第22話 剣聖
夕暮れ、あたしたちは孤児院までなんとか帰ってくることができた。ルシャは回復していたけれど、どこかまだ調子が悪そう。生死の境をさまよっていたもの。当然かもしれない。
ルシャと体力のもともと少ないリーメを孤児院に残し、姿を消したユーキを探すため、キリカと共にギルドに向かう。彼の行きそうな場所はあまり多くは知らない。だけど討伐依頼の件もある。まずはギルド。
ギルドの建物の中は、外からでも人が多いことが伺い知れた。踏み込むと、冒険者たちが口々にあたしの名を呼んだ。異様な雰囲気に何かがあったのだと察した。
「ここにユーキは来た? 何があったの?」
無事でしたか――ギルドの職員が言う。そして申し訳ないことをしたと謝ってくる。あたしたちを陥れようと、あの貴族どもが職員に金を渡して討伐依頼の調査の改竄を行ったと。
「そんなことは今はいい。ユーキはどこ?」
「奴らが気絶させて連れて行った!」
「この間ここで負けたあいつが後ろから殴りつけたんだ」
「馬車で大通りを東に行ったぞ」
冒険者たちが教えてくれる。
「みんなありがとう」
「――皆さん、悪いと思うなら今すぐ大賢者様に連絡をつけて。召喚者のユーキが攫われたって」
ギルドの上級職員にそう言って金貨を投げ渡し、キリカを連れて走り出す。
「当てはあるのかしら?」
「前に捕まった娼館。それか二人で入れられてたあの館の牢」
「館の方だったらまずいわね」
「大通りを東に行ったならたぶん娼館」
◇◇◇◇◇
クロークの前を合わせ、フードを被って娼館の様子を伺う。表には馬車は見えないが、館の裏手の庭に向かう入り口に、見覚えのある御者が居た。そして御者の傍に居る一団。あれは貴族どもの使う私兵。
「数が多い……」
「聖騎士の力で捌ききれるの?」
「難しいかも。《砦》は守りだけで動けないから。鎧相手だと一対一で捌かないと厳しい」
「……いざってときは最後の手段、使っていい?」
「……い、いい」
「ほんとに? 怒らない?」
「……こ、恋人ってわけじゃないもん」
「やたっ」
「喜ばないでよ、もう!」
キリカがお願いと顔を突きだすので彼女の手持ちの紅を差してあげる。背も高い彼女は、髪留を解くと豪奢な金髪がふわりと広がり羨ましいほど魅力的に見える。手櫛で髪を整えてあげると彼女は胸元を広く開ける。
「先に行くわよ」
クロークと装備を預かり、代わりに手投げの短剣を渡す。
キリカが入っていくと、店の男が一人減る。あたしは薄めた葡萄酒を開け、服やクロークに零す。フードを足元しか見えない程に深く被るとふらふらと目的の娼館へと近づく。
店の男はあと一人。残りは飲んだくれの客くらい。あたしは男の目の前まで近づくと、できるだけ低い声で男に声をかけた。
「よう、た、大将やってる?」
「あ? おまえ女か?」
瞬間、剣のガードを逆手に持つと、柄頭で男の鳩尾を殴りつけた。……やってしまった。女とバレたことよりも、おかしな台詞を言ってしまった自分に動転してしまった。ああもう! ユーキのことを笑えない……。
しかし一瞬のことだったからか、客は誰も気が付いていない様子。飲みすぎはよくないよ――とごまかしながら、気絶した店員を脇に寝かせて奥を左手へと進む。
以前捕まっていた場所。廊下の奥に下る石の階段があり、今は入り口が開いている。地下は古い石造りの構造でかなり広い。おそらく神殿に関係した施設だったのだろうが、今は小さく分けられた部屋に格子付きの扉が付けられている。
階段を少し降りると、引きずってこられたような着衣の乱れがある店員が倒れている。キリカの仕業だろう。
「誰?」
「誰か来た」
声が聞こえる。まだ若い女の子が二人、それぞれ別の部屋に捕まっている。助けたいけど、まずはユーキを……。奥には灯りを持って牢の前に屈んでいるキリカ。
「まだなの? 早く! 盗賊でしょ」
「やや、だってこんなの初めてだし、能力あっても道具がないとこんなに大変だとは聞いてないし……あ、開いた!」
中に入ったキリカから、うそー――と声がする。中には猿轡を嚙まされたユーキ。ただ、両腕には鎖のついた手枷をはめられていて、鎖は壁に。何とかなりそうだと思っていたが、甘かった。
「とにかく鎖を外して!」
ユーキはキリカに任せて上を警戒する。キリカはかなり手間取っているようだ。やがて階上からは声が。
「人が来る。早く!」
キリカを急かすも階上から人影が近づくいてくる様子がある。あたしは剣を抜く。
「全員を解放なさい!」
私は自身を鼓舞するように声を張り上げる。――先導していた店員の後ろからは鎧の一団が現れる。数は6人。鎧相手は撫で斬ることはできない。全身鎧ではないが、鎧をつけている人間は鎧での受け方もよく知っている。
「本当に助けが来るとはなあ。で、どこの手の者だ」
「まさか女とは。素直に白状するなら優しくしてやる」
牢の方から聞き覚えのある呪文が聞こえてくる。ああやっぱり――でも、キリカなら非常時じゃなくても祝福を望んだかもしれない。胸がざわついて苦しい。
「《砦》」
バンという衝撃音と共にあたしの周りからすべての敵が排除される。近づいてきていた鎧の男たちも何人か弾き飛ばされて倒れている。
「なんだこれは!?」
男たちが動揺し、切りつけようとしたり、物を投げつけようとするもすべてが阻まれる。
「魔法の壁か? こちらも誰か魔法で狙え!」
魔法だとしても通るはずがない。竜の吐息でさえ阻む盾だ。
「まだ? 早くして!」
キリカを急かすが、あの子、声を抑えていないのであたしもモヤモヤが止まらない。ああ、《砦》に驚いてた私兵たちも声に気が付き始めた。ちょっとなんかすごく恥ずかしい!
やがて静かになるとキリカが出てくる。
「ちょ、ちょっとなんで脱いでるのよ!」
「いいじゃない。初めてなのよ。思い出は大事にしたいわ」
「あ、あたしだって――」
キリカは胸だけ布で縛ると、前に進み出た。私兵たちは状況が理解できず、中には見とれて呆けている者もいる。キリカは背伸びをするように頭の上で両手の指を絡める。
「《聖剣》よ!!」
彼女の右手が左手の中指と薬指をまとめて引っ張ったように一瞬見えた。次の瞬間には右手に輝く長剣が握られていた。剣を一振りすると、何が起こったのか男たちの持つ剣が三本、同時に折れた。私には少なくとも今の太刀筋では男たちの体も切り裂かれていないとおかしいように見えた。
「下がらないと首が飛んじゃうわよ」
キリカは右手の長剣をまっすぐに差し出し、男たちを威嚇して下がらせていく。男たちが動きづらそうにしているのでよく見ると、鎧が切り裂かれていて体の動きを阻害していた。
下着姿の女性が兵士をたじろがせる異様な光景だったが、突然彼女はまるで折り畳みナイフでも出すかのように左腕から刃を生やすと今度は左手に別の剣が現れた。左腕を振るうと、れいの閉じ込められていた少女たちの部屋の頑丈な扉の蝶番が割れて扉ごと落ちる。二つ同時に。
「行きましょう」
あたしはキリカに声を掛けられるまで動けないでいた。
『愛されし剣』こと剣聖。彼女はまさに神の寵愛を受けた剣そのものだった。
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