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16.!あの日から愛してる?

 


 ザルグ=コールは男に捕まったままの私の頬を、優しく撫であげる。目の端から狂気が滲み出ているような、気持ちの悪い笑顔で。


「人間はクソだよなあ、エリオ。死体漁りと石を投げ、助けられては泣きついて、代わりが見つかれば平気で恩を忘れ……あっさり鞍替えしようとする」

「……」

「みんな死ねばいいのにって思ってたよ。死体を弄り回す俺たちだって同類だ」

「貴方、は」


 ザルグ=コールは笑いながら、親指で私の唇を撫でた。愛しい恋人にするように。


「千回夢見の祭りの日、俺はお前を夢に見た」


 ああ。


「たくさんの人間の死体の中で、空を仰いで笑ってるお前を、千回見せられた。最初は混乱したが、途中から俺も笑いが止まらなかったよ。これだ、ってな」


 やっぱり、私は。


「その日からずっと、俺はお前を守ることだけを考えてたよ。俺の望みを叶えてくれるのはお前だけだと思ったから。……全く、勝手に何度も殺されかけて心配したぞ」

「……」

「いつでも良いぞ、エリオ。俺はもうとっくに準備は出来てる。ーー全員殺しちまえ。俺も、あいつも、あの女も! ハハハハハハ!」


 私は何人もの人を殺す、そんな運命なんだ。未来を夢見たのはサインだけじゃなかった。ザルグ=コールは千回夢見の祭りから、ずっと、その為に私を。


 ぽろぽろ涙をこぼす私を見て、ザルグ=コールは初めて眉尻を下げて困ったような顔をした。


「出来ないか? まあ、そうだよな。お前は優しいから。……でもまあ、それでも良いとさっき思ったんだ。聞いてくれよ、エリオ。俺は意外と最強なんだぞ」


 彼はいつもみたいに不遜な仕草で顎をツンと上げ、私は言葉を失った。


「俺は俺以外の人間ならこの通り殺しまくることが出来る。人を殺して『生ける死体』を作り、『生ける死体』が新しい死体を作り出す。無限に。ほら最強だろ」

「……」

「だが俺は俺を殺せない。自殺なんてダサいこと出来ないからな。だからエリオ、全員殺した俺を、あとで殺してくれないか?」


 涙が止まらない。

 この人は、最初から一番底まで堕ちていた。


「俺のこと、殺したいくらい憎いだろ、エリオ。なあ、力を使えよ」


 真っ黒い目に映る私の顔。

 私の、力。使えばこの人を殺せるんだろうか。

『別れ祈り』で生き返らせることの出来た旦那さんを、泣き腫らした目で抱きしめる奥さんを見たとき、この力があって良かったと思ったのに。


「……ハハ」


 笑い声が聞こえてきたのは、その時だった。

 時計塔の入り口の扉の前に、サイン=マキナが俯いて立っている。肩が揺れていた。


「ハ、ハハハ」

「……」

「ハハハハハハ!!!」


 急に天を仰いで笑い出したサイン=マキナに、ザルグ=コールは気味悪そうに顔を歪めた。周りにいた『生ける死体』も、呼応して動きを止めてこちらを見ている。

 時計塔の広場がしんと静まり返った。


「……ついにイくとこまでイッたか。気色悪い奴だな。もう使い道もなくなったし、まあ死んどけ」

「……エリィが笑ってたって……言ったか? ……」

「は?」

「言ったよな!!!」


 瞬間、パン!という音が間近で弾けた。私はバランスを失って地面に手をついた。

 私を羽交い締めにしていた灰色髪の男の『生ける死体』が、頭を撃ち抜かれて倒れている。泥色の塊が死体からわたわたと飛び出した。


「ザルグ。……お前が見たのは、エリィが笑いながら人間を滅ぼした夢で……間違いないな? ……」


 ガシャン、とサインの手元で銃身が揺れた。

 ザルグ=コールが言葉を失っていたのはわずかな間で、すぐにいつも通り笑い出した。


「そうだよ、サイン=マキナ。俺もお前も、あの日からあの夢が、未来が、頭から離れない。違うか?」


 周りにいつの間にか『生ける死体』が湧き出るように現れた。サインの両端にも、武器を構えている。

 けど。


「!」


 けたたましい発砲音と爆風に私は身を伏せた。何が起きているのかよく分からない。

 瞑っていた目を開けたときには、サイン=マキナの周囲に、倒れ伏した『生ける死体』が散乱していた。


「良かった……分かったよ、エリィ!!!」


 サイン=マキナは両手に銃を持って大笑している。一歩、ゆっくりと足を進めてこちらに向かってきた。


「『千回夢見の祭り』の日は、別にメンジュの未来予知の力に因んだ祭りじゃない!!! 俺が見たのは未来じゃない!!!」

「……!?」


 どう見ても気が狂っている様子に、私だけじゃなく、ザルグ=コールも身を引いていた。


「何を言ってんだ、お前……? それ以上近寄るな。近寄れば愛しのエリオが死ぬぞ。お前の手じゃなく俺の手でな」

「……!」


 私は視線だけ斜め下に移動して、息を呑んだ。ザルグ=コールの抜いた剣が、首に沿えられて鈍く輝いている。

 サインは足を止めなかった。それどころか地面を蹴ってそのまま突っ込んでくる。


「なっ……!?」


 早すぎて何が起こったか、よく分からない。ただザルグ=コールの剣が飛んで、目の前にサインがコートを揺らして立ちはだかっていた。


「俺が見たエリィは……泣いてたんだ……」

「!?」

「俺が見たのは自分の力に翻弄されて、愛した人間を滅ぼした可哀想なエリィだ……笑ってなんかない。一緒にするなよ」


 笑っていたサインの語尾が、わずかに上擦った。


「エリィが、人を死なせて、笑うわけないだろう」


 ……この人が何を言いたいのか、私にはよく、分からない。ただ何故か、ひどく身体が震えた。


「鬱陶しい……!」


 ザルグ=コールが顔を歪めて距離を取る。一斉に『生ける死体』が襲いかかってきた。

 私は動けないまま呆然としていたけど、サインが急にぐるんと首を回して振り向いたのに身体を揺らした。


「エリィ、逃げて!!! 俺、今ならなんでも出来そう!!!」

「は、はあ?」


 信じられないことに、サイン=マキナは瞳孔が開ききった目を輝かせている。どう見てもはしゃいでいた。


「守るよ、エリィ!!! 全身全霊、何もかも懸けて!!! エリィはもう、死ななくて良いんだ!!!」

「……」


 二の句が継げないってこういうことを言うんだろうか。

 間抜けに口を開けた私の前で、サインは手に持った銃を素早く回転させて構えた。同時に、コートの下からどさどさと、小さな機械が大量に地面に落ちる。それは歯車が無数に重なった複雑な形のもので、車輪のように辺りを走り回った。

 サインのコートを羽織った背中が揺れた、と思った瞬間に地面が揺れて、サインが駆け出していた。


 そこで急に、後ろから腕を掴まれた。「ひっ!」と悲鳴を上げて振り返った私は、それが這いつくばったランプ屋のおばあさんだと分かって、息を詰めた。

 おばあさんの両足の機械は、跡形もなく分解されていた。時計塔の入り口から這ってきたのが分かるように、点々と金属の管やねじが転がっている。


「……」


 私は涙を堪えて、首をグラグラさせたままのおばあさんを抱きしめた。彼女はそんな私に構わずに、私の身体を掴んで地面を這い出した。でも老婆にそんな力が残っている訳がなくて、私達はその場にとどまったまま動かない。

 彼女はザルグ=コールの私を生け捕りにせよ、という命令に忠実に従っている。

 ……もう、いいのに。

 あなたの身体は本当の持ち主は、もう、立派に生を全うしたのに。


「ーーはあー、やっとまともに働き出したか、あのクソ野郎」

「!」


 そこで間近に、ソルベント商会の当主がいるのに気がついた。長い白髪を振り乱した彼女は、額から血を垂らしながら背丈ほどある銃を肩に担いでパイプを蒸している。


 広間の真ん中に躍り出たサイン=マキナを見て、彼女は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。それからひとりごちた。


「私はソルベント商会をデカくして、このクソみたいな非効率な社会を変えることにしか興味がない。たった拳大1つの鉱石を採るのに日に何人の炭鉱夫が死んでるか、あんた知ってるかい?」

「……」

「……まあ、それは置いといて。貴族になったのもその足掛けで、あのクソ甥子を騎士にしたのもそれが理由。更生とか一瞬だけカッコつけて言ってみたけど、ハナから治るイカれっぷりじゃなかったわ」


 紫煙を吐き出したソルベント当主は、「見なよ」と顎を突き出した。視線の先に目をやった私は瞬きを繰り返した。

 時計塔の広場で大暴れするサイン=マキナがいる。周りには『生ける死体』がバタバタ倒れて、貴族たちが顔を真っ青にして逃げ惑っていた。

 私はしばらくしてからあれだ、と気が付いた。『生ける死体』は皆、足元にしか意識がいかずに、気づけばサインに撃たれている。足元に、転がりながら走り回る無数の歯車で出来た機械がいた。あれが彼らの足元を引っ掛けて、攻撃の隙を作らせないんだ。


 当主が溜め息をついた。


「残念ながらあのクソが一番ウチで使えた。だから騎士にした」

「……」

「サインが作った機械は皆が使えるけど、サインが使う機械は誰も作れない。設計図もちゃんとあるってのにね。……だからね、まあ、エリオット・コンスタンス」


 私はおばあさんを抱きしめる腕に、力を込めていた。

 当主が少しだけ笑って、まっすぐ私を見ていた。


「身勝手な理由で殺そうとして、悪かった。そもそもサインに好かれた時点で、私がアンタを殺せる術はなかった」

「……」

「アイツが守るっていうなら、本当に守るんだろうよ」


 ザルグ=コールはいつの間にか姿を消していた。

 ソルベント当主はそれを確認したあと、舌打ちしながらガチャガチャと銃を鳴らして歩き去っていく。


 時計塔の広場にいた『生ける死体』は、わずかに数を残すのみで、その中心で大きな背中が1人、支配者のように立っていた。


「サイン」


 掠れた声で囁いた私に、サインはまたしてもすごい勢いで振り向いた。それから満面の笑顔で走ってくる。怖いし気持ち悪い。

 気持ち悪い、けど。聞かなきゃいけないことがある。


「エリィ!!! 聞いて!!!」

「……」

「千回夢見の祭りは、250年の周期で現れるメンジュの魂を持つ人間を『黒い鳥』が知る日なんだ!!! きっと!!! だからザルグが夢を見た!!!」

「……!?」

「俺とザルグが全く違う夢をみた時点で、あの夢が予知夢だっていう説は成り立たない!!! あれは、エリィが人を殺せる未知の力を持つ人間ーーメンジュだっていう危険性を伝えるためだけのものだ!!!」


 まくしたてられた私はのけぞった。突っ掛かる勢いで四つん這いになったサインは、笑いながらその場でバタバタと転がり始めた。気持ち悪い。

 ひとしきり笑ったサインは、身体を起こして、今度はずいと詰め寄ってくる。


「エリィ、俺とザルグが死んだあの日に、『別れ祈り』を一緒にやってくれたんだろう。その時に、たぶん、おそらく、ザルグの魂の一部が俺の中に混じった。違う?」

「……!」


 私は口をパクパクしてから頷いた。この人はいったいどういう思考回路で、真実にたどり着くんだろう。

 頷いた私を見て、サインは首がもげるほど何度も頷いた。


「やっぱり、やっぱり!!! ならこの夢、いや、『黒い鳥』の察知能力は、ザルグの魂に起因したものだ!!! エリィがその力を使う可能性は100じゃない。まだ何とかなる!!!」


 私は震える唇で、彼の名前を呼んだ。サインは充血した目をキラキラさせながら見つめ返してくる。


「エリィ、うん、エリィ、何?」

「サイン、貴方は……」


 サイン=マキナと私の関係は、『千回夢見の祭り』の日から、全てが始まったと思っていた。それのせいで、サインは私を殺そうと実際に耳を半分吹き飛ばしたし、何度も怖い思いをさせた。そして予知夢じゃないと気づいた瞬間に、手の平を返したようにはしゃいでいる。理解出来ない。


 だけど、気づいたことがある。


「サイン、貴方は、私と一緒に死にたいんじゃなかったの? ……」


 最初にサインは言ったはずだ。あの夢は私と一緒になるきっかけをくれたのだと。だから良い夢なのだと。


「……」


 サイン=マキナは沈黙して、それから俯いてぶつぶつ呟き出した。どうやら想定外の問いかけだったらしい。


「なに?」

「……」

「サイン」

「……」

「サイン?」


 また聞こえない声で言う。

 私は動くおばあさんを抱き直して、サインに近寄った。そしてこれと同じことが、製鉄所の運河の近くであったことを思い出す。その時は殺されかけた、けど。


「……えへへぇ」


 サインが、私の耳にキスをして笑った。子供みたいな顔だった。


「あなたが好き」


 心臓が、掴まれたようだった。


「あなたの、その、どんな人の言葉も聞き逃さないように努力するところが好き」

「……」

「俺の言葉を聞き逃さないで、皆に伝えてくれた。何でもないことだろう。覚えてないくらい些細なことだと思うけど、あなたのそういうところを愛している。あの日からずっと」


 あなたの覚えていない、何でもないあの日から。


 サインはそう言って、それから優しく前髪を触れ合わせてきた。


「望まない力で、大好きな人間を手に掛ける苦しみを味わうより、知らない男に殺される方が、あなたにとってマシだと思った」

「……!」

「お人好しなあなたが好きだ。俺にとっては、あなただけがいる世界より、あなたが好きな人間が好きに生きる世界の方が大切だったんだ」


 声が、出ない。じわじわと視界が滲んだ。

 それは最上級の肯定だった。病気だとか、間違ってるとかずっと言われ続けてきた私の生き方への、たった一つの事実を突きつけて。

 見返りなんていらないって言ったけど、本当はそんなの嘘だった。

 私は、ずっと。


 私が皆を愛するから、誰かに愛してほしかった。


「一緒に死にたいよ、エリオット。でも今じゃなくていい。人に囲まれて笑ってるあなたを、俺はまだ見足りない」


 サイン=マキナは何故か、照れたように、怒った顔をした。



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