路上生活2
*
『できたわ、完成よ!』
ガレベーラは王城の庭に咲いていた白い花を、器用に編んで花の輪を作った。
『とても上手だ』
『ええ、わたくし得意なの。さあ、グウィディウス、頭を貸して』
『え、僕? いやだよ、男なのに花冠なんて。似合わないよ』
『いいえ、あなたほど可憐な花がよく似合う王子はいないわ。まるで天使のようだわ』
『ガレベーラがかぶればいい。僕には腕輪を作ってよ』
『まかせて、お安い御用よ』
*
雑草だと見向きもしなかった花で細々とした束を作りながら、ガレベーラは昔を思い出していた。
街には花売りの子どもたちがたくさんいた。
おそらくガレベーラが公女だったころから、たくさんいたのだろうが全く知らなかった。見ていなかったのか、見えていなかったのか。
もし当時に知っていたなら、全員の花籠ごと買い上げるのにと歯がゆく思うが、孤児院以外で街の子どもたちに触れあう機会などなかった。
執事や侍女によって意識的に避けられていたのかもしれない。
「きょうもいつもより売れたね! ガレ、じょうずだもん」
額にかかっていた髪をすっきりさせたペルラが笑顔で言う。
ガレベーラが、ぼさぼさだったペルラの髪を編んでやったのだ。
瞳がはっきり見えて可愛らしい。
ペルラはそう言ったが、小花を二、三輪束ねただけの小さな花束は、ペルラ達が作るよりもガレベーラの方がいくぶん見栄えよく作れたという程度だ。
一日歩きまわって、売れたのは三つだけ。
それでもよく売れた方だと言う。
三つ売ってようやくパンが一つ買える。
ガレベーラは、空腹でいることに少しずつ慣れていた。
ひもじく、辛いことだったが、仕方のないことだと諦めるよりほかなかった。
食べ物にありつけた時は、幼い二人により多くたべさせてやりたいとも思っている。
しかし、ラナンもガレベーラとペルラを優先にして譲らない。せいぜい三等分に納得してくれるくらいだ。
「ガレが作ってくれる花がよく売れて、前よりパンを食べれる日が増えたよ」
そんなはずはないのに、そう言ってくれるラナンは素敵な少年だ。
「ねえねえ、兄さま。この頃、あのごはんがたくさんあるところ、いかないね。あたし、いきたい」
「もうあそこにはいかない」
ラナンが厳しい声で言うのに、「なんでぇー」とペルラが不貞腐れた。
「ペルラ、どこに行けばそれはあるの?」
「わかんない。でもはこの中にいっぱいあるの!」
「ラナン、それはどこなの?」
「……街の食堂だよ。食べ残しやごみをもらうんだ。浮浪児たちがたくさんいてるから競争だけど」
「さがせばおにくもあるんだよ! たべたい!」
駄々をこねるペルラに「もう行かないって言ってるだろ!」とラナンが声を上げる。
「どうして? 前は食べていたんでしょう?」
「……ガレは食べちゃだめだ」
ラナンは顔をゆがめて、絞り出すように言った。
「ガレは……あんなものを食べちゃいけない気がするんだ」
「どういうこと? なぜ?」
「ごめん、ガレ。……俺、もっと頑張って稼いでくる」
そうは言っても、浮浪児の仕事はなかなかないと言うのに。
*
葬列を見かけたのは花売りの途中だった。
ペルラが、葬列に続くと施しをもらえるというので、後を追ってやってきたのは、町はずれの墓地だった。
近くに貧民窟があり、そこには病人や老人がより一層劣悪な環境下で暮らしていた。
ガレベーラももういちいち驚きはしない。それくらいには、町の貧しさを目の当たりにする毎日だ。
「ねえ! ペルラ、……あれ、ラナンじゃない?」
ガレベーラは足を止める。
「ほんとだ! 兄さまだ」
柵の向こうで、大人に混じって穴を掘っているように見受けられる小さな体は目立って見えた。
ラナンはここ数日、割りのいい仕事を紹介してもらえると行って別行動だ。
ペルラと二人、格子の鉄柵からしばらく見ていた。
その先は墓地だ。
「おしごとかな」
ガレベーラが答えに困っていると、後ろから声が聞こえてきた。
「墓掘りだよ。墓泥棒ともいうね」
振り返ると、物乞いの老婆だった。
髪は伸び放題で、瞼も垂れ下がってどこに目があるかわからない。見えているのかも定かではない。
「あれは金になるけど、ありゃ悪魔の仕事だ。死人にゃ滅多に手を出すもんじゃねぇ。おやおや、たまげた、子どもがいるじゃないか。無垢な魂は死者の呪いを受けやすいんだ。だめだよ、ありゃ。魂を持っていかれちまうよ」
繋いでいたペルラの手をぎゅっと握る。
「あんた、姫さんかい?」
老婆が眉をつりあげたので、その奥に隠れていた瞳が見えた。
ガレベーラと目が合う。
「美しいねぇ。いいねぇ、あんたには金になるものがまだまだその身にあるさねぇ」
ガレベーラはペルラの手を引き、足早にそこを後にした。
無言で歩く。
確かに、近頃ラナンの帰りは遅かった。
前は日が暮れる前には戻ってきていたのに。朝早くから出かけたまま戻らない。
実際、三日ほどは連続で一人一個ずつ、パンをたべることができている。
ガレベーラの食い扶持を稼ぐためか、それともガレベーラの薬代のためか。
心優しき少年は、問いただしたところできっと答えてはくれないだろう。
「ペルラ、少しここで待っていて」
ガレベーラは先ほどの老婆のところへ引き返した。
*
『ガレベーラは全部綺麗だけど、僕はその髪が特別美しいと思う』
肌の白さや瞳の色に始まり、歌や楽器やダンス、朗読や刺繍。
非の打ち所のない容姿、身に着けた教養はごまんとあったが、ガレベーラの人生のおいて人から褒めそやされることが多かったのはその髪だった。
当然に、グウィディウスもガレベーラの髪を見てよく美しいと言った。
密かな口づけを受けたあの日、花の陰で初めてその手で銀の髪を梳いたとき、グウィディウスは「今ここで死んでも悔いはないよ」とそう言った。
*
「ガレ! その髪、どうしたんだよ!?」
ガレベーラの髪を見て、ラナンは叫ぶようにそう言った。
髪だけ見れば、まるで少年同士のようだ。それくらいに短くなった。
「長くて邪魔になったの。聞けば、売れるというから」
ラナンは怒ったけれども、ガレベーラは満足していた。
悲しくはなかった。
むしろ身軽になって、生まれ変わったようにも感じていた。
ガレベーラの髪は銀貨二枚になった。
ラナンは服の下に、母親の形見が入っていると言う小さな布袋を首から下げている。
銀貨二枚のうち一枚は、その中に入れて持っておくように言って渡した。
断られたけれど、受け取らなければ川に捨てると言ったら、しぶしぶ巾着の口を開けてくれた。
残りのもう一枚は、ラナンとペルラに靴を買って使った。
もちろん新品ではなかったけれど、二人は喜び、履いて踊って見せてくれた。
「ガレ、起きてる?」
その夜、ペルラが寝た後、ラナンが声をかけてきた。
すやすやと、手に入れた靴を抱いて眠っているペルラからそっと離れて、寝床から出る。
最近は、中を隠すように入口でラナンが横になってくれている。
「どうしたの? 眠れない?」
ラナンは首を振り、しばらくしてから話しはじめた。
「俺たちの母さんは身を売ってたんだ。それで病気にかかって、死んだ」
「そうだったの。辛かったわね……」
「髪はもう売ってしまったから仕方がないけど、身は、身だけは……絶対に売らないって、約束して……」
「え……」
「食べるものは俺が見つけてくるから! だから、お願い、約束して」
「ありがとう……」
売れるものがあるうちはと老婆に言われて、遠くない将来、そんな日が来るだろうと今日覚悟した。
また幼いラナンの手を、これ以上汚させるわけにはいかない。
その時が来たら、少なくとも王都は出て行こうと人知れず誓っている。
グウィディウスや父の尊厳を守るためだ。
娼館ともなれば、貴族や紳士の出入りもあるだろう。
いつ何時、身元が明らかになっておもしろおかしく騒ぎ立てられることがないとも限らない。
それでも生きていたいと思うのか、その時にならないとわからない。
けれど、今はできることならこの子たちを守り、生き抜いてみたいのだ。
*
広い街で、施しを受けられる家はいくつかある。
追い返されることがほとんどだったが、中には一晩の宿を与えてくれようとする親切な中流階級も存在したし、下流階級の貧しい家庭であっても、なけなしの食料を分けてくれるような奇特なこともあった。
ただし、訪れが頻繁にはならないよう、子どもたちは子どもたちなりに配慮し、回る先と時期を決めているらしい。
「このお屋敷……?」
ラナンに連れられて、そのうちの一軒を始めて訪ねた時、ガレベーラは驚いた。
そこはトーロ夫人の屋敷だった。
立派な門の向こうに立つ屋敷を見上げ、半信半疑でラナンを窺うと、
「パンとお菓子までくれるんだ。冬は毛布をもらったこともある。こんなお貴族様もいるんだよ」
得意げにそう言って、勝手知ったるとばかりに裏口を叩く。
ドアが開いて温かいランプの光がこぼれ出てくる。
メイドとラナンが何か話している。
しばらく待たされた後、ラナンは包みを抱えて戻ってきた。
「奥様が服をくれた!」
「まあ、どうして!?」
「ちょうど子どもの服が手に入ったって! 服が清潔になれば、なおいいってさ! ガレベーラのおかげだ!」
実は、少し前からラナンとペルラに身なりを整えることを教えていた。
月に一度、家を持たない周辺民に対して、公衆浴場が解放される。しかし、人数に限りがあり、特に子どもは入れないことの方が多い。
ガレベーラはその機会を待つだけではなく、最低でも二日に一度は身体を拭くようにさせ、天気のいい日には、泉で洗髪することもすすめた。気候の良いうちはいいが、冬が近づくと厳しくなるが、それはその時だ。
毎日、手櫛で髪を丁寧にといてやっている。
明らかに前よりはこざっぱりして見えるようになっていた。
トーロ夫人からもらったのは当然のことながら古着で粗末な服だが、清潔さは十分にあった。
新しい服に、ペルラは特に大喜びだった。
ガレベーラは、自分が子どもの頃に着ていたものをあげたいと思った。どんな顔をしただろう。
手の届かない憧れは人を卑屈にすることもあるが、ペルラは前向きで素直であった。性格も明るい。
それとも、動きにくいだけの実用的ではないドレスなど彼女には必要ないだろうか。
二人が着替えると、その姿は出会ったころとは見違えるようで、もはや家のある下流階級の子どもにさえ見える。
「煙突掃除で家に入れてもらえるかな!? そのうちいい家にも出入りできるようになって、お金がたくさんもらえるようになるかな!? ありがとう! ガレのおかげだ!」
めずらしく、ラナンも無邪気な子どもの顔になっている。
ガレベーラは、心の中でトーロ夫人に礼を述べた。
彼女はおそらくあの時すでに、本当になすべきことがわかっていて、人知れずそれを実行していたのだろう。ガレベーラの上辺だけの慈善に参加する気などなれなかったのだろう。
心が震えた。見かけや、噂で人を判断してはいたこと。
口先ばかりで、結局、ガレベーラは何も本質がわかっていなかったこと。
──いつか、もしも、また何かできるようになったら、その時には。
二度と来ないだろう未来だろうけれど、それでも、ガレベーラは誓わずにはいられないのだった。
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路上で暮らすようになって、数ヶ月が経っていた。
ガレベーラは驚くほど、たくましく、環境に馴染むことができていた。
再び熱を出したり、空腹に倒れることもなかった。
毎日は、日銭稼ぎのその日暮らしで、金が貯まるということはない。
その日、パンを食べると言う目標のために、朝が始まる。
希望めいたものはなかったが、いつか三人で屋根と壁のある部屋に暮らせたらというのがガレベーラの願いだった。
暇を持て余す夜には、二人に文字を教えた。
街で新聞が拾えたら、それを読む練習をした。
ラナンには計算も教えた。
「身なりは大事。上等かそうでないかではなくて、気を遣っているかどうかよ。相手の方はまずそこを御覧になるの」
その他に、ガレベーラが二人に与えられるものは言葉遣いや発音、礼儀やマナーだった。
正義感が強く、どこか品のあるラナンが教養を持てば、煙突掃除や路上掃除以外の仕事に就くことができるかもしれないと思ったのだ。




