第21話 アリア
あたしの名はアリア。本名であるアリア・イルマリル・デル・アイリアの名は捨てたはずだが、あの強欲な貴族どもはその名を利用しようとしている。呪いのように纏わりついてくる名を、貴族たちに攫われてしまったあの日、再び拾ってくれる少年に出会った。
異世界から来たという少年は、青白く、頼りなさげではあるが、おどける仕草は可愛らしく、また少なくとも善人に見えた。
最初に会ったときは刃物を喉元に突き付けて脅したにもかかわらず、達観した様子で会話し、自分を助けてくれた。
次に偶然会ったとき、からかってみたら突然涙を流し始めた。昨日とはまるで別人のように儚かった。
その次に会ったときはとてもよそよそしかった。彼はしばらく話していると打ち解けてくるが、翌朝には別人のように他人行儀になる。気に入らないのであたしは彼に、朝から晩までくっついていることにした。
四度目に会ったとき、ようやく彼は彼のままでいた。
あたしはギルドでは孤立している。それもこれもあの貴族どものせいだ。あたしに冒険者の初歩を教えてくれた人たちは突然居なくなった。他の冒険者たちからも距離を置かれている。孤児院の三人にお金の稼ぎ方を教えるために薬草師の女性を雇ったが、土壇場で断られてしまった。
そんななか、彼はあたしに普通に接してくれた。昔からの友達のように思えた。
彼はまた、すばらしい祝福を得ているにもかかわらず、自分がすごいわけではないという。彼はまた、偏見の目で見られがちな祝福を得ているにもかかわらず、自分が悪いわけではないという。ただ与えられただけだと。
あたしたちの感覚では、小さなころの行いでよい祝福を得られるというのが普通だ。だから、よい祝福を得た者は偉い人だし、蔑まれる祝福を得た者は自業自得だと考えるのだ。
あたしには、彼の考え方はキラキラと輝いて見えた。
ある日、彼が小さな砂時計をプレゼントしてくれた。お茶がおいしいね――そう言っただけのあたしの言葉を拾ってくれた。彼はとても繊細だ。血を見るのを恐れる。それなのに、普通ならひどく怖いような目に合うと急に達観することがある。なぜか生きることを諦めてるように見えるのが怖い。
できればずっと、ひだまりのようなのがいい。
あたしに似合ってると言ってくれた。
◇◇◇◇◇
ルシャの血が止まらない。
魔法の薬も効いた様子がない。
彼女たちのお姉さんになったつもりだったのに、自分の力ではどうしようもない。
苛立ちを吐き出すかのように彼に泣きついた。
彼はひとつだけ手があると言った。
ユーキは苦悶の表情を浮かべ、話し始めるが、うわ言のような喋り方をしている。いつもの彼ではない。他人行儀なときの彼でもない。苦しみ、悲しみ、戸惑い、後悔、いろんなものが混ざり合った表情をしている。
彼はルシャを助ける代償としてあたしの体を求める。なんだ――いいよ、そんなこと。終わったら何度でも抱いてくれていい。でも、もうちょっと雰囲気のある告白がよかったな――そう答えると、彼は今すぐじゃなきゃダメだという。
彼は自分にしか見えないタレントがあると語る。あたしは聖騎士、キリカは剣聖、ルシャは聖女、リーメは召喚士。それを顕現させることができるのだと。いま頼めるのはあたししかいないと。ちょっと悲しかった。だけどルシャが助かるのなら――。
あたしは彼の目をしっかりと見て、わかったと答えた。
彼は呪文のようなものを唱えていた。あたしは横になり、下を脱いだ。
「はじめてだから……」
「知ってる。ごめん」
一瞬、彼が正気に返ったような気がした。謝らないでよ――。彼は自分の手が血まみれだったことに気が付くと、顔をうずめてきた。あたしは両手をぎゅっと握りしめ、顔を隠して声をかみ殺した。
彼が入ってきたとき、愛おしさにどうしようもなく抱き着きたかったが、ルシャの血にまみれた両手が目に入るとそれを胸の前に組んで彼女の無事を祈った。お願い――かみさま――。
◇◇◇◇◇
真っ白な場所にいた。隣には悲しそうなユーキが立っていた。彼は裸で胸には大きな穴が開いていた。どうして生きているのかわからなかったが、悲しそうにしていることの方が心配だった。
「どうして泣いてるの? あたしは嬉しかったよ」
彼は答えない。
『キミは何も言えないのはあいかわらずだね。しかも今回は聞くミミも持たない』
いつの間にか輝く姿の女神様が傍に立っていた。地母神様だ。彼に話しかけているようだ。女神さまはこちらを向いて語りかけてくる。
『其方はいま、地母神の祝福『愛されし掌』をこの鍵の者を通して受けた』
「魔女の祝福……ユーキが鍵の者なのですか?」
『そうだ』
「あたしは聖騎士になるのですか? なぜユーキは悲しそうなのですか」
『そうだ。そしてこの鍵の者、達ての願いは其方たちの処女性を守ることだ。だから其方はこの鍵の者の祝福を受けてもいまだ処女のままにした』
ユーキに捧げてしまって構わない。でも。
「それが彼の望みなのですか?」
『其方が愛する者を見つけ体を許すとき、『愛されし掌』は役目を終えて眠りにつく。その時にはこの鍵との経験の記憶も失われる。安心なさい』
「あたしはユーキで構いません」
『それは我らの知るところではない』
彼の考えはわからない。異世界の感性なのか、あたし自身が未熟だからなのかわからない。でも大事にしてあげたい。あたしは女神様に促され、真っ白な場所を去った。
◇◇◇◇◇
意識が現実に戻った。隣でユーキが眠っている。反射的に胸の穴を確認してしまった。大丈夫なのを確認すると、彼の胸をひと撫でし、下を履いてルシャのところへと向かう。
すべきことは理解していた。
《輝きの手》――ルシャのお腹に両手で触れると見る間に傷が塞がっていく。概ね塞がったところで、片手を彼女の胸に当てる。大丈夫。心臓は動いている。生命力を与えられ、心臓の動きもしっかりしてくる。顔に触れる。うつろだった目に光が灯る。周りを見て声を上げようとするが、唇にひとさし指をあて、喋らないでと声をかける。乾いた唇に水気が戻っていく。
ルシャは生命が枯れかけていた。あたしは長い時間をかけて彼女の体のあちこちに触れ、生きる力を与えていく。キリカとリーメは目の前の奇跡に目を見開いていた。ああ、ルシャが戻ってきた。戻ってきてくれたんだ。二人は抱き合って涙した。
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