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4.!何故か死んでる!

 


 修道長は咳が止まらなくなって、コール様はそれに笑い出した。なんだか変な雰囲気だ。いづらくなってコール様の座る椅子を引っ張りに席を立った。


「ハハ! 嘘です!」

「嘘!?」

「形だけですよ。形だけ」


 私が用意した椅子を私に寄せて、コール様は足を組んだ。

 落ち着いた修道長は眉間に皺を寄せている。


「修道長。貴女は親のいない『祈り・聞き屋』の修道士たちの身請人でしょう。いちおうお伺いを立てておこうと思いまして」

「……形だけ、というのは」

「サイン=マキナはエリオットに執着している。じきにまた狙いに来るでしょう。俺がこの娘と結婚すれば常に守ることができる。そのための仮の、形だけの結婚という意味です」

「……貴方に利点は?」


 コール様は長い指を組んだ。


「一番にサイン=マキナを捕らえられる事。ひいてはソルベント商会の権威の失墜を狙える事ですね」


 修道長はぐいと片眉を引き上げた。

 コール様はそれを見ながら、サイン=マキナの逃亡を補助した男について話を続けた。

 兵士に化けたあの男。まず間違いなくソルベント商会の手の者だが、商会の現当主は厄介な人間だから、すでにその辺りは尻尾を掴まれないように手を打ってあるだろう、と。捕まえて吐かせるしか、サインとソルベント商会が未だに繋がっていることを証明できる方法はないから、とも。

 修道長は頷きながら話を聞いていたけど、終わってから重い溜め息をついた。


「ザルグとソルベントは昔から折り合いが悪かったですものね。ただ、『祈り・聞き屋』としてはどちらの家にも従くつもりはありません。信仰は中立平等であるべきものですから。……というわけで、簡単に賛成は出来ません。そもそもエリオットはなんと?」


 修道長は私に座りなさい、と目で命じた。立ちっぱなしだった私はおろおろしながら腰を下ろした。ついでに答える。


「わ、私はお断りしました」


 修道長は目を剥いた。


「え、お断りしたの?」

「……俺の独断ですよ」

「え、そうなんですか? あ、あとは私の承諾だけみたいな言い方をされたからてっきり……」


 コール様は不愉快そうに背中を伸ばしてこっちを見てきた。怖い。


「本人がこの通り強情なので外堀から埋めようと思いまして。な、エリオット」

「……」

「俺は言い寄ってくる貴族のご令嬢方を避けることも出来るし、君はサイン=マキナから命を守ることができる。良い話だと思う。良い話じゃないか?」


 俯いた顔をしかめっ面で覗き込まれて、私は困ってしまった。「こういう見方も出来る」と彼は咳払いした。


「俺と君はずっとお互いを想い合っていて、だが騎士位を持つ俺と、親のいない君では決定的な身分の違いがある。俺たちは愛し合っていながらも一歩、前に進む勇気が出なかった」

「……!?」

「……だが、今回のサイン=マキナ襲撃の件を受けて、俺は身分の違いなど君を失うことに比べたら些細な事だと気がついた」

「どうしたんですか?」

「仮定の話だ。最後まで聞け! ……と、いう訳で、俺と君は身分の違いを乗り越えて、正式に婚姻へと至った訳だ。これで君とサイン=マキナの仲を疑っている人間も否定できる。良い案だろ」


 早口になったコール様から目を逸らした私は、修道長が私とコール様を生温い目で見ていることに気がついた。え?


「……まあ、よく考えなさい。エリオ」

「え?」

「分かっていると思いますが、コール様は貴女にはもったいない家格の方です。力もある。『祈り・聞き屋』としては口を出さないことにします」


 え、さっきは反対って言ったのに。

 呆然とした私を放っておいて、コール様と修道長はどこか和やかに話を進めた。ついでに何故か私の謹慎も縮まった。







 つ、疲れた……。

『祈り・聞き屋』の女の子達は、ほとんどが王城の塀の中にある寮に住んでいる。私の部屋は1階の小さな庭に面したところ。日当たりが良くてなかなか幸運な部屋割りだと思う。

 でもなんだか3日ぶりに帰ってきたような疲労度だ。お風呂をもらって、昼下がりの休憩の空気みたいにぐったりした私を、ペトロが迎えてくれた。


「オケーリ。オケーリ」

「ただいま〜」

「ゴハン。ゴハン」

「そうだったね。ごめんね。あー、疲れたあ」


 ペトロは黒い大きな鳥で、人間の言葉を少し真似することが出来る。可愛い。癒される。

 メンジュ教の大元となったお話のせいで、この国では黒い鳥を不吉なものとして忌み嫌う傾向がある。街の広場で子供にいじめられて怪我をしていたペトロを、私が見つけて拾ったのが、ペトロがここにいるきっかけだ。


「カワイーネー。カワイーネー」

「うふふ、ありがとう。……?」

「ハアハア」

「……」


 窓に引っ掛けた鳥籠の中にいるペトロに、怪訝な顔をして餌をあげようとした時だった。


「どうも、エリオット・コンスタンス。気分はどうだ?」

「ひっ!」


 庭に面した寮の壁に、背中を預けるコール様がいた。びっくりした私は鳥籠をガシャン!と揺らして、ペトロがバタバタ怒りだした。


「コラー!」

「ごめん! ごめん!」

「失礼、驚いたか。可愛い子だな」


 コール様は何故か昼食を差し入れに来てくれたらしい。蜜がけのパイの入った紙袋に、ペトロが目をキラキラさせている。

 私は慌ててお茶を淹れたけど、コール様はそのまま庭で話を始めることにしたらしい。仕方なく窓枠に置いたティーカップに、長い指が伸びた。


「修道長は案外、情に厚い人なんだな」

「え? ……あ、そうですか?」

「あれは俺が君に惚れたと思ってる顔だった。外堀が埋まってくな。エリオット」


 湯気の向こうで横目に見てきたコール様に、私は窓近くの椅子に座って、ぎゅっと手を握った。


「コール様。私、結婚の件、お断りします。改めて」

「……形だけでも嫌だと」

「ええ」


 そりゃ、もちろん、怖い。貴族のコール様がちょっと手を回せば、平民で親のいない私なんか、気付く間も無く闇に葬られるちっぽけな存在だ。

 そもそも何故、そこまでしてコール様が私との結婚にこだわるのか、私にはその理由が分からない。


「修道長に言ったのは建前だ」

「え!?」

「本当はもっと、どうしようもない俺の我儘がある」


 陽の高い時間帯。ハーブに囲まれた小さな池が、光を照り返して輝いた。穏やかな陽気のはずなのに、ザルグ=コールの周りだけは、死体が纏う冷たい空気が満ちているように感じられる。


「俺はサイン=マキナを殺したいんだ。誰にも任せず、俺が」

「……」


 私は喉を鳴らした。


「あいつは俺の兄を殺した。先代ザルグの当主のヘイガ・レーナ・ザルグ。どうしようもない奴だったけどな……」


 まさか。

 青ざめた私に、ザルグ=コールは無表情で首を傾けた。それは1年前、石壁の部屋で横たわった遺体の表情と、酷似していた。








 その日は隣の国との戦争が激化しそうな頃の1日で、王城の名のある騎士様達の出立の前日だった。『祈り・聞き屋』の皆も私を残してほとんどが前線の手前でお務めのために出払っていて、私もまんじりともせず、雨の夜の音を教会で聞いていた。


『メンジュの修道士さん、『別れ祈り』を2件、頼まれてくれるか』


 兵士が駆け込んできたのはその時だった。

『別れ祈り』は、この国に人が亡くなったときに行うとされる、メンジュ教をもとにした儀式だ。『祈り・聞き屋』の修道士が亡くなった遺体と共に、一夜を明かすという。その間には遺族もその部屋に立ち入ることは基本的に許されず、修道士は一晩中、遺体のそばで祈る。

 といってもこれも形式ばっかりになってきて、遺族の意向で省略になることも増えてきたし、不真面目な修道士はわりと寝てることがあるらしい。

 親友のメレなんかは『わりと慣れればイケるわよ。徹夜なんか無理だし』って言ってたし。


『2件?』

『それがな、どうやらちょっとめんどくさい事件があったみたいで』


 聞くと、どうやら街角にある貧民街で事件が起こって、死者が2人出たとだという。王城のお膝元、表面上は穏やかなこの街で、そんな事件は早々に起こらない。


 嫌な予感に震えた私は、設えたお祈りの部屋で目を見張った。

 そこに運び込まれていたのは、白髪と黒髪の2人の若い騎士。


『殺し合ったんだと。相討ちだと』


 馬鹿だね、と石壁の部屋の隅から声がした。白髪を後ろで結わえた、皮のコートを羽織った綺麗な女の人がいた。その後ろには粗末な服を着た子供達と、それを守るように男の人達が何人か、佇んでいた。

 彼女は自身をソルベント商会の当主だと名乗り、片方の騎士を自分の身内なのだと言った。パイプを咥えながら。


『こっちの騎士様はウチの商会の銃痕が眉間にあるから、完全にこのクソ馬鹿野郎がやったんだろうけど。クソ馬鹿野郎の方は何で死んでるのか全く分からない』


 当主は淡々と遺体を指差した。たしかに黒髪の騎士は死んだ原因がはっきりと分かる。でも白髪の騎士は外傷もなく、まるで眠っているようだと思った。

 粗末な服を着た子供が暗い顔で言った。


『黒い騎士様が触ったんだ。白い騎士様に』

『触った?』


 事の顛末はこう。

 貧民街で暮らしていたこの子供達の育ての親が亡くなって、埋葬した直後に訪ねてきたのが黒髪の騎士で、遺体を欲しがったのだという。断った子供達に食い下がった騎士だったが、気が荒立っていた子供達と言い争いになり、突然、抜剣して子供の1人を斬りつけたと言う。


『! 大丈夫なのですか? その子は』

『微妙だと。医療院に運んであるが、今夜が山だな』


 私は眉尻を下げた。なんて事だ。

 震えた子供達に、ソルベントの当主は続きを促した。


『そ、そこで、そこの白いおっきな騎士様が間に入ってきて……何がどうなったか、よく見えなかったんだけど……』

『……』

『黒い騎士様が白い騎士を触った瞬間に、パン!みたいな音がして、2人とも倒れてて……』

『まあ、多分、ウチの糞馬鹿野郎の発砲音だな。お粗末な』


 不可解だ。よく分からない。

 でも。確かに2人とも、亡くなっている。ぽやぽやした魂が2つ、2人の身体の上を浮かんで彷徨っていた。であれば、私のやることは1つだ。


 子供達は白髪の騎士に静かに感謝を述べてから、医療院に向かうために部屋を出た。

 残った当主とソルベント商会の男達が、腕を組んで、私を静かな目で見つめている。


『で? 修道士さん。『別れ祈り』をこのままここでやる気?』

『はい』

『人殺しとウチのを一緒に?』


 私は震えながら頷いた。時期が悪い。いつもだったら多分、そんなことは修道長はさせない。だけどここには今、私しかいなかった。


『申し訳ありません。メンジュの教えに、その人が生前行ったことを鑑みるものはありません……お気持ちはよく分かりますが……』

『こっちの騎士様の遺族は明日まで来れないんだと』

『!』


 当主の灰色の目に射すくめられたような気がして、私は身体を揺らした。


『わ、『別れ祈り』は、このまま、ここで、私が行います』

『ああ。でもね、例えそこの人殺しをこの部屋から出したって、誰も何も言わない』

『……!』

『どうしようもない馬鹿だが、唯一の身内でね。期待して騎士にした。子供を守って死んだんならまあ、馬鹿だが、きちんとした手順に則って埋葬してやろうと思ったんだが、……酷いもんだね。殺した男と一緒に置いとかれるのか』


 私は息がしづらくなって俯いた。皆の非難の目に突き刺されるみたいだった。

 でも、たとえ、メンジュの教えが形骸化してしまって、これがただの慣習としか、皆が考えていなかったとしても。たとえ、その人が人殺しだとしても。

 私だけは、軽んじてはいけないのだ。


『はい。今、この時に、私がやらなければならないのです。申し訳ありませんが、どうか、どうか……』


 亡くなった人が、本当にこの世から消える最後のときを、私だけが見られるのだから。


 深く頭を下げた私に、当主は溜め息を吐いた。


『あんた、名前は?』


 わ、私、どうなっちゃうんだろう。明日を迎えられないかもしれない!

 不安にガタガタしながら私は名乗った。


『やっぱりね。じゃあ仕方ない。任せるよ』

『え? ……』


 当主は瞬きしか出来ない私に、銅の懐中時計を突き出した。凝った意匠の時計盤の隣、蓋の裏側に何かが彫られている。


『b08.5.16 エリオットに死にたい』


 3年前の、特に何があったとも思えない、とある日付の隣に彫られた……角ばった文字。

 当主は気の毒な顔をして私を見た。私は訳が分からず彼女を見返した。


『……こ、これは?』

『この気持ち悪い馬鹿野郎の形見だね』

『ど、どういう意味でしょう』

『さあ。まあ、とりあえず埋められる前にあんたに会えりゃ本望だろう。任せるよ』

『え、ええ……』


 あんまり厳かとは言えない空気の中、『別れ祈り』の儀式が始まった。




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