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路上生活1

 兄はラナンといい、妹はペルラと言った。


 住んでいるところだと連れられたのは、路地裏にある古い建物の階段の下だった。

 古ぼけた板を利用して、大人の腰ほどの高さに屋根が作ってある。

 もう一枚板を立てて、奥は壁ともいえない囲いがしてあった。


「ガレ、ここに」


 ラナンが囲いの中のぼろ布を敷きなおしてガレベーラを呼ぶ。

 ラナンは綺麗な顔をした少年だった。年は十一で、ペルラは九つだと教えてくれた。


 二人の母親は数年前に病気で死に、父親は顔も知らないらしい。

 もとから貧しかったが、母親が死んで家も失い、路上で暮らすしかなかったそうだ。


 辺りには、至るところに同じような子どもたちが毛布にくるまって寝ていた。

 ラナンの家は他と違って屋根があるだけ立派と言えるのかもしれない。


「ガレのかみのけ、きれい……」


 囲いの下に二人で入ると、ペルラは伸びきった前髪のすきまから覗く瞳を輝かせた。

 遠慮がちに言う。


「あの、さ、さわってもいい?」


「もちろんよ」


「……わあ、きれいだからどきどきする」


「もしよかったら、編んでくれない?」


「えっ、いいの? あたし、だれかのかみのけ、さわったりしてみたかったんだ!」


「ずっとまとめたかったの。結わう紐のようなものあるかしら?」


 ラナンが奥から古びた缶を引っ張り出してきた。

 その中をあさって、代用できるものを探してくれる。


 ペルラは四苦八苦しながら、ガレベーラの長い髪を三つ編みにしてくれた。


 二人の住まいは子どもふたりが横になるのがようやくといえる広さだったので、ラナンは外に座って寝ると言った。


「……ありがとう」


 地面は固くて冷たかった。身体がいたい。寒い。


 一日前ならとうてい信じられない環境で、さらにはそこに横にさえなっていたが、ガレベーラには、ただただありがたかった。

 

 二人の朝は早かった。

 まだ夜が明けきらぬうちに起き出すと、ラナンが近くで水を汲んできてくれた。今日一日のガレベーラの飲み水だと言った。


「行ってくる。屑拾いは朝早い方が有利なんだ」


「だれかにひろわれるまえにひろうの!」


 ガレベーラは足の傷がひどく、ろくに歩けそうもないので、留守番を任された。


「できるだけ早く帰ってくるよ」


「あたしはおはなをうるんだ」


「ペルラがお花を?」


「パンがかえるようにがんばるね! おきぞくさまがかってくれますように!」


「そう……、頑張ってね」


 不安な気持ちで二人を見送る。

 何もなしに道端にうずくまっていた時のことを思えばずいぶん気分はましだったが、朝食などあるわけもなく、働きに出かけた二人も何も食べてはいない。


 街の活動が始まり、表通りの道行く人を見ていたが、あまり気分はすぐれず、いつのまにか眠っていた。


 いつか元の生活に戻れたら、貴族に戻れたら、こうしよう、ああしようとそんなことを夢か現か考えていると、ペルラが帰ってきた。

 陽はずいぶん西に傾いていた。


「ひとつしかかってもらえなかった」


 銅貨が一枚、小さな掌に載っている。

 遅れて帰ってきたラナンも大した収穫はなかったらしい。


「ガレ、ごめん。今日もパン一つだ」


「わたしこそ、ごめんなさい。二人ならそれを半分こすればいいのに、わたしのせいで少なくなってしまうもの。早く、わたしも手伝うわね。針仕事は得意なんだけど……」


「針仕事は難しいな」


「そうよね、針と糸もないものね」


「そうじゃなくて、そういう立派な仕事は、ちゃんと家がある人たちがするものだから……。俺もほんとは煙突掃除に雇ってもらいたいんだ。でも、俺たちみたいな子どもは仕事をもらうこともなかなか難しいから」


 ガレベーラが今まで『労働階級』とひとくくりにしていた人たちにも、いろいろ程度があることがなんとなくわかってきた。

 ラナンとペルラがいかに厳しい生活にあるのかも。

 今日見かけた子どもたちは靴を履いていた。

 きっと、この二人はそこにも届かない貧しさなのだろう。


「では、ペルラと一緒に花束を作って売るわ。明日、教えてね」


 ガレベーラは明るく言う。


「うん! どっちがたくさんうれるかきょうそうだよ!」


 しかし、次の日の朝、花束を作ることはなかった。

 ガレベーラはひどい熱を出したのだ。


 ラナンはどこかから毛布を集めてきて、熱にうなされるガレベーラの身体の下に重ねて敷き、上からもかぶせてくれた。

 それでも震えが止まらず、呼吸が乱れる。


「ラナン……、ペルラ……、迷惑をかけてごめ、んなさい……」


 必死に看病をしてくれる貧しい兄妹に申し訳なくて、ガレベーラは息も絶え絶えにうわごとで何度も謝った。


「ガレ、薬をもらってきた! 果物もあるから!」


 ラナンが、ガレベーラの身体を起こして、口に入れてくれる。

 口に含んだ果実は今まで食べたどの食べ物よりもおいしかった。

 熱い身体に冷たく甘い果汁がしみこんでいく。


「ガレ、ガレ、だいじょうぶ? しなないで……」


 ペルラが泣いている。

 茶会の際、城下で致死率の高い感染病が流行っていると婦人方が噂していた。

 ガレベーラの熱がもしそれだったら、幼い二人にうつしてしまうかもしれない。

 うつらなくても、死んで迷惑をかけるくらいなら、橋の上から飛び降りておけばよかった、そんなことを考えていた。


 高熱は三日続いたが、目が覚めた時、ガレベーラは生きていた。

 ラナンが目に涙を溜めて、ガレベーラの回復を喜んでくれる。

 ガレベーラはかよわい令嬢ではなかった。どちらかというと丈夫な身体の持ち主で、過去にも風邪や病気で寝込んだ記憶はほとんどない。


「子どもがたくさん死んでいくのをみたから……。ガレもそうなるんだっておもって……」


「ペルラ、心配をかけてごめんなさいね。平気よ、生きてるわ」


「よかったぁ」


 抱きついてきたペルラを抱きしめた。


「ところで、ラナン。お薬や果物なんてどうしたの?」


 起き上がれるようになったガレベーラは気になっていたことを訊ねた。


 路上で生活する者にとって医者にかかることはもちろん、薬も高価であろうことはガレベーラにもわかる。

 果物にしても同様だ。


「……知り合いにもらったんだよ。病人がいるって頼んだらくれたんだ。果物も」


「そうなの? その方にお礼を言わなきゃね」


「かまわない、俺が言っておくから……」


「こんなわたしのために……ありがとう」


 ガレベーラは次の日には歩けるようになり、そして、その次の日、ようやくペルラと約束した花売りにでかけたのだった。




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