこともない植物ばかり。
「つくったの」
「アリアデルはどこから来たの?」
指さすアリアデル。そして既に知ってるのかリーメが答える。
「その木がアリアデルの木」
「まじか……」
ていうかここ、木だらけだよな。しかもやたらでかい。
「あの辺の大きな木もみんなエルフなの?」
「あれはトロルになった木。そのとなりも。そのまたとなりも。もうひとつとなりもずっとずっと」
「トロルってなに?」
「わるいたましいにふれた木。なんでもたべるよ。エルフも。にんげんも」
「木を倒せばトロルも居なくなる?」
「木がなくなると、トロルはじゆうになってそとにでていく」
「トロルが死ぬとどうなるの?」
「木がしんで、いしになってくずれる」
「向こうで詳しく聞いた話だと、たぶんそれが魔鉱」
「えっ、ここって魔王領だよね? 魔王は?」
「わからない。エルフの王様かトロルの王様?」
「トロルとかエルフってそもそもどうやって生まれるの?」
「大雑把に言うと、木が生まれてから最初に触れた魂が悪い魂だとトロル、良い魂だとエルフになるみたい。取り留めの無い話が多くて聞き出すのに時間がかかったけど」
「運悪く、昔に触れた魂が悪い魂だったのか」
「いや、たぶんそれほど昔じゃない。だってほら」
見ると、アリアデルの木はどんどん伸びて行ってた。普通の木の成長じゃない。
「いやちょっと待ってくれ。勇者は何と戦ってるんだ?」
となりもトロル
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