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17.呼んでいる

 


 今なら、出来ると思う。

 私はおばあさんの身体から、どろどろの塊を引っ張り出した。それを身体と繋ぐ糸を一本一本引き剥がしていく。

 祈りを込めた。どうか安らかに、と。


 おばあさんの身体から力が抜けた。ほっとしたような顔をして亡くなっているように見えるのは、多分私の願望、なんだろうけど。


「エリィ?」


 首を傾げたサイン=マキナの向こうから、剣を振りかざした『生ける死体』が見えた。その魂も同じように引っ張り出して、解いていく。

『生ける死体』は剣を取り落として、その場に崩れ落ちた。


「サイン、私」


 出来たよ。新しい、私の力を使えたよ。

 そう言いたかったけど、おばあさんを地面に横たえた瞬間に、サインに押し倒されている。


「エリィ、大好き!!! すごい!!! 大好き!!!」

「……!」

「エリィの力は、そうだ、誰かを殺すために使うものじゃない!!! 望まない生に支配される身体を、救うためにあるものだ!!! すごい、そうだよな、」

「あ、ちょ、ーーんんっ」


 嘘でしょ!?

 キスが、深い。後頭部を掴んだ大きな手が、首筋をなぞって、それから頬を撫でた。ぞくっとして、私は今までないくらいに真っ赤になった。嘘でしょ、私!


「サイン!」

「エリィ、すごい、大好き、大好きーーいったい!!!」

「し、信じらんない! 変態! 状況分かってるの!?」

「ごめんなさい!!!」


 サインはヒーヒー泣きながら耳を押さえて、それから手を引いて起こしてくれた。

 私は顔を隠すために身をよじって、横たわるおばあさんを見て自己嫌悪に泣きそうになった。本当、何してるんだ。


「……サイン、私、行かなきゃ」


 広間の周り、城下町の至るところから火の手が上がっていた。もう街はめちゃくちゃで、今もきっとたくさんの人が怪我をしたり亡くなったりしている。

 そして王城はザルグ=コールの裏切りに愕然としていることだろう。対策を打つこともままならないはず。相手は死体に触れるだけでそれを意のままに動かせて、生きた相手に触れるだけで命を奪える男だ。


 誰でもない。私が、ザルグ=コールを止めないといけない。


「『生ける死体』は私が止められる。だけどソルベント商会が私を捕まえようとしたら、貴方が止めてくれる?」


 私は俯きがちに、石畳についたサインの膝を撫でた。頼み事をするが故に、無意識に。

 そこで目の前の身体がざわっと空気を揺らしたことに気がついて、はっとした。

 サイン=マキナがにたあ、と笑っている。


「そういうの、俺に効くとまだ思ってる?」

「えっ?」

「行こう」

「え、わあ!」


 素っ頓狂な声を上げた私をひょいと抱き上げて、サイン=マキナは広間から出るために走り出した。そのあとをいくつもの小さな機械が慌てたようについてくるのが、不思議と愛嬌があるように見えた。








 私の両親は、貧困街で慎ましく暮らしていた夫婦だと聞いている。産後の肥立が悪くて亡くなった母を看取った父も、気落ちしてやがて病であっさりと亡くなってしまったと。そして両親が亡くなった人を生き返らせたという事実はない。私の力は私個人に発現したものだ。

 サイン=マキナは、私が250年の周期で現れるメンジュの魂を持つ人間だと言った。だから千回夢見の祭りの日も250年に一度なのだと。

 そしてメンジュ教の成り立ちは、千年以上前にまで遡ると言われている。


 私は、『棺桶引きの一族』が貴族である意味を、ずっと考えている。


 城下町の惨状はひどい物だった。

 あちこちで『生ける死体』が剣を振るい、新生ソルベント商会と名乗る者たちが銃弾を放ち、逃げ惑う人々を新しい『生ける死体』にしようとしている。私はがたがた震える手を握りしめて、手当たり次第に『生ける死体』の魂を引っ張り出して、サインは新生ソルベント商会の者達の銃を銃弾で的確に弾き飛ばした。


 ザルグ=コールは王城の近くまで逃げたと、街角に隠れていた知り合いの男の子に聞いた。


 ソルベント商会の当主にばったり再会したのは、サインが「空から行こう!!!」という謎の提案をして、民家の階段から屋根に飛び移った直後だった。

 この人達、高いところが好きなんじゃ。


「クソッタレが!」

「叔母さんだ!!! 殺される!!! エリィ、回り道しよう!!!」

「待ちな!」


 爆音の直後に、目の前にあった煙突のレンガに穴が空いた。私は心臓が縮み上がるほど驚いて泣きそうになる。


「あの腐れ黒マント、クソ腹が立つ!」


 ソルベント当主はイライラしていた。長い髪をバサッと弾いて銃の先端を足元の屋根に打ちつけた。


「どれだけ遠くから狙撃しても肉の壁が邪魔をする。いったい『生ける死体』を何人溜め込んでんだ!気色悪い! ーーサイン! 話を聞いてんのか!?」

「エリィ、あれ、『カンナのパンや』の方向だ!!!」

「返事しろ! このバカ!」


 私はサインの指差した方向を見て、青ざめた。サインは私の顔を見て、さらに高い屋根に私を抱えて乗せてくれた。


 ザルグ=コールは、私が結婚の申し出を受けたあの小さな公園にいた。そこはまるで工場みたいだった。『生ける死体』が死体を運び込み、生まれた『生ける死体』が列をなしてそこから出ていくのが見える。それを作り出しているザルグ=コールは、噴水の縁に腰掛けているようだった。


「間もなく、アイツを討伐するために王城から女王陛下直属の騎士隊がわんさか出てくるだろう。その隙を突くしかないかね」


 ソルベント当主が頭をガシガシ掻いた。「全く!」と投げつけるみたいに続ける。


「だからあれだけ言ったのに。アイツの力に頼りすぎるなって。1人で1個隊以上の軍隊を操れる人間なんて、敵になったらどれだけ危険になるか、何で皆分からなかったんだ」

「……」


 私はずっと、考えている。

『棺桶引きの一族』がなぜ、人々に蔑まれながらも貴族でいたのか。王城の隣に自分の屋敷を持っていたのか。なぜ、今日までその力を継いできたのか。


 ザルグ=コールが、遥か遠くにいるはずの私に気づいたみたいに、振り向いた。にこりと笑って、おいで、と口の形が動いた気がした。

 城下町の気温が一気に下がった気がして、私はレースに覆われただけの肩を自分で覆う。


 そうだ。ザルグ=コールはきっとずっと、私を呼んでいる。


「寒い? エリィ」


 そこに、いつの間にか後ろにいたサインが着ていたコートを貸してくれた。あったかい、けど。


「お、重い。何が入ってるの、これ?」

「諸々いっぱい。エリィ、……可愛いね、ちっちゃい。好きだよ」


 不穏に笑ったサインは、コートの中に真っ赤なシャツを着ていた。それは胴のところに太いベルトが巻き付いていて、銃が2丁括り付けられている。サインはそれを2つとも私にくれると言った。


「多分ザルグはエリィにしか殺せないと思う。俺は、ーーいつもみたいに後ろからついてくよ!!!」

「サイン。お前はエリオット・コンスタンスから離れな」


 寄ってきたサインはぎょっとして振り返った。ソルベント当主はパイプをふかしながら険しい顔をしている。


「一連の流れを見ていて気が付いた。私は……発情する甥子を見ていると死にたくなる」

「……それは……叔母さんの……勝手な事情だろう……」

「聞こえない悪態は趣味が悪いと思わないかい、サイン」


 ……という訳で、私はザルグ=コールに会いに、思い切って1人で街中を歩いていくことにした。ソルベント当主は私に近づく新生ソルベントの人間を排除すると息巻いて、コートの中から大量の弾の連なりを出して背負い込んだ。


 サイン=マキナは屋根から降ろしてくれたどさくさ紛れに私にキスをして、激怒した当主に首根っこを掴まれて街角に消えてしまった。


「……」


 私は祈りながら、悲鳴に溢れる街道を歩く。周りに倒れた街の人たちが見えて、どうしようもなく涙が出た。『生ける死体』が私に近づこうとして地面に倒れ込んでいく。


 次第に、異変に気づいた街の人たちが、祈るように私に頭を垂れていることに気がついた。たぶん、私が『生ける死体』を殺せる救世主みたいに見えてるんだと思う。

 違うのに、と思って叫びたくなった。私は救世主なんかじゃない。むしろーー。


「……どうも、エリオ。調子はどうだ?」

「ザルグ=コール……」


 そして、長く思えた道もあっという間に歩ききって、私はザルグ=コールのいる公園に辿り着いた。彼はあの時みたいに長い足を組んで、噴水の縁に頬杖を突きながら座っている。

 周りの『生ける死体』を一斉に殺した私に、不遜な笑顔を見せた。


「ハハ! お前らしいな。その力は『生ける死体』限定か。俺が死んでないことを考えると当たりだろ」

「……」

「エリオ。お前がメンジュで俺が『黒い鳥』だとすると、俺の力はどうしてもお前に劣っているってことになる。それって違うと思うんだよなあ」


 ザルグ=コールは独りごちた。頭から血を流して、白かった礼服の襟が真っ赤に染まっていた。


「だって生きてる人間より『生ける死体』の方が優秀じゃないか。命令に忠実で、恐怖も慢心もないからな。『棺桶引きの一族』はやろうと思えば国1つぐらい簡単に滅ぼせる。何で誰もそれに気がつかなかったんだ?」


 不思議そうに彼は首を捻っている。たぶん、本当に分からないんだろう。こんな単純なことに、人間が嫌いなこの男が気がつかない。


「……ザルグ=コール」


 私は祈るように手を組んだ。どうか伝わりますように。


「私、本当は多分、今よりもっと色々なことが出来ると思うの。貴方の魂を、触らずに貴方の身体と切り離すことも」

「……だがお前はそれをやらない。偽善者だからな」

「ええ」


 そう。やりたくない。だから人は昔、力を捨てたのだと思う。


「ずっと考えてたの。『棺桶引きの一族』は、棺桶を引きずる前は何と呼ばれていたんだろうって」

「……」

「その中、最初から何も入っていませんよね」


 私はザルグ=コールの足元にある棺桶を指差して、彼は笑い出した。


「ふうん? よく気づいたな。そもそも人間1人引き摺って歩くメリットなどない。いざって時に身を守る死体もあちこちに潜ませている」

「そうですよね。だからそれは、貴方達が皆から遠ざけられるために、わざわざしていることなんだと思ったの」

「寄ってくるうざったい虫除けだろ」

「……違うと、思う」


 ザルグ=コールは押し黙った。

 私は静かに言い募った。


「『棺桶引きの一族』は、最初から、人間を守るための力しか持たなかった人たちです」


 私みたいな、メンジュの魂を持ってひょっこり生まれた人間は、これまでの歴史の中で私以外にもいたはずだ。千回夢見の祭りの周期がそれを示している。そして、それを察知した『棺桶引きの一族』は、危険だと断じて排除しようとしたんだろう。サインみたいに。


「でも、貴方達はこうして、王城の隣に屋敷を持って、貴族としてこの国で地位を築いている。だから、思ったんです……もしかして……」


 喉が、詰まった。


「先人達は、メンジュの力を捨てた。だから、私みたいな人間がいることは不本意だった。力を持って生まれた私達みたいな特異な人間は、殺そうとして、そのために『黒い鳥』という存在を生み出したんじゃないかと、……」

「……」

「だから貴方達の地位を築いて、貴方達を守ったんじゃないかと思うの。メンジュの力は、人間を発展させていくためには不要な力、だから……」


 人は別れを克服するために発展したのだと、メンジュ教は説いている。別れを知ったから、より長く生きる為に道具を作り出し、法を定めたのだと。不死の代わりに、人間は発展を選び取ったんだ。


「そう考えれば、色々辻褄が合うの。ザルグの魂を持った人間だけが、私の夢を見たことも」


 身体の震えが止まらない。私は生まれてはいけない人間だっと、この国の歴史が言っている。


「では、お前は……俺達が……人間の発展のためにこの力を持ってるんだと、そう言いたいわけか」


 ザルグ=コールはのっぺりとした、感情の見えない不気味な顔をしていた。


「『棺桶引きの一族』は、分かっていてこの状況に甘んじていたと。迫害を受け入れてなお人間に尽くしていたと?」

「はい……」


 恐らく女王陛下が代表するこの国の王族には、ザルグを用いよという趣旨の不文律が伝承されているに違いない。長い歴史の中で、その核心はあやふやにされてしまったのだろうけど。


「……ハハ!」


 ザルグ=コールは額を抱えて笑い出した。


「じゃああれだな。今頃、我らが女王陛下が動き出してるかもな。俺諸共お前を始末してやろうって。お前がメンジュの魂を持ってると今回の件で気が付いたろ」


 どこかで何かが爆発した音がした。王城の方からだと気がついて、多分私もザルグ=コールも、それが出兵した騎士達に関わるものだと、同時に気がついた。


「エリオ。お前って本当に、なんというか、報われないなあ」


 私は俯いて、ザルグ=コールは私を呼んだ。優しい声音だった。


「おいで。一緒に死んでやる」


 私はカタカタ震える身体で、首を振った。


「可哀想だな。俺もお前も。人間のために勝手に望まない力を与えられ、危険だからと排除される。もうこりごりだ」


 違う。私はそんなことのために、この話をしたわけじゃない。組んだ手に力を込めた。


「だとしても……!」

「……」

「自分達が、どれだけ可哀想だとしても! 人間の発展に尽くしてきた人がいる! 私はその事実だけで十分です。人にはその価値がある。ーー貴方と一緒に堕ちることはない!」


 私はザルグ=コールに諦めて欲しかった。私を。

 そして人は、簡単に滅んだりなんかしないことを分かって欲しかった。

 でも。


「そんなに俺が不満か?」

「……ちが」

「それともあの、イカれた男と死ぬ方が良いのか? ーーエリオ!」


 ビクッと身を揺らした私は、いつの間にか目の前にいたザルグ=コールに驚愕する。彼は目を見開いたまま、泣いていた。


「エリオ、もう終わりだよ、何もかも」

「……!」

「どうせここで俺だけ殺して生き残ったって、お前にはもう人間に絶望したまま死ぬ未来しか残ってない。それなら一緒に死んでやる。俺だけがほんとうのお前を愛してやれる」

「やめ、」


 腕が引かれて抱きすくめられた。ゾッとした。


「殺せ、エリオ」

「!」

「引き金を引けよ。それ。今度は弾が入ってるだろ」


 冷たい手に、隠し持っていた銃を構えさせられた。自分の腹に先端を当てたザルグ=コールは、甘えるように私の肩に頬を擦り寄せた。


「引いたら俺がお前の魂を切り離す。それで同時だ。この場所で2人で死ぬなら、本望だな。エリオ」

「や、」

「出来ないなら殺す。どうせ死ぬなら道連れにした方が良いだろ。……5秒以内に引け」

「!」


 私はその瞬間、覚悟を決めた。そうだ、私はこの場所で、この男と闘うと決めたんだ。


「私だけが、貴方を殺します」


 私がそう言うのと、私が羽織ったコートからボト、と鉄の塊が落ちるのは同時だった。

 サインのを足元を走り回っていた小さな機械。それがチキチキと不気味な音を立てた。脅すように。


「やめろ!」


 ザルグ=コールは私から銃を取り上げた。押しのけられて地面に転がる。衝撃に息が止まりそうだけど、ここしかない。


『決着はあなたが。エリオット』


 頭の中で、これを受け取った時のサイン=マキナの声がした。


『これは誰でも、簡単に人を殺せる道具だ。だからこそ、あなたが使う意味がある。あなたにしか使えないメンジュの力を、使わないためにある道具だ』


 私はもう一つ、ドレスの袂に隠し持っていた銃を左手で構えた。自分の意思で押し込んだ。


 パン、と乾いた音がした。

 それはザルグ=コールの胸の真ん中に吸い込まれて、時間が止まったみたいに感じられた。彼の身体はしばらくその場でグラグラ揺れた後、その場で膝から崩れ落ちた。


「エリオ」


 砂埃を立てて、ザルグ=コールが地面に倒れた。その下からじわじわと血が広がっていく。


「死ね……一緒に……」


 ひゅーひゅーと息が漏れる音と一緒に、声がした。私は乾いた声で返事をした。


「いやです。まだ、やりたいことがある。諦めたくない。人が私を生きてはいけないと言うのなら、共存の方法を探します」

「……無駄な……堕ちてこい、エリオ」

「いやです」

「エリオ」


 ザルグ=コールは、ずっと私を呼んでいる。

 やがて大きく上下していた背中が、ゆっくりと動きを止めた。まっ黒い魂がその上を戸惑うように揺れて、やがて地面に吸い込まれた。

 でも、声がやんだのか、私には分からない。ずっと声が、聞こえる気がする。呼んでいる。


「やめて」


 私が、殺した。後悔はない。だけど彼が呼んでいる。


 頭を抱えた私は、耳の辺りにふわふわした温かいものが触れていることに気がついた。声は聞こえなくなっていた。


 それは、真っ白いふわふわの魂。サイン=マキナの魂だった。

 

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