3.その時を待て(ない)
そうして俺はファイリのギルドのために、人の負担を軽減する自動機械を開発することにした。
なのにどうしてこうなった。
「リヴてめー! どういうつもりだ!」
「ギャー! すんません!ちょっと借りるだけですから!」
俺とリヴは『流れ者の町』の町中を疾走していた。後ろにはファイリのギルドの連中が目をつり上げて追ってきている。
船を借りる、と言ってギルドにいったん帰ったリヴを、港の近くで待っていたらこうなった。俺は怒っていた。
「お前、お馬鹿さんか?」
「うっせーバカ! 俺だって頑張ったんだよ! だけどこうなっちゃったんだよ!」
港に到着した。息を切らしたリヴがヒーヒー言いながら錨を持ち上げて、甲板に投げ入れる。
「サイン、気をつけてね!」
船に乗り込もうとした俺は、ぎくっと身体を硬らせて振り返った。エリオットが潮風にスカートを揺らして、パタパタと手を振っている。慌てて駆けつけた。
「エリィ、来たらだめだろう!!! 家ならいくつかまだ罠が残ってるから……」
「俺がいますよ、大丈夫」
港の背の高い街灯に、アークが帽子を触りながら背中を預けていた。聞くと、暇だから遊びに来ていた、とのこと。
「エリィさんには指一本触れさせないよ」
「アーク……」
「サイン、お前の無茶振りの気配を感じ取った。感謝して欲しいな」
「……。助かる……」
「聞ーこえないなー」
エリオットは船の上でオロオロしているリヴに駆け寄って、膝を折って挨拶をした。
「リヴさん。ストール、取り返してくれてどうもありがとう」
「え!? いや、俺は別に」
「初めてのプレゼントなの。ありがとう!」
リヴも俺も目を丸くした。
エリオットはリヴに笑いかけて、それから俺を振り返って、頬を染めて口を尖らせた。
「暖炉と竃と、それから色々。お礼。ちゃんと言えなかったけど、貴方の目の色とお揃い。あげる」
「エリィ」
「き、気をつけてね!」
エリオットは手を振りながら駆け出した。どうしようもならなくなった俺は手を伸ばしたけど、アークに放り投げられた。船の甲板に乗り上げる。
「リヴ、テメエ! 帰ってきたら覚えてろよ!」
ファイリのギルドの連中が喚く声が聞こえてくる中、小さな漁船の出港の汽笛が鳴り響いた。
俺は緑のストールに首を埋めて、甲板の上で膝を抱えた。揺れて吹き飛ぶ水の玉があちこちを濡らしたけど、構ってられなかった。リヴが操舵しながらぶつぶつ言っていても無視をした。
「……世の中、マジであんな人いんのな」
「……」
「……白髪てめー、てめーなあ、……」
「……」
ファイリの漁をする場所は、とんでもない荒波の中だった。リヴはギャーギャー喚きながらファイリを釣り上げて海に落ちそうになって、慌てて引っ張り上げた俺は船酔いでゲーゲー吐くことになった。
何とか一連の動きと漁船のサイズを頭に叩き込んで帰ると、エリオットが風呂を用意してくれていた。それから俺の周りについて回って、「どうだった? どうだった?」と目をキラキラさせて確認してくる。可愛すぎて何回もキスをしたら敬遠された。ベッドまでついていこうとしたら閉め出された。
「……」
夜半。工房の製図台の前に座って、吊り下げたカンテラの灯りの下で、シュー……と、定規の際に羽ペンを滑らせる。船に載せる機械を設計するのは初めてだ。蒸気機関を上手く稼働させるためには、まずあの荒波をなんとかしないと。
「……」
製図台に貼り付けた羊皮紙に向かって、俺は難しい顔をした。それからにやにやした。
柱の影に猫みたいに隠れてこっちを観察していたエリオットが、ぎょっとして逃げていく。
「エーリーィ」
「な、何で気づくの! 背中に目でもあるの!?」
「エーリーィ」
「おやすみおやすみ! ーーひいい!」
鉄を溶かして部品を作って組み立てて、船に設置してから漁について行って動きを確かめる、というのを何回も繰り返した。
ファイリはなかなか獲れないし、リヴは余計なことをして海に落ちるしで俺達は怒鳴り合いながら罵り合った。リヴは俺が怒鳴れば俺と意思疎通が出来ることに気がついたらしい。俺は喉が枯れた。
漁から帰るとファイリのギルドの連中が指を鳴らして待っている。俺はリヴを蹴っ飛ばして囮にして、塩水だらけの身体で『エリーのパン屋』に帰るのが習慣になった。
エリオットは終始ご機嫌で、俺がくっついてこないことを喜んでいる。
「白髪てめーさあ」
「あ"?」
「こえーよ! ……俺のせいか?」
「ほがにだれがいるんだよ」
何回かも分からない漁の帰り、やっと波が穏やかになる頃。甲板の上で、俺は鉄槌を振り下ろして歯車の位置を調整して、リヴは操舵しながら話し掛けてくる。
「エリーだっけ?」
「……」
「あの人何でこの町にいんの? 親方は信用するなって言うんだよ。昔何かやらかしたからって。何したの?」
言うと思うか、俺が。
無視をすると、慣れたリヴは「ふぅん?」と気にした様子もない。
「お前、何であの人と一緒にいんの?」
俺は口の端をつり上げて笑う。牽制の意味も込めて。
「一緒に死ぬんだ。ぞじて溶け合う」
「あーそういう感じ? きめぇ」
「……」
「何で今すぐそうしねーの? お前大好きじゃん、エリー」
リヴは言ってから焦り始めた。「するならコレ終わってからにしろ」などと横暴なことを言う。
「エリィが、まだ満足してないから……」
リヴを放っておいて、俺はぼーっとしながら鉄紐を引っ張った。
そう。エリオットは完璧だ。もっと色んな人に好かれなきゃいけない。俺はその景色をまだ見足りない。それが理由。まちがいなく。
港に帰ると、ファイリのギルドの連中がいない。代わりにスリ少年が顔を真っ青にして待っていた。
聞くとどうやらファイリのギルドの連中が、俺が仕掛けた罠を突破して、『エリーのパン屋』に雪崩れ込んだという。
アークは何してるんだ。
「エリィ!!!」
バン!と看板のかかった扉を叩きつける勢いで開いた俺は、閉口した。
「おかえり、サイン」
水の溜まった桶を抱えたエリオットが呑気に返事をする。狭い『エリーのパン屋』の店内に、むさっ苦しい男達がぎゅうぎゅう詰めになって怪我の手当を受けていた。
「白髪、手前、加減を知らねーのか……」
「イテテテテ」
「死ぬかと思った」
エリオット曰く、罠で怪我をしても帰らない人達だったので可哀想で手当をしてあげていた、とのこと。パンも買ってくれて嬉しい、売り上げが伸びる、とのこと。いやいや。
エリオットがいつも座る椅子に、ファイリのギルドの親方が腰掛けている。蜂蜜牛乳を啜りながら厳しい顔をしていた。
「あんたが船を使っちまうから俺たちは暇なんだ。遊びに来た」
「……帰れ……」
「ソルベントの若旦那。大体の事情は知ってる。漁をする自動機械ってのをを作ってくれるってんだろ? だがな、リヴの下手クソな見本だけでファイリが獲れると思ってんのか?」
俺の背中から顔を出したリヴが、「ひでえっすよ!」と拳を振り上げた。俺は首を鳴らして腰元に手を伸ばして、目を丸くしたエリオットが駆けてきた。
「出来ると思ってるからやってる。ーーエリィに迷惑をかけるな」
「サイン!」
しばらく睨み合ったあと、不意に親方が溜め息をついた。
「……こう、グイッとやるんだよ。最後」
「……」
「ファイリを釣るにはそれが一番釣れやすいんだよ」
俺も溜め息をついた。コートの中にしまっていた防水筒の中から設計図を取り出して、そのままカウンターに広げる。
「……最後ってどのタイミングで? 上げる幅はどれぐらいだ?」
羽ペンで上から修正しようとすると、ギルドの連中も親方も顔を見合わせて沈黙していた。
「……何だ?」
それから顔を見合わせて焦り始めた。
「そ、そう聞かれるとよく分からん」
「グイッじゃなくてクイッだったかもしれねえ」
「……もう一回漁に出よう、リヴ。親方の爺さんも。実際にやってみよう」
「ええーー!? ウソだろ!?」
リヴが悲鳴をあげて、エリオットが花が咲いたみたいに微笑んだ。
それから何度かの試作を重ねて、ようやくファイリが獲れる自動機械が完成した。ギルドの連中は訝しげに漁に出て行ったけど、帰ってくると籠いっぱいのファイリを抱えてやんやと騒ぎ始めた。いつもより少ない人数で済んで、海に落ちる危険性も各段に減った、とのこと。
いつの間に用意したのか大量の酒樽が辺りを転がり始めて、『流れ者の町』の人間が集まり出して大騒ぎになった。親方は解散をやめると宣誓し、ギルドの連中は泣きながら酒を呷って飛び跳ね回る。俺はあっちこっちに引っ張られ、やれどうなってんだ、とか、やれウチのギルドにもと詰め寄られて、辟易して帰ろうとした。
でもその前に、酔い潰れてデッキに転がっているリヴを踏んづけた。
「イテェ! ……あー、サイン……うえー」
「吐くなら海に吐け……」
俺は石炭の入った籠を、青い顔のリヴの横にドンと置いた。あと整備に使う道具一式も。
「リヴ、お前、あの機械の仕組みは知ってるだろう。故障したら面倒を見るのはお前だ。使ってるうちに改善したくなったら好きにすればいい」
「え、俺が?」
「そのうち石炭ももっと安価になる。塩水で歯車の錆付きが酷い機械だから、毎回ちゃんと整備しろ。……お前がちゃんと出来るんだって、皆に見せろ。無能呼ばわりもされなくなるだろう」
リヴは「ぐぅ」と呻いてデッキに突っ伏した。よく見ると泣いている。
「……サイン、俺、金ねえ〜」
「いらない。帰る。二度とエリィに八つ当たりするな」
「何でだよ〜。じゃあ何で助けてくれたんだよ〜」
理由。俺がこうした理由。
そこで振り返った俺は、エリオットがやって来たことにきがついた。どうやら港の騒ぎに様子を見に来たらしい。
「すごいね、サイン! 完成したんだね! よく頑張ったね」
「おう! ソルベントの若旦那。あんたとエリーに礼をしなきゃならねえ」
エリオットの背中から、ご機嫌なファイリのギルドの連中が顔を出した。木のジョッキをお互いにぶつけ合いながら、じゃーん!と得意げな親方を指差した。
「ファイリの永久定期購入権をやろう!」
「えー! ありがとう!」
エリオットが顔を輝かせたけど、俺はいらない。
「1日1回50匹分お届けだ。分割払いも承る。利息はいつもの10分の1にしてやるぞ」
「え! 無料じゃないの!?」
「……エリィ、ファイリはそもそもそんなに売れない……」
「オイ、ちっせー声で悪口言うな!」
エリオットは帰り道、俺を褒めながらにこにこ笑った。
「サイン、貴方はこれからもきっと、色々な機械を作って困った人を助けるんだね。そういうことが出来る人なんだね」
「えへへ」
俺は笑い返した。なんとなく、港で笑うエリオットを見たときに、俺がこうした本当の理由が分かった気がする。
塩と煤だらけの俺を見かねたのか、帰ったエリオットはまた風呂を用意してくれた。俺は礼を言って、脱衣所までエリオットの袖を引っ張った。
「……エリィ、ご褒美欲しい」
エリオットは冷めた目をしていた。
「一緒にお風呂は入らない。早く入ってきなさい」
「……」
そういえば最近、全然寝ていなかった。
間抜けにも浴槽で意識を失う寸前に、そのことに気がついた。
「サイン!」
俺は気絶していたらしい。目を開けると、顔を真っ青にしたエリオットが、俺を覗き込んでいた。
「サイン! 大丈夫!?」
「うん……」
頭がぼうっとする。エリオットはほっとしたような顔をしたあと、浴槽にぱぱぱと布を掛けて蓋をした。見てない見てない、と早口で言ってから俺の髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。袖捲りをしたブラウスから白い腕がのぞいている。
「疲れてたんだね。サインの寝顔なんて初めて見たよ。上がっておいで、のぼせちゃうよ」
「……エリオット」
「え!? なに!?」
エリオットが人に好かれて、人の囲まれて笑う姿が見たかった。たしかにそう、思っていた。
でも港で笑うエリオットを見て、気がついた。
俺はエリオットに、俺に向けて笑って欲しくて、人が喜ぶことをしたんだと。
「満足した……」
「何に!?」
「あなたの、笑った顔が見られて……」
真上にあるエリオットの顔が、ぼっと染まる。俺は彼女の頬に腕を伸ばして、ヘラヘラ笑った。
「ご、ご褒美って、そっち!?」
「えへへ」
「か、勘違いしてた、ごめん、あの」
「……」
「あの、笑えばいいなら、笑うよ」
ちょっと慌てたような顔をしてから、「こう?」と首を傾げて笑うエリオット。可愛い。
なんて完璧で、軽率なんだろう。
「違うよ」
エリオットが自分の人生に満足して、その後に一緒に死にたいわけじゃない。俺は俺が満足するために、エリオットを生かしていた。
「あなたが欲しい」
「……サイン?」
「溶け合おうよ」
この人が好きだ。どうしようもなく。
「!」
頬に伸ばした腕でエリオットの肩を掴んだ。そのまま浴槽に引き摺り込む。まだ温度のある水面に、2人で沈み込んだ。空気を奪うためにキスをした。
「……!」
エリオットの身体が揺れる。どこにも行かないように抱き締めたのに、するりと抜けてしまった。
「……サ、イン……!」
咳き込む声がする。やめかけた呼吸を再開した。
俺の頭は、どうやら相当やられているらしい。逃したことなんてなかったのに。ーーしくじった。
脚の間にいるエリオットは、水面から顔を上げて、混乱に目を回していた。見たことがないくらい真っ赤な顔をしている。
「ま、まだしてない……よね!?」
「……何を?」
「わ、私たち、まだ、し、してないこといっぱいあるよね! だからまだ早いと思うの。ね? ね?」
エリオットは俺に抱きついて、耳元で囁いた。
「……好き、サイン。だから、ね?」
あざといなあ。この人は多分、死ぬまでずっとそうなんだろう。
俺はにっこり笑って、エリオットを抱き締めた。
!終わり!
おまけまでお付き合い、どうもありがとうございました!




